こうしてシンリシになった(2)|福盛英明

福盛英明(九州大学キャンパスライフ・健康支援センター)
シンリンラボ 第2号(2023年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.2(2023, May)

学生相談の現場に入って常勤カウンセラーとして勤務して約25年が経つが,大学院生の頃(20歳代中~後半)の自分はシンリシになるために将来の不安や自信のなさを抱えていた。そこで,どこかの有名な歌ではないが,当時,不安や疑問や悩みをもっていた大学院生の私に,今の「私」がメッセージを贈ろうと思う。


* * *


1. 将来自分はどんなふうに仕事をしているのだろう?

当時,まだ臨床心理士とか公認心理師などの資格は黎明期で将来どんなものになるかはっきりしてなかったね。資格制度は国家資格ができるなど大きく発展した。その後自分は大学の教員として,また学生相談カウンセラーとして高等教育の現場で教育の一環として学生さんの成長発達を支援したり,メンタルヘルスのサポートをしてちゃんと働いているよ。将来が見通せない時期には当然不安になるのは当たり前,君が今思っているような漠然と不安に思っていることは実際に仕事についてみると想像していたようなことはあまり起こらなかった。むしろその時その時で学ぶべきこと,解決すべき課題がでてくるんだ。君は「そもそも自分は心理職が向いているのだろうか?」っていつも思っていたよね。青年期の君が,将来自分がシンリシに向いているのかどうかを悩むのはすごく自然なことだと思う。実は自分がこの仕事が向いているかどうかは今になってもわからず,答えが出ていないよ。年月が経つにつれ,シンリシが向いているとかいないとかはあまり気にならなくなった。向いていると思う瞬間も向いていないと思う瞬間もあるけど,業務を責任をもって遂行することが大事になってくるのでそんなことを考える時間がなくなる感じかな。

「将来自分はどんなふうに仕事をしているんだろう?」という問いの「将来」は,時間とともにどんどん変化して,むしろシンリシとして完成した姿などは全く見えなくなった。ますます人生は今を生きる「過程」なんだなと思うようになったよ。

シンリシの仕事は「自分」と向き合いつつベテランになるまでずっと「学び続ける」という特徴があるんだ。特に自分の「心(性格や生い立ちを含む)」に向き合う必要がある。まだ臨床の経験の少ない君にとっては,シンリシの仕事はベテランになるとどんどん人を治していけるようになる,というようなイメージをもっているかもしれない。しかし経験が増えることで,自分の考えや経験の枠組みが邪魔をして,クライエントさんの話の内容を勝手にカテゴライズしたり,話を早わかりして聴いてしまうことがつい起きてしまったり,という新しい壁が出てきたりして,なかなか大変なんだ。君はジェンドリン先生のフォーカシングを勉強しているけど,そんな時に自分の心の内側を見つめるフォーカシングにはとても助けられた。

師匠の一人,村山正治先生はよく「好きなことをやったらいいんだよ」と院生に語ってたけど,それは本当だと思う。「好き」っていうのはなかなかわかりにくい言葉かもしれないけど,「今,興味があること」は,結果はどうなるかわからないけど思い切ってやってみるといいよね。


2.心理職として腕を上げるのにはどんな修行をしたらいいのだろうか?

カウンセラーになるには,スキルの側面だけではなく,時代や社会の変化,家族のあり方の変化をも含んでたくさんのことを学ばないといけない。私がシンリシになった頃は,例えば発達障害については知識としては知っていたけど,こんなに大きな学生相談カウンセリングの潮流になるとは思っていなかったし,最近になって大きく注目されてきているトラウマや愛着障害のテーマなども当時はそこまで注目されていなかったと思う。だから腕を上げるには,前もって決まったことを学ぶだけではなく,その時その時で必要な知識を勉強するしかないよ。

この仕事の魅力でもあり難しさでもあるのは,カウンセリングは自分一人の世界の中だけでは決して完結しないことだと思う。例えば,ものを作る仕事って,作り手は,修行してスキルを身につけないと質の高い素晴らしいものは完成しないし,認めてもらえない。もちろん心理職も,学会や研修会などで新しい方法や知見を学ぶことはとても大事だ。しかし,心理の仕事はカウンセラーがどんなに最先端のカウンセリングスキルを学習したとしても,どんなにすごい技法が使えるようになったとしても,目の前に相談に来ていただけるクライエントさんがそれを求めていなかったり,そのようなかかわりがいやだったら,何も援助ができなくなる。

