大橋良枝(京都文教大学)
シンリンラボ 第32号(2025年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.32 (2025, Nov.)
1.はじめに
筆者は2017年頃から教育現場においてアタッチメントの発達課題があると思われる児童生徒と教師の関係に焦点を当てて臨床,研究を続けてきた。それらを講演や論文,書籍等の形で発表すると(例えば,大橋, 2019),教職員のみならず,福祉施設職員など他の専門家からも大きな反響を得た。そうして現場の方々とやり取りを重ねる中で,心理,福祉,保健医療等,様々な領域の対人援助職者(以下,支援者)が,他者に援助を求めることを拒み,孤立・孤独を自ら選びとる要支援者(児童生徒,利用者,患者等)への支援に,いかに苦労し,また,傷ついているかを知った。彼らはアタッチメントについて知識が無いわけでなく,また,経験に基づいたかかわりの技術も備えていた。しかし,豊かな知識や技術を備えた支援者であっても要支援者を目の前にした時に感情の渦に巻き込まれてしまうのであれば適切な支援を行うことは難しく,結果,支援者が精神健康上の危機に陥ってしまうことは少なくない。むしろ,懸命にそして真摯に,要支援者と関わろうとすればするほど,仲間から孤立し,要支援者との関係に疲弊していくようにすら見えた。
さらに,こうした孤立・孤独を選ぶ要支援者の多くは,精神障害や疾病,貧困,虐待やDV,発達障害など困難の重なり合いを背景とすることも多く,医療,福祉,教育,司法矯正といった様々なシステムとの支援関係を要する(Bevington et al., 2012)。この場合,それぞれのシステムの支援における専門性の違いなどから,支援システム間の軋轢や分断が起きることもよく見られる。例えば,一人の難しい生徒を巡って,学校,警察,児相,医療など様々な専門家がかかわりながら,それぞれの専門家たちが,自分が一番この子にとって適切な支援を理解していて,他は不真面目だ,無能だ,と考えることが起きる,などである。
こうしてみると,支援者は3つのレベルで孤立・孤独,そして不信に陥る傾向があると言えるだろう。一つは繋がりにくい要支援者の支援に責任を持つことを巡って生じる混乱や疲弊,二つ目は同僚からの孤立・孤独・不信,そして連携システム間の誤解や軋轢を巡って生じる不信と分断である。筆者自身は,支援や教育の難しい乳幼児・児童生徒,保護者,福祉施設利用者とのかかわりから精神健康上の危機に陥った保育士,教師,福祉士への支援と研究を続ける中で,特に二つ目のシステム内部における同僚間の不信,孤独,そして協働を問題にしてきたが,昨今では三つ目のシステム間の多職種協働の問題もまた,支援の最前線にいる者のメンタルヘルスに影響を及ぼしていることを実感するに至っている。そして,同様の支援者の孤立・孤独,システムの分断の問題は世界中で起きていること,子どもと家族のメンタルヘルスケアを国際的に牽引してきた機関の1つである英国のAnna Freud(旧Anna Freud National Centre for Children and Families,以下,AF)が精神健康上の問題を含む複数の困難を抱え, 支援の届きにくい要支援者に関係する複数システムのチームアプローチAMBIT(Adaptive Mentalization Based Integrated Treatmentメンタライゼーションに基づく適応的統合治療;Bevington & Fuggle, 2012)を開発していることをほんのここ4,5年の間に知ることとなった。
本稿ではこの新しい理論であるAMBITについて読者の方々に紹介してみたいと思う。
2.AMBITは誰のため——メンタライジングと認識的信頼
AMBITはとても傷つきやすい立場にある要支援者,社会から排除された要支援者,そして,支援者からすると受け取るのが難しい型破りな助けの求め方−例えば自殺未遂や物品の破損−をする人たちに支援を提供することを目指して開発された。AMBIT開発者の1人で,2025年にAMBITのシンポジウムのため日本に長く滞在してくださったPeter Fuggle氏は,NHS(国民保健サービス)でCAMHS(児童・青少年精神保健サービス)の臨床部長として働いていた頃,支援が必要であるにもかかわらず,それを利用しようとしない子どもや若者にどのようにリーチしたらいいか悩んでいた。そうした子どもや若者たちは,いわゆる面接室で待っているような臨床のお作法でかかわっていては,すぐ逃げ,消えてしまうのであった。彼らとどうしたら繋がれるか,いや,自分が繋がるのではなく,彼らが誰かと繋がれるためにはどうしたらいいのか。そうした迷いを抱えていた時,Peter Fonagyから誘われAFの一員となり,同様の関心を持つチームとAMBITを開発したという。読者の周りにもこうした子どもや養育者はおられるだろうか。面接室での臨床だけだとこうした要支援者に出会うことが少ないかもしれない。むしろ,施設や学校,コミュニティなどで働いていると,こうした要支援者の顔が浮かびやすいだろうか。そして,その浮かんだ顔ぶれは恐らく,「難しい」要支援者たちという印象の人たちだろう。
