杉江 征(筑波大学)
シンリンラボ 第25号(2025年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.25 (2025, Apr.)
はじめに
私が大学生や大学院生になった頃は,臨床心理士や公認心理師の資格制度がまだ存在せず,当時は資格に関する議論や日本心理臨床学会が設立される経緯などについて,複数の先生からお話を伺う機会があった。日本臨床心理士資格認定協会が設立され,臨床心理士が誕生したのは大学院生の終わり頃だった。私が心理臨床を学んでいたのはこういう時代だった。私の経験が,これからシンリシを目指している方にお役に立つかどうかはわからないが,少しだけ振り返ってみたい。
1.大学院での学び
行動療法や集団療法・サイコドラマ,催眠や自律訓練法,心身医学領域でのセラピー,教育相談や学生相談などを専門とする先生方が私が通っていた大学では教鞭をとっておられて,それらの先生方から心理臨床について学ばせていただいていた。臨床の実践としては,大学の心理相談室や精神科病院,総合病院の心療内科,クリニックなどで様々なケースを担当させてもらいながらスーパービジョンを受けていた。個別面接や集団療法,グループワーク,アセスメントなどなど,いろいろ試行錯誤しながら試みていた。
1)仲間と一緒に学ぶ
当時は,現在のように臨床心理士や公認心理師を養成するためのカリキュラムや実習制度などはまだ無かったので,黙っていても先生が教えてくれるというよりは,自分たちで学ぶ機会を作っていくしか無いような状況だった。そこでは,心理臨床を学ぶ仲間(先輩や同級生,後輩たち)の存在が大きかった。あちこちの研究会などで勝手な議論をしながら毎日を過ごしていたように思う。心理臨床を一緒に学ぶ仲間がいるということは,今でもとても重要である。ぜひ,同級生たちだけではなく,学会や学外の研究会などにも参加して,他大の方たちも含めて,仲間を作っていって欲しい。そこではいろいろな文化があって知らなかった新しい世界が広がっていることを知る機会になる。
2)理論と技法を学ぶが……
当時は,診断名のついているようなケースの方が,介入方法がわかりやすいので,やりやすかったように思えた。というのも,教科書や論文などでは,理論と技法が書かれていて,実際の面接例も記載されているので,具体的なイメージを持ちやすい。読んでいると自分でもできるような気がしてくるが,実際に,本や論文に書かれていることを,そのまま自分のケースで使ってみても,必ずしも上手くはいかなかった。本や論文に書かれているケースと自分の担当しているケースは,同じではない。それゆえ,頭の中で,理論や技法から考えるのではなく,目の前の人に向き会って,その人のことを理解しようと努力しながら,地道に知恵を絞っていくことが必要であると考えるようになってきた。
3)同じセリフでも,人が違えば効果は違う
ある時,読んでいた本の著者がクライエントにこんなことを言ったらとても効果的であったと書いていたので,さっそく,自分でも試してみた(真似をしてみた)。が,相手の方にはまったく響かなかった。当たり前のことだが,同じセリフでも,そのセリフを発する人が違えば,また,受け取る相手やその文脈が違えば,結果も異なってくる。その頃,いろいろな心理療法学派に共通する治療的要因について書かれていた論文を見つけて,ワクワクしながら読んだが,そこに書かれていたことは,結局,治療者に関する要因などで,読み終わってとてもがっかりした記憶がある。今となれば,治療者の要因の大きさも納得できるが,当時の自分はもっと抽象化された真理のような答えを求めていたのかも知れない。
2.学生相談における実践での学び
大学院を出た後は,それぞれの職場で求められることを,何とかこなそうと試みて来た。十分ではなかったかもしれないが,ある程度何とかなっていたと思いたい。必要なのは,それぞれの場面で必要とされる職能を獲得していくことかも知れない。仕事として業務をこなしている中で,ふと疑問に思ったり,感じたり,そこでの気づきなどが,学びにつながっていったと思う。私の職歴は学生相談が一番長く,また,自分はそこでの実践にとても魅力を感じているので,学生相談での体験をいくつか紹介したい。
1)大学は学生のためだけにあるのではない
