【特集 ヒューマン・アニマル・ボンド】#01 総論「ヒューマン・アニマル・ボンド」とは何か——臨床心理学的介入の基盤となる理論と視座|安藤孝敏


安藤孝敏(ヤマザキ動物看護大学)

シンリンラボ 第39号(2026年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.39 (2026, Jun.) 

はじめに:対人援助におけるヒューマン・アニマル・ボンド

臨床実践において,対象者や被支援者の生活空間に存在する「動物」の存在感は無視できないほどに増している。かつては単なる「ペット」として語られてきた動物たちは,今や「伴侶動物(Companion Animal)」として位置づけられ,人の心理的安寧(well-being)に影響を及ぼす存在となった。しかしその一方で,過剰な擬人化に伴う共依存や多頭飼育崩壊といった課題も派生させており,専門家にはその関係性が内包する両義性を見極める眼差しが求められている。

臨床心理学にとって,ヒューマン・アニマル・ボンド(Human-Animal Bond: HAB)を理解することは,単に「癒し効果」を認めることではない。それは,人間が言語を超えた非人間存在との間にいかなる相互作用を形成し,その「絆」がいかに回復に寄与するのか,支援として機能するのかを,理論とエビデンスに基づいて検討する営みである。

1.HABの定義と系譜

1)HABの定義:双方向性の再考

「ヒューマン・アニマル・ボンド(人と動物の絆)」という用語は,1970年代後半に獣医師バスタッドBustadらによって提唱された。バスタッド(1980)は「人間と動物の間に存在する,互いの健康と幸福(ウェルビーイング)に不可欠な,安定的かつ双方向的な結びつき」と定義した。

ここで最も重要なのは,この関係が「双方向性(mutually beneficial)」という点である。これは,人間が動物をストレス解消の「道具」として一方的に利用する関係ではない。人間が動物にケアを注ぎ,動物がそれに応答し,その相互作用の中で両者のウェルビーイングが向上していくプロセスそのものがHABの本質である。この概念には,情緒的な結びつきだけでなく,互いに対する責任や倫理的配慮も含まれている。

2)レヴィンソンの「共同治療者」という視点の意義

臨床心理学者レヴィンソンLevinson(1962)は,自身の愛犬が治療場面に居合わせることで,自閉傾向のある少年が心を開く現象を見出し,「ペット介在心理療法(Pet-Oriented Child Psychotherapy)」を確立した。ここで特筆すべきは,レヴィンソンが動物を治療空間における「共同治療者(Co-therapist)」として位置づけた点にある。これは動物に治療責任を負わせるという意味ではなく,「治療者の意図や操作を超えた独自の応答性を備えた主体」と解釈することが重要である。

2.HABを支える理論的枠組み

人と動物の相互作用が心理的変容をもたらす背景には,生物学的・心理社会的な複合メカニズムが存在する。ここでは,臨床実践に資する理論的枠組みを概観する。ただし,ここで提示する理論はHABを包括的に説明するものではなく,特定の側面を理解するための補助的視角として参照するものである。

1)愛着理論:「安全な基地」としての動物

ボウルビィBowlby(1969, 1988)が提唱し,エインスワース Ainsworth(1989)が発展させた愛着理論(Attachment Theory)は,HABを理解する上で不可欠な基盤である。この理論によれば,人は危機的な状況において,特定の対象(愛着対象)に接近し,安心感を得ようとする。この「特定の対象」が人間だけでなく,伴侶動物にも当てはまる。

その大きな要因として,動物,特に犬や猫などの伴侶動物は,人間の複雑な二重拘束(ダブルバインド)や批判的な評価を投げかけない「非審判的な存在(non-judgmental presence)」としての特性を持つことがあげられる。このため,対人関係で深刻な外傷を負った人たちにとって,動物は防衛の必要がない極めて純度の高い「安全な基地」として機能する。動物に触れ,その温もりを感じる行為は,過覚醒状態にある神経系をボトムアップで鎮静化させ,情動の安定を支える補助的なリソースとなり得る。HABを基盤とした介入の本質は,動物との安定した愛着を「閉じた終着点」とするのではなく,そこでの安心感を土台として,不確実な他者を受け入れて,損なわれた人間社会への信頼を再構築するための「移行対象」として意図的に活用することにある。