最近は,シンリシとはいつも自分が誰かを助けている存在だ,っていう考えもだんだんゆらいできているよ。私も,仕事ではシンリシとして相談にのっているけど,自分の家族の介護について悩んでいる時はクライエントになる。つまり,援助したりされたりする役割は人生のいろんな局面で入れ替わるものなんだ。シンリシが「心理職として腕を上げる」ということはエビデンスを大事にする時代なのでもちろん大事だけど,それはカウンセラーとしての成長の一部だ。「修行」のようなストイックなかたいものではなくなって,カウンセラーとして心をどれだけやわらかく活き活き保てるのかが大事じゃないかな,と思うようになってきたよ。

だからクライエントさんと一緒にどうやって困難を協働して乗り越えるかがもっと大事だと思う。最近は「クライエントさんから学ぶ」割合が大きくなってきていて,クライエントさんが語る一言一言やその課題を乗り越える力に驚かされることがどんどん増えている(残念ながら私がまったくもって力が及ばないこともままあるけど)。

また,世の中にはシンリシ以外にもいろいろなクライエントの「支援者」がいることにいつも気づいておくことも大事だよ。シンリシだけがクライエントさんの支援者じゃないんだ。シンリシのかかわりはクライエントさんの支援にとって大事かもしれないが,実は援助の一部しか担っていないことに気づかされることも増えた(そしてよく探してみるとシンリシもひとりぼっちではなく,周りに自分を支援してくれる人がたくさんいることにも気づくよ。燃え尽きないためにもカウンセラーも必要な時は誰かにたよって自分自身の話を聴いてもらうことも大事だね)。

また,人生って例えば大事な人を失うとか,行き詰まるとか,病気になるとか,災害にあうとかどうしようもままならないことが起こることがあることは避けられない。それはクライエントもカウンセラーも同じこと。これまでいろいろな人がいっていることなのでオリジナルではないと思うが,最近は「起きた出来事は変えられない。でもその変えられない起きた出来事をどうとらえ,その中でどう生きるかは自分が選択できる」ということを考えるようになってきた。シンリシは予防や心理教育を通して出来事をコントロールできることももちろんあるけど,大変なことが起きた出来事について一緒に考えて,その時その時をどう生きたらいいかを一緒に考えるような存在だと思うようになった。師匠の一人の峰松修先生が「治そうとしない」という表現でご自身の態度を表現されていたけど,今は少しわかるようになってきた気がする。結局は来られたクライエントさんの話を,どれだけ丁寧に落ち着いた大きな心でお聴きして,カウンセラーとしてやれること,できること,変えられることの中で最善をつくす,ということに収束してゆくのではないだろうか,と思うようになってきた。


3.研究と臨床は両立しないような気がする

君は,大学院生時代は研究論文を書くことと臨床の両方が必要で,その両立は難しいと言われてたよね。これまでたくさん実践経験を積んできたけど,臨床と研究はそんなに対立しているものではなく,自分の経験してきたこと,していることを一旦言葉にしてまとめてみたいと思う気持ちが出てきたよ。

大学院生の君はきっと研究はすごい立派な成果を出さないといけないと思っているんじゃないかな。でも実際は君が想像しているよりずいぶん楽しく研究をやれるようになっているよ。一つは自分にとって,研究仲間ができたことはとてもよかった。研究は自分一人でやるイメージがあるかもしれないけど,チームでああでもない,こうでもないって議論したり,集まって話したりするのはとても楽しいことだ。

臨床心理学の研究は人に関することへの好奇心を失わないことが大事だよ。「研究」という言葉が重いと感じる時は,夏休みの自由研究,という時の「研究」というくらいの軽い意味合いに解釈するといいかもしれないね。例えば,私は時々趣味で植物を育てているが,「どうやったらこのいちごの実が甘くて大きく育つのかなあ」なんていうのも「研究」だよ。インターネットで調べてみて「なるほど」と勉強しても,実際に土に触って土作りをやってみても,うまくいくときもあればうまくいかない時もあって楽しい。最初は深く考えすぎずに,もっと気楽にとりくんでほしいなと思う。


* * *

当時の私は,自分がどういう人生を歩むのかが見通せず,保証もなく,将来が不安であった。私が今,過去の自分に送りたいのは,どこへ向かっていくのか,正しいかどうかなんてずっとわからない中でも,いろんな人や出来事を経験するプロセスが大事で,だから不安はたくさんあってもその時の内なる促しに従ってやりたいことをやったほうがいい,とというメッセージだ。10年後,おそらく引退した自分はこんな文章を書いている今の私にどんなメッセージをくれるのか,楽しみである。

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福盛英明(ふくもり・ひであき)
九州大学キャンパスライフ・健康支援センター
公認心理師・臨床心理士

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