豊原響子(島根大学)
シンリンラボ 第38号(2026年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.38 (2026, May.)
箱庭を一から作る
「箱庭を作る」と聞いてまず思い浮かぶのは,砂箱にアイテムを置いてひとつの作品を作る様子ではないだろうか。しかし本稿で取り上げるのは,箱を一から,木材の状態から組み立てて作り上げるという意味での,そしてアイテムそのものを手作りするという意味での「箱庭を作る」プロセスである。そのため本稿では,以下,箱庭用具そのものを作ることを「箱庭を作る」とし,砂箱やアイテムを用いて箱庭作品を作ることを「箱庭制作をする」と表記する。
筆者は以前,箱庭を作ることを通じて,箱庭が“所与のもの”ではなくなった感覚を抱いた。それはすなわち,単に箱庭に関する知識を得るのとはまた異なる,もう一段深い理解と身体に根ざした知を得た感覚とも言い換えられる。以下では,まず筆者が「箱庭を作る」に至った経緯を簡単に記してから,箱庭を作るプロセスとそこで感じ考えたことについて述べていきたい。
そうだ,箱つくろう
箱庭療法が河合隼雄によって日本に紹介されてから,はや60年以上が経った。現在では,多くの現場で箱庭が設置されていることだろう。一方で,なかには箱庭がカバーで覆われてしまっている現場もあると聞く。もしかすると,箱庭が設置されてはいても,治療の場面で活用されず,いつの間にか面接室のオブジェや備品と化している現場も少なくないのではないか。それはなんだかもったいないのではないか,と筆者は密かに思っていた。いつか自分で箱庭用具を揃えられる機会ができたら,その前に立ったら思わずなんとなく箱庭制作をしたくなってくるような箱庭をこしらえていきたい,というのが筆者の密かな夢でもあった。
現代は,箱庭用具を揃えようと思えば,インターネットを介していつでも入手できる時代である。整った規格で,クオリティの担保されたものが簡単に入手できるのは,箱庭療法黎明期の苦労を思えばとてもありがたいことである。しかし,現代はどこもかしこも財政難である。箱庭には関心があるけれど,財政的に導入が厳しい場合,自分で箱庭を作る選択肢があっても良いのではないだろうか。
また,あえて自分で箱庭を作るからこそ得られる知見もあるのではないか。無塗装の木の手触りや,開封したての粘土の湿り気が,いくつかのプロセスを経て,目の前で砂箱やアイテムになっていくプロセスを見届けたい。そのような思いも筆者にはあった。2年前に着任した現職場は,研究室が島根大学こころとそだちの相談センターに来談されるクライエントとの面接室を兼ねているため,研究室内に箱庭用具を一から揃える必要があった。今こそチャンスと思い,せっかくの機会なので院生さんたちにも声をかけて,有志の人々と一緒に作業することにした。
箱作りの過程──平面から「器」を作る
「箱庭を作る」うえで,まず必要なのは材料の買い出しである。箱の内寸は57cm×72cm×7cmとされているが,外寸は板の厚みによって変わるので,底のサイズや枠の板の長さは事前の計算が必要である。
【材料】
- 底と枠を作るための板
- 木ねじ
- マスキングテープ
- ペンキ
- ニス
- 紙やすり
- 筆や刷毛
- ドライバー
板はホームセンターで購入し,カットサービスを利用するのが一番手軽だろう。のこぎりで板を切ってみるのもおもしろいけれど,実際のところまっすぐ切るのはけっこう難しい。
なお,筆者は今回,1.8cmの厚さの合板を用いた。ミリ単位でのカット依頼はできなかったため,図1のように外周に0.3cm程度の凹凸が残り注1),手作り感満載になった。完成度の高さや正確さを求める方には,迷わず購入することをおすすめします。
注1)縦(内寸57cm)の辺は60cm,横(内寸72cm)の辺は72cmでカットしてもらい,1.5cmずつ重ねて枠を作ると四隅に0.3cmの凹みができる。
材料が揃ったら,組み立てに入る。作業は図1のような手順で行った。

以下,作業工程ごとに詳細を記す。
① 枠を作る
板同士を直角に合わせ,各辺を木ねじで留めていく。この際,角を直角に保つために2人以上で作業するのが望ましい。
【感想メモ】4つの板が組み合わさって枠となり,“外”と“内”が隔てられてひとつの空間が生まれる。具体的な“場”ができていく過程を目の当たりにして,なんだか感動。


② 底をつける
底になる板を①に木ねじで固定する。砂や水を入れても漏れないように,しっかりと。
【感想メモ】底がつくときちんとした“器”になる。底が機能するためには枠がしっかりしていないといけないのがなんだか示唆的。