2)バイオフィリア仮説:生命への根源的欲求

生物学者ウィルソンWilsonが提唱したバイオフィリア仮説(Biophilia Hypothesis)は,「人間には生命あるものや自然界のプロセスに注目し,惹きつけられる先天的・遺伝的な性質がある」とするものである(Wilson, 1984)。進化心理学的な視点に立てば,人類はその歴史の大部分を自然の中で動物と共に過ごしてきた。そのため,我々の感覚系は,静かに休息している動物や穏やかな自然の風景を見たときに「安全である」と認識する。都市の中で生活する現代人にとって,動物の体温や呼吸,予測可能な動きに触れることは,生命としての根源的な安心感を呼び覚ます。これは,覚醒水準を適切に保つ機能としても重要である。

3)社会的支援:非審判的な他者と役割の反転

社会心理学における社会的支援(Social Support)の理論は,他者からの情緒的,あるいは手段的な支援がストレスを緩衝することを示している。動物が提供する支援の特筆すべき点は,それが評価や社会的文脈を伴わない「無条件性」にある。

人間同士の支援には,受領側において「期待に応えねばならない」という心理的な負い目や,「同情されている」という認知的な歪みが伴いやすく,これが時に支援を拒絶させる社会的プレッシャーとして機能する。しかし,動物は人の社会的地位,外見,過去の過ち,あるいは現在の症状にかかわらず,一貫した反応を返す。この「ただそばにいる」という非審判的で受容的な態度は,社会的に孤立し,自己価値を喪失した人たちにとって,鏡のようにありのままの自己を映し出す「社会的絆のプロトタイプ」となる。

さらに重要なのは,動物を「ケアの対象」として位置づけることで生じる役割の反転である。適切なモニタリングのもとで行われるケア体験(餌やりや散歩,健康管理といった日々の世話)は,対象者を「助けられるだけの受動的な存在」から,他者の生命を支える「能動的な主体」へと変容させる。これは,単なる責任感の向上にとどまらず,抑うつ的な無力感からの脱却を促し,他者との相互的なかかわりの中で責任を担い,自律性を再獲得するための実行的・体験的なスモールステップとして機能する。

3.臨床心理学的実践における視座

臨床心理学を始めとする対人援助職は,前述の諸理論をどのように日々の臨床実践に組み込み,HABの可能性を最大化することができるだろうか。ここでは,介入を構造化する上で核心となる具体的視座を提示する。

1)3者関係のダイナミクス:「今,ここ」を可視化する

動物介在介入注1)において,臨床実践への動物介入は閉鎖的な2者関係から,動物を第3の極とした動的な3者関係へと変容する。この三角形の構図は,臨床における強固な「抵抗」や「転移の膠着」を打破する独自の機能を備えている。

注1)国際的には「動物介在サービスAnimal-Assisted Services: AAS」という用語への移行が進んでいる。
Johnson et al. 2024. Recommendations for uniform terminology in animal-assisted services (AAS). Human-Animal Interactions, 12:1  https://www.cabidigitallibrary.org/doi/10.1079/hai.2024.0003

対人緊張から治療者を「評価者」と見なして防衛的になる対象者も,動物という非審判的な他者に対しては無防備な情動を漏らしたり,対象への原初的な甘えや攻撃性を露呈させたりすることがある。ここで重要なのは,治療者が単なる「観察者」に留まらないことである。治療者は,動物が対象者の緊張を察知して近寄る,あるいは忌避して遠ざかるといった反応を,対象者の言語化されない内的真実が「今,ここ」で具現化した現象として捉え直さなければならない。

動物を媒介としたこの「3者間の相互交流」を治療的に活用することで,対象者は治療者を介さずに自らの内的状態を鏡のように突きつけられる。動物という「能動的他者」がもたらす予測不可能な応答は,条件が整えば,治療者への転移を分散させると同時に,対象者自身の内省機能を促進する契機となることがある。

