揖斐衣海(KIPP渋谷心理オフィス)
シンリンラボ 第32号(2025年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.32 (2025, Nov.)
1.若者とメンタライジング──MBT-A
厚生労働省と警視庁が発表した2024年の統計によると,小中学生の自殺は過去最多の529人(男子は減少傾向だが,女子は上昇)であった。自殺行為による搬送は,2016年から2022年にかけて上昇し続け,この期間に女子は2倍になった(20歳未満女子1,669件から3,394件)(令和六年度「こどもの自殺の多角的な要因分析に関する調査研究」より)。文科省によると2023年度の不登校の子ども達は小中学生346,482人,高校生8,195人で,いずれも過去最多である。少子化も多様化も進んで,様々な行政/民間のサービスも,専門職も,増えているように思う。それでもこの数字を見ると,一人ひとりの若者に目の行き届いた社会,若者がのびのび自己実現しやすい社会にはなっているとは言い切れない気がするが,どうだろうか。MBT-A(Mentalization-Based Treatment for Adolescents)はもともと自殺や自傷行為などの衝動性が高く,感情調整に力点を置いた,Adolescents思春期・青年期の若者を対象に開発されたため,増え続ける自殺や自傷行為に対して,参考になる視点を提供し得るものだと感じている。本稿ではそのエッセンスを紹介する。
このアプローチでは,治療初期に若者にメンタライジングとは何かを伝える。
「MBT-Aは,あなたのような若者が,ものすごく動揺しているときや,強い感情を持っているときに,自分の心の中で何が起こっているのかをよりよく理解できるようにするために開発されました。MBT-Aは,あなたの考えや感情を理解し,それをあなたの行動や振る舞いと結び付ける手助けをします」(Rossouw et al., 2021/西村監訳,2024, p.63)。
この分野での第一人者の崔先生は,「あなたが苦しみの中で心を黒い霧に覆われている時,自分ではない他者が自分の心に光を当ててくれようとすること,他者がその心の中に自分の心のジオラマ(注:自己表象のこと)を持ってくれようとしていることを感じ,信じられることがどれだけ大きな支えになるでしょうか」(崔,2016)とも表現している。つまり,メンタライジングとは,人の行動の背後にある気持ち,考え,願い,意志,などその人の心の状態を見出していくことであるが,それは不安,気持ちや衝動が高まるとできなくなったり,馴染みの,しかしあまり理解の深まらないような形でしかできなくなってしまう。開発者のTrudie Rossouwトゥルーディ・ロソー先生はこの治療モデルを端的に示している。
「彼らがどうにもできない圧倒される感情に一度触れることができたら,その圧倒されるような状態が,いかにメンタライジング能力を損なう引き金になるかに気づくでしょう。この一時のメンタライジング不全が,それに続く非メンタライジングのカスケード(注:一連の連続的相互作用)を雪だるま式に増やしてしまいます。そしてこうした非メンタライジングのカスケードは,若者の関係性や自尊心を壊し,いかなる達成感や成功の感覚をもむしばんでしまいます。私たちの仕事では,こうした状況の中で何度も何度もメンタライジングを促進しようとすることを唯一のねらいとしています。私たちが提供するメンタライジングの足場で,何度も何度も嵐を鎮めるのです。その体験は,患者が学び,成長し,そして自分たちでメンタライジングできるようになるのを助けるのです。」(Rossouw et al., 2021/西村監訳,2024, p.1)
効果的な治療的変化をもたらすポイントが3つあると言われている。
①若者が認めてもらった経験(理解され,妥当性を認められたと感じる)をして,支援者の心の中に自分の心理状態の表象を見出す。支持,共感,承認されるこの体験は,認識的信頼発達のための強力な手がかりになっていく。
②メンタライジングが向上する
③社会的学習が起きる(自分が理解されていると思う相手から,自分自身について,そして他人や自分の住む環境について,学びたいと思うようになる)
(Rossouw et al., 2021/西村監訳,2024)
