甲田菜穂子(東京農工大学大学院)
シンリンラボ 第39号(2026年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.39 (2026, Jun.)
1.始まり
私は,2008年より刑務所で動物介在介入の実践を行っている。刑務所の改善教育に動物を効果的に組み込むことは,精神科医の故矢内純吉先生の発案である。矢内先生は,日本にアニマルセラピーという言葉もない1960年代頃から,その可能性を模索しておられた。ただ,時代が追いつかなかった。私は彼の独創的で人間愛に満ちた構想を何度も聞き,思いを受け継ごうとしてきた。欧米の刑務所にも動物介在介入の実践はあるが,目の前で起きていることとその背景を捉え,自分の頭で熟慮し,日本の文化や社会,個々の事情にあったプログラムを開発する必要がある。私が関わってきた,イヌを使った実践はNPOによる施設訪問型,ヤギは施設飼育型,モルモットは施設訪問型である。いずれも刑務所との協働である。
2.背景
2000年代,刑務所の過剰収容や受刑者の処遇改善に社会の注目が集まった。2006年に明治時代からの監獄法が改正され,官民協働による受刑者の社会復帰教育を重視することになった。私が参画したのは,この社会背景がある。官民奮闘の結果,過剰収容は解消され,犯罪件数も減っている。出所者の社会支援が拡充され,社会の認識も徐々に変わってきた。そして,受刑者の高齢化や障害の重度重複化,再犯率の高止まり(犯罪件数は減っても同じ人が犯罪を繰り返し,社会復帰がうまくいかない人がいる)などに課題が移ってきた。2025年には拘禁刑が導入され,更生教育はより重点化された。動物を教育に導入する刑務所は増えている。
3.特殊なのか
新規事業を起こし社会に定着させるには困難を伴い,情熱と時間,支援者が必要である。しかし冷静に振り返ると,私は,子どもから高齢者までを対象に様々な動物種を介在させた経験があるが,刑務所の動物介在介入が他の動物介在介入と比べて特殊とは思わない。当初,マスコミに随分取り上げられた。確かに,効果検証とセットで動物を導入した。学会発表で初めて受けた質問が,「なぜ刑務所でできたのか」だった。だが,刑務所で受刑者の更生のために動物が受け入れられる下地は,昔からあった。刑務所では伝統的に農作業が行われ,ブタやネコが飼育された。外部協力者が受刑者の支援,指導をする制度もある。だから,動物の有効性を肌感覚で理解し,障壁を次々突破してくれた幹部職員もいた。
4.やっていること
刑務所の動物介在介入プログラムの中身は様々である。対象者の特性,目標設定,介在動物種,実践者の技量などによる。個別介入か集団介入か,頻度や総回数にもよる。
動物の種としての生態や行動特性は,プログラムを特徴づける要素となる。イヌは人とのコミュニケーション能力の高さから訓練しやすく,集団で体を動かしてゲームをしたり,共に作業をすることも組み込める。一方,人がイヌに適切に関わる必要があり,コミュニケーションや日常生活動作に難がある人にとってはしんどくなる可能性がある。ヤギやモルモットは,イヌ程のコミュニケーションを要せず,まったり食事をしてくつろいでくれるので,少人数で自分とじっくり向き合い,落ち着いて対人会話を促進しやすい。ヤギは体が大きく屋外にいるので,存在感や解放感があり,影響も大きく出やすい。モルモットは小型で怖がりだが好奇心旺盛である。小さく幼気な相手の立場を考え,自分の感情や行動を制御することは,受刑者も比較的容易に実行できる。逆にそれらが仇となる可能性もある。施設飼育は職員の業務負担となるし,屋外活動は天候に左右される。小型草食動物は,怖がらせない配慮を要する。そして,どんな動物種であれ,動物介在介入は手がかかる。刑務所勤務は忙しく緊張を伴う。動物介在介入をやるために刑務所に就職するのでもない。動物を介在させる理由を計画時に確認することも必要である。
5.効果と位置づけ
動物が必要と判断した時,何が期待できるか。対象者の気分や表情の改善,自然な会話は,容易に表れる。ほとんどの対象者は実践を楽しみにしてくれる。朝から絶好調で,受講しても天井効果となることもある。一部,対人関係が苦手な人は,セッション終了時にやや疲れが出ることがある。重要なのは,ふれあい効果を次の改善へ向けた契機として相乗効果につなげる仕掛けである。
対象者はふれあいで気分が良くなり,前向きになり,自分を気にかけ肯定し応援してくれる他者がいると認知も好転する。周囲も対象者の潜在能力を知ると,働きかけも変化する。動物介在介入は定期的に行う点であるが,その効果を日常生活にいかに波及,持続させ,点を破線にそして実線に持っていくかである。日常生活を落ち着いて送れるようになれば,自分と向き合い,将来を考える余裕や自信が生まれ,専門に特化した改善教育につながり効果が上がる。動物とふれあって,依存症から回復したり,計画的な金銭感覚が身についたり,対人スキルが向上することを一足飛びに期待するのは飛躍がある。対象者が日常生活で解決可能な悩みがある場合,担当の職員に委ねた方が良い。動物で何となく散らす,気を紛らわすのは解決にならない。動物でできる範囲を把握し,物事を必要以上に複雑にしない。出所後の人生という長期効果,すなわち再犯防止という究極の目標は,大きな話である。刑務所の守られた環境で,お膳立てされて動物の助けを借りれば,うまく行動できる人は多い。社会で困難や誘惑に直面した時,適切な行動を解発できるか。追跡調査はできない。それでも多くの関係者が,目標を共有し,辛抱強く対象者の魂を揺さぶり,できること,やるべきことに努力を惜しまず,支援のバトンをつなぐ。
6.継続
