【特集 臨床的メンタライジング・アプローチの可能性】#01 メンタライジング・アプローチの新しい治療モデル|上地雄一郎

上地雄一郎(岡山大学名誉教授
シンリンラボ 第32号(2025年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.32 (2025, Nov.)

1.MBTの最新モデル

本稿では,「メンタライゼーションに基づく治療」(Mentalization-Based Treatment:MBT)を含むメンタライジングの視点によるアプローチの総称として「メンタライジング・アプローチ」という用語を用いる。この言葉は,MBTの開発者であるフォナギーFonagy, P.とベイトマンBateman, A.も使用している言葉である(Bateman & Fonagy, 2019)。MBTは,治療の手続きや介入の指針が明確な特異的治療法(specific treatment)であり,対象とする患者/クライエントの年齢や精神疾患ごとに,多少異なるMBTが開発されている。しかし,MBTおよびメンタライジング・アプローチを貫く治療モデルは,同じ精神を共有している。本稿では,そのような共通する治療モデルについて紹介するが,MBT/メンタライジング・アプローチの治療モデルは,2016年頃を境に最新のモデルに更新された。

まず,メンタライジングの定義について述べると,それは,自己と他者の行動を方向づける心理状態(mental sates)を認識することであり,人間の想像活動の1つである(Fonagy & Bateman, 2019)。ここでいう心理状態とは,ドイツの哲学者ブレンターノBrentano, F.の提唱した概念で,何かについて(being about something)という性質(志向性)を持つ心の状態である(Bateman et al., 2023)。具体的には,(何かについての)考え,感情,願望,信念などを指す。私たちの行動は何らかの心理状態が引き起こしているが,その心理状態と関連させて行動を理解することがメンタライジングである。以前はメンタライゼーションという言葉も使われていたが,メンタライゼーションが行為・プロセスであることを考えるとメンタライジングという表現(動名詞・分詞)が適しているし,メンタライゼーションは硬い学術用語の印象が強いので,最近ではメンタライジングという用語がよく使用されるようになった。

メンタライジング・アプローチの治療モデルは,2016〜2017年頃を境に,以下のように更新された。本校では,主にBateman & Fonagy(2019)とBateman et al.(2023)に基づいて,新しいモデルを紹介する。

①古いモデル:クライエントのメンタライジング能力を高めることが目標であった。

②新しいモデル:クライエントのメンタライジング能力を高めることは途中段階であり(最終目標ではなく),We-モードと認識的信頼を通してセラピスト(最終的にはそれ以外の他者)からの学習を生じさせることが最終目標である。 

We-モードとは,複数の人が考え,感情,目標などを共有(share)することによって各人に発生する相互関与の感覚である。例えば,自己・他者・世界についての私の知覚と,それについてのある他者の知覚が合致すると,私には,自分の知覚(体験)がその他者によって共有されているという感覚(We-モード)が生じる。面接場面に即していえば,クライエントが自己・他者・世界について体験していることについてのクライエントの自己知覚と,クライエントが体験していることについてのセラピストの知覚が合致しているとクライエントが判断するなら,クライエントの中にWe-モードが生じる。もちろん,これはセラピストにおいても同様である。二人は同じ心象風景を共有することになる。

We-モードは,I-モードおよびMe-モードと対置される概念である。I-モードは,クライエントの場合なら,クライエントが自己の身体や心についての内受容感覚に基づいて,自分がどのような心理状態にあるか(何を考え,何を感じているか)を自覚するモード,言い換えれば自己の心についてのメンタライジングである。それに対してMe-モードは,クライエントが他者にどのような心理状態を生じさせているか,自己が他者からどう体験されているかを自覚するモードであり,言い換えれば他者の心についてのメンタライジングである。We-モードは,I-モードとMe-モードが適切に機能していてはじめて可能になる。自己の心理状態を自覚し,かつそれが他者からどう認識されているかを知ることなしに,We-モードは成立しないからである。