こうした治療的変化をもたらすためにも,私たち支援者がまず「メンタライジングの足場」を提供できるようにならなくてはいけない。そのためには,次のメンタライジング姿勢が何よりも大事となる。
2.メンタライジングの姿勢
メンタライジングに基づく支援の土台は,メンタライジングの姿勢である。①好奇心を持ち,②安全でありつつ,③無知の姿勢not knowingで知ったかぶりをしないで,④探求的に,⑤若者の心の状態に関心を持ち続ける。その際には,⑥嘘のない,オーセンティックな温かみのある姿勢で,⑦若者の感情に波長を合わせ,⑧共感的であろうとする。そして,⑨若者と協力して作業し,⑩良い悪いの判断はしない。自分が間違っていると思ったら,⑪誤解や間違いに責任を持つ。
この姿勢を見せることは,若者にとって学びの機会となり,このような姿勢で相手の心理状態を捉えようとすると,例えそれが問題行動に至ったものであったとしても,若者がなぜそのような行動を取ることになったかの理解が進み,必然的に共感的な言葉も出てくることが多い。また,日本語の「察する」精神や行為に近いようであるが,心は「分からないnot knowing」ことがベースにあるメンタライジングの姿勢は,相手に純粋な好奇心を持って,相手と一緒に同じ心理状態を見ながら協力作業の中で,察する,理解しようとする,分かろうとする,そして誤解や間違いが生じたらそれも認識して,責任を持とうとする点において,「察する」だけにとどまらない行為であると感じている。この点は西洋生まれのメンタライジングが,非西洋圏ではどのように理解されていくのか,など文化もかかわる興味深い点でもあり,またの別の機会に検討していきたい点である。
さて,メンタライジングの姿勢は,不安になり気持ちが揺れ動けば,容易に崩れてしまうことが想定されている。そのため,支援者は何よりもこの姿勢を取り戻すようにしていくことが,このアプローチの鉄則である。
3.若者との情緒的なつながり
何か問題を抱えて支援者のもとにやってくる若者たちは,警戒していたり,誤解されるかもしれないと思っている場合もある。そこでメンタライジングに基づく支援では,メンタライジングの姿勢を保ちながら,今の彼らの心理状態を支持して,感情状態を妥当なものだと認め,共感する(共感的承認Empathic Validation :情緒,文脈とその結果を認識し妥当なものと捉えること)。若者は,見てもらえた,聴いてもらえた,理解してもらえた体験をすると,自分や他者に起きていることに関心を向け,理解された相手に対する認識的信頼のチャンネルを開いていこうとするようになる。「人は自分が理解されていると感じれば,自分を理解してくれている相手から学びたいと思うようになるのである。これには,自分自身についてだけでなく,他者や自分の住む環境についての学びも含まれる」(Rossouw et al., 2021/西村監訳,2024, p.106)のである。臨床の場面だけではなく,教室でも,家庭でも,彼らに学びを促すあまり,情緒的なつながりの大切さを見逃してしまうことはないだろうか。温度で喩えるなら,不安が大きすぎたり,気持ちが高ぶり過ぎていると,二人の間の温度は高くなって,ひどい場合は火傷してしまう。逆に,気持ちが動かないような冷めた状態では,冷たすぎて凍死してしまう。二人の間で,情緒的なつながりを持ちながら,メンタライジングをしていくには,安心感のある,熱すぎず冷たすぎず,生ぬるいとは違う温度感にしていけるように,支援者は感情の調整にも気を配っていくことも大切である。
4.効果的ではないメンタライジング
感情が高ぶった時,不安になったときには,メンタライジングが効果的でなくなると言われている。3つのメンタライジングのモードに陥ることが想定されており,そこから回復していくことに意味がある。その3つを見ていく。
例えば,「どうせ話す/聞く気はないんだろう」と,自分以外の他の視点が入る余地のないような,自分の主観がさも真実であるかのような心の働きは,心的等価(自分の心=外の世界)モードと言う。この決めつけ態度の時,私たちは好奇心を失い,あたかも相手を分かったような気分になっていることが多い。