③ やすりをかける
怪我予防とペンキを塗る下準備のために,箱全体にやすりをかける。特に木枠の角や継ぎ目は念入りに。新聞紙などを下に敷いておくと,片付けやすい。
④ マスキングテープで養生する
⑤ 色を塗る
枠の上部にペンキがつかないよう,マスキングテープで養生する。箱の内側は,なるべく色ムラが出ないよう何度も塗り重ねる。ペンキが乾いたら,マスキングテープを剥がす。
【感想メモ】箱の内側に色を塗ることで,内外の境界がいっそう明瞭になり,外側とは異なる“場”ができた感じがした。今回は外側に色を塗らずワックスのみで仕上げたが,外側も塗装すると,面接室という空間と箱との境界がより明瞭になり,箱庭空間の異質性・異界性が強くなるのではないか。そうなると,表現を促進し守る機能も強まるだろうけれども,箱庭制作をするうえでの心理的なハードルも高くなるのではないかと気になった。今後,外側が塗られた箱庭を隣に並べてみて,その差異を検討してみるのも面白いかもしれない。

⑥ニスを塗る
水を使う可能性を考慮して,防水機能があるツヤなしのニスを選び,何度か重ね塗りをした。ツヤの有無を好みに応じて決められるのも,手作りならではの自由度の高さだろう。
以上のような過程を経て,箱が完成した。砂を入れるといっそう“箱庭”という感じがしてくる。

続いて,アイテムを作ることを通じて得た所感を記す。
アイテムを作る
●何で作るか──重さについて
今日のアイテム作りの素材としては,主に粘土を用いた。といっても,粘土にも様々な種類がある。
軽量の紙粘土でアイテムを作ると,加工はしやすいものの,乾くと軽すぎて持ち上げたときの手応えが薄いのが気になった。重みとは,手に取って持ち上げるからこそわかるものであり,箱庭制作における作り手の実感を支える重要な要素のひとつなのだと思う。重みがある方がしっくりくるアイテムに関しては,彫刻刀ややすりなどによる加工にも適している石塑粘土(石粉粘土)を使用した。石塑粘土は,紙粘土と比べて乾かすのに時間がかかるが,適度な重みがあり,表面も滑らかに仕上がるのが個人的には好みだった。
粘土以外でも,木を彫るなどして動物や人形などを作ってみるのも良いかもしれない。芸術作品を参考に挙げると,アーティストの内藤礼による木製の人形(ひとがた)の作品である《ひと》は,ひとつの魂の形を表しているように思われる。また,今回は作れなかったが,針金を使えば箱庭に置く「木」も手作りできると聞く。「木」だけで自立するようにしっかりと根を張ったり,枝や葉を茂らせたりと,作り甲斐がありそうだ。
●何を作るか──具体と抽象
たとえば人や動物や家などのアイテムを作る過程とは,基本的には,イメージと実際(制作中のもの)とのあいだで進んでいくものである。他方,アニメや漫画などの既存のキャラクターを作るときには,原作の“お手本”があり,それを大なり小なり模倣することになる。そこでも表情やポーズなどを考えるうえでイメージが動く余地はあるものの,どちらかというとそれは“推し活”の一種であり,その行為自体に癒しが内包されているのではないかと思われる。
おそらく,アイテムが具体的なものになればなるほど,そこから連想されるイメージの広がりは限定的になるのではないだろうか。もちろん具体的なアイテムだからこそ動くイメージもあろうけれども,ある程度は一般性や普遍性がある方が,より自由にイメージの動きを体験しやすいのではないかと思われる。
たとえば,箱庭の棚で食べ物のアイテムを見かけることは少ないように思う。そもそも「食べ物」とは総称でありあくまで概念なので,アイテムとしては「おにぎり」や「焼肉」や「チーズケーキ」などになるが,いずれも登場するシチュエーションはある程度限られるだろう。現実的な理由として,砂の上に食べ物を置く気にならないという可能性や,縮尺の問題,食べ物のアイテムを作り始めるとキリがないという事情なども考えられるが,より心理的な要因を考えるなら,“食”を連想させるものは箱庭に置くにしては少々“現世”的すぎるのではないか。
なお,試しに何者か説明しがたい抽象的な形のアイテムも作ってみたが,制作中の体感としては,抽象的なアイテムを作るときの方が内的なイメージに従って表現する感覚が強く,これはこれでどこか癒されるような感じがした。しかしこれはあくまでアイテムの作り手サイドの感覚なので,実際の箱庭制作の場面でどれくらい出番があるか,箱庭制作者にどう体感されるかは未知数である。

