福井里江(東京学芸大学)
シンリンラボ 第42号(2026年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.42 (2026, Sep.)
1.カップルという関係性の特徴とカップル・セラピー
カップル関係は親密な関係性として始まるが,その旅路には,さまざまな葛藤や困難が生じることが少なくない。こんなとき,カップル間にはさまざまな感情が揺れ動き,関係が揺さぶられる。野末(2015)は,カップルにおける親密さを妨げてしまう心理として「依存への恐怖」「自立への恐怖」「優しさへの恐怖」「感情への恐怖」「怒りへの恐怖」「コントロールを失う/コントロールされることへの恐怖」「拒絶されること/見捨てられることへの恐怖」を挙げているが,こうした心理は,まさに葛藤や困難に直面しているカップルが多く経験するものである。
カップル・セラピーの主な手法には,統合的行動療法的カップルセラピーや感情焦点化カップルセラピーなどがあり,多くの研究を通してカップル・セラピーには効果があること,また介入モデルにかかわらず,セラピストの関係構築スキルが一貫して重要な要因となっていることが示されている(Lebow et al., 2022)。
また,カップル・セラピーの予後に関する重要な要素としては,「感情変化」「解決されていない葛藤の受容」「認知および感情的な変化と考えや感情の共有」「夫婦間での感情交流の増加」「否定的な感情を統制し扱う能力の増加」があるとされ(Alexander, 1994; 中村, 2013),その多くが感情や認知に関するものであることが見てとれる。
カップル・セラピーにおいては,どのような介入モデルを用いるにせよ,セラピストがカップルとどのように信頼関係を築くか,またどのように感情や認知に効果的に働きかけるかが重要であると考えられる。
2.セラピーにおける「セラピストの自己」の重要性
しかし,セラピストも人間である。カップルそれぞれにその人が背負ってきた歴史,家族関係,人間関係,価値観等があるのと同様に,セラピストにもそれぞれの背景がある。こうした「セラピストの自己」という側面がセラピーのプロセスや結果に与える影響については,フロイトによる逆転移という概念に代表されるように,心理療法全般において古くから関心を集めてきた。
従来は,セラピスト自身の内的反応がセラピーのプロセスを妨げてしまうのをいかに防ぐかに焦点があったが,その後,セラピストが自分自身をいかに活用しうるかという側面にも注目が集まるようになった。1987年には『Use of Self in Therapy』という書籍が出版され(第3版(Baldwin, 2013)まで改訂),さまざまな立場のセラピストが論考を寄せている。
たとえばサティアSatir(2013)は,「真の変化への道は,セラピストの最も深い“自己”とクライエントの最も深い『自己』との出会いを通じて開かれる」と述べ,また晩年のロジャーズRogersは本書に収められたインタビューにおいて,「私は自分の著作において,3つの基本条件(自己一致,無条件の肯定的関心,共感的理解)を強調しすぎていたのではないだろうか。おそらく,それらの条件を縁取る何か――つまり,私という自己がとてもはっきりと明らかに存在していることこそが,セラピーにおいて真に最も重要な要素なのだ。」という印象的な言葉を残している(Baldwin, 2013)。
3.トレーニングにおける「セラピストの自己」
こうした背景のもと,「セラピストの自己」は,心理療法やカップル・家族療法のトレーニングやスーパービジョンにおいても,介入モデルを問わず重要なテーマであり続けてきた。たとえば米国夫婦家族療法学会が定めた「結婚・家族療法のコア・コンピテンシー」(American association for marriage and family therapy, 2004)では,セラピストが身につけるべきコンピテンシーの一つとして「クライエントや治療プロセスに対する自分自身の個人的反応を,特にセラピーにおける行動,クライエントとの関係,実施手順の説明プロセス,およびセラピーの効果の観点からモニタリングすること」が挙げられている。また,感情焦点化療法では,スーパービジョンの目標の一つとして「スーパーバイジーがセラピーにおいて,自身の感情のプロセスを調整し、活用できる能力を身につけられるようにすること。」が挙げられている(Palmer-Olsen et al., 2011)。
一方で,こうした「セラピストの自己」は,セラピーのプロセスと切り離して修練するだけでは十分ではない。それをセラピーのプロセスの中で専門家として発揮できてこそ,セラピーに肯定的な影響を与えられると考えられる。しかし,その両方を高めることを目的とした体系的なトレーニングシステムはほとんどないのが現状である。また,「セラピストの自己」をめぐっては,感情的に健全なセラピストになることや個人的な問題を解決することが求められることも未だに多いが,クライエントが出会うのは欠点も含めた今のセラピストであり,それが解決された未来の姿ではないのだから,今の自分自身を活用して効果的なセラピーができるようになる必要がある(Aponte et al.,2014)。
4.人としてのセラピスト養成モデル