「いや,これを教えることが大事なんだ」と心理状態を無視してタスク重視,行動して解決していくことばかりが優先されているようなときには,目的論的モードと言う。成果主義の世の中では誰もが馴染みがあると言えるかもしれない。結果がすべて。目に見えるものがすべて。「LINEに返信がないから,嫌われているんだ」とすぐに結論付けてしまうような場合も,このモードと言える。
相手の心にも,自分の心にも光をあてもせず,省察しているかのようでいて,気持ちが欠落したような話ばかりで埋め尽くされるような時,それはプリテンド・モードと言われる。もっともらしいことを言っているようでいて,実は効果的なメンタライジングではない。
これらのモードは,支援者にも当然起きるので,いち早く気づき,認め,まず支援者からメンタライジングの姿勢を取り戻そうとすることが大切なのである。それが若者にとっては,自分の言動に責任を持つ,主体性を持った大人として映り,モデルとなるであろう。
5.若者の心理状態を分かろうとすること
人のこころも,自分のこころも,すべてわかることは不可能に近く,不確かで,不透明であると,このモデルでは想定している。分からないから,若者とともに探求していく必要がある。探求時には地図があると便利である。役立つと思われるのは,①思春期・青年期の課題,②メンタライジングにおける若者の特徴,③ヨソモノ自己の働き,④その若者の文脈(ナラティブ),で,それぞれの若者にカスタマイズされた形の地図を持ちながら,その瞬間の心理状態に注目する。
①思春期・青年期の課題
この時期,神経生物学的(身体・脳)心理社会的(こころ)に重要な変化が重なる中で,より複雑な対人関係を構築しながら,主体性,自律性を獲得し,アイデンティティを築いていくことが課題である。この過程で,若者は過敏に対人関係に反応し,彼らを取り巻く日常生活は,メンタライジングを途絶させるような地雷原のような場所と化す。精神病理を発症するリスクが高まる時期であるのと同時に,成長とレジリエンスを高める新たな機会でもある。支援者はリスクや脆弱性とレジリエンスのバランスを意識しておく。(Rossouw et al., 2021/西村監訳,2024,詳細は第2章参照のこと)
②若者のメンタライジングの特徴
若者にとって,仲間や恋愛関係がますます重要になり,達成への要求も高まるので,拒絶,失敗への傷つきやすさが高まる。そのため,彼らは他者の行動を過剰にメンタライズし,他者の心に対する不安や恐怖でいっぱいになってしまうことがある。過剰メンタライジングと言い,これは心的等価モードの(自分の心の中のことが,真実になってしまうかのような)思考によるもので,不正確なのだが,それを他者の心理状態にどんどんあてはめいく。ともすると,あっという間に,自己嫌悪や衝動的な行動,回避行動までに至ることもある。その際,「ヨソモノ自己」も活性化されやすい。
③ヨソモノ自己
養育者が子どもの心理状態に波長を合わせ,子どもの姿(表象)を心の中に形成して,子どもに伝え返すことで,子どもはそれを自分の姿だと心に蓄積していく。これが自己感の中核的な一部となるのだが,養育者は常にほどよくこどもの姿を見てくれるとは限らない。養育者自身の主観が入り,こどもにとって違和感があるような自分の姿を映し返されることもある。これが「ヨソモノ自己」であり,自分自身の心理状態に基づいていないばかりか,養育者の否定的な感情が伴っている場合もあり,このヨソモノ自己が活性化すると,他者も同じように自分を見ていると確信し,自己嫌悪や自己憎悪に苛まされることにもなる。若者の自傷行為が生じる説明の一つに,ヨソモノ自己の活性化があると言われている。
④若者のナラティブ
好奇心をもって彼らに関心を向け,彼らのナラティブを捉えていく。生育歴,パーソナリティ,対人関係,葛藤などを聞いていく中で,どんな時にメンタライズが途絶してしまうのか,きっかけやパターンがあるのか,そこにどんな登場人物がいたのか,共に描きながら,治療の焦点を決めていく。その際,先に触れた若者のレジリエンス,彼らの支えになってきたものを言葉にしていくことも忘れない。これは定式化の作業ともいわれ,治療全体の指針となる。
6.若者とメンタライズしていく作業の鉄則
若者とのメンタライジングの作業では,心理状態が捉えられなくなった瞬間を止めて,「一時停止」し,当事者たちに何が起こっているのか,どんな感情であったのか,プロセスをたどって想像させる。支援者は心理状態に対する好奇心をもって,これまでとは異なった視点を獲得していくことを促す。その際の鉄則は,
