佐藤淳一(武庫川女子大学)
シンリンラボ 第18号(2024年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.18 (2024, Sep.)
1.はじめに
虫の知らせ,予感や第六感,意味のある偶然や一致,インスピレーションやセレンディピティ。これらには「直観(intuition)」が働いている。辞書をひくと,直観とは「ものごとの本質や真相を,推理などの論理的判断によらず,ただちに対象の本質を見抜くこと」を意味し,「瞬間的にこころで感じ取る」直感とは区別される。本稿は,対人支援における「直観」と読みかえて,ユングのタイプ論における直観を紹介し,直観に関する研究成果や,臨床実践への活かし方について述べてみたい。
2.ユングのタイプ論における直観とは
ユングはタイプ論の中で,直観を,思考,感情,感覚とならぶ,意識の機能として位置づけた。本稿では直観を説明する前に,まず,ユングのタイプ論から説明しよう。精神医学者であり深層心理学者のカール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung, 1875-1961)は,自らの立場を分析心理学と呼び,言語連想法を研究の出発点として,コンプレックス,元型,自己,集合的無意識など重要な概念を提起した。中でも『心理学的タイプ(以下,タイプ論と略)』(Jung, 1921/1987)は,ユングの著作の中では初期の代表作にあたる。
一方,ユングのタイプ論は,心理学一般においても古典的,代表的なパーソナリティの類型論としてよく知られている。中でも外向や内向といった概念は,後年,多くの研究者や心理検査に影響を与えた。経験に近い心理学用語として,私たちの日常にも広く浸透している。
ユングによれば,ある個人の心理学的タイプは,「外向-内向」という一般的態度と,「思考-感情」および「感覚-直観」という心的機能の2つの側面からなる。一般的態度とは心的エネルギーの基本的な方向性を定める構えのことで,心的機能とは現実世界と関わる際に適応するための意識の機能のことである。この一般的態度と心的機能がどのように組み合わさるかによって,個人の心理学的タイプが決まるとした。この際,外向と内向,思考と感情,感覚と直観は互いに相反する性質をもっている。例えば,五感の感覚を働かせているときに,予感や直観を感じ取るのは難しい(あるいは予感や直感を働かせているときに,五感の感覚を感じ取るのは難しい)。⼀⽅の⼼的機能が意識に表れているとき,もう⼀⽅の⼼的機能が無意識下に沈み込んでいるからである。
タイプ論によると,感覚(sensation)とは「五感による感覚,すなわち感覚器官や身体感覚による知覚」(Jung, 1921/1987,邦訳p.458)を意味する。ここで言う感覚には,主体が外側からの刺激に対してどのように感じるのかという客観的感覚とともに,外的からの刺激を受け,主体が内的にどのように感じるのかという主観的感覚も存在する。一方,直観(intuition)とは,「知覚を無意識的な方法によって伝える心的機能」(Jung, 1921/1987,邦訳p.475)を意味する。感覚は五感の感覚によって今ここの現実を捉えている点から「現実の知覚」と呼ばれるのに対し,直観は予感や第六感によって今ここにない可能性を示す点から「可能性の知覚」(Jung, 1921/1987,邦訳p.395)と呼ばれる。
この感覚と直観は,ものごとをありのまま把握する点で知覚機能と呼ばれる。あるいは思考や感情といった合理機能に対して,非合理機能とも呼ばれる。ここでいう非合理とは理性に反することではなく,理性の枠外にあることで,あくまで意識の機能を指している。
ユングは非合理タイプの治療者を説明するのに,心因性めまい発作の患者に対する見方の違いを取りあげた。「感覚タイプは,めまい発作の『現実』を見ようとするため,その症状の状態や様子,その経緯を細部にわたって捉えようとする。それに対して直観タイプは,めまい発作の『背後』を見ようとするため,その現象を引き起こした内的イメージ,つまり心臓を矢で射貫かれてよろめいている患者のイメージに引きつけられる。そして,このイメージが変化し,発展し,消失してしまう姿を見届ける」(Jung, 1921/1987,邦訳p.430)。
3.タイプ論の直観に関する研究成果
しばしばユングのタイプ論は,歴史的,思弁的な理論であって,実証的なデータを前提としないと受け取られることがある。しかし,国外ではタイプ論の尺度であるMBTI(Myers-Briggs Type Indicator)を用いた研究知見が膨大に蓄積されており(Myers et al., 1998),国内でも筆者はタイプ論の尺度JPTS(Jung Psychological Types Scale)を作成して以下のような研究成果を見出した(佐藤,2023)。このことからも,ユングのタイプ論は科学的アプローチと必ずしも対⽴せず,豊かな情報を与えてくれる可能性がある。以下にタイプ論の調査研究の中から,直観に関する知見をいくつか紹介する。
1)パーソナリティ心理学における直観
5因子モデルとはパーソナリティを包括的に記述する共通言語が5因子から構成されることを意味し,近年のパーソナリティ研究の主要なトピックの1つとなっている。国内外の調査からは,タイプ論の直観機能と性格特性5因子論の「新たな経験への開放性」との対応が明らかになっている(McCrae & Costa, 1989;佐藤,2023)。つまりタイプ論の直観機能は,積極的な創造性,内的感受性の強さ,多様性の重視,知的好奇心,判断の独自性といった新たな経験との繋がりが示唆されている。
