【特集 心理学を越境するヒューマニスティックアプローチ】#01 ヒューマニスティックアプローチの最先端と転回|金子周平


金子周平(九州大学)

シンリンラボ 第41号(2026年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.41 (2026, Aug.) 

1.最先端とは何か

ヒューマニスティックアプローチの最先端を概観するにあたり,まず次のイメージを共有しておきたい。最先端とは,一定の方向性(direction)をもった探究活動によって新たに発見され活用される知恵のことである。学術活動では,従来の知見がそうした一定の方向に基づいて体系化され,さらに先にある未知の世界への探究が続けられる。なんらかの定まった方向性があるからこそ,その矢尻の先にあるものが最先端(cutting edge)となる。

ヒューマニスティックアプローチは,その発展の方向性を無数に持つ立場である。つまり最先端が様々な方向に存在している。このことは,この立場の重要人物であるRogers, C. R.の初期の概念が「非指示性(nondirective)」であったことを連想させる。クライエントに対して非指示的であることと,学術領域として様々な方向性を受容する集合体であることは別次元であるが,人やものの見方の基本方針としては共通の態度である。ちなみにRogersの主張にしても,その主眼は人々の多様さや変容可能性を受け入れることにあったのであり,決して方向性を持たない(non-directive)ことを推奨していたわけではなかったはずだ。非指示とはつまり,一方向だけに定めないことなのであり,もっとシンプルに多方向性(multi-directionality)と呼んだ方がこのアプローチの理想と現実に即している。そうした多方向に広がった最先端の一部をみてみよう。以下は,この領域の学会誌の最新刊やオンラインで先行して読める論文を取り上げていく。

2.ヒューマニスティックアプローチの最先端(その1)

この領域の代表的な学会誌を3つ挙げる。一つはMaslow, A. W.らの設立した学会の“Journal of Humanistic Psychology”である。1961年創刊と最も古く,多くの業績を生み出してきた。もう一つはAPA第32部会の“The Humanistic Psychologist”,そして後発ながら勢いがあり,クライエント中心療法,フォーカシング,エモーションフォーカスト・セラピーなどの心理療法研究を中心とした “Person-Centered & Experiential Psychotherapies”である。いずれもこの領域のトップジャーナルである。

最先端とみえるものは多数あった。一つは尺度開発である。臨床活動のアウトカムとしての真正性(Authenticity)尺度の開発(Moerken & Cooper, 2026)や個人の死に関する実存的スキル尺度の開発(Meistaite, Pauli, & Cooper, 2026),さらには,死や孤独,自由,責任,人生の意味などの実存的テーマに深く寄り添い,理解しようとする実存的共感の尺度開発(Vanhooren et al., 2026)などが目を引いた。これらの研究は,ヒューマニスティックな概念を量的研究で用いるための,いわゆる研究のための研究ではなく,明確な理念と目的をもっている。その問題意識を説明してくれるのはBland(2025)の論文である。Blandはアメリカの精神医療で用いられる尺度が症状改善に偏っており,個人的成長や主体性,関係性などのヒューマニスティックな中核概念に関する評価が少ない現状を批判している。ヒューマニスティックな視点で社会的な活動の成果を示していくこと。それがこれらの研究の狙いである。こうした動きが奏功しているためか,Blandによれば精神医療の現状も改善しつつあるという。彼が評価するのは,例えばオハイオ精神健康利用者効果システム(通称オハイオ尺度)注1)の「私は,この機関で尊厳と敬意をもって扱われてきた」などである。人の権利や尊厳を真っ当な効果として捉え,実存的・ヒューマニスティックな倫理実践を測定する試みは,今後もさらに拡大していくだろう。