こうした要請に応えるのが,アポンテAponteが中心となって開発した,「人としてのセラピスト養成モデル(The Person of the Therapist Training Model: 以下,POTT)」である(Aponte et al., 2016)。POTTとは,セラピストが自分自身の弱さ,葛藤,原家族における傷つき体験等を,セラピーに悪影響を及ぼす解決すべき課題として取り組むのではなく,むしろそれをクライエントと真の信頼関係を築く資源として,セラピーの生きたプロセスの中で意識的に活用しながら,セラピーの有効性を高めることを意図したものである。
POTTの発想は,アポンテ自身の臨床経験からもたらされている。アポンテは,精神分析のメッカともいえるメニンガークリニックでキャリアをスタートさせ,裕福なアングロサクソン系のクライエントと多く関わっていた。しかしその後,ミニューチンに誘われてフィラデルフィアのチャイルドガイダンスクリニックに移り,構造主義的家族療法を実践するようになったとき,プエルトリコ出身の両親のもと低所得家庭で育ったアポンテ自身と,共通の背景や課題を持つ多くのクライエントと関わるようになった。自分自身の原体験が刺激される中,構造主義的実践の中ではこれまでのような逆転移への時間をかけた対応(自己内省や自己修正など)はできないことに気付いたアポンテは,セラピーの今その瞬間に浮かんでくる自分自身の人間性をめぐる弱さや脆さをむしろ受け入れて,そのことを通してクライエントの苦しみに共鳴し,セラピーの可能性を高める道を見出していったのである。
アポンテはその後,フィラデルフィアで「人としての自分自身」を家族療法に活用できるようになるための臨床家のグループを立ち上げ,またそれをドレクセル大学においてマリッジ・ファミリーセラピープログラム修士課程の必修のカリキュラムとして導入し,いかなるセラピーモデルにも適応できるものとして,POTTを開発・実践していった。POTTはアポンテが引退した今も,世界に影響を与え続けている(Ucar,2026)。
5.POTTにおける主な考え方
1)基本的コンセプト
POTTにおける基本的コンセプトは,①セラピストが自分自身を理解すること,②セラピーのプロセスの中で自分自身の内的体験にアクセスすること,③セラピーの共通要素である「関係構築」「アセスメント」「介入」において自己を意識的かつ積極的に活用する力を身につけること,である。3つ目に挙げられている関係構築,アセスメント,介入というと,専門職として客観的な立場から技法的に実施するようなイメージがあるかもしれないが,そうではない。「関係構築」はセラピストも無防備なままで自身の弱さも介してクライエントと共鳴しつながりあうこと,「アセスメント」はクライエントと共鳴しあう関係性の中でクライエントに何が生じているかを認知的,直感的に理解すること,「介入」はクライエントと人として相互作用する中でクライエントが必要とする関わりを見出して実践することを意味し,常に「人としてのセラピスト」を活用しながら実践することが意図されている。そのことを通じて,セラピストの専門職としての成長と,人としての自分自身の成長が,同時に織り合わされていくことを目指す。
2)同一化と差異化
POTTでいう同一化とは,セラピストがクライエントの葛藤の中に自分自身にも共通するものを見出し,それを通してクライエントの葛藤に共鳴できるようになる力のことである。差異化とは,クライエントとの親密なつながりを築く一方で,自分自身とクライエントとの違いを認識し,専門家として情緒的な独立性を保ちながら効果的に働きかけることができる力のことである。セラピストがどんな時でも人間的であることと専門的であることという2つの立場を統合し,1)で述べた3つの基本的コンセプトを身に付けるには,同一化と差異化の両方を継続的に実践していくことが必要である。
3)サイン的テーマ
サイン的テーマとは,セラピスト自身の人生において最も大きな影響を与えてきたその人の中核的な課題で,人生における出来事や人間関係から形成された個人の感情,思考,関係性のパターンのことである。POTTではこのサイン的テーマを,クライエントとのつながりを築き、クライエントやクライエントにまつわる状況を理解し,効果的に介入するために活用できる強力なリソースとしてとらえる。POTTにおいて受講生によくみられるサイン的テーマは,「拒絶されることへの恐れ」,「コントロールへの欲求」,「自分への価値が見いだせないこと」,「無防備になることへの恐れ」である(Aponte et al., 2014)。これらのテーマは,冒頭に紹介したようなカップルの親密さを妨げる心理とよく類似している。つまり,サイン的テーマはクライエントの痛みや苦しみと普遍的なつながりがあるのである。だからこそ,そうしたサイン的テーマを隠したり封印したりすることなく無防備なままそこにアクセスすることで,クライエントの傷つきに深く共鳴することができる。そしてそれがクライエントと真の信頼関係を築き,効果的に支援する土台となっていくのである。
POTT,とりわけサイン的テーマのルーツは,ナウエンNouwenによる「傷ついた癒し人」にある。ナウエン(1972)は,「自らの傷を癒やしの源とするには,個人的な痛みを表面的に分かち合うのではなく,自らの痛みや苦しみを,すべての人が共有する人間としてのあり方の深みから生じているものとしてとらえようとする,絶えざる姿勢が求められるのだ。」と述べており,まさにPOTTの根幹につながっていることが理解できる。