次に,ある他者との間にWe-モードが形成されれば,その他者に対して認識的信頼(epistemic trust)が生じる。平易にいえば,人は,自分のことをよく理解してくれる他者から何かを学ぼうという姿勢になるということである。認識的信頼というのは,認知心理学の世界で提唱された概念であり,他者から伝えられる情報や知識を,自分に関わりがあり,一般化が可能であるとみなして受け入れようとする開放的な心性である。クライエントの心にセラピストに対する認識的信頼が形成されるなら,クライエントは,セラピストから伝達される知識や情報を学習するようになる。これは,断片的な知識や情報だけでなく,セラピストのもっと全体的な見方やあり方も学習の対象になるということである。メンタライジング・アプローチでは,クライエントの体験の共感的承認(empathic validation)だけでなく,「ありうる別の見方」(alternative perspective)を探索するが,クライエントに認識的信頼があれば,ありうる別の見方も探索しやすくなる。そして,この学習は,やがてセラピストからだけでなく,周囲の(信頼できる)他者からも可能になる。つまり,学習の対象がセラピストから一般的他者に般化する。その結果,クライエントは,周囲の他者から有益な情報や知識を取り入れることができるようになり,社会的コミュニケーションが全般的に改善する。認識的信頼が促進する学習は,従来の言い方をすれば「取り入れ」や「内在化」に相当するだろう。だから,これは,セラピストとの交流の中で生じる取り入れや内在化がクライエントを改善させるとみなしているともいえる。

よく認識的信頼と「基本的信頼」(basic trust)との相違を聞かれることがある。この相違を考えるには,アレンAllen(2022)の記述が参考になるであろう。Allen(2022)によれば,基本的信頼とは,愛着関係に代表されるように主体が(養育者などの)他者から身体的・心理的な世話を受けることと関わりが深い。このような関係において他者から世話されると,他者はそうして世話してくれるという他者信頼と,自分は世話されるに値するという自己信頼が形成される。この2つを合わせて基本的信頼と呼ぶことができる。

ところで,クライエントにセラピストからの学習が可能になると,自己の苦痛な体験に対処するとき,セラピストの考えや判断を参考にすることができるようになる。これを「関係的参照」(relational referencing)と呼ぶ。これは,「社会的参照」(social referencing),すなわち乳幼児が自分の置かれた状況を判断する際に養育者の反応を参照する現象の一般的表現である。例えば,クライエントは,ある他者との会話の中で言われたことが非常にネガティブな内容だったのでひどく傷つき,抑うつ的になったとしよう。クライエントはその体験をセラピストに語り,二人は,その体験の生じた脈絡に遡って検討した結果,その他者の発言はクライエントが考えたほどネガティブではないという別の見方に到達するかもしれない。そうすると,クライエントは,「そこまで傷つかなくてもよかった」と思うようになるであろう。このような体験の捉え直しが関係的参照であり,「心の再調整」(recalibration of mind)ともいう。“calibration”(調整)というのは,測定器具の目盛りを正しく設定することであるが,その再調整は,目盛りを再設定することである。もちろん,この関係的参照も,やがてセラピスト以外の他者に対しても行われるようになる。このように,人は,危機的な体験や苦痛な体験をしているとき,関係的参照(心の再調整)のために活用できる他者を探す。Fonagy & Bateman(2019)は,このことを「関係募集」(relationship recruiting)と呼んでいる。このように,メンタライジング・アプローチでは,このような他者参照を他者への不適切な依存とはみなさない。それは,むしろ心の健康の証しであり,(他者不信の強い)パーソナリティ症の患者などには最初はできないことである。これは,メンタライジング・アプローチの基礎理論の1つである愛着理論の認識と軌を一にしている。

2.3つのコミュニケーション・システム

We-モードと認識的信頼による社会的学習および関係的参照がメンタラインジング・アプローチの最終目標であり,メンタライジング能力の向上は,社会的学習や関係的参照を促進するという意味で途中段階の目標なのである。そして,この一連のプロセスを説明するために,「3つのコミュニケーション・システム」が提唱された。この3つのコミュニケーション・システムは,メンタライジング・アプローチだけではなく,心理療法一般に通底するものとして概念化された。以下に,この3つのシステムの概要を述べることにしよう。

