黒川由紀子(黒川由紀子老年学研究所,上智大学名誉教授)
シンリンラボ 第23号(2025年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.22 (2025, Feb.)
どのようにしてシンリシになったかを明確に言えない。手掛かりとなる事柄を考えてみることにした。子ども時代のこと,シンリシとして駆け出しの頃の恩師のこと,圧倒的な影響を受けたミシガン大学老年学セミナー。最後に高齢者の心理臨床の魅力を示し,与えられたテーマにお応えしたい。
1.子ども時代
子どもの頃はよく引っ越しをした。自分で希望したわけではなく,もっぱら親の都合だった。神奈川,東京,イギリス,インドネシアなど。海外でも同じ都市内で複数回引っ越しをした。幼稚園や学校を何回も変わった。その度に適応しようとしたり,しなかったりして,結局適応ができない連続だった。小さい頃から本が好きで英語でも日本語でも読んだ。高校時代は親が海外在住だったため,親戚の家を転々とした。種々の大人の世界に身を浸し,人が環境によって変わるということをありありと体験した。祖父母,伯父伯母,別の叔父叔母宅,伯父のご高齢のご両親宅等に居候した。厳格な家もあれば昼から酒を飲んで麻雀ばかりしている家もあった。ある時点で私の品行が問題視され,家主が高齢であることを理由に厳しい門限が強いられた。子ども時代に,水準の異なる異文化体験を国内外で重ねた。関東大震災で若くして最愛の父を失った個性的な祖母に可愛がられて育った。母親と祖母の葛藤場面に居合わせることもあったが,どちらに偏ることもなかった。当時,よく「神秘的」と言われたが自分ではどこが「神秘的」なのかわからなかった。幼い頃から小説に出てくるような高齢者と多数関わり,大人同士の生々しい関係性のなかに身を置いた体験が,後にシンリシの道を歩む上で影響しただろう。
2.学生時代の恩師
学部時代は佐治守夫先生の薫陶を受けた。と言いたいところだが,不真面目な学生過ぎてそうは言えまい。学部生の頃から高齢者に関心があり,全ての先生方に「心理学の対象ではない。テーマを変えなさい」と言われながらも,高齢者をテーマとすることに決め,先行きが見えないまま,せっせと池袋の老人ホームに通った。「高齢者」というテーマは「天から降りてきた」という感覚だった。人生で大事なことはだいたい天から降りてきた。卒論は「老人の時間展望」というタイトルだったと記憶する。佐治先生とは普段ほとんど話すことがなかったが,先生は,教室の隅っこにいた一学生をよくみておられたとしみじみと感じる。卒論の口頭試問の場面だった。先生の質問は卒論そのものに対するものではなかった。佐治先生は,「あなたは高齢者の創造性についてどう考えますか」と問われたのだ。「えっ」と思ったが,その問いは心の深いところにぐさっと突き刺さった。「そうだ! ワタシは創造性に強い関心があるのだ」と気づかせてくれた。佐治先生には,シンリシとしての関心を育む「はじめの一歩」の方向性を示していただいた。
大学院では,高齢期の心理臨床を学びたいと強く考え,当時,唯一の教科書『老年心理学』を執筆されていた霜山徳爾先生の門を叩いた。晴れて上智大学の大学院に入ったものの,子どもを産み育てながらの大学院生には全く余裕がなく,この頃時間を無理にでも産み出す技を覚えた。以後現在に至るまでこの技に大いに助けられている。特別なことではない。極端な早起き,そして短時間睡眠でも深く眠り入り,健康を保つ技。修士論文では「創造的老人のロールシャッハテスト」をテーマとした。研究協力者を一人も知らず,出会うまでに苦労し一歩も進まない日々が続いた。徐々にご縁に恵まれ,4年かけて書くことができたことは本当にありがたいことだった。
3.修行時代の3人の恩師