注1)州全体の精神保健サービスの質を比較・検証するための科学的根拠として使用されている。

次に,創造的・芸術的な表現に関する研究も,この領域では根強く続けられていることが見て取れる。入院経験者へのオンラインでの作曲活動を通したトラウマインフォームド・ケア(Levy-Carrick et al., 2026),社会の周縁で死を迎える人々の家を撮影するオランダの写真家 Mariska van Zutven の作品分析(Girard, van Zutven, & van Wijngaarden, 2026),イスラエルのメンタルヘルス問題を抱えた人たちの大学進学を支援する音楽・芸術学校の効果研究(Salomon-Gimmon, Orkibi, & Elefant, 2026)などである。これらの研究が示唆する体験は,音楽・芸術活動によるシンプルだが力強い喜びの感覚,他者とのつながり,創造的アイデンティティの向上,不可視化されやすい存在の痕跡の喚起などである。このような営みはヒューマニスティックアプローチの伝統でもあり,いつの時代も現代社会の問題に切り込む最先端の方法論である。

心理療法とカウンセリングの面では,この20年ほど最先端を牽引しているいくつかのテーマがある。「関係性の深さ」(Mearns & Cooper, 2005)の概念とその具体例をめぐる議論(Sommerbeck, Jain, & Frankel, 2026; Nakata, 2026)である。「二人の人間が,互いに深く接触し,深く関わっている状態」を表すこの重要な概念が,従来のRogersの中核三条件(自己一致,無条件の積極的関心,共感的理解)と理論的整合性をもつか,またそれが実践のなかで実現されうるかが議論されている。また,パーソンセンタード・アプローチの統合的立場とされるSchmidの考えも最近も頻繁に議論されている(e.g., Crisp, 2026)。Schmid(2012)は,心理療法を倫理的で政治的な実践であるとし,そうであるからこそ,人の尊厳や自由を阻害するような社会構造や権力の問題に,心理療法が取り組む必要があると論じている。関係性の深さと倫理,この二つはヒューマニスティックな立場の心理療法における核であり,人間が活動する上では最も重要な価値と位置付けられるが,社会構造の中では軽視もしくは硬化しやすい領域であり,常に最先端での議論が必要なものである。

ここまでは筆者の恣意的な最新論文の素描であり,取り上げなかった重要な論文も多いが,これだけでもヒューマニスティックアプローチの傾向が見て取れる。この立場は,狭義の心理学を超えた人間の尊厳,喜び,真の人間関係,倫理的営為などの視点から,人間存在を捉え,探究している。そしてそれが1960年代から続けられ,現代社会の問題の中でも常に新たな表現が模索されているのである。

3.ヒューマニスティックアプローチの最先端(その2)

ヒューマニスティックアプローチの射程は広く,直近の論文のみでは断片的になってしまうため,その全体像をハンドブックによって補いたい。パーソンセンタード・アプローチや体験的心理療法のハンドブックも複数あるのだが,ここではSchneider et al.(2015)の“The Handbook of Humanistic Psychology”第二版,Cain et al.(2015)の“Humanistic Psychotherapies”第二版に絞ろう。以下に述べる概観で,筆者が要素として加えたのは,「多元的アプローチ(McLeod & Cooper, 2011/2015)」のみである。このアプローチは,人間全体にとっての支援,あるいは全人的な支援においては,力動派もCBTも,そしてクライエントが行うあらゆる活動や考えも助けになり,それらは上位の因子にはまとめられないという多元性を重視する統合的立場である。

ハンドブックのまとめに戻ろう。ヒューマニスティックアプローチの中心を占めるのはやはり,パーソンセンタード・セラピー,ゲシュタルト療法,フォーカシング指向心理療法,実存主義心理療法,エモーションフォーカスト・セラピーである。さらに小さな項目を加えるならば,芸術的アプローチ,スピリチュアリティ,トランスパーソナル,構成主義アプローチ,そして上述の多元的アプローチなどがある。これらのアプローチの主要な機能は,共感,感情体験を中心とするいわゆる共通因子(common factor)のセラピー関係要因だといってよいだろう。そしてこれら心理療法の探究や解明に用いられる方法論としてハンドブックに掲載されるのは,現象学的研究,グラウンデッドセオリー,ナラティブ研究,解釈学的シングルケースデザインなど,もっぱら質的研究である。

