松本健輔(カウンセリングルームHummingBird)
シンリンラボ 第42号(2026年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.42 (2026, Sep.)
「子育ては無理ゲーだ」
もう十年以上前になる。子育てで苦労していた時期,たまたま見ていたテレビ番組で,あるコメンテーターが「子育ては無理ゲーだ」と言い切った。画面の前で,深く頷いた。あの言葉は今でも忘れられない。
もちろん,子育てには喜びも多い。ただ,それは睡眠,時間,体力,仕事,経済,夫婦関係,祖父母との関係と,生活のほぼすべてを巻き込んでくる。努力や気合だけではどうにもならない局面が,確かにある。「無理ゲー」という言葉が刺さるのは,その切実さゆえだろう。
カップル・セラピーで来談の経緯をうかがっていると,「関係が悪くなったのは子どもが生まれてからです」という言葉に,毎日のように出会う。多くの場合,二人とも子どもを大切に思っている。それなのに,子どもの誕生を境に会話が減り,衝突が増え,失望や孤独が深まっていく。
これは面接室だけの話ではない。小野寺(2005)は,第一子誕生前から3年後までの夫婦を追跡し,親になって2年後には,男女ともに親密性が顕著に低下する傾向を見出した。海外の縦断研究でも,第一子誕生後に夫婦関係の質が低下する傾向が示されている(Doss et al., 2009)。
とはいえ,「子どもが生まれると夫婦仲は悪くなる」と言いたいのではない。子どもの誕生は,家族というシステムに大規模な組織再編を迫る出来事であり,その再編の難しさが,夫婦関係のすれ違いや葛藤として表れることがある。
本稿では,子育て期の夫婦の困難を,どちらか一人の性格やコミュニケーション能力の問題としてではなく,家族ライフサイクルの移行にともなうシステムの再編として捉えてみたい。視野に入れるのは,二人のやり取りだけではない。夫婦としての関係と親としての関係がどのように成り立ち,影響し合っているのか,親子や祖父母との間にどのような境界があるのか,さらに家事・育児を取り巻く社会的条件までを含めて考えていく。家族療法を基盤とするカップル・セラピーには,さまざまな実践がある。本稿では,その一つとして,システムの考え方を手がかりに,著者が臨床実践のなかで組み立ててきた見立てと支援の進め方を紹介する。
本稿に示す面接場面や発言例は,複数の事例をもとに,個人が特定されないよう再構成している。
1.子育て期は家族システムの再編期である
「妊娠,出産あたりから喧嘩が増えて,今の状態になりました」
面接室でよく聞く語りである。子どもが生まれる前,二人はカップルだった。子どもが生まれると,カップルでありながら,親としても協働することになる。家事や育児は増え,睡眠や仕事のリズムは変わる。さらに,祖父母や職場との関係を調整しながら,保育園など家族外の新たな関係にも対応していくことになる。
この再編,なかなかの難工事である。子どもが生まれることで,家族には新しい役割と仕事が加わる。しかし,それを誰がどのように担い,どのように相談して決めていくのかが,あらかじめ決まっているわけではない。二人は,日々の生活を何とか回しながら,親として協働する関係をつくっていかなければならない。
その過程では,カップルとしてはうまくいっていた二人が,親として組んだ途端にぶつかることがある。逆に,親としてはそれなりに生活を回せているのに,カップルとしての情緒的・身体的なつながりが弱くなっていくこともある。
「子どもが生まれても,この人は一切変わってくれない」
「子どもが生まれてから,自分のことを異性として見られていない気がする」
一見すると,二つの訴えは対照的に見える。前者は,親としての責任や負担を一人で背負っている苦しみであり,後者は,カップルとしての親密さや自分が大切にされているという感覚を失う苦しみである。しかし,どちらも,子どもの誕生によって家族の関係が大きく変化するなかで生じうる。
子育て期には,会話が「業務連絡」になりやすい。ミルク,寝かしつけ,保育園,仕事,子どもの体調。必要な連絡をしているうちに,「今日,あなたはどうだった?」という二人自身の会話が消えていく。産後の身体的変化や授乳,睡眠不足,疲労によって,性的な親密さも変化する。そこには,育児負担の偏りや情緒的な距離,性を求められることへの負担感など,二人の関係のあり方も関わりうる。
また,目に見える家事や育児だけでなく,誰が子どもの予定を覚え,必要なことに気づき,判断し,準備や調整を先回りして行うのかという,見えにくい管理責任も生じる。祖父母の援助が欠かせない家庭では,どこまで助けを求め,誰が家族のことを決めるのかという調整も必要になる。
こうした困難を,個人の愛情や能力,努力不足の問題として捉えるのではなく,夫婦関係,親としての協働,親子・祖父母との関係,仕事と家庭のバランスが短期間に組み替えられるなかで生じる,システムの再編上の困難として捉える。
カップル・セラピーでは,「どちらが悪いのか」ではなく,家族の何が変わり,どの関係の再編に難しさが生じているのかを見る。次節では,サブシステムと世代間境界を整理する。
