【特集 箱庭療法】#06 ターミナルケアと箱庭──生と死の境界で置かれるもの|坂井朋子


坂井朋子(島根大学)

シンリンラボ 第38号(2026年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.38 (2026, May.) 

1.箱庭療法について

1)箱庭との出会い

大学生の頃,アルバイトをしていた心療内科で箱庭を知った。院長先生は勉強になるからと,時々箱庭をつくらせてくれて,診療の合間に見に来てコメントされた。

あるとき私は大きな砂山をつくり,スキーを履いたピカチュウのミニチュアを山の上から滑らせた。楽しい場面のはずが,つくっていると,どうもそうではない気がしてきた。その頃の私は進路が定まらず,焦りと不安を抱えたまま物事が猛スピードで進んでいて,どうしようもないこころのザワザワが,そこに現れたように思う。院長先生は私のつくった箱庭を見て,「ほら,ここに道があるね」と言われた。見ると,山を盛り上げるときにできた微かな砂の筋が,ピカチュウの滑り降りてゆく先にのびていたのだ。道があることに気づいたとき,「あ、大丈夫なんだ」と思い,なんとなくこころの奥深いところで今の自分を受け入れることができたのと同時に,箱庭がどういうものなのか少しだけつかめた気がした。

2)箱庭療法の意義

その効果は,情動を伴いながらつくることによってエネルギーが生まれ,同時にこころが整えられると考えられている。これは箱庭がほどよく視界に入るので,つくることに没頭しながらも,俯瞰した視点をもち得るという特徴に関係しているだろう。はじめにこういうものをつくろうと思っていても,気持ちが入ると,いつのまにか違うものが出来上がったりする。作り手の意図とは異なるところに自律性が生まれ,それに対する驚きや感動がある。何を表現したのか言葉で説明できないことも多い。箱庭はすぐに現実の問題が解決するとか,対処についてよいアイデアが得られるというものではなく,むしろ箱庭をつくることによる何らかの自分のこころとの対話によって,葛藤をかかえる力をもつことに寄与するのではないかと考えている。

今回筆者に与えられたテーマは,「ターミナルケアと箱庭」である。これからいくつかの事例を紹介しながら,このような箱庭療法の視点でターミナルケアについて考えてみたい。事例は自験例をもとにしたフィクションである。

2.遊びと箱庭

1)面接を支えるイメージ

50代の功さん(仮名)は,若い頃から人口透析を受けていた。歩くとすぐに息切れがして,院内を移動するときは何度も立ち止まって呼吸を整え,調子のよくないときは車椅子を使っていた。「まもなく自分は死ぬんじゃないか」とよく口にするようになり,看護師を介して筆者に紹介され,透析を終えて帰りの車が迎えにくるまでの間,透析室の一角や待合ロビーで功さんと定期的に話をするようになった。

功さんは常にだるくて身体を動かすとすぐに苦しくなり,何もできない,今まで何もしていないと,繰り返し訴えた。落ち着いて話ができるように,頃合いをみて,面接室で時間を決めてお会いするようにした。

毎回,眠れない,好きなように食べられない,歩けない,など切実な身体的訴えに始終する。このような日々を過ごしてきて,一体これまで功さんを支えてきたものは何だろうと思いながら生活史をうかがうと,ドラゴンボールのアニメが好きで,繰り返し何度も観ていると言われる。そこで主人公の孫悟空を紙に描いてもらうと,孫悟空は用紙の真ん中で小さく,背中を丸めて目を閉じて佇んでいた。これは功さんの姿だと筆者は思う。小さく閉じているけれど,そこにエネルギーが眠っている。それにこんなに愛らしいものを描けるということも嬉しい発見だった。この孫悟空のイメージは,その後の功さんとの面接をずっと支えるものになった。

2)こころが自由になること

しばらくして箱庭に誘ってみると,「砂遊びはやったことがない」ととまどいながら,砂に触れ,握ってみたり,窪みや溝をつけたりして,感触を味わう。その後も時々箱庭をつくり,火山や海ができて,島が生まれる。筆者は大地が誕生したように感じていた。あるとき筆者が面接の終わりに何かをとりに部屋を出て戻ってくると,いなかった間にさっきつくった砂山が押しつぶされて,砂の上にくっきり2つの手形が残っていた。別のときにも,終わり際に筆者がその場を離れた隙に,火山の上にフクロウをバランスよくのせていた。それまで功さんは,「できる/できない」の二項でものごとをとらえがちだったけれど,少しずつ解放されて,砂の感触そのものを試しながら,遊び心を取り戻したように思われた。

