佐藤洋輔・岩壁 茂(立命館大学)
シンリンラボ 第28号(2025年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.28 (2025, Jul.)
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に拡大した2020年春以降,対面によるあらゆるコミュニケーションが制限された。心理カウンセリングにおいても,それは同様である。外出自粛や通学停止により学生相談室や医療機関のカウンセリング窓口を訪れることが困難なクライエントが増加し,電話やSNSを通じた相談窓口が全国的に拡大した。地方在住で近隣に相談機関がない学生,高齢者,身体的制約を抱える人々も,オンラインを通じて心理支援を受けやすくなり,「来室して相談する」という従来の前提は大きく揺らいだ。加えて,リモートワークや在宅授業の長期化に伴い,ZoomやTeamsなどのビデオ会議ツールが日常的に使われるようになり,「画面越しでも十分にコミュニケーションが成立する」という認識が社会に広く浸透した。このような流れを背景に,感染拡大が落ち着いた現在においても,オンラインカウンセリングは心理支援のひとつの選択肢として定着しつつある。
こうした社会的ニーズの高まりを受け,筆者らが所属する立命館大学心理・教育相談センターでは2025年よりオンラインカウンセリングを開始する予定である。心理・教育相談センターは,公認心理師養成および臨床心理士養成を担う学内研修施設として,大学院生が地域の方々に心理相談サービスを提供しながら心理臨床の基礎を学ぶ場となっている。大学院教育にオンラインカウンセリングを導入する意義は,対面相談では得がたい遠隔技術の運用,法的・倫理的配慮,非言語情報の扱い方,緊急時の対応といった実践的なスキルを身につけ,臨床家としての幅広いコンピテンシーを育成する点にある。本稿ではまず,オンラインカウンセリングがもたらす効果と,実施に当たっての基本的な留意事項について,最新の知見を引用しつつ概説し,続いて立命館大学における取り組みについて紹介する。
2.オンライン・カウンセリングの効果
オンラインカウンセリングの導入や実施を検討する際,特にこれまで経験のない人々が抱く疑問は,「オンラインカウンセリングに効果はあるの?」ではないだろうか。バラクBarakら(2008)が92件の研究を対象に行ったメタアナリシスによれば,インターネットを用いた心理療法の効果量は平均して中程度(d = 0.53)であり,これは従来の対面式の心理療法の効果量と同等であると報告されている。また,ガイド付きICBT(インターネットを介した認知行動療法)と対面式CBT(認知行動療法)を比較したメタアナリシスにおいても,両者の間に明確な効果の差は認められなかった(アンダーソンAndersson et al., 2014)。さらに,ポレッティPolettiら(2021)はコロナ禍に実施されたオンライン心理療法の効果に関するシステマティック・レビューを行い,オンラインで実施される心理療法が対面式の心理療法に匹敵する効果を持ち,特にパンデミックと関連する抑うつや不安,トラウマ症状の改善に有効であると報告している。同レビューでは,クライエントの治療に対する満足度やセラピストへの信頼感も対面療法と同等であり,むしろオンラインでの実施によって,セラピストとの良好な治療関係や状況に合わせた柔軟な介入が有益であったと強調されている。こうした多くの報告から,オンラインカウンセリングが対面療法に劣る代替手段ではなく,十分に信頼できる選択肢の一つとなり得ることが理解いただけるだろう。
3.オンラインカウンセリングの実施における基本的な留意事項
オンラインカウンセリングが対面での支援と同等の効果を持つことは前述の通りであるが,一方で,技術的なトラブルや法的・倫理的配慮など,様々な固有の課題も存在する。ここでは,アメリカ心理学会American Psychological Association(APA, 2013)および欧州心理学会連合European Federation of Psychologists’ Associations(EFPA, 2023)のガイドラインを参照しつつ,オンラインカウンセリングの実施に際して留意すべき基本事項を概説する。
1) 技術環境と情報セキュリティ