2.子育て期のカップル・セラピーで何を見るのか
Minuchin(1974)は,家族を,世代や機能に応じた複数のサブシステムからなるものと捉えた。子育て期のカップル・セラピーでは,とりわけ,夫婦サブシステムと親サブシステムを区別しながら,その二つがどのように影響し合っているのかを捉えていく。さらに,それぞれのサブシステムが,子ども世代や祖父母世代とどのような境界をもっているのかにも目を向ける。
二つのサブシステム
子育て期のカップルでは,同じ二人が,カップルとして関わる夫婦サブシステムと,親として子どもの養育を担う親サブシステムを形づくる。夫婦としての関係と親としての関係では,求められる役割や話し合う内容が異なる。
夫婦サブシステムでは,互いの違いや求めるものを調整し,支え合いながら,二人なりの関係をつくっていく。安心して話せること,互いへの気遣い,情緒的・身体的な親密さも,この関係に含まれる。一方,親サブシステムでは,子どもの安全と発達を支えるために必要な責任と権限を担い,生活上の方針やルールを相談して決め,成長に応じて関わり方を変えていく。
子育て期には,親として果たす仕事が増え,それに押されて夫婦サブシステムが後景に退きやすい。互いに支え合う関係をどう保つかが問われる。同時に,親サブシステムでは,責任や意思決定をどのように共有するかが新たな課題になる。同じ二人が担っていても,一方の関係では協働でき,もう一方では噛み合わないことがある。
さらに,二つのサブシステムは切り離されていない。親としての協働がうまくいかず,一方に育児の負担や不満が蓄積すると,会話や情緒的なつながり,性的な親密さが失われることがある。逆に,夫婦間の葛藤や距離が,親としての相談や互いの判断の尊重を難しくする場合もある。どちらか一方向の原因として捉えるのではなく,二つの関係がどう影響し合っているのかを見ていく。
そこで面接では,夫婦サブシステムと親サブシステムを,関連づけながらも区別して見る。夫婦としての関係を,それぞれがどのように感じているのか。二人だけの時間は,どこまで確保されているのか。親として,どのように責任を引き受け,意思決定し,意見の違いを調整しているのか。祖父母など他の養育者が親機能の一部を担う場合も視野に入れる。
世代間境界
世代間境界とは,祖父母世代,親世代,子ども世代といった異なる世代の間にある役割や責任,権限の区切りである。境界は,世代を切り離す壁ではなく,必要なつながりを保ちながら,それぞれの世代の立場が混線しないようにするものである。
例えば,夫婦の不満を繰り返し子どもに聞かせる,夫婦の葛藤を調整する責任を子どもに負わせるといったことが重なると,世代間境界は曖昧になる。また,一方の親と子どもが,もう一方の親に対抗するかたちで結びつく関係は,「世代間連合」と呼ばれる。親子の親密な関係そのものが問題なのではなく,子どもが夫婦間の対立に組み込まれ,一方の親を支えたり,もう一方の親に対抗したりする役割を担うことが問題なのである。
祖父母世代との境界についても同様である。祖父母の支援は家族にとって大切な資源であり,日常的に養育を担う家庭もある。一方で,子どもの教育方針などについて,実際に養育責任を担う人々の間で十分な合意がないまま,祖父母の意向が夫婦の合意よりも優先されると,家族内の役割や責任が曖昧になる場合がある。
見ていくのは,「夫婦仲が良いか悪いか」ではない。二つのサブシステムがそれぞれどのような状態にあり,互いにどう影響し合っているのか,さらに世代間にどのような境界が形づくられているのかである。
3.今,二人の間で何が起きているのか
悪循環を見る
前節では,夫婦サブシステムと親サブシステムを区別しながら,両者の関係を見てきた。ここからは,その影響が日々のやり取りのなかで,どのような循環として現れるのかに目を向ける。家族療法的な見立ての強みの一つは,困難の原因をどちらか一人の性格や欠点に固定しないところにある。カップルの葛藤場面で知られている相互作用の一つが,要求—撤退の循環である(Christensen & Heavey, 1990)。子育て期の面接でも,しばしばこの循環が見られる。
一方は「子どものことについて,私が言わなければ何もしない」と感じ,語気が強くなり,繰り返し相手に求める。他方は「自分なりに頑張っているのに,何をしても否定される」と感じ,防御的になって話し合いから距離を取り,ときには育児や家事への関与も減っていく。その撤退を見た側は,「やはり言わなければ動かない」と確信し,要求をさらに強める。こうして,要求が撤退を呼び,撤退が要求を強める循環ができあがる。
この循環を二人とともに整理すると,「あなたが悪い」「相手が悪い」という理解から,「二人がこのパターンに巻き込まれている」という理解へ移りやすくなる。この循環のなかで,それぞれが,自分の願いを受け止めてもらえない,傷つけられている,不公平に扱われていると感じていることもある。また,一方の強い要求が,実際の負担の偏りに対する抗議として現れている場合もある。