一方,心理療法とカウンセリングやその研究方法の外側にある,もしくは根底にある領域にも言及されるのが,このアプローチの特徴である。キーワードは,エコロジー,平和,創造性,畏怖と恐怖,多文化モデル,そして社会活動・社会正義である。これらのキーワードの羅列という形であるが,こうするとようやく筆者が抱いているヒューマニスティックアプローチの多方向的な全体イメージが描けてくる。それは,人間が多文化共存と排斥の歴史,戦争と平和の歴史,変化する自然環境の中でいかに生きていくかを問い続ける幅広い探究である。端的にいえば,ヒューマニスティックアプローチは援助活動を超えた人間全体の生き方への取り組みなのである。

4.転回:批判心理学・エコ心理学

これまで紹介した動向を俯瞰すると,現在はこのアプローチ全体が大きく転回する時代である。振り返れば,ヒューマニスティックアプローチは,常に社会の中でカウンターとなる立場をとってきた。1960年代の意識覚醒(consciousness-raising),エンカウンター・グループも社会制度や社会構造に対する批判,人間の解放を訴えるものであった。Rogersの仕事に対して誠実さと敬意を抱いているTudor, K.の最近の関心は,批判心理学そしてエコ心理学である。エコ心理学とは人間が属する生態系との関係,その研究によってもたらされた気づきである。そしてそこには自己,自己実現,個人の幸福などの治療目標を重視する人間中心主義に対する批判がある(Neville & Tudor, 2024/2025)。Goldstein, K.以来,MaslowもRogersも人間のことを有機体と呼び,その有機体が持つ傾向を自己実現や実現傾向として理論の中心に据えてきた。そしてMaslowもRogersも人間や自己という考えを批判的に捉えるようになり,そこから離れていくことになった。Maslowは人間を超えた(trans-personal, trans-human)を第四の心理学とし,Rogersも個人からグループへとその大きな関心をシフトした。そうして心理学の中にいながら個人心理学を越境していったのである。

ヒューマニズムやその表現形態であるヒューマニスティック心理学は,もともと神中心もしくは教会中心の生き方に対する批判として,人間中心主義を立ち上げる流れの中にあったのだが,ヒューマニスティックとは何かを考え始めてたちまちのうちに,我々が人間と呼んでいるものの狭さにも気づかざるを得なくなった。他国の人,他の人種,障害者,犯罪者,テロリストに人権を認められていない制度や心の動きもその一つであり,私たちは未だ人間をごく一部の人間に限定している。また環境を搾取し廃棄することを容認する人間中心性も手放せずにいるのである。

人間の自己意識の変化,環境変化が起こっていく中で,人間や心という限局した見方を批判的に捉えていくあり方が,今まさにこのアプローチの中で生じているのである。誤解のないよう補足すると,人間中心主義への批判は,人間の存在や尊厳を否定するものではなく,人間が自然や,現代ではAIなどのコンピュータを含む環境とつながりながら存在している,ポスト・ヒューマニズムの視点を持つということであり,その全てに価値や尊厳があると捉えることである。ヒューマニスティックアプローチはこのように自己批判しつつ転回しているところなのである。

5.転回:迫り来る戦争の時代と人間らしさ

第二次世界大戦以降もずっと継続してきた戦争ではあるが,それが再び世界規模の様相を見せている。心理学の歴史の中でも戦争によって大きく発展したものは,知能検査・性格検査,戦争神経症(PTSD)のセラピー,退役軍人の集団精神療法など数多い。そしてそれはヒューマニスティックアプローチも例外ではない。『夜と霧』やロゴセラピーで有名なFrankl, V.は,強制収容所という極めて壮絶な過酷な状況において意味と希望,ユーモアを見出す人間のあり方を発見してきたし,Rollo MayやBugentalなどの実存主義心理学者は,戦後の実存的不安や人間存在に直面し,その立場を明確にしていった。その必然の帰結として,Rogersも後年は,紛争解決のエンカウンター・グループにこのアプローチの知恵を還元させていった。

