茂 晃久(東京都小平児童相談所)
シンリンラボ 第38号(2026年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.38 (2026, May.)
1.児童相談所と箱庭
まず筆者が属する児童相談所(以下,「児相」と記載)の状況と箱庭との関係について述べる。児相は児童福祉法に基づき,原則0歳から18歳未満の児童およびその家庭に関するあらゆる相談,支援をおこなっている。そのため対象は広く,受付件数も多く,そして相談内容の割合の地域差は非常に大きい。東京都(2025)の統計によると全体の約40%が「虐待 」に関する相談であり,当事者である子どもやその家族からの相談は「虐待注1)」相談全体の10%にも満たず,児相が関わる当事者の相談意欲が低く,相談関係を構築することが難しい場合も多い。児相の支援は,地域差はあるが,上述の理由や慢性的な人員不足などからも継続的な支援を行えるケースは限られてしまい,関係機関に支援を依頼することが多い。また,子育てという生活に直結した支援であるため,その支援内容は日常的な生活支援を含み多岐にわたり,心理的な支援は子どもにとって安定した生活基盤の構築が最優先となる。
このように,児相では家庭環境を安定させるための現実的な対応が優先され,継続的な通所支援につながらないことが多く,箱庭を導入することの難しさがある。しかし,都内の児相で箱庭が置かれていない児相はない。では,実際にどのように用いられているのかを以下に述べる。
注1)「虐待」を「」で表記した理由は,筆者はこの言葉を臨床実践で使用しておらず,便宜上読者と共有するためである。「虐待」という言葉は,保護者への支援の眼差しがないだけではなく,子どもにとっても,自尊心を傷つけ,不遇感や被害者性を募らせ,支えとならない可能性があるからである(滝川(2024)を参照のこと)。
2.児童心理司と箱庭
児相で箱庭を用いるのは児童心理司(以下,心理司と記載)である。心理司である筆者も上述のように数は少ないが継続的に通所している子ども,または一時保護が長期化している子どもに対して用いることが多い。面接初期であるアセスメント時期に導入したことはない。導入は,子どもが好きそうだと直感したとき,言語面接で詰まっていると感じたとき,子どもや家族に転機が訪れたり状況が変容したりしたときなどである。もちろん導入なしに子どもが箱庭を自らみつけだし置きはじめることも多い。筆者の場合,一時保護中の児童は特に箱庭を置くことが多い。一時保護中に多く置かれる理由としては,何らかの理由で家にいられない子どもにとって一時保護施設が保護的な機能を果たしている場合,外界との接点が極端に少ない非日常的な生活をおくることで自身の内界をみつめやすくなっている可能性が考えられる。
一方,筆者の狭い臨床経験からではあるが最近,箱庭をもちいる心理司自体が減っている。それは職員の増員にともない経験年数やオリエンテーションの幅が広がったこと,また近年,児相では過去にトラウマ体験があることを前提にそれに配慮した関わり(Trauma Informed Care)の視点をもとに,エビデンスに基づいた認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy)が心理教育・ケアの主流となっている事情が関係していると思われる。一方,筆者はいまの子どもが箱庭を置かなくなった印象も持つ。以前は砂箱やフィギュアが並ぶ棚をみせると,目を輝かせる子どもが多かったのが,いまはゲームのリアルさに劣るのだろうか。いずれも箱庭が置かれる事例数の減少が実感としてある。
3.児童相談所での箱庭
次に,筆者の箱庭の実践を以下に示す。プライバシー保護の関係で個人が特定できない概略の提示にとどめ,箱庭表現については事実に基づいた再現イメージである。また発表に関して,所属の承認を得ている。(写真:再現箱庭)