長谷川和夫先生。霜山徳爾先生のご紹介で,聖マリアンナ医科大学長谷川和夫先生の下に実習生として通った。長谷川和夫先生は高齢期を専門とする精神科医で,現在認知症のスクリーニングにもっともよく使われている尺度,改訂長谷川式簡易知能評価スケールを加藤伸司先生と共に開発した先生だ。長谷川先生が認知症の患者さんにスケールを施行なさる診察場面に陪席させていただいた。長谷川先生とはその後仕事でご一緒することが度々あった。威厳はあるが謙虚な先生で,晩年ご自身が認知症に罹患されてからの言葉に揺さぶられる思いがした。
アン・フリード先生。当時はボストン大学教授だった。東京都老人総合研究所(現健康長寿医療センター研究所)の客員研究員として来日された折に,ニューヨーク在住の精神分析家の依頼で研究助手を務めた。アン・フリード先生は日本の高齢女性にライフレビューを施行する研究をされていたが,そのアポ取り,道案内,通訳等を務めた。アンは,「アメリカは日本より進んだ国」との認識があったように思う。私は教え子であり,同僚であった。かなりの時間をかけて,面接の事例についてディスカッションを行い,高齢者の面接やライフレビューの基本や解釈の仕方をマンツーマンで学んだ。
ルース・キャンベル先生。当時ミシガン大学の高齢者専門クリニックでチーフソーシャルワーカーを務めておられた。東京都老人総合研究所の客員研究員として来日され,研究所の先生の推薦を得て再び助手を務めることになった。ルースは,フラットな人間観の持ち主で「アメリカファースト」とは異なる認識をもっていた。私はアシスタントであり,同僚であった。3人の子育てをしながら仕事のやりくりをするという共通点があり,ルースは常に一歩先を歩む先輩だった。思春期の子どもの悩みを聴きながら,自分の未来の課題への想像力がふくらんだ。しっちゃかめっちゃかの日常と日々悪戦苦闘しながら,小さな喜びを見出す姿勢を学んだ。ルースはニューヨークでコピーライターをした経歴を持ち,発想が人と異なり,「サービスが無いなら自分で作る」クリエイティブな発想と実行力にいつも驚かされた。
4.ミシガン大学老年学セミナー
ミシガン大学老年学セミナーは,12年間開催された日米合同の研修プログラム。駆け出しのシンリシとして,1年目は参加者として,2年目以降は日本側の運営委員,およびプログラムコーディネーターとして関わった。ミシガン大学病院や地域の専門職による「多職種連携:チームアプローチ」をキーワードに,日本からの多職種が寝食を共にしながら2週間の研修を受けた。セミナーは講義や討論の他,チームビルディングのフィールドワークや数々の機関見学,真夜中まで続く討論を含む,わくわくするような楽しい内容で,毎年アンケートを基に改善された。優れた専門職に多数出会うことができ,ゼロだった自信が少しだけ芽生え始めた。出会った方々に育てていただいた。医師,看護師,介護福祉士,作業療法士,理学療法士,言語聴覚士,栄養士,音楽療法士等の専門性や思考,課題や悩みを知る機会は貴重なものだった。その後長期にわたり,ミシガン大学と共同研究を行う契機を得,サバティカルの時は客員研究員として迎えていただいた。
5.高齢者心理臨床の魅力
① 多様なステージを生きてきた人のライフヒストリーに触れる
② 晩年の瑞々しい,現在進行形の葛藤に立ち会う
③ 何歳であっても「今を生きる人」の今に触れる
④ 多様な価値観とその微妙な調整力,移ろいに接する
⑤ 死に近づく弱くも強くもあるデリケートな存在と静かに響き合う
どのようにしてシンリシになったかを考え,一端を紹介する機会をいただいたことに感謝する。
黒川由紀子(くろかわ・ゆきこ)
黒川由紀子老年学研究所,上智大学名誉教授
資格:臨床心理士
主な著書:『百歳回想法』(木楽舎,2003),『回想法―高齢者の心理療法』(誠信書房,2005),『認知症と診断されたあなたへ』(編著,医学書院,2006),『認知症の心理アセスメント はじめの一歩,』(編著,医学書院,2018),『いちばん未来のアイデアブック』(編著,木楽舎,2016),『ミモザ』(木楽舎,2020),『「豊かな老い」を支えるやさしさのケアメソッド―青梅慶友病院の現場から』(編著,誠文堂新光社,2022)ほか。
趣味:朝早い散歩,神社で近所の人とする太極拳,たまにテニス