①若者のメンタライジングを奪わない,支援者が彼らの代わりにメンタライジングしない。
②面接中に効果的でないメンタライジングを続けさせない。
③速い展開には,一時停止をして,たどれるところまでプロセスを戻る。そこから何が起きたか,ゆっくり,細かくプロセスを見ていく。
① については,冒頭で「察する」ことについて少し触れたのだが,勝手に「察して」そのままそれを若者の理解にしてしまっては,彼ら自身の自己のメンタライジングを奪うことにもなりかねないので,留意したい。
また,心理状態を捉えようとしても,何も言葉が出てこない若者もいる。その場合,支援者自身の心に映った彼らの姿を言葉にして提示してみたり,少しずつ彼ら自身の姿を映し出していくようにする。その際にも,若者のメンタライジングを奪うことはしない。「私にはあなたがこう見える」「あなたの立場だったら,私はこう感じる」と,主語を取り違えない。
繰り返しになるが,このアプローチは,メンタライズができなくなることが想定されている。効果的ではないメンタライジングに陥ったら,気づいて,メンタライジングの姿勢に立ち戻り,プロセスを巻き戻して,何が起きたのかを一緒に振り返っていくのである。スムーズな会話にならなくていい。むしろ,でこぼこした道のりを二人で転んでは止まって,体勢を立て直してまた進んでいくほうがいい。若者が自己や他者について考え,感じる能力を放棄した瞬間に対処できなかった主観を探していき,彼らが示す様々な問題の奥にある心の状態に光を当て続け,彼ら自身が自分や他者にも関心を向けるようになっていく,そういうアプローチなのである。それはどこかお互いの温度を感じながら進む,とても人間らしい道のりであるとも思えるが,どうだろうか。
文 献
- Bateman, A., Fonagy P., Campbell, C., et al.(2023)Cambridge Guide to Mentalization-Based Treatment (MBT). Cambridge University Press.
- Cooper, A., and Redfern, S.(2016)Reflective Parenting: A guide to understanding what’s going on in your child’s mind. Routledge.
- Drozek, R., Unruh, B., & Bateman, A.(2023)Mentalization-Based Treatment for Pathological Narcissism, A Handbook. Oxford University Press.
- いのち支える自殺対策推進センター(2025)令和6年度 こどもの自殺の多角的な要因分析に関する調査研究報告書.https://jscp.or.jp/assets/img/R6_cfa_suicidereport.pdf
- 文部科学省(2024)令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について.https://www.mext.go.jp/content/20241031-mxt_jidou02-100002753_1_2.pdf
- Rossouw, T., Wiwe, M., & Vrouva, I. (Eds).(2021)Mentalization-Based Treatment for Adolescents: A Practical Guide 1st Edition. Routledge.(西村馨監訳(2024)メンタライジングによる青年への支援―MBT-Aの実践ガイド.北大路書房.)
揖斐衣海(いび・えみ)
KIPP渋谷心理オフィス
資格:臨床心理士,公認心理師,MBT-Aプラクティショナー
主な著書:『メンタライジングによる青年への支援:MBT-Aの実践ガイド』(共訳,2024年,北大路書房),『実践・子どもと親へのメンタライジング臨床:取り組みの第一歩』(分担執筆,2022年,岩崎学術出版社),『欲望の謎:精神分析は,性,愛,そして文化多様性にどう向き合うのか』(共訳,2023年,金剛出版)
趣味:散歩