また近年,国内外で感覚処理感受性のテーマに関する関心が高まり,様々な研究が進んでいる。感覚処理感受性とは,聴覚,視覚,触覚,嗅覚から得られる情報を処理する際の感受性のあり方を意味する(Aron, 2004)。中でも美術や音楽に深く感動する美的感受性は,適応的側面と結びつく概念として注目されているが,国内の調査からは直観機能が高い人ほど感覚処理感受性の美的感受性を高く示した(佐藤,2023)。一方,感覚処理感受性の敏感さが対人関係場面に発展した状態をエンパス(empath)と呼ぶが(Orloff, 2017),直観機能の高い人ほど,他者や周囲のストレスフルなエネルギーを自分に取り込んでしまう情動吸収を高く示していた(佐藤,2023)。
直観機能は無意識内容を伝える意識の機能という点で,夢みに対する主体の態度と関わると予想される。「夢への態度」とは覚醒時に主体が夢み体験をどのように捉えているかということで(Sherdl, 1996),夢への態度が積極的な人ほど自らの夢を理解しようとするため夢み経験を導く。国内の調査から,直観タイプは感覚タイプよりも夢み体験に開かれていて,夢み経験の頻度を多く報告していた(白井・佐藤,2020)。
2)臨床実践における心理臨床家の直観
臨床実践に心理臨床家のパーソナリティが関与するならば,心理臨床家の心理学的タイプは心理療法のオリエンテーションとどのように関わるのだろうか。ブラッドウェイの行った一連の横断調査によれば,米国のユング派分析家28名(Bradway, 1964),米国のユング派分析家および訓練生92名(Bradway & Detloff, 1976),世界のユング派分析家172名(Bradway & Wheelwright, 1978),米国のユング派分析家および訓練生196名(Bradway & Detloff, 1996)を対象に,タイプ論の尺度GW/JTSと分析家自身の自己評定を行った。いずれの結果からもユング派分析家ならびに訓練生の心理学的タイプは,「外向-内向」では内向タイプが70%から90%,「思考-感情」ではほぼ同じ割合,「感覚-直観」では直観タイプが70%から90%をそれぞれ占めていた。
これにユング派以外のオリエンテーションや心理療法の技法も含めて検討するとどうなるのだろうか。日本国内の心理臨床家182名の心理学的タイプと心理療法の学派(理論)および技法のオリエンテーションとの関連をみたところ,分析心理学を志向する心理臨床家は直観機能が優位であること,心理臨床家の心理学的タイプと技法のオリエンテーションとの関連をみたところ,芸術療法・夢分析を志向する心理臨床家群は直観機能が優位であることを見出した(佐藤,2023)。国内外を通して分析心理学という学派や芸術療法・夢分析という技法を志向する心理療法家の心理学的タイプは,直観機能が優勢であることが示されている。
非言語作品を読み取る際に,受検者の心理学的タイプによって作品表現はどのように異なるのだろうか,また心理臨床家の心理学的タイプによって作品への見方は異なるのだろうか。箱庭作品の制作者の心理学的タイプと作品の印象評価の関連を検討したところ,直観タイプの作品は感覚タイプよりも「強さ・エネルギー」の印象評価を高く示した(佐藤,2023)。また,箱庭作品の評定者の心理学的タイプと作品の印象評価の関連を検討したところ,直観タイプの評定者は感覚タイプよりも作品に「くつろぎ・まとまり」の印象を高く評価する傾向がみられている。
4.臨床実践で直観や勘をうまく働かせるコツ
心理臨床家が臨床実践で自らの心的機能を働かせることは,オリエンテーションや技法に溶け込んで,おのずと実践されていることかもしれない。例えば,直観タイプの心理臨床家なら,夢やイメージ表現といった非言語的アプローチを用いることは,自らの直観機能を臨床実践に活かそうとしていると言える。逆に感覚タイプの心理臨床家なら,セッション中も今ここの感覚を働かせてコメントしたり,身体的なアプローチを臨床実践に用いやすいと言える。このように心理臨床家一人ひとりの優越機能によって臨床実践で直観をどのように働かせるかは異なると考えられる。
セラピストの心的機能と臨床実践について検討したクエンクとクエンク(Quenk & Quenk, 1982)は,「思考タイプのセラピストなら論理的解決,感情タイプのセラピストなら共感的理解,感覚タイプのセラピストなら現実的で実際的対応,直観タイプのセラピストなら問題を一目で見抜く点」がそれぞれの特徴であると述べた。直観タイプの分析家を考察したサビーニ(Sabini, 1988)は,クライエントが現在多くの問題を抱えていても,その将来の成長可能性をよく認識していると評価する一方,感覚機能が劣等であるため,クライエントの現実的問題を見落としがちになると指摘した。