6. 大学院におけるPOTTの実際
ここでは,POTTの全体像を示した書籍,『人としてのセラピストモデル~「私自身」をセラピーに生かすためのトレーニング~』(Aponte et al., 2016; 福井(監修), 2024)をもとに,ドレクセル大学におけるPOTTの実際を紹介する。
ドレクセル大学でのPOTTは,修士1年生の必修コースとして,秋学期,冬学期,春学期という連続した学期を通して行われる。コースは12名以内の学生によるグループで行われ,各グループはファシリテーター2名と大学院生のアシスタント2名によって運営される。学生は,授業のたびに自分自身の内的体験を振り返り,自分自身を臨床に活用することについて日誌やレポートにまとめ,提出する。ファシリテーターはそれらを随時読み,スーパーバイズに生かしていく。また,POTTでは自己の傷つきやすい内面に光を当てていくため,ファシリテーターには安全な環境を作ることがより一層求められる。
1)秋学期:オリエンテーションとサイン的テーマの発表
秋学期の冒頭には,POTTの理念とPOTTプログラムに関する導入セッションを行い,ファシリテーターによる説明,文献抄読,学生同士の話し合いなどを通じて,学生がPOTTモデルを理解するとともに,安心できる環境を作ることができるように準備する。
その後,学生は順番にサイン的テーマに関する発表をおこなう。発表に先立ち,学生はサイン的テーマに関するレポートを提出する。レポートには,自分のサイン的テーマ,ジェノグラム,サイン的テーマをめぐる家族の歴史,現在の葛藤,臨床実践への影響についての考察を含める。発表は,ファシリテーターのサポートのもと,学生がグループに共有しても大丈夫だと思える範囲の内容でおこなわれる。その後,他のグループメンバーは,発表を通して浮かんできた自分の人生経験,信念,感情などを順番に話し,発表者に共感,承認,サポートを届ける。そのことにより,発表者は恥の感覚が和らぐとともに自らのサイン的テーマが普遍的な性質を持つことに気付くことができ,グループメンバーは発表者への同一化と差異化を通して自分の課題について理解を深めることができる。
2)冬学期:事例発表・ロールプレイ
冬学期からはいよいよ,実際のセラピーのプロセスの中で自分自身を生かすことに取り組んでいく。事例発表では,受講生が実際に取り組んでいる事例について,ビデオ録画した場面を見せながら発表し,スーパーバイズを受ける。発表前に提出するレポートには,クライエントに関する情報,受講生自身のサイン的テーマ,この事例に関わる際に自分をどのように臨床的に活用したか,クライエントの課題の起源や力動に関する仮説などを記述する。そして,発表を通して,自分のサイン的テーマやそれにまつわるさまざまな要素がいかに臨床に影響しているか,どのように自分自身を意図的に活用できるかを学ぶ。
また,受講生はロールプレイを選択することもできる。その際は,発表者がセラピスト役,仲間の学生がクライエント役となって,セラピー場面を即興で演じる。ファシリテーターは,重要な場面でセラピスト役の学生を止め,今この瞬間にクライエントについて何を考え,何を感じているか,それをどうプロセスに生かすことができるかを考えるように促す。
3)春学期:模擬セラピーにおけるライブスーパービジョン
POTTの模擬セラピーとは,雇用した俳優がクライエント家族を演じ,受講生がセラピストとしてセッションを行うというものである。ファシリテーターは遠隔カメラを通して別室でセッションの様子を観察し,イヤホンを使って受講生とコミュニケーションをとる。また,セッション中に通常3回,受講生を呼び,セッション開始から数分後にその場の第一印象を,セッションの半ばに進行状況の確認と修正を,セッション終盤に終わり方を話し合う。セッション終了後,学生はクライエント役からフィードバックを受ける。また,グループメンバーも遠隔カメラを通してセッションの様子を観察し,受講生に支持的な姿勢で,自分自身の臨床における気づきなどについて,フィードバックする。これらのプロセスを通して,受講生は人としての自分自身と専門家としての自分自身とを統合し,効果的にセラピーを実践することを学ぶ。
7.POTTを通して自分を生かすことを学ぶ効果
受講生は,トレーニングの初期には自身のサイン的テーマを実践の妨げとなる障害としてとらえがちであるが,スーパーバイザーからの支援や,同様の葛藤を抱える他の受講生の経験を通じて自身の課題を受け入れ始め,やがてそれらをクライエントとつながるための資源としてとらえ,効果的にセラピーに活用できるように成長していく(Aponte et al, 2014)。実際にPOTTの研修を受けた大学院生を対象とした研究では,学生たちはPOTTを通じて「共感」「逆転移のマネジメント」「複数メンバーとの同盟関係のバランス」「肯定的関心」「絆」という5つの要素において成長を感じていること,これらはまた,関係構築,アセスメント,介入という関わりすべてに肯定的な影響を及ぼしていることが示されている(Niño et al., 2016)。
8.おわりに
カップルの困難にはさまざまなものがあるが,表にあらわれている問題が何であれ,多くはその奥に情緒的な傷つきがある。変化の激しい現代社会において,困難に直面するカップルが増えている今,人としての真のプレゼンスをもってクライエントと情緒的につながりながら,かつ専門家として効果的な働きかけのできるセラピストの育成は,喫緊の課題である。今後,日本においても,POTTの理念に基づいたトレーニングが実践されていくことが期待される。