では,なぜ彼らは難しいのだろう。彼らが難しいのは,メンタライジング臨床の理論で言うと,「認識的過剰警戒」と呼ばれるような特徴を持っているからだと説明される。
1)認識的信頼と認識的過剰警戒
認識的過剰警戒を説明する前に,その逆の概念である認識的信頼から説明してみよう。認識的信頼とは,個人にかかわりがあり一般化できる重要性のある社会・対人的情報を受け入れることへの開放性であり,その発達は刻々と変化する社会・文化的文脈において個人の学習,そして(社会的)環境から利益を得ることを可能にするもの(Fonagy & Allison, 2014)と説明される。だれかれかまわず信頼して情報を受け取るのではなく,「この人は信頼に値する」と認識できた相手からの情報に耳を傾け,学習することが健康的で適応的なあり方なのは言うまでもないが,そうした信頼に値する人には,メンタライジングしてくれる他者のみがなり得るのである。また,この相手からの情報に耳を傾け学習できるということが,相手からの援助を受け入れることと密接な関係があるのはお分かりになるだろう。アタッチメントが言い換えれば援助希求性であるのと同様に,認識的信頼も援助を適切に希求できるかどうかと関係深いのである。
とすれば,その逆の概念である認識的過剰警戒が,援助から遠ざかることを示すのは容易に想像がつくかもしれない。先に読者の皆さんに想像してもらった,「難しい」要支援者たちはこんな特徴を持っていないだろうか。「そんなことをしたら,自分も他人も嫌な思いをするだろうに,ひどい将来になるだろうに,なぜわざわざそんなことをするのだろう」「なぜ親切に心を寄せてくれる担任を殴りつけるのだろう」「なぜバレるような嘘をつくのだろう」というような不可解な行動をとるなどの特徴を。もしかしたら,心理士は「それはアタッチメントの」と,教科書にあるような査定を持ち出して,理解したような気持ちになることもあるかもしれない。しかし,本当になぜそんな風にその時振舞うのかが,そうした査定を持ち出したところで分かったことになるのだろうか。カテゴリー化するために教科書的な診断名を持ち出すのは,メンタライジングではない。だから,そうした対応では認識的信頼は育まれない。メンタライジングであるとは,その瞬間その瞬間,彼が行う一つ一つの行動には気持ちや考えがあり,その時々の文脈に応じて自分の分かっていない気持ちや考えがあるかもしれないと,不知の姿勢を持って関心を向けることである。
2) 認識的過剰警戒の要支援者を取り囲む支援者集団に起きる力動
認識的過剰警戒状態にある要支援者が認識的信頼を支援者と紡いでいくためには,支援者が要支援者の心をメンタライズすることが必要になる。しかし,冒頭に記載したように,要支援者の前に立って感情の渦に巻き込まれる状態ではそれは困難になる。メンタライジング,つまり「自分や他者のこころの状態に思いを馳せること」と「自分や他者の取る言動をその人のこころの状態と関連付けて考えること」(池田,2021,p.8)は前頭前皮質が司っており,メンタライジングは適度なストレス状況でパフォーマンスが最大になる。しかし,ストレスが一定以上に達し,闘争-逃走反応を司る後頭葉・皮質下領域の活動に切り替わると,考え感じ続けることが難しくなる。かかわりの難しい要支援者との間で,要支援者 が警戒心を強めたり,また,例えば要支援者から激しい暴力を振るわれたなどの個別の外傷的な体験を持っていたとすれば,自動的に上記の脳の活動の切り替えが生じ,非メンタライジング・モードが起き,要支援者との認識的信頼を育むかかわりを持つことが困難になるのである。
ここで肝要となるのが,支援者もまた安心感を持って,メンタライジングモードを維持するということになろう。そこで提示されたのが,AMBITの車輪(AMBIT Wheel; Bevington et al., 2012/Bevington, 2025,図1)である。

図1:AMBITの車輪(Bevington et al., 2012/Bevington, 2025)
3)AMBITの基礎概念とAMBITの車輪
それでは,AMBITの車輪の象限それぞれを説明していきながら,AMBITの基礎的な概念を記述していこう。
AMBITには4つの象限がある。それは,
① あなたとチームとの作業
② あなたとクライエントとの作業
③ あなたのネットワーク内での作業
④ 業務における学習
の4つであり,それぞれ拮抗する姿勢(Stance)が示されている。この拮抗する姿勢と4つの象限のバランスをとって要支援者の支援に向かうことがAMBITでは求められる。
①あなたとチームとの作業