しかし,悪循環に陥ること自体が,親としての協働に失敗していることを意味するわけではない。大切なのは,葛藤がないことではなく,すれ違いが起きたときに相談し,調整し直せることである。大島・鈴木・西村(2022)は,子育て期の夫婦が,思いどおりにならない経験や「お互いに察してほしい」という悪循環と,夫婦関係の均衡を保とうとする努力や葛藤への対処との間を行き来しながら,肯定的な側面が否定的な側面を上回るときに,徐々に「親チーム」になっていく過程を示した。
円環性と非対称性を同時に見る
ただし,二人の相互作用を悪循環として捉えることは,「どちらにも同じだけ責任がある」という意味ではない。育児の大半を担う人に「あなたも歩み寄りましょう」とだけ伝えれば,すでに多くを担っている側に,関係を修復する仕事まで上乗せすることになる。
Hare-Mustin(1987)は,家族療法理論がジェンダー不平等を軽視してきたと批判し,Goldner(1985)も,従来のシステム論だけでは,家族内の構造的な不平等や男女間の権力関係を十分に捉えられないと論じている。そこで面接では,二人を苦しめる循環を共有しつつ,それが生じる社会的・経済的・ジェンダー的条件にも目を向ける。家事や育児の負担,意思決定権に偏りがある場合は,それを相互作用だけに還元せず,非対称性を明確に取り上げる。
2021(令和3)年社会生活基本調査によれば,6歳未満の子どもがいる共働きの「夫婦と子どもの世帯」のうち,夫婦ともに週35時間以上就業している世帯における,週全体の1日当たりの家事関連時間(家事,介護・看護,育児,買い物の合計)は,夫が2時間4分,妻が6時間12分である(総務省統計局,2022)。しかし,量だけで関係のあり方を判断することはできない。誰が子どもの情緒的なケアを担うのか。誰が話し合いを切り出し,関係を修復しようとするのか。面接では,目に見える作業量だけでなく,こうした日常の配置にも目を向ける。
例えば,子どもに熱が出たとき,夫婦が半分ずつ仕事を休んでいるとしても,それだけで負担が平等だとは判断できない。受診や欠勤の必要性を誰が判断し,互いの仕事の都合を誰が調整し,保育園や職場への連絡,受診の予約,必要な準備を誰が行っているのかにまで目を向ける必要がある。
もっとも,家庭ごとに就労時間,収入,心身の状態,子どもの特性は異なる。夫婦それぞれの得意・不得意や,大切にしている考え方もある。特定の分担を一律に正解とすることはできない。ただし,家庭ごとの事情を理解することと,現にある負担や意思決定権の偏りを曖昧にすることは異なる。目の前のカップルがどのような条件のもとで生活し,誰がどの責任を担い,現在の関係をそれぞれがどのように捉えているのかを理解することが欠かせない。
見立てるのは,悪循環だけでも,家事や育児の分担だけでもない。二人がどのようなやり取りに巻き込まれ,そのなかで誰が何を担い,何を求め,現在の関係をどのように経験しているのか。これらを同時に捉え,二人が望む変化へつなげていく。
4.システムの見立てを,二人が望む変化へつなげる
ここまで見てきたサブシステム,世代間境界,悪循環,負担や意思決定権の偏りは,セラピストが外側から家族を分類し,正しいあり方を示すためのものではない。二人の間で何が起きているのかを整理し,個人への非難として語られがちな困難を,関係と文脈のなかで捉え直すための手がかりである。
例えば,「家事をしてくれない」という訴えが繰り返されると,一方が要求を強め,他方が防御し,距離を取る循環がつくられることがある。そのなかで一方は,家事や育児の作業量だけでなく,家庭の状態を把握し,必要なことに気づき,判断や調整まで一人で担っている状況を,不公平で孤独なものとして経験しているかもしれない。反対に,「何をしても否定される」という訴えは,同じ循環を反対側から経験した語りでもある。そこでは,自分の判断や関わりが認められていないと感じ,次第に防御的になったり,距離を取ったりしているのかもしれない。
セラピストは,こうした見立てを事実として言い渡すのではなく,二人の経験に合っているかを確かめながら,循環と負担の配置を一緒に整理していく。面接では,「意見が異なったとき,二人はどのようなやり取りになるのか」「そのとき,それぞれは相手の言動をどのように受け取っているのか」「子どものこと以外で,最近二人で話したことは何か」と問いかける。子どものことが二人の会話の大半を占めているときには,夫婦としての会話や時間が後景に退いていないかにも目を向ける。
そのうえで,夫婦として,また親として,二人がどうなりたいのか,今と何を変えたいのかを考えていく。「家事を平等にしたい」という希望が,それぞれにとって何を意味するのかを確かめ,その先に,二人がどのような関係を望んでいるのかを言葉にする。さらに,その変化を日常のなかでつくるために,循環のどこでこれまでと異なる行動を試せるのか,責任や意思決定のあり方をどのように相談し直すのかを一緒に検討していく。