学生相談に携わるようになって,初期の頃受けた衝撃の一つが「大学は学生のためだけにあるのではない」ということだった。これも,よくよく考えてみれば当たり前のことなのだが,初めの頃は意気込んで「学生のために」と学生のことのみを考えながら,がむしゃらに面接をしていた。しかし,いろいろな相談を受けていると,学生の抱える困難を解決するために学内のさまざまな関係者と話をする機会も増えてくる。そうすると,当該の学生だけではなく,その関係者たちのおかれた状況などもみえてきて,学生を取り巻いている世界全体の布置も理解しながら面接を進めていくことが必要であることを理解した。そんな中で浮かんできた言葉だった。
2)学生は「自分」を語る
心理臨床の基本は,「訴えに耳を傾けること」だと思う。それゆえ,症状などを訴えて相談に来られた場合には,その症状を聴く。そして見立てを行い,それに則して介入を行なっていく。そうやって学生相談において気づいたことは,面接を重ねていくと,だんだんと学生たちは自分を語りだしてくるということだった。面接で本人の訴えや語りを聴いていると,最初は,症状について語られているが,やがて症状に関することはあまり語られなくなってきて,面接の背景の方に移って行く。そして,いつの間にか,「自分」について語り出している。青年期にある学生を対象としている特徴なのか,あるいは,関心を持って話を聴いている私の特徴なのかは,わからないが,そこには,学生が自己を語り,そして自己を理解し,自己をまとめていくというカウンセリングのプロセスがある。そうやって学生相談の場においても,カウンセラーとの対話を通して,学生は成長していっている。
3)医療機関と高等教育機関
学生相談での実践は,それまで経験していた医療場面での動き方とも異なっていた。また,臨床系の学会などでの技法や理論を中心とした議論内容とも異なっていて,自分が日々行なっていることがこれで良いのだろうか? という心配が湧き起こってきた。しかし,学生相談関係の学会や研究会では,学生を中心に置いて,その上で,学生の理解や関わり方の議論になっている。自分としては,そちらの方が違和感はなかった。個別面接での関わり方も,症状の治療のための技法の導入というよりも,語りを聴きながら自己理解や成長・発達を支援するという側面の比重が大きいように思われる。
4)キャンパス・コミュニティでの活動
学生相談はその大学のコミュニティの中で展開される活動であるという点も大きな特徴の一つだと思う。学生の皆さんが当該の大学での教育や研究を十分に享受できるように,教育活動の一環として,必要な活動を行なっていくのが学生相談である。それゆえ,個別の面接だけではなく,関係者へのコンサルテーションやグループ活動,授業,情報の提供,プロジェクトの企画,会議への参加,危機対応など,さまざまな活動が,学生相談には求められ,それに応えることが重要であった。
5)学生相談の役割
長年勤めている間に,大学の学生支援は大きく変化し,充実してきた。学生相談以外にも就職相談(キャリア支援)や障害学生支援(アクセシビリティ),ジェンダーなどに関する支援(ダイバーシティ),留学生支援などさまざまな支援が充実してきている。それまでは,学生相談が全てを担っていたが,時代とともにそれぞれ専門的支援が確立してきた。そうすると,残った学生相談の役割は何か? とか,学生相談は他の専門的な支援と何が違うのか? などという問いも生まれてくる。他の支援は,それぞれの分野の専門家で,その領域でのエキスパートである。一人の学生がいくつかの部署で支援を受ける場合もある。学生相談では,いろいろな支援を受けている「一人の学生」の話を聴く。全体をみながら,そういう支援を受けている学生の話を聴き,それらにどうやって対応していったら良いかやこれからの歩み方なども一緒に考えていく。カウンセリングや心理療法のスキルを有することや学生の心理社会的な発達などに関する知識などを持っていることも特徴である。
おわりに
改めて振り返ってみると,目の前にある「やるべきこと」(仕事をしていて,そう感じたこと)を,教えてもらったり,勉強したり,考えたりしながら,なんとかこなしてきただけかも知れない。そして,折々に,自分が行っていることはこれで良いのだろうか? と疑問を持ち,学会や研究会などに参加してきた。そして,キャリアの途中からは,学生相談や心理臨床の専門性や独自性などについても仲間たちと議論をかわしてきている。そうやって,自分自身のアイデンティティを確認しながら歩んできているのだと思う。
杉江 征(すぎえ・まさし)
筑波大学人間系 教授
資格:公認心理師・臨床心理士・大学カウンセラー・自律訓練法専門指導士
主な著書:『12人のカウンセラーが語る12の物語』(分担執筆・第10話「いのちのバトン」,ミネルヴァ書房,2010),『学生相談ハンドブック 新訂版』(分担執筆,学苑社,2020),『スタンダード臨床心理学』(共編著,サイエンス社,2015)