この象限では,要支援者を支援するにあたって,同僚,つまり同じ組織の仲間とどうかかわるか,その姿勢を示している。支援の難しい要支援者に支援を行うと,苦しみやストレスを体験することが必然的に起こるために支援者のメンタライジングが崩れることは先に示した通りだが,そのことを当たり前のこととしてチームが認識し,支援者同士が仲間に助けを求めることを奨励する価値観を作り,支援者のメンタライジングが崩れたときにチームの中にそれを助けるシステムを確立することを目指すのである。
ここで拮抗する姿勢は,「鍵となる支援者個人の関係」「チームとうまく連携するキーワーカー」である。「鍵となる支援者個人の関係」とは,支援を提供するときに,支援者と要支援者の関係が重要であることを示している。認識的不信,認識的過剰警戒にある要支援者が信頼を支援者と結べるようになっていくためにも,支援者は要支援者にメンタライジングな姿勢を向け続ける。しかし,先述の通りどんなに能力や知識があっても,支援を拒否する要支援者と関係構築しようとすることは困難な仕事である。また,ストレス状況で人はメンタライジングが下がるので,チームの仲間に対して疑心暗鬼になったり,孤立感を過剰に感じたりしてしまうことが起きやすくなる。よって,「チームとうまく連携するキーワーカー」という姿勢が重要になる。要支援者と支援者の関係づくりに力を注ぐのと同じくらい,支援者はチームとの関係作りに力を注がなくてはならないのである。
②あなたとクライエントとの作業
AMBITの対象となるような支援とつながるのが難しい要支援者は,自分の困難な状況に対処するために,他者に依存したり,あるいは適切な他者を見極めたりすることが非常に難しいことが多い。この時,支援者である我々は価値下げされた気持ちになったり,無力感を感じたりするかもしれない。そうすると支援者も非メンタライジング,つまり相手のそうした背景を想像することを止めてしまって,相手を,非協力的だとか,自分の人生なのに自分で何とかしようとしていない,と批判してしまうかもしれない。支援者は気を付けて,こうした認識的過剰警戒ゆえに現れる行動に対してメンタライジングな姿勢を取り,この理解を基に自身の行動を要支援者のあり方に適応させる必要がある。
ここで拮抗する姿勢は,「人間関係を足場とすること」と「リスク管理」である。「人間関係を足場とすること」とは,要支援者の幸福感や安全を促進するために,要支援者を取り囲むネットワークを強化することである。例えば,サッカークラブのコーチや,学校近くの駄菓子屋のおばちゃんのように,すでに要支援者が信頼感を持った人がいるかもしれない。支援者は,要支援者が誰を信頼でき,誰を信頼できないのか,それはなぜかといったことを理解しようと関心を向けること,そしてすでに支援者が有している良い人間関係とのつながりを深めようとすることは,要支援者との間に認識的信頼を紡ぐきっかけとなり得るし,支援者がメシアのように要支援者を囲い込もうとしないことにもつながる。また,要支援者は,新たな支援者から離れられなくなるほど信頼するのを恐れることがある。支援関係が一時的なものであるという現実をごまかさないことで,要支援者をかえって安心させることがあることもここに加えておく。
とはいえ,要支援者がかかわっているネットワークが安全なものとは限らない。犯罪が疑われるようなかかわりに身を投じていることもありうる。「リスク管理」の姿勢では,危険な関係性などに要支援者が身を置いている場合,そこから引き離すことを急ぐのではなく,その関係性の中で何を得ているのか,メンタライジングすることが必要であると述べている。引き離そうとすればするほど,こちらに不信を向けてくることは予想の範囲内であろう。このゆに,要支援者本人にとってこれまで役に立った支援とそうでなかった支援を理解するよう努め,ネットワーク支援を修復することを目指して,要支援者がつながりやすいところから関係を強めていけるよう助ける態度が必要となる。
③あなたのネットワーク内での作業
要支援者は様々な問題を抱えているので,多領域の支援者(医療,福祉,教育,矯正等)とつながりを持っていることが多い。それぞれの支援者は支援に関する目標も価値観も違うので,協働が難しい。また支援プロセスにおいてどの専門家が中核的役割を担うかも支援段階によって異なってくるため,常にお互いの支援プロセスを理解し合いながら協働しなくてはならない。その支援において重要な姿勢に2つの拮抗するものがある。1つは,「多様なニーズに対応する」であり,もう1つが「支援を統合する」である。「多様なニーズに対応する」姿勢であるが,支援者は自分の専門領域において相談を受け,専門領域に関連する問題に取り組んでいるものの,その問題は他領域の専門職者が取り組んでいる問題と相互に関連したものであることを理解しようとすることの重要性を示している。例えば,福祉では経済の問題を,学校では学習意欲低下の問題を,医療では鬱の問題を取り扱っていても,その背景には共通の家族の問題やコミュニティの問題がある,ということを慎み深く理解するのである。