繰り返しのやり取りのなかで定着した関係のパターンを変えることは簡単ではない。だからこそ,セラピストには,その難しさを理解しながら,変化を望む目の前のカップルの力を信じ,ともに歩む姿勢が求められる。
おわりに
カップル・セラピーを専門とするカウンセリングルームを開いて17年,自分が親になって14年になる。多くの夫婦に出会い,自分自身も,親が遠方にいるなか,共働きで必死に子育てをしてきた。そのうえで改めて思う。子育ては,やはり無理ゲーである。
ただ,この無理ゲーには,いくつかの攻略ツールがある。家事代行,一時保育,病児保育,便利な家電,デジタルツール。民間のサービスもあれば,自治体や地域の制度もある。子育てを家庭の中だけで抱え込まず,利用できる支援には頼ってよい。
その選択肢の一つに,カップル・セラピーも加えたい。忙殺される日々の中で立ち止まり,自分たちに今何が起きているのかを,いつもと違う空間で一緒に考える。互いの傷つきを深めないよう支えられた場で,親としてどのように協働したいのか,どんなカップルでありたいのかを話し合う。そんな時間を,もっと多くの夫婦に経験してほしい。
こうした時間を支える臨床家にとって,家族をシステムとして捉える視点は,子育て期のカップルが抱える「誰が悪いのか」をめぐる論争から離れ,「今,私たちに何が起きているのか」をカップルとともに考えるための視座を与えてくれる。さらに,家族内の循環だけでなく,負担や権力の偏り,それを支える社会的・ジェンダー的条件にも目を向けることは,どちらか一方だけに過剰な責任を負わせず,現実の非対称性を見落とさない関わりにつながる。
*本稿は,二人の安全が確保されていることを前提に,合同面接で行う支援について述べている。DVや虐待が疑われる場合,そうした状況を「二人の悪循環」として扱うことには危険がある。安全の確保と個別の支援を優先し,合同面接を行わない,あるいは中断すべき場面があることを,常に念頭に置く必要がある。
文 献
- Christensen, A., & Heavey, C. L.(1990)Gender and social structure in the demand/withdraw pattern of marital conflict. Journal of Personality and Social Psychology, 59 (1); 73–81.
- Doss, B. D., Rhoades, G. K., Stanley, S. M., & Markman, H. J.(2009)The effect of the transition to parenthood on relationship quality: An 8-year prospective study. Journal of Personality and Social Psychology, 96 (3); 601–619.
- Goldner, V.(1985)Feminism and family therapy. Family Process, 24 (1); 31–47.
- Hare-Mustin, R. T.(1987)The problem of gender in family therapy theory. Family Process, 26 (1); 15-27.
- Minuchin, S.(1974)Families and family therapy. Harvard University Press.(山根常男監訳(1984)家族と家族療法.誠信書房.)
- 小野寺敦子(2005)親になることにともなう夫婦関係の変化.発達心理学研究,16 (1); 15–25.
- 大島聖美・鈴木佳奈・西村太志(2022)夫婦が親チームとなっていくプロセス:幼児期の子どもを持つ夫婦を対象とした質的研究.発達心理学研究,33 (1); 25–39.
- 総務省統計局(2022)令和3年社会生活基本調査:調査票Aに基づく結果・生活時間に関する結果・生活時間編(全国),表38-1.
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?cycle=0&layout=datalist&lid=000001298497&month=0&page=1&stat_infid=000032224052&tclass1=000001158164&tclass2=000001158180&tclass3=000001158182&tclass4val=0&toukei=00200533&tstat=000001158160&year=20210(2026年8月1日閲覧)
バナー修正:2026.9.4
松本健輔(まつもと・けんすけ)
カウンセリングルームHummingBird
資格:臨床心理士,公認心理師
専門:カップルセラピー
主な著書:『はじめての家族療法』(共著,北大路書房,2021),『実践 離婚事案解決マニュアル』(共著,日本加除出版,2020)
趣味:テニス,ルアーフィッシング