2)非言語的・身体的アプローチの有効性

従来の対人援助において,介入の主体が「言語」に置かれている点に課題がある。しかし,重篤なトラウマや自閉スペクトラム症,あるいは認知機能の低下を伴うケースでは,言語を介した象徴機能が十分に働かない場面が少なくない。

動物の介在は,視覚・聴覚・触覚・嗅覚を統合的に活用する多感覚的なボトムアップの体験であり,脳の大脳新皮質をバイパスして,情動や生存本能を司る皮質下領域へ直接的に働きかける。動物の規則正しい呼吸のリズムや体温,特有の重量感は,対象者の意識を「反芻される過去」や「予期される不安」から引き離し,「今,ここ」という身体感覚へと半ば強制的に定位させる。言語化に先立つ「前言語的」な情動交流を重視するこの視点は,従来の対話型療法が抱えていた限界を補完し,身体レベルでの安心感を再構築する上で不可欠な臨床的パラダイムである。

3)多層的な理解:アセスメントの媒体としての動物

対象者や被支援者が動物をいかに語り,いかに扱うかは,その人の内的世界や対象関係を鮮明に映し出す「投影的媒体」としての側面を持つ。動物との関係性をアセスメントに含めることは,言語的防衛が働きやすい対人関係の背後にある,より原初的な対人パターンを把握する上できわめて有効な手がかりとなる。例えば,動物への過度な支配や攻撃的態度は,かつて被った外傷体験の「受動から能動への反転」による外傷的再演を疑う重要なサインとなり得る。反対に,過度な自己犠牲的献身は,対象をケアすることでしか自身の存在価値を確認できない共依存的な愛着スタイルの表出とも読み取れる。動物との関係性をアセスメントに加えることは,対象者の全人的理解を格段に深化させる。

4.臨床実践におけるHABの倫理的責務とリスクマネジメント

HABを臨床実践に組み込むことは,支援の可能性を広げる一方で,専門職としての倫理的責任を一段と重くする。動物を「道具」ではなく「パートナー」として尊重し,安全かつ効果的な介入を実現するために,いま一度その限界と今後の課題を明確にしておきたい。

1)One Welfareに基づく介入の安全性

臨床現場において,動物は治療者の意図を遂行するための「代替的な介入ツール」ではなく,独自の情動と欲求を有する能動的な主体である。動物が過度なストレス下に置かれ,その福祉が損なわれている状況では,動物の反応は「防衛」や「回避」へと変質する。このような徴候は非言語的に対象者へ伝播し,臨床空間の安全性を根底から揺るがすだけでなく,二次的な外傷体験を招くリスクを孕んでいる。

対照的に,動物の自発性が担保された環境では,動物が示す「非作為的な反応」こそが,対象者に対する「真実性の高い受容」として機能する。人間と動物のウェルビーイングを不可分な連環として捉える「One Welfare」の理念は,単なる愛護精神ではなく,介入の有効性を担保するための最低条件である。

したがって,介入の適否は治療者もしくは支援者個人の判断に限定されるべきではない。動物の行動特性や心身の状態を客観的に評価する獣医師やアニマル・ハンドラー等の多職種間の連携のもとで検討することが望ましい。動物の権利を守ることは,翻って対象者に提供される「支援の質」を倫理的に守ることに直結するのである。

2)リスク管理と介入の判断

臨床現場への導入に際しては,単なる「期待される効果」を優先するのではなく,多角的なスクリーニングに基づく厳格なリスクアセスメントが不可欠である。アレルギーの有無,ズーノーシス(人獣共通感染症)の予防,咬傷・掻傷事故の防止といった物理的・衛生的管理は,専門的介入を成立させるための「最低限の枠組み」である。

臨床的側面において,動物への恐怖心(恐怖症)を持つ対象者や,衝動制御の脆弱性から動物を対象とした「外傷的再演」や加害のリスクが予測されるケースについては,導入を一時見送る,あるいは厳重な監視下での実施を検討するといった,明確な介入の判断が求められる。

