不可視化するアグレッション(1)アグレッションはどこへ?|畑中千紘

畑中千紘(京都大学大学院教育学研究科)
シンリンラボ 第40号(2026年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.40 (2026, Jul.)

1.はじめに

1)ある大学生の感想

先日,大学の実習で印象に残った出来事があった。実習内で学生同士でのグループディスカッションを行ったのだが,ある学生の感想に「仲のいい友達に反対意見を言わなければならないのがとても辛かった」と書かれていたのである。その日のディスカッション自体には険悪な雰囲気などは(少なくとも筆者からは)見て取れず, “みんな熱心に議論に参加してくれているな”などとのんきに構えていたら,上記のような感想が目に飛び込んできて驚いてしまった。政治的信条とか宗教的な背景など,よりパーソナリティに近いところに触れる議論であれば,相手を否定しないように気を遣っただろうと想像もしやすいが,その日のお題は全くそのようなものではない。にも関わらず,意見を言い合うこと自体が辛いとは,一体どういうことだろうか。

2)クレーマー対応の緊張感

このことには,対人関係に対しての過剰なまでの繊細さが関わっていると考えられる。おそらく学生自身も,ディスカッションが異なる意見を出し合うことで建設的に展開していくことは理解していたはずだ。しかし,頭ではわかっていても,実際に意見を述べる際には,相手を傷つけたり否定したりしてしまうのではという強い不安が生じ,表現に細心の注意を払い続けた結果,外からは見えないところで多大なエネルギーを消費していたのではないかと推察される。このように,他者に対して自分がネガティヴな影響を与えるのではと過敏になる状況は,クレーム対応の場面などを考えてみると想像がしやすい。いわゆる“クレーマー”は情緒的に不安定になっており,普通ならすっと流せる言葉でも,ひっかかって怒り出してしまう可能性が高い。このような場面で自分の意見を伝える際には,それがいかに正当で常識的なことであったとしても,相手を刺激しないよう,慎重に言葉を選んで話すことになる。“これはあなた自身に対する拒絶や否定ではありません”というメッセージを込めつつ,自分の言いたい情報は伝え,なおかつ自身の慎重さを悟られないようあくまでフラットな態度に見えるよう気を配る。もし,あのディスカッション場面で学生がこの「クレーマー対応」のときのような緊張感を抱えていたのだとすれば,「とても辛かった」という感想が出てくるのは当然の帰結であろう。

2.対人関係にみられる二面性

1)対人感受性の先鋭化

同級生との間でこれだけ繊細さが発揮されていることに驚いた一方で,現在の大学生世代であれば,こうした感覚をもつ人は一定数いるのかもしれないとも思われた。社会学者の土井(2008)は,現代の若者世代の研究の中で,関係性の崩壊を恐れるあまりに「他者と積極的に関わることで相互に生じるかもしれない摩擦を,あらかじめ周到に回避」する傾向を「優しい関係」と呼んだ。すでに15年以上前の指摘である。また,臨床心理学者の岩宮(2025)は,スクールカウンセラーなどでの経験をもとに,中高生の人間関係の関心の範囲がますます狭くなっていること,そして「その狭い範囲の人間関係への関心と気遣いがどこまでも濃く」なっていることを指摘している。

自分と違う世代に対しても,気遣いの先鋭化は進んでいるようだ。たとえば金間(2022,2025)は一連の書籍において,近年の若者の性質を“いい子症候群”という概念を中心に分析している。“いい子症候群”とは,一見素直でまじめ,協調性がある,言われた仕事はきっちりこなす,先輩世代に対してどのような応対をすると正解かよく知っているという特徴があるために,年配者からは「素直で真面目でいい子」と評されるという。ただし一方では,“仕事に対する熱意がない”,“人の意見は聞くが自分の意見は言わず質問もしない”,“プライベートを含めた自分の権利を主張する”などの傾向もあるため,「何を考えているかわからない」と思われてしまう。金間によれば,このような二面性の背景には,「目立ちたくない,100人のうちの一人でいたい」という強い動機があり,横並びでいるためのスキルの発動の結果が「真面目でいい子」な様相となるということなのだ。確かに,近年では学生に「就職して1ヶ月たったけど,生活はどう?」というレベルの質問をしてみても,定型文のような答えが返ってくるだけで,実際の様子は全く見えてこないということは多い。他者や場に波風を立てないための適応戦略として無難な答えを示すことに長けている若者は多いのであろう。