●「目」のインパクト
抽象的なアイテムを作るなかで特に印象的であったのは,「目」を書く前後で存在感や生命感が質的に大きく変わるということである。古くから仏像や達磨に目を描き入れることは魂を入れることと同義と考えられてきたように,そして他者との応答関係が生じる契機に「視線触発」(村上,2008)があると指摘されているように,「目」は様々な次元であるものの存在を意識させる。
先に少しふれたアーティストの内藤礼は,《ひと》という木でつくる人形(ひとがた)の彫刻作品について「これまで350人ほど作りましたが,そのひとはそのひとでしかないという個性が現れるのは,目を入れた時だと感じます」,「精霊だと思う時もあるし,死者だと思う時もあったり,性別がわからないひとが生まれてくる時もあるんですよ」と語っている(内藤・中村,2016)。ここで,みずから制作しているにもかかわらず,「生まれてくる」という表現が用いられているのは興味深い。「目」を入れたことで,“性別がわからないひと”であると明らかになったのだろうか。
なお,今回「目」を入れずに陰影のみで目元を表現するアイテム(口裂け女)を作ってみたところ,「目」に備わるある種の圧は減じられた一方で,逆説的に「目」に関する想像を掻き立てられることになったのも印象的であった。この感覚が個人的なものなのか日本的なものなのかは定かでないが,視線恐怖のあり方には文化的な影響もあることを考えると,アイテムの「目」に対してどのような印象を持つのか,文化比較研究をしてみるのもおもしろいかもしれない。

●共に作業する
先述の通り,今回の制作作業は筆者の所属先の有志の大学院生と一緒に行った。私事ながら,当時は着任して間もない時期で,まだ院生の人となりがあまりわからなかったのだが,一緒にアイテムを作るなかで自然に交流が生まれたのがとても印象的だった。交流するといっても,各々の作業があるので沈黙していてもまったく問題なかったのも,場の安心感を支えていたように思われる。
アイテムの制作過程には,粘土をこねる,形を作る,色を塗るという様々な工程があるうえ,自由度も非常に高い。自由度が高いからこそ抵抗が生じる場合もあると思われるため,無理に取り組む必要はないが,箱庭のアイテムを作る時間は,臨床的な教育という観点からも,臨床実践に関する連想を膨らませ理解を深める時間になり得るのではないだろうか。
また,ものを作ることが好きなクライエントと会う場合には,表現療法のひとつとして,一緒にアイテムを作ってみるのも良いかもしれない。
今のところ,砂は市販のものを使っているけれども,いつか,どこかゆかりのある土地の砂で箱庭が作れたら,それはどんな制作体験になるのだろう,などとも夢想する。もしそれが叶うときがきたら,砂を運ぶ旅路はきっと忘れられないものになるだろう。
なお,本稿で示した箱庭用具作りの写真は,掲載に関して制作者の大学院生に許可を得た。一緒に作ってくださった院生の皆さんに,この場をお借りして改めて深く感謝申し上げます。
たったひとつの箱庭を
現在筆者の研究室兼面接室には,もちろん手作りではないアイテムやフィギュアもある,というよりもそちらの方が圧倒的に多く並んでいる。もし手作りのアイテムばかり並んでいたら,おそらく作り手の個性がアイテムに強く出すぎて,ある種の“圧”が生まれ,箱庭制作者にはどこか“重く”感じられるのではないだろうか。先にも書いたように,イメージが自由に動くためには,やはりある程度は一般性や普遍性が必要なのだと思う。クオリティが高く安定感のある販売アイテムがあるからこそ,手作りの“味”は活きてくるのだろう。
筆者にとって,箱庭を一から作ることは,真剣に遊ぶことでもあった。今思えば,制作に集中し没頭して取り組む時間は,なんと贅沢なひとときだったのだろう。真剣に,こころを込めて箱庭やアイテムを作ったというその事実と記憶を基盤にして,今後もこの箱庭をこれからも生かしていけたらと思う。
これからもときどき新たに作り,手入れをしながら,ここからどんな箱庭作品が生まれてくるのか,静かにそのときを待つことにしたい。
文 献
- 村上靖彦(2008)自閉症の現象学.勁草書房.
- 内藤礼・中村桂子(2016)地上の光と生きものと.季刊生命誌,89. (https://www.brh.co.jp/publication/journal/089/talk/:最終閲覧日:2026年3月31日)
更新情報:副タイトル加筆 2026.5.8
豊原 響子(とよはら・きょうこ)
所属:島根大学人間科学部
資格:臨床心理士,公認心理師