臨床心理学的な見地から,動物が「現実逃避の防衛装置」として機能するリスクもある。対象者が動物との安定的な関係に過度に依存し,不確実性を伴う人間社会からの回避を強化してしまうことは,介入の本来の目的である「社会的再統合」に反する。加えて,動物の反応を「拒絶」と誤認した対象者が2次的な自己否定に陥るケースや,動物の福祉を優先するあまり対象者との治療的関係を損なうケースなど,3者関係特有の負の力動が生じ得ることを常に念頭に置くことも必要である。したがって,治療者や支援者は,介入が「自律的な成長を促す足場」として機能しているか,あるいは「変化を拒むための依存対象」に変質していないかを継続的にモニタリングし,介入の適否を常に批判的に吟味し続ける責任が生じる。

3)予期的悲嘆の管理と「公認されない悲嘆」

動物の寿命が人間より遥かに短いという事実は,AAS(動物介在サービス)において「死」が介入のプロセスに必然的に組み込まれていることを意味する。HABが強固であるほど,その喪失(ペットロス)は対象者の自己の連続性を断絶させる深刻な心理的危機となり得る。そのため,専門職は導入初期から死を不可避な結末として位置づけ,老いや病の進行に伴う「予期的悲嘆(Anticipatory Grief)」を臨床現場の中で意図的に扱う準備をしておくべきである。

社会には依然として動物の死を「たかがペット」と軽視する風潮が強く,これが「公認されない悲嘆(Disenfranchised Grief)」(Doka, 1989)となり,対象者の回復を妨げる大きな要因となる。周囲の無理解により悲嘆の表出を禁じられた対象者は,深い孤立と自己否定に陥り,病理的な複雑性悲嘆へと移行するリスクが高い。したがって,治療者には,その悲嘆を「臨床的に正当なもの」として承認し,対象者自身が悲しむ権利を回復できるよう,喪失の意味をナラティブとして再構築する責任が生じる。生命の有限性を臨床現場に組み込み,有限だからこそ紡がれた絆の価値を再構築することで,死別という極限の体験を「他者との新たな再統合」へと昇華させること。それこそが,動物という独自の意思を持つ他者を臨床現場に招き入れた専門職が負うべき,最も重く,かつ不可欠な倫理的責務である。

おわりに

ヒューマン・アニマル・ボンド(HAB)は,人の発達や回復過程に関与しうる可能性を持つ一方で,専門職に高度な判断と倫理的省察を要求する関係性でもある。本稿で概観した通り,臨床現場における動物は単なる「情動調節のための機能的資源」ではない。それは,治療者の意図を超えて対象者や被支援者の内的世界を揺さぶり,新たな関係性の変容を迫る「予測不可能な能動的他者」である。

本特集の各論では,この「能動的な他者」との相互作用という共通点が,高齢者の生活支援,発達障害児の療育,読書犬による学習支援,付添犬による司法支援,刑務所における更生プログラム,そして精神科医療の最前線といった多様な現場でいかに取り扱われているかが詳述される。

動物という「能動的な他者」を臨床現場に招き入れることは,単なる技法選択ではなく,専門職自身の臨床観や人間観を問い返す実践である。本稿が,HABを安易に肯定あるいは否定するのではなく,その可能性と限界を批判的に検討するための一助となれば幸いである。

文  献
  • Ainsworth, M. D. S.(1989)Attachments beyond infancy. American Psychologist, 44 (4); 709-716.
  • Bowlby, J.(1969)Attachment and Loss: Vol.1. Attachment. Basic Books.(黒田実郎ほか訳 (1976)母子関係の理論1:愛着行動.岩崎学術出版社.)
  • Bowlby, J.(1988)A secure base: Parent-child attachment and healthy human development. Basic Books.
  • Bustad, L. K.(1980)Animals, Aging, and the Aged. University of Minnesota Press.
  • Doka, K. J. (Ed.).(1989)Disenfranchised grief: Recognizing hidden sorrow. Lexington Books.
  • Levinson, B. M.(1962)The dog as a “co-therapist”. Mental Hygiene, 46; 59-65.
  • Wilson, E. O.(1984)Biophilia. Harvard University Press.(狩野秀之訳(1994)バイオフィリア:人間と生物の絆.平凡社.)
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安藤孝敏(あんどう・たかとし)
ヤマザキ動物看護大学特任教授/横浜国立大学名誉教授
専門分野:社会老年学,高齢者心理学,人と動物の関係学

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