臨床実践で直観をうまく働かせるコツはあるのだろうか。まず思いつくのは,思考や感情といった判断過程によって邪魔されないことである。例えば,クライエントの語りを聞きながらいつもと違った感じがして,言葉で言えない何かがひっかかること。語られる意味や感情にとらわれず,感覚的に捉えられるようになること。クライエントとやりとりをする中でリズムやタイミングが合うようになること。偶然のように思われるできごとが一つに結びつくように感じられること。これらはちょうど,子どもと楽しく遊んでいるときに感じることや,芸術作品を味わい深く感じるようなことと似ている。人は大人になると,あるいは仕事となると,ものごとやできごとを意味や価値によって,いち早く判断し,説明し,納得しようとする。しかし,知覚機能を働かせるには,いったん判断プロセスを保留し,感覚や直観によってあるがまま味わうことに徹するのが大事になる。先のユングの言葉を借りるなら,臨床実践における直観は,症状や問題の現象を引き起こした内的イメージやクライエントのイメージに注目する。そして,このイメージが変化,発展し,消失していくまでその姿を見届けようとするのである。
文 献
- Aron, E. N.(2004)Revisiting Jung’s concept of innate sensitiveness. Journal of Analytical Psychology, 49; 337-367.
- Bradway, K.(1964)Jung’s psychological types: Classification by test versus classification by self. Journal of Analytical Psychology, 9; 129-135.
- Bradway, K. & Detloff, W.(1976)Incidence of psychological types among Jungian analysts classified by self and by test. Journal of Analytical Psychology, 21; 134-146.
- Bradway, K. & Wheelwright, J.(1978)The psychological type of the analysand its relation to analytic practice. Journal of Analytical Psychology, 23; 211-225.
- Bradway, K. & Detloff, W.(1996)Psychological type: A 32 follow-up. Journal of Analytical Psychology, 41; 553-574.
- Jung, C. G.(1921)Psychologische typen. Rascher Verlag.(林道義(訳)(1987)タイプ論.みすず書房.)
- McCrae, R. R. & Costa, P. T.(1989)Reinterpreting the Myers-Briggs type indicator from the perspective of the five factor model of personality. Journal of Personality, 57; 17-40.
- Myers, I. B., McCaulley, M. H., Quenk, N. L. & Hammer, A. L.(1998)MBTI Manual (third edition): A guide to the development and use of the Myers-Briggs type indicator. Consulting Psychologist Press.
- Orloff, J.(2017)The empath’s survival guide: Life strategies for sensitive people. Boulder, Colorado: Sounds True.
- Quenk, A. T. & Quenk, N. L.(1982)The use of psychological typology in analysis. Stein, M. (Ed) Jungian analysis.Open court, pp157-172.
- Sabini, M.(1988)The therapist’s inferior function. Journal of Analytical Psychology, 33; 373-394.
- 佐藤淳一(2023)ユングのタイプ論に関する研究─「こころの羅針盤」としての現代的意義.箱庭療法モノグラフ,21.
- Schredl, M.(1996)Dream recall, attitude toward dreams, and personality. Personality and Individual Differences, 20; 613-618.
- 白井綾菜・佐藤淳一(2020)タイプ論の直観機能と夢への態度,夢み体験との関連.武庫川女子大学発達臨床心理学研究所紀要,21; 1-10.
佐藤 淳一(さとう・じゅんいち)
所属:武庫川女子大学心理・社会福祉学部
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書・訳書:
箱庭療法学モノグラフ第21巻『ユングのタイプ論に関する研究:「こころの羅針盤」としての現代的意義』(創元社,2023年)
A・ストー(著)『心理面接の教科書:フロイト,ユングの知恵と技から学ぶ』(単訳,創元社,2015年)