実践者も燃え尽きないようにする。他人を変えるのは難しい。実践の悩みを共有し,支え合うチームであることは重要である。International Association of Human-Animal Interaction Organizationsなどのガイドラインに沿うことは,色々な意味で助けになる。私が関与するプログラムでは,刑務所訪問でイヌのコルチゾール値が下がり,実践者もやりがいを感じた。動物のストレスを心配する人はいるが,1時間程のセッション中,動物とふれあう時間は半分以下である。概して対象者は会話を好み,そのうち動物は,近くでゴロゴロしたり食べたりして「いるだけの効果」になり,人は動物そっちのけで会話に没頭する。こうなればしめたもの。そうなるように,実践者は様々な仕掛けを用意し,対象者の良い兆しを捉えてすかさず適切な介入を行う。心理臨床家に,「うまくいかなくても動物のせいにできるからいいね」と悪気なく言われたことがある。確かに,実践者は動物に助けられている。しかし動物介在介入の対象者,動物,実践者の三者関係は,対象者と実践者の二者関係より複雑で瞬発力が要る。動物が不思議な力を発揮し,結果の責任を取ってくれることはない。漫然と動物とふれあいをしても間が持たない。実践者は,普段から介在動物と共に幸福を感じられる物語を紡いでいるかも重要である。対象者はよく見抜く。
7.社会の反応
多くの人が「怖い/危ない(女性の行く所ではない)/動物が可哀想(小学校や老人ホームなら良いけれど)」と言った。最近はそういう声は減ったが,刑務所と聞くと当惑した表情を浮かべる人は多い。福祉専門職でも温度差はあり,加害者の肩を持つのは違和感があると言った人もいる。福祉の世界で人権尊重を叩き込まれても,人は慣れ親しんだ方法で身近な人を守ろうとする性がある。良い方向へ変化はあるが,人々の態度が急に変わることはなく,現在は過渡期にある。例えば,公認心理師は司法・犯罪心理学の知識があるため,この流れを加速してくれることを期待している。
私も,愛犬と刑務所に通ってくれる多くの女性も,活動で危険な目に遭ったことはないし,普通に受刑者と会話する。もちろん,刑務所にも規則はあるので,日常の関わりと全く同じではないが。発達段階的に突発的に行動する可能性のある子ども相手の実践のほうが,動物の安全に気を使うことも案外知られていない。受刑者が対象だと,攻撃性の低下や思いやりの涵養といった紋切り型の目標を思い浮かべる人は多いが,受刑者も当然ながら個人差があり,背負うものも様々である。粗暴性のない人もいれば,被害者のない罪を犯した人もいる。受刑者は常に悪いことを考え,しようとしているのではない。大半の受刑者はいずれ出所し,社会の一員となる。私が出会った多くの受刑者は,普通に健全な生活をしたい,つまり健全な所属をし,承認され,他者とうまくやっていきたいと思っている。動物を飼えば支えられるだろうし,ボランティア活動など社会貢献をしたいと思っている。それは,社会に暮らす人が普通に抱く願いである。ただ,彼らがここに来るまでの環境は,普通の暮らしの幸せを享受するには厳しい場合が多い。社会や人生について深く考えさせられる。
8.おわりに
安全安心な社会の構築には,誰もが幸せにならないといけない。どん底を経験した人は,社会のひずみや問題の本質を知ることがある。他者から手を差し伸べられた時,その真意や価値をよく分かる。その人が誰かに手を差し伸べる時,何が相手に資するか知っている。と言うのも,私は動物を交えて受刑者と膝をつき合わせて話す中で,彼らの人生哲学に触れ,活動を褒められ随分と励まされたのである。これが,人も動物も助け合い希望を持って共に生きる関係ではないか。
文 献
- International Association of Human-Animal Interaction Organizations(2018)The IAHAIO definitions for animal assisted intervention and guidelines for wellness of animals involved in AAI. Retrieved from https://iahaio.org/wp/wp-content/uploads/2018/04/iahaio_wp_updated-2018-final.pdf.
- 甲田菜穂子(2019)動物と分かち合う幸せ1:アニマルセラピー. In: 太田仁監修:支えあいからつながる心:対人関係の心理学から.ナカニシヤ出版,pp. 153-168.
- 甲田菜穂子・加瀬唯香(2022)動物介在介入の有効性:イヌ,ヤギ,ウサギ,モルモットの比較から.心理学評論,65 (3); 378-389.
- Koda, N., Miyaji, Y., Kuniyoshi, M., et al.(2015)Effects of a dog-assisted program in a Japanese prison. Asian Journal of Criminology, 10 (3); 193-208.
- Koda, N., Watanabe, G., Miyaji, Y., et al.(2015)Stress levels in dogs, and its recognition by their handlers, during animal-assisted therapy in a prison. Animal Welfare, 24; 203-209.
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- 手塚文哉(2020)再犯防止をめざす刑務所の挑戦.現代人文社.
- 谷澤正次(2017)処遇部と教育部が連携した一般改善指導―処遇上単独ゼロを目指して―「ぶんぶんぶん教室」.刑政, 128(2); 128–139.
甲田菜穂子(こうだ・なおこ)
東京農工大学
博士(人間科学)
専攻:心理学,人と動物の関係学,共生福祉論