私たちはいま,世界情勢全体として戦争の最中にある。そして戦後もずっと,人間らしさとは何かを問い,失ったものを取り戻す努力,喪失とともに生きていく生活をしなくてはならない。ヒューマニスティックアプローチを形成してきた人たちが行ってきたように,今,もう一度その理念と実践を鍛え直す時が来ている。また,自分たちの中にも,戦争を引き起こしたり加担したりする人間の一側面があるという事実と直面せざるを得なくなり,このアプローチのあり方はまた大きく転回しつつある。

6.おわりに

2025年3月7日のNew York Timesにおいて,アメリカの第二次トランプ政権の中で消えつつあると指摘された言葉の中にはperson-centeredが含まれている。他にもactivists(活動家)/ advocacy / affirming care(肯定的ケア)/ anti-racism(反人種差別)/ BIPOC(黒人・先住民・有色人種)/ cultural sensitivity(文化的配慮)/ DEI(多様性・公平性・包摂性)/ ethnicity(民族性)/ gender diversity(ジェンダー多様性)/ LGBTQ / marginalized(周辺化)/ race and ethnicity(人種・民族)/ transgender / underprivileged(社会的不利な)/ victims(被害者)等がそれである。この中にはヒューマニスティックアプローチのキーワードが多く含まれている。

私はこの状況を見て危機感を覚えもするのだが,しかし楽観的でもある。人間の人間らしさ,ヒューマニティ,ヒューマニズム,人間性,人権という言葉は,もし今後検閲の対象になったとしても消えることがないと信じることができるからである。この数十年程度では劣勢かもしれないが,もっと幅広く長くみるならば,このアプローチのエッセンスは全くその力を弱めていない。むしろ劣勢にみえるものこそ強い潜在的影響力を持つことは,精神分析が発見して以来,心理学者の常識である。

ヒューマニスティックアプローチは転回を見せている。この変化の中で私にできることは多くない。しかしその転回の一部になりつつ,私は目の前の人たちの求めに応じて,臨床実践を続け,静かに祈り,歌い,そして日々の仕事をするのみである。

文  献
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  • Cain, D. J., Keenan, K., & Rubin, S. (Eds.).(2015)Humanistic psychotherapies: Handbook of research and practice. (2nd ed.). American Psychological Association. 
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  • Girard, D., van Zutven, M., & van Wijngaarden, E.(2026)Dying in the margins? A hermeneutical and phenomenological reflection on liminality and paradoxes. The Humanistic Psychologist, 54 (2); 216–232.
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  • Schneider, K. J., Pierson, J. F., & Bugental, J. F. (Eds.).(2015)The handbook of humanistic psychology: Theory, research, and practice (2nd ed.). Sage Publications.
  • Sommerbeck, L., Jain, A., & Frankel, M.(2026)Dave Mearns and Dominic: a case of the search for relational depth replacing Rogers’ core conditions. Person-Centered & Experiential Psychotherapies, 25 (2); 215–234. https://doi.org/10.1080/14779757.2025.2545993
  • Tudor, K.(2015)Humanistic psychology: A critical counter culture. In: Parker, I. (Ed.): Handbook of critical psychology. Routledge, pp.127-136.
  • Vanhooren, S., Conrado Veiga Bosquetti, Y., & Frediani, G.(2026)The Development of the Existential Empathy Questionnaire. Journal of Humanistic Psychology, 66 (3); 611-636.
+ 記事

金子 周平(かねこ・しゅうへい)
所属:九州大学大学院人間環境学研究院
資格:公認心理師・臨床心理士・日本ゲシュタルト療法研究所SV50セッションDiploma
主な著書:コラム代表的な心理療法② 人間学派/Person-Centered Approach.In:一般社団法人日本公認心理師養成機関連盟(編):心理演習.遠見書房,2025

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