3)地盤づくり

こうした箱庭制作と並行して,功さんはより主体的になった。それまであいまいだった自分の病気について理解し,自宅から施設へ居住場所を変えるにあたって経済的なめどを考え,いつ病状が急変してどうなるかわからないという状況は変わらなかったが,この先の見通しをもつようになった。その頃功さんは,自分のことを話すときに「俺」と言って主語をたてるようになり,このことからも,それまでの「何もできない」,「何もしていない」と訴えていた自己不在から,受肉し主体としての自己が誕生したことが理解できる。箱庭の砂の大地が功さんをしっかりと受け,火山に象徴される内発的エネルギーとともに存在基盤を形成してゆく作業がなされたのではないだろうか。

3.還ってゆくところ

1)異なる時空へ

30代の薫さん(仮名)は,筆者とお会いしている間に一度だけ箱庭をつくった。亡くなる1カ月前である。ずっと営業の仕事を続け,お客さんとの出会いを楽しみにしており,勤めの帰りに病院に来て面接をしていた。箱庭は薫さんの体力が低下していたため,筆者が制作を手伝った。はじめに筆者が砂箱の真ん中を掘って青い底面を出して見せ,海や泉にできることを伝えると,彼女はそのまま掘られた青い部分に向かって集ってきたかのように,周囲の砂の上に虫や魚などを置き,少し離れたところに真ん中を向いて,カニ,タコ,お化け,原始人を置いた。それからドラえもん,クマのキャラクターも置く。筆者はカオルさんに何を置くか尋ねながら,これらの周辺を木々で囲み,ドラえもんのそばに,どこでもドアを置いた。薫さんは,「ドラえもんがどこでもドアから,くまモンを連れてやって来た」と解説した。原始的なものや霊的なものが共存するいにしえの時空にやってきたかのようである。水を飲みに集まっているのか,あるいは,真ん中の青い穴の向こうにさらなる異界があって,そこを覗き込んでいるようにも見えた。

2)木箱の青色

穴の向こう側。青は水や空を思い起こさせる。海の深さ,天空の高さ,宇宙の広がりが連想され,青のさらなる奥は闇である。日本には古来から死者の魂は山や海の向こうにゆくという思想があり,魂の住処は青を突き抜けた世界なのかもしれない。染織家の志村ふくみは青を「闇に近い色」といい,夜の眠りは,満たされ安らぐ魂が帰還する青の究極の場だという(志村,2013)。また,中沢(2022)によると,オーストラリアのアボリジニの長老は,岩の上に座りずっと青空を見続けるという宗教生活を送っており,これは宗教が象徴的な像や儀式をもつようになる以前の原始的な形態であると述べている。これらのことからも,青は無限性や死につながりをもつと思えるのである。

3)還る場所 

青に囲まれた箱庭は死者や無限性の世界に包まれている。薫さんのつくった箱庭の真ん中の青い空間は,そのような向こう側への通路といえるかもしれない。

「箱庭は難しいな」というのが薫さんの一言感想で,そのあと子どもの頃の遊びの話になった。自転車でよく走り回っていて,生傷が絶えなかったと言って笑う。田んぼでオタマジャクシを捕まえたり,トンボを捕まえて遊んでいた。こうした語りをとおして薫さんのこころは,かつて冒険心を発揮して新しい世界の発見にワクワクしていた頃の,満たされていた自分自身とつながったのではないだろうか。子どもは全身で遊ぶ。喜んだり,悲しんだり,身体ごと感動する。遊びがリアリティをもつのは身体性を伴うからだろう。箱庭は考えながらつくったりもするが,むしろ,知的な堅さをある程度緩め,何かが生じてくるに任せるありかたに意味がある。砂に触れることでどこか懐かしい気持ちになり,こころの自由度が増すのが箱庭の大きな特徴である。