剣心(仮名)君は児童養護施設(以下,施設と記載)に入所している小学校低学年である。剣心君は乳幼児期より夫婦喧嘩がたえない家庭でそだち,歳の離れた兄からいじめられ,特に父からは気分しだいで蹴られたり,飼い犬と同じような待遇を受けたりしていた。父母は剣心君への行為を認めず,また,家庭内外で暴れる剣心君の養育のたいへんさが語られ,剣心君の安定した生活基盤の確保,父母と養育環境や親子関係を整える目的で施設入所となった。施設入所後,脈略なく「ころすぞ」などと他児や職員を威嚇したり,思いとおりにいかないと「どうせオレのことなんか,しんだほうがいいと思ってんだろ」などと大声で叫びながら,周囲へ暴力をふるったりすることが多々あった。一方,落ち着いているときには周囲を気づかったり,大人に甘えたがったりした。学校では,一緒に遊んでもらおうと他児をしつこく追い回したり,遊んでいるうちに興奮して暴力や暴言になり,他児に大きなケガを負わせたりすることもあった。筆者は月1回ほどの頻度で施設へ訪問し,剣心君から生活の様子を聞いたり,一緒に遊んだりした。何度か箱庭にさそったことはあったが,フィギュアを眺めるだけであった。施設入所して数年が経ち,上記の言動は減りつつあったが,いぜん周囲との衝突が多く,摩擦が生じやすい剣心君になにかよい表現手段がないか,筆者はスーパーバイザーに相談した。経過や現状の報告,また施設入所前の一時保護中に一度おいた箱庭では砂に触らずに戦闘機,戦車,電車を置いたこと,以前床にフィギュアを置いて“ノアの箱舟”に類似した物語を再現したことを報告したところ,スーパーバイザーから砂箱に砂をいれずに,箱だけを地面にじかに置くことを提案された。さっそく実践したところ,剣心君は夢中に表現したのである。

【写真:再現イメージ(実際の部屋・フィギュアとは異なる)】
筆者から〈剣心君のためにいつもと違うものを用意したんだけど,見てみない?〉と提案すると,剣心君は応じてくれる。箱庭をみて「砂がない」というとすぐにフィギュアが置いてある棚にいき,迷いなく檻をとる。正面上端やや左寄りの位置に檻を置き,その右側を戦車2台,戦闘機,戦闘車両で固める。檻のなかに銃を袴にさす坂本竜馬(以下,坂本と記載)のフィギュアを入れる。次いで,左端手前にピラミッド,その右隣に山,その右隣にトンネルを,左端奥には滝を置き,サイズが大きなミニチュアが箱のなかに並べられた。準備完了といわんばかりに次の瞬間,檻のなかの坂本めがけ戦車や戦闘機からいっせいに集中砲弾がはじまる。坂本は檻の扉から逃げだし,ピラミッドのなかに隠れる。その後は戦闘機などの戦闘車両を砂箱の外にだし,それらが戦いをはじめる。そのあいだに坂本はピラミッドから復活。檻の形をかえて柵にし,左端奥の滝と左端手前のピラミッドのあいだに柵が設置された。柵の入り口は滝で閉ざされ,そこに坂本は入れられる。坂本は柵の上部から抜け出そうとするが周囲に置かれた滝や山が動き,柵のなかへ押し込められ,それを何度も何度も繰り返す。その後,坂本は柵からの脱出に成功し,箱の外へ脱出をこころみるも,そこには火山が待ちうけており,その火に絡めとられて柵に戻されたり,滝が動いて坂本の脱出を阻止したりし,それを何度も何度も繰り返した。その攻防は,箱から脱出に成功した坂本が近くに置かれた戦闘機で飛び立つことで決着がつく。
その後,剣を持った鎧をまとう西洋の兵士(以下,兵士と記す)が登場し,坂本との戦いがはじまる。お互いに一歩も引かずに決着がつかないまま,兵士が柵に入れられる。先にみた坂本と同様,兵士は脱出しては山や滝によって柵へ戻されることを何度も何度も繰り返した。柵に兵士を残したまま,新たにドラゴンを手にとり,坂本がいる箱の外の空間に置き,周辺に武装した兵隊を10名ほど配置する。坂本はドラゴンに乗り武装した兵隊の包囲網を脱出する。ドラゴンは坂本を降ろしたあと,武装した兵隊のもとに戻ると,一斉射撃を受け,ドラゴンはなすすべがない。ドラゴンは死んでしまったのか,棚に丁寧に優しい手つきで戻される。その後,武装した兵隊の包囲網の中心に兵士が置かれ,ドラゴンと同じように一斉射撃を受ける。しかし,兵士は銃をすべて弾き飛ばし,兵隊を一掃し,兵士がドラゴンの仇をとったようであった。その後は,兵士はドラゴンに乗り,坂本は竜にのり,東西合戦となった。剣心君のなかで一段落したのか,時計を見たあとその戦いの途中で退出していった。筆者は興奮冷めやらぬまま剣心君のあとを追った。