2)対人感受性の希薄化

他方,対人的な感受性は単純に先鋭化しているともいえないと思われる。筆者は10年ほど前からアグレッション注1)に着目していくつかの研究を進めてきた。そのきっかけになったのは,皮肉を含んだ言い回しを自発的に感知できない学生が増えていることであった。京都大学の心理学関連の実習においてのことである。ある物を壊してしまった人が「それは○○さんが気に入っていたものだったのに」と嫌みを言われるというシーンに対しての反応を書いてもらったところ,ただ謝るという回答が非常に多くみられた。違和感を覚えて尋ねてみると,100人ほどいた学生の半数ほどが,相手の言葉に込められた皮肉に気づいていなかった。京都大学の学生は批判的思考が強いと言われてきただけに,半数もの学生がこれに気づかないことは筆者にとっては衝撃ともいえる体験であった。おそらく国語能力も低くはないと思われる学生たちが「物を壊してしまった場面なので謝っただけです」と平然と述べ,相手が含ませた毒に全く気づいていない。自分が相手に与えるネガティヴな影響には過剰なまでの敏感さを示す一方,相手が自分に向けるネガティヴ感情に対しては驚くほど鈍いという,アグレッションへの感度の偏りがここに見て取れる。

注1)アグレッションの定義については本稿後半に述べる。

3.現代社会におけるアグレッションの潜在化と顕在化

1)アグレッションの潜在化:穏やかになった社会

「自分が相手に与えるネガティヴな影響には過敏だが,相手が自分に向けるネガティヴな感情には鈍感」という二面性は,個人レベルだけではなく,社会レベルでも観察される現象のように思われる。まず,前者の方から見てみよう。先にあげた“いい子症候群”のような傾向は若い世代にだけみられるものではなく,全体的に“いい人”化は進んでいる。会議の場で怒声をあげる,飲み会で飲酒を強要したり酔いに任せてセクハラ発言をするなどは20年ほど前には決して珍しい光景ではなかったが,今ではすっかり見かけなくなった。また,ハラスメントに対する意識も非常に高まっている。たとえば,文末に「。」(マル)をつけると威圧的に感じるから「マルハラ」だなど,ありとあらゆることがハラスメントの可能性を孕み,その種類はもはや把握できないほどである。その結果,ハラスメントと言われることを恐れ指導や注意を躊躇したことがある人は,一般社員,管理職のいずれにおいても6割を超えているという調査結果もある(公益財団法人21世紀職業財団,2026注2))。また,別の調査(Job総研,2023注3))では「叱られた経験なし」と答えた20代は75.2%にも達しており,実際に厳しい注意や指導は行われなくなってきているようだ。

近年では反抗期がなかったと自認する人も若者の約半数ほどに上り(ネオマーケティング,2025注4)),現代の若者の多くにとって,親は反発する対象ではなくなってきていることが示唆されている。親ばかりではなく,社会全体において,“女は30歳までに結婚すべき”“恋愛は男と女がするものだ”といった,ある種わかりやすく固定的な価値観はかなりの程度弱まっており,就職,結婚,出産,引退など人生の節目にあった社会からの圧力は影を潜めてきている。他者の生き方,あり方にネガティヴな圧力をかけることはもちろん,口出しや意見をすることすらタブーとなりつつあるようだ。

注2)5000名以上の企業従業員を対象に行われた調査
注3)約700名の社会人を対象に行われた調査
注4)2025年に16〜23歳の現役学生600名を対象に行われた調査
2)現代におけるアグレッションの顕在化

このように,現代の日本社会を見渡すと,全体にアグレッションの表出を抑制する力が強く働いており,他者との関係に非常に慎重になっている様相が浮かび上がってくる。しかしそれと矛盾するようだが,現在の社会では,アグレッションの抑制がきかず暴発しやすくなっていることを示すデータも多くみられる。たとえば,文部科学省による令和6年度調査(2025年10月公表)において,小中高での暴力行為の総数は12万8859件と過去最多を更新した。特に小学生の暴力行為は10年間で7倍以上となっており,児童間の殴る・蹴る行為のみならず,教員に対する暴力や器物損壊も高水準に上っている(文部科学省,2024)。学校の外へ視線を移すと,2017年には危険な妨害運転による死亡事故が大々的に報じられ,「あおり運転」が新語・流行語大賞にノミネートされるまでになった。また,店舗の従業員などに対して理不尽な要求や暴言を浴びせるカスハラ(カスタマー・ハラスメント)の激化,SNSなどでの集団リンチまがいの誹謗中傷,“テロ”とも表現される他害的な迷惑動画の拡散,指示役に言われるがまま強盗や殺人などの過激な犯罪を犯してしまう「闇バイト」問題……と,アグレッションが噴出・暴発することで他者に多大な損害を与えるような事件は後を絶たない。実際,放課後に公園で子どもだけが遊んでいるというような,かつての日本で当たり前にみられたのどかな光景は都市部ではほぼ見られなくなっており,ごく普通の住宅街でも,子どもが安全に過ごせる保証はなくなってしまったのかもしれない。

4.アグレッションへの感度の高まり

1)日本は凶悪化しているわけではない?