また,支援者は自分の「範囲」の中で適切な領域で最大限働くことが求められるが,一方,支援者は自らの専門性ゆえに,自らの持つ支援目標や方針こそが最も優れていると思いやすいものだということに注意する必要がある。このように「多様なニーズに対応する」姿勢がそれぞれの専門性のバウンダリーに焦点を置いている一方で「支援を統合する」姿勢においては,それぞれの専門家のつながりに焦点が置かれる。ここでは,問題全体に対してそれぞれの支援ネットワークがどういった方針を持っているか理解し合い,また,全体としてどのような手順で支援を進めていくのか,支援のプロセスを意識しながらネットワーキングにあたることや,他の支援者がどういった支援目標や方針を持っているのか,要支援者とどのようなかかわりを持っていて,どのように体験しているのか理解し合うことに努めることなどが強調される。
④業務における学習
ここでは,無意味なサービスを提供しないためにも,「地域の実践とその専門性の尊重」と「エビデンスの尊重」の二つの姿勢が強調される。
「地域の実践とその専門性の尊重」は,ある地域には,その地域の歴史と伝統的な関係性にフィットした形で発展した支援法がある。そうした地域の特徴を真摯に学ぶことや,外から輸入してきた支援方法を押し付けないことが重要であることを示している。また,マニュアル化された一連の支援手順に固執するのでなく,その時々の局面に合うよう柔軟に支援を調整していく必要性もここでは強調される。これに対して,「エビデンスの尊重」においては,先のように柔軟に地域にあった形で成された支援の経験が積み上げられ,支援チーム,支援ネットワーク内でマニュアル化されていくこともまた,エビデンスを尊重することになるとされている。もちろん,いわゆるエビデンスに基づいた支援にはどういったものがあり,何ゆえに効果があるのかよく理解することが重要であるとも説明されている。
こうした4つの象限におけるそれぞれの姿勢のバランスをとることで,要支援者,支援者,支援チーム,ネットワーク内でのメンタライジングな姿勢が維持される。
とはいえ,これらの姿勢を身一つで実現するのはなかなか難しい。実現のための具体的な方法(協同思考法や,AIM card,Dis-integration Gridなど),様々な工夫が用意されているが,ぜひAMBITについて学びを深めたい人たちは,書籍や日本メンタライゼーション研究会内ホームページ「資料」にて閲覧できるAMBITのビデオもご覧いただきたい。また,実際日本にAMBITが実装されていくために,筆者と仲間たちでAFとやり取りをしながらトレーニングシステムを立ち上げようとしているところである。ご関心のある方はぜひ日本メンタライゼーション研究会を通して連絡いただきたい。こうして孤立する要支援者に必要な器(支援ネットワーク)を構築したいという志ある方々とつながっていくことこそが,まさにAMBITなのだと考えている。
文 献
- Bevington, D.(2025)Personal communication.
- Bevington, D., Fuggle, P., Fonagy, P., Asen, E., & Target, M.(2012)Adolescent Mentalization-Based Integrative Therapy (AMBIT): A new integrated approach to working with the most hard to reach adolescents with severe complex mental health needs. Child and Adolescent Mental Health, 18 (1); 46-51.
- Fonagy, P., & Allison, E.(2014)The role of mentalizing and epistemic trust in the therapeutic relationship. Psychotherapy, 51 (3); 372-380.
- 池田暁史(2021)メンタライゼーションを学ぼう―愛着外傷をのりこえるための臨床アプローチ.日本評論社.
- 大橋良枝(2019)愛着障害児とのつきあい方 ―特別支援学校教員チームとの実践.金剛出版.
大橋良枝(おおはし・よしえ)
京都文教大学臨床心理学部教授
資格:公認心理師・臨床心理士・MBTプラクティショナー・グループサイコセラピスト(日本集団精神療法学会認定)
主な著書:『学校でグループ・アプローチを活用する手引き─スクールカウンセラー・教職員のためのメソッド』(相田信男監修/大橋良枝・梶本浩史編,遠見書房),『愛着障害児とのつきあい方―特別支援学校教員チームとの実践』(金剛出版)
趣味・特技:華道(小原流二級家元教授)