箱庭の真ん中の青は水を湛えているようでもある。水はいのちの象徴であり,こころが求め還ってゆくのは向こう側の満たされた場所だと思われた。

4.暮らしと箱庭

1)もうひとつの時間

入院患者さんにとって病室は生活の場でもある。ベッドまわりは特にプライベートな空間で,筆者が病室を訪れると,まるでこちらが客人のようにもてなされたり,送りだされたりすることがあった。深刻な話だけでなく,他愛のない雑談になごむときもあれば,同室者や医療者に対する愚痴や人との出会いの喜びを語ることもある。病態としては重く苦しい状況であるにもかかわらず,時折,病室での凝縮した静謐な時間が,人や記憶をやさしく結びなおしてくれると感じた。ターミナル期において実際に箱庭をつくることは難しくても,患者さんをとりまく病室や病院,生活の場全体がひとつの大きな箱庭だとは考えられないだろうか。

2)暮らしと身体

70代の和美さん(仮名)は,数年前から入退院を繰り返し,ご家族には余命が告げられていた。自営のお店でできる限り働き続け,ご家族のために料理をつくり,皆と一緒においしく食べることを大切にしていた。筆者が病院,お店,自宅の行き来は大変だろうと心配すると,大変だけれどもこれは自分の身体の一部なのだと仰った。病のために諦めることがたくさんあり,それでもこうありたいという希望のあいだで格闘し,周囲の人たちと折り合いをつけ,そうやってたどりついた生活スタイルそのものが,開かれたかけがえのない自己なのだ。

3)セラピストの存在

和美さんが入院中のあるとき,病室の窓から入る陽光を,まるで初めてのことのように驚きをもって体験し,このことを筆者に伝えながら,今まで忙しく過ごしてきて気づかなかったことがたくさんあったということを語った。もしかしたらこの頃,慄きとともに自己と世界が変容する体験をされていたのかもしれない。それまで自明だった窓の外の何気ない自然が,ふいに強烈に体感される。ある意味こうした自分が脅かされるような感覚をもつ危ういときに,定点として関わり続ける他者がいることは重要だと思われる。経過のなかで,身体の痛みで落ちつかない和美さんのそばで何もできずにいる筆者に対し,「ただそこにいてくれるだけでいいんです」と仰った。見守られること,存在が包まれていることの確かさが,こころのプロセスに必要なのだ。大きな箱庭のなかで,どのような動きが生じるかを共有できる他者が存在することは,どれほど患者さんのこころの支えになるだろう。

4)青の世界

このように和美さんが暮らしをつくってゆくことは,青を備えた砂箱のなかで何かをつくることに似ている。こうしたいと思っても決してそのとおりにはゆかず,むしろ張った気持ちが緩んだときに自己対話が可能になり,知らなかった別の景色が見えてくる。昼間は見えない天空の星々が夜に瞬き,星座の物語が生まれるように,地としての青の世界とどこかでつながりながら暮らしがデザインされ,そこに安らぐことができたのだと思われた。

5.ターミナルケアと箱庭

ターミナルケアにおける箱庭の要は,自己の存在やこころの進行を守る場づくりであるように思う。これはターミナルケアに限ることではないが,現実の死が近づいているときに,だからこそ,「砂」や「箱」が受けとめてくれる感触,そのような身体性を伴うこころの体験が大切になる。その場に何が登場するのかわからない。だけれども,奥に控えた青の世界を見通すもうひとつの眼をもつと,こころはその満たされた場所に向かうのではないだろうか。河合(1987)は,「ひとりひとりの子どものなかに宇宙がある」といった。箱庭が懐かしさを呼び起こし,子どもの頃のような澄んだこころに還るとき,その無限の世界は,自らを親和的に迎えてくれるのではないかと思う。

文  献
  • 河合隼雄(1987)子どもの宇宙.岩波書店.
  • 中沢新一・河合俊雄(2022)ジオサイコロジー―聖地の層構造とこころの古層.創元社.
  • 坂井朋子(2015)語りにおける現実と無意識的次元の合一性.臨床ユング心理学研究,1 (1); 21-33.
  • 坂井朋子(2019)「何もしていない」透析患者との心理療法.箱庭療法学研究,32 (2); 43-55.
  • 志村ふくみ(2013)伝書―しむらのいろ.求龍堂.
+ 記事

坂井朋子(さかい・ともこ)
島根大学
資格:臨床心理士,公認心理師 
好きなこと:散歩

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