(1)コミュニケーション・システム1

セラピストがクライエントに,自分が依拠するモデルに基づく専門的知識を伝えるコミュニケーションである。心理教育,ノーマライゼーション,定式化の共有,トラウマ的生活史の詳述などを指す。クライエントの「認識的過剰警戒」{他者から伝えられる知識や情報に対する強い警戒心}を解くことが重要であり,セラピストは,クライエントを一人の主体として尊重していることを示す「顕示的手がかり」(ostensive cues)を豊かに用い,クライエントの体験や問題をクライエントが見ているとおりに理解する。顕示的手がかりというのは,クライエントを一人の主体として尊重する行為であり,基本的なものとしては,視線合わせ,名前での呼びかけ,話者交替(代わりばんこに会話すること)などである。顕示的手がかりは,これらに限定されず,相手を一人の主体として尊重していることを示す行為であればよい。

(2)コミュニケーション・システム2

セラピストは,クライエントの語りを聞いて,自分の心の中にクライエントの自己体験についての表象を形成する。セラピストは,クライエントが体験していることをそのとおりに理解し,イメージできるようになる。クライエントは,このセラピストが持つ表象を自分自身の自己体験(の表象)と照らし合わせる。両者が合致すると判断されるなら(We-モード),クライエントの中に認識的信頼が生じ,クライエントはセラピストから学ぶことができるようになる。このプロセスを促進するために,セラピストは,クライエントの体験を「有標的」に映し出し,クライエントの感情状態を確認する。そして,顕示的手がかりを積極的に利用して,自分が伝える情報がクライエントに関わるものであり,一般化できる社会的価値を持つものであることを伝える。ここで「有標的映し出し」(marked mirroring)というのは,相手が語る体験に応答するときに,それにふさわしい感情,表情,声のトーン,慰めるような言葉などを伴わせることであり,これらがクライエントの体験を浮き彫りにする「標識」(mark)となる。

(3)コミュニケーション・システム3

認識的信頼がセラピー場面を超えて般化していき,クライエントはセラピスト以外の他者からも学ぶことができるようになる。クライエントは,身近な社会的世界を信じることができるようになり,他者が自分をどう思っているかに以前より敏感・正確になり,「誰が信頼できるのか」についても認識できるようになる。認識的信頼を背景とする「社会的学習」が形成され,これが「健康生成」(salutogenesis)につながる。健康生成とは,医療人類学者のアントノフスキーAntonovsky, A.の言葉で,人が内的・外的な資源を活用して,ストレスをはね返して生きていくことを指す。

この3つのシステムは,互いに重複することもある。例えば,コミュニケーション・システム2の段階の一部にコミュニケーション・システム1が含まれているとか,コミュニケーション・システム3の段階に1や2が含まれているといったこともありえる。上でも述べたが,この3つのシステムは,必ずしもメンタライジング・アプローチだけにいえることではなく,他のセラピーにおいても起きることである。

文  献
  • Allen, J.G.(2022)Trusting in Psychotherapy. American Psychiatric Association Publishing. 
  • Bateman, A. & Fonagy, P.(2016)Mentalization-based treatment for personality disorders: A practical guide. Oxford University Press.
  • Bateman, A., Fonagy, P., Campbell, C., Luyten, P., & Debbané, M.(2023)Cambridge Guide to Mentalization-Based Treatment (MBT). Cambridge University Press.
  • Fonagy, P. & Bateman, A. (Eds.)(2019)Handbook of mentalizing in mental health practice (2nd ed.). American Psychiatric Association Publishing.

 

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上地 雄一郎(かみじ・ゆういちろう)
履歴:岡山大学名誉教授,博士(心理学)
資格:臨床心理士
専門領域:愛着やメンタライジングの視点に基づくセラピー・アプローチ
主な著書・訳書:『メンタライジング・アプローチ入門』(北大路書房,2015)
アレン・J・G著;上地・神谷訳『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』(北大路書房,2017)

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