文 献
- Alexander, J. F., Holtzworth-Munroe, A. & Jameson, P. B. (1994) The process and outcome of marital and family therapy: Research review and evaluation. In: Bergin, A. E. & Garfield S. L. (Eds.): Handbook of psychotherapy and behavior change, 4th Edition. John Wiley & Sons, pp.595–630.
- American association for marriage and family therapy. (2004) Marriage and Family Therapy Core Competencies.
- Aponte, H. J. & Kissil, K. (2014) “If I can grapple with this I can truly be of use in the therapy room”: Using the therapist’s own emotional struggles to facilitate effective therapy. Journal of Marital and Family Therapy, 40(2); 152–164.
- Aponte, H.J. & Kissil, K. (2016) The Person of the Therapist Training Model: Mastering the Use of Self. Routledge.(福井里江監修 (2024) 人としてのセラピスト養成モデル:「私自身」をセラピーに生かすためのトレーニング. 星和書店.)
- Baldwin, M. (Ed.). (2013) The use of self in therapy, 3rd Edition. Routledge.
- Baldwin, M. (2013) Interview with Carl Rogers on the use of the self in therapy. In: Baldwin, M. (Ed.): The use of self in therapy, 3rd Edition. Routledge, pp.28–35.
- Lebow, J. & Snyder, D. K. (2022) Couple therapy in the 2020s: Current status and emerging developments. Family Process, 61(4); 1409–1430.
- 中村伸一 (2013) 夫婦関係の問題. In: 日本家族研究・家族療法学会編: 家族療法テキストブック. 金剛出版, pp289-294.
- Niño, A., Kissil, K. & Cooke, L. (2016) Training for Connection: Students’ Perceptions of the Effects of the Person-of-the-Therapist Training on Their Therapeutic Relationships. Journal of Marital and Family Therapy, 42(4): 599-614.
- 野末武義 (2015) 夫婦・カップルのためのアサーション. 金子書房.
- Nouwen, H. J. M. (1972) The wounded healer: Ministry in contemporary society. Doubleday. (渡辺順子訳 (2022) 傷ついた癒やし人 新版. 日本キリスト教団出版局.)
- Palmer-Olsen, L., Gold, L. & Woolley, S. (2011) Supervising emotionally focused therapists: A systematic research-based model. Journal of Marital and Family Therapy, 37(4): 411–426.
- Satir, V. (2013) The therapist Story. In: Baldwin, M. (Ed.): The use of self in therapy, 3rd Edition. Routledge, pp.19-27.
- Ucar, S., Russon, J. & Niño, A. (2026) Shaping the Therapist, Shaping the Field: A Narrative Review of the Person-of-the-Therapist Training (POTT) Approach. Journal of Marital and Family Therapy, 52(4): e70161.
福井里江(ふくい・さとえ)
東京学芸大学教育心理学講座 臨床心理学分野教授
公認心理師・臨床心理士