このように,社会の治安は悪化し,我々が接するアグレッションの総量は物理的に増えているかのように感じられる。しかし,データを丁寧に紐解くと,少し違う景色も見えてくるようだ。たとえば,河合(2009)は著書『日本の殺人』において,法社会学の立場から,日本が本当に凶悪化しているわけではないことを指摘している。この本では,日本で起きている殺人事件は減少傾向にあり,検挙率も非常に高い水準をキープしていること,殺人の大半は親族間や知人関係で発生しており,無差別の凶悪犯罪の実数が顕著に増加しているわけではないことなどが説得力をもって示されている。データに基づいたこの指摘は,私たちの実感とは大きく異なり,驚きを伴うものである。

2)アグレッションに対する感度の変化

私たちが,実態よりも強く治安悪化を感じていることの背景には,アグレッションに対しての理解の枠組が整備され,それに対する社会の感度が高くなったことの影響が大きいと考えられる。たとえば,スポーツの強豪校などでみられた拷問のような練習やコーチからの肉体的制裁は,かつては「勝利のための試練」であったが,現在では「体罰」・「暴力」と認識されるようになった。いじめに関しても,文科省が2006年に,本人が精神的な苦痛を感じているものとしてその定義を大幅に拡大したことで,認知件数が前年度の約6倍の12万5千件へとはねあがる現象がみられている。DV(配偶者からの暴力)やストーカー事案の相談・認知件数にも同じような増加傾向がみられるが,これらの背景には,「モラハラ(精神的DV)」など,問題行為を捉える概念・ワードがSNSなどを通して広く知られるようになったこと,相談体制の拡充,法的整備の進行など,当該事象を明確に「問題」として区切る枠組が整ったことで,多くの人に認知されやすくなったという状況がある。これまで“子どものけんか”,“家庭内のいざこざ”,“内輪のもめごと”として内々に処理されてきたものが,社会的・法的な問題として可視化されることで,私たちのアグレッションに対する感度は鋭敏になっているのである。

5.アグレッションを抱えられない心と社会

1)欲望を見せるのは未熟

ここまで,現代社会ではアグレッションの潜在化と顕在化という相反する動きが同時に進行していること,またそれには私たちのアグレッションへの感度の高まりも影響していることを見てきた。これらの現象の根底には,アグレッションを内側に抱えておく力が,個人レベルでも社会レベルでも弱くなってきているという構造上の変化があるように思われる。

本稿冒頭で述べた「自分に敵意がないことを積極的に示そうとする」学生の例もその典型である。自身の内側にアグレッションが存在しているのではという不安が,少しの自己主張も許容しない強迫的な態度として表れてくる。また別の例として,自分の存在を完全に消し相手に尽くす芸能人の恋人が「プロ彼女」として賞賛される一方で,わずかでも自分を表に出す行為は「におわせ」として強く非難される現象がある。自分を出してはいけないという圧力は仕事や友人関係でも同様にかけられており,少しでも上昇志向や自分の充実ぶりを示そうものなら「意識高い系」「承認欲求の塊」と揶揄されたり,「マウンティング」として叩かれることにもなりかねない。

自己主張や嫉妬,競争心など,アグレッションを源泉とする感情が少しでも見えると,それは未熟さと見なされ叩かれてしまうのが今の日本社会の現状だ。この構造は,いじめやDVの認知件数の増加にも通じている。つまり,出過ぎた欲望や衝動を検知し,分類し,問題化する枠組を作ることによって,社会全体がアグレッションの存在をなきものにしようとする動きにとらわれていると理解することができるのである。