3.児童相談所での箱庭の意義
剣心君の箱庭表現と,児相での箱庭の意義を考えてみたい。
これまで箱庭にあまり興味をしめさなかった剣心君がすぐに檻を取り出し,ちゅうちょなく砂のない箱のなかにそれを置いた。筆者はこれから剣心君の何かが表現されるはじまりなのだと感じ身が引き締まる思いをし,行動ではない別の表現方法を得たのだという感動をおぼえた。そして,剣心君は檻のなかに閉じ込めた坂本を戦闘機などで攻撃し始めた。和装し銃を持っている坂本からは暴力性や攻撃性が連想され,その坂本への攻撃は自分のなかにあるそれの否定であるかのようであった。その後も戦いや争いが多く表現され,それらは苦悩する現実を否定し,乗り越え,新たな状況への前進を表現しているかのようであった。また,剣心君の表現で非常に印象的であったのはその執拗さである。坂本や兵士への攻撃の執拗さ,坂本や兵士の脱出の執拗さ,それを押し込める自然(山や滝など)の執拗さ,そして戦いの表現のそれである。現状からの脱出を成し遂げるためには自然という人間にはコントロールできない莫大なエネルギーを越えなければいけない。そしてそれを絶対に成し遂げなければならないという,剣心君の強い決意と,その困難さが示されているようであった。西洋の武器である銃をもつ和装した坂本,また坂本と西洋の兵士の執拗な脱出,そして両者の戦いからは,自身のなかに潜む質の違う暴力性や攻撃性との対峙,施設入所によって生じた生活文化の衝突がみてとれ,葛藤する剣心君の姿が浮かんできた。そして,このような剣心君の箱庭の表現によって,もがく姿と執拗なまでにエネルギーが注がれている状況がみてとれ,剣心君の日常における乱暴な言動への対処に支援者は振りまわされず,大きな葛藤や苦悩を抱える剣心君を支えていく必要性を教えてもらい,決心を固めることができた。
箱庭は通常,台の上に置き,砂を入れて用いられる。今回は退行を促すとされている砂をのぞくことでより安全に剣心君の表現を守ることができたと思われる。そして箱庭はその子どもに合わせてオーダーメイドできることが示された。さらに心理司にとって,エビデンスに基づいた心理的な介入が主流となっているなか,黙って表現を見守る態度,子どもの能動性や自ら回復するちからを信じる姿勢など,子どもの変容の可能性に目を向けさせてもらうことができる。これは児相が背負わされる一方的な「介入(侵襲)」という暴力性を減じる役割になるのではないだろうか。
文 献
- 岩宮恵子(2009)生きにくい子どもたち—カウンセリング日誌から.岩波書店.
- Kalff, D. M.(1966)Sandspiel: Seine therapeutische Wirkung auf dei Psyche. Rascher Verlag.(大原貢・山中康裕訳(1972)カルフ箱庭療法. 誠信書房,p.4.)
- 斎藤清二(2012)心理療法におけるエビデンス概念の変遷.箱庭療法学研究,24 (3); 1-2.
- 茂晃久(2021)児童相談所における子どもの箱庭表現と家族の変容—児童相談所の“意思をつなぐ”役割と“受動的”性質について.箱庭療法学研究,34 (1); 27-39.
- 滝川一廣(2024)子どもとあゆむ精神医学.日本評論社.
- 東京都(2025)児童相談所のしおり.
- 山中康裕(1978)少年期の心.中央公論新社.
茂 晃久(しげる・あきひさ)
東京都小平児童相談所 児童心理司
資格:臨床心理士,公認心理師,調理師
主な著書:『児童相談所と精神療法』(共編,金剛出版,精神療法第51巻第5号,2025)