2)内在化の困難さが産む解離と暴発

アグレッションを内に抱えたまま処理することの難しさは,他者に対する反応にも影響を及ぼす。他者のアグレッションに触れると,自動的に心のシャッターが降り,それを感知しないようにする,いわば解離的な反応が,先に述べた他者のアグレッションに対する鈍感さである。また,自身にアグレッションが生じた際にそれを抱えたりコントロールする力が弱まっていると,それを突発的に噴出させてしまう人が増える。周囲のアグレッションセンサーも高感度になっているため,結果として暴力的事象が増加して見える事態になっている。実際には,今も昔も人の心には多かれ少なかれアグレッションは内在している。しかし,その存在を認めようとせず,何らかの形で無理にごまかしたり隠したりしようとすることで現代社会においてはアグレッションをめぐるねじれ現象が生じてきているのではないだろうか。

6.本連載におけるアグレッションの定義

1)広く主張的な方向性をもつ心的エネルギー

最後に,本連載におけるアグレッションという語の使い方について触れておきたい。心理学の歴史を紐解いても,アグレッションは様々な枠組で扱われてきた概念だ。本稿では,他者への危害行動や破壊衝動のような病理的な攻撃性からその概念を広げた,ローゼンツヴァイクRosenzweigの定義を参照する注5)。ローゼンツヴァイクは,人がなんらかの障害に直面したときに発生する「自己主張的な(self-assertive)反応の総体」としてアグレッションを捉え,否定的,破壊的であると同時に肯定的,建設的にも機能し得るものと考えた 。本稿でアグレッションというときには,「人がなんらかの障害に直面したときに発生する自己主張的な反応の総体」として,病理的,非適応的にもなり得るが,肯定的・建設的な機能も持ち得る広義の自己主張的な心的エネルギーという意味である。

 注5)ローゼンツヴァイクの立場や理論的背景についてはシンリンラボの中でも詳しく解説されているため,そちらも参照されたい
https://shinrinlab.com/shinrikensa01/
2)不可視化するアグレッション

ここまで述べてきたように,現代社会においては,アグレッションは十分な統制下にあって無害化されていることがよしとされている。しかし現実には,そのコントロールは難しく,容易に破綻してしまう。それゆえに,その統制に過度に神経を使う強迫的な心性が強まる場合と,アグレッションなどそもそも存在しないことにされるような解離的な心性が強まる場合が入り交じって,二極化の様相をつくりだしているのだ。本連載では,この「アグレッションを内在させておくことの難しさ」からくる,アグレッションの不可視化現象について,様々な題材をもとに考えていく。具体的な調査研究などを紹介しつつ,今の社会や個人がアグレッションとどのようにつきあっているのかについて議論を深めてみたいと思う。

文  献
  • 土井隆義(2008)友だち地獄—「空気を読む」世代のサバイバル.ちくま新書,p.12.
  • 岩宮恵子(2025)思春期センサー:子どもの感度,大人の感度.岩波書店,p.5.
  • Job総研(2023)“2023年 上司と部下の意識調査”.Job総研 公式サイト.2023-01-23.https://jobsoken.jp/info/20230123/,(参照 2026-05-31).
  • 金間大介(2022)先生,どうか皆の前でほめないで下さい:いい子症候群の若者たち.東洋経済新報社.
  • 金間大介(2025)無敵化する若者たち.東洋経済新報社.
  • 河合幹雄(2009)日本の殺人. 筑摩書房.
  • 公益財団法人21世紀職業財団(2026)職場におけるDEI推進に関する実態調査[概要].https://www.jiwe.or.jp/wp-content/uploads/2026/02/2024_DEI_chosa_gaiyo.pdf(2026年6月1日閲覧).
  • 文部科学省(2024)令和5年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要.(https://www.mext.go.jp/content/20260116-mxt_jidou02-100002753_1_3.pdf 2026年5月31日閲覧).
  • ネオマーケティング(2025)“高校生・大学生に聞いた「反抗期に関する意識調査」”.PR TIMES(プレスリリース).2025-01-14.prtimes.jp,(参照 2026-05-31).
  • Rosenzweig, S.(1976)Aggressive behavior and the Rosenzweig Picture-Frustration (P-F) Study. Journal of Clinical Psychology, 32 (4); 885–891.
+ 記事

畑中 千紘(はたなか・ちひろ)
京都大学大学院教育学研究科
資格:公認心理師,臨床心理士,日本ユング心理学会認定心理療法士
主な著書:『話の聴き方からみた軽度発達障害』(単著・創元社),『発達の非定型化と心理療法』(共著・創元社),『SNSカウンセリング・ケースブック』(共編著・誠信書房),『SNSカウンセリング・トレーニングブック』(共編著・誠信書房)ほか

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