まず重要なのは,安全なプラットフォームの採用と情報通信端末の管理であり,意図しないアクセスや情報流出からクライエントのプライバシーを守ることである。セラピストは,コンピュータウイルスや不正アクセス,端末の紛失・盗難,ハードウェアやソフトウェアの破損,セキュリティー保護されていないファイルへの容易なアクセス,時代遅れの保護技術といった潜在的なリスクに対処する責任を負う。APA(2013)は,こうしたリスクへの対応策として,①適切なアクセス権の管理と日常的なリスク分析,②データ送信時の暗号化技術の利用,③端末・ソフトウェア・ウェブサイトアクセス時の多要素認証など高度なセキュリティ対策の導入を推奨している。加えて,システムの脆弱性を回避するため, OSやソフトウェアの定期的なアップデートも不可欠である。
また,技術的なトラブルは避けがたく,特に通信障害はオンラインカウンセリングにおいてしばしば発生する。例えば,スマートフォン回線ではビデオ通話が途切れやすく,クライエントに「自分の話が届いていないのではないか」という不安を引き起こす可能性がある。さらに,クライエントの情報通信技術への習熟度にも個人差があり,オンラインへのスムーズな移行を妨げる要因となり得る。
こうしたリスクを見越し,通信遮断時や接続不良時の代替手段について,事前にクライエントと確認しておくことが重要である。具体的には,①ビデオ通話から音声通話への切替,②事前に確認した電話番号による対応,③メールやチャットツールを用いた一時的な連絡手段の活用などが考えられる。スタイルズ=シールズStiles-Shieldsら(2014)による研究では,対面式CBTと電話を用いたCBTを比較した結果,治療同盟に有意な差は認められなかったと報告されており,音声通話は通信障害発生時における有効なバックアップ手段であることが示唆されている。さらに,ビデオ会議システムに不慣れなクライエントに対しては,事前に接続マニュアルを送付する,セッション開始10分前にカメラチェックや接続確認の機会を設けるなど,事前準備を支援することも有効である(セケイラSequeira et al., 2021)。
2)法的・倫理的枠組みと越境支援
オンラインカウンセリングを実施する際には,クライエントの居住地の法域に応じた免許要件や診療行為規定を遵守しなければならない(EFPA, 2023)。特に米国の一部州では,オンラインでの心理療法を提供する場合にライセンスの登録が求められ,州ライセンスを有さない有償サービスが違法とみなされることがある。また,情報管理についても注意が必要である。国外のクライエントに支援を提供する場合はHIPAA(米国医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律)やGDPR(EU一般データ保護規則)など,各国・地域で適用されるセキュリティ基準を満たしているかどうかを確認する必要がある。
オンラインカウンセリングにおいて遵守すべき倫理事項は,基本的に対面カウンセリングの原則に準じるが,インフォームド・コンセントについては特に留意が求められる。遠隔支援特有のリスクを踏まえ,次の事項について文書化し,クライエントから書面または電子的同意を得ることが重要である。まず,使用する通信技術の概要や,セッション中の境界線の設定,クライエントからの連絡への対応方針について説明する必要がある。加えて,特定の情報技術を用いた際に生じる機密性や安全性の問題,録画を行う場合の同意取得とデータ保管方法,クライエントが受け取った情報の取り扱い(例:「受信したメールを第三者に転送しない」)などについても,明確な説明が求められる。また,予約外での対応や通信障害など予期せぬ事態が発生した際の料金の取り扱いについても,事前に取り決めをしておくことが望ましい。何より重要なのは,セラピストが個々のクライエントの状況に応じて,オンラインカウンセリングの適用可否を適切に判断し,遠隔支援ならではの利点と潜在的リスクについてクライエントと十分に話し合うことである。
3)治療的な「プレゼンス」を育む
「プレゼンス」,すなわちセラピストの存在感は,さまざまな心理療法アプローチにおいて共通する治療的要因であり,クライエントに安心感を与え,治療への積極的な関与を促す役割を果たす。プレゼンスは,声のトーンや身振り,開かれた姿勢,柔らかな表情といった非言語的手がかりを通じて伝達される。しかし,オンラインカウンセリングではこれら非言語コミュニケーションが制限されるため,セラピストは意識的な工夫を凝らしてプレゼンスを伝える必要がある。ゲラーGeller(2021)は,オンライン環境下で治療的プレゼンスを育むための具体的方法を提案している。以下にその要点を紹介する。
- 安定した面接環境の整備:プライバシーが確保された環境を整え,面接場所を固定することで,クライエントにとって予測可能な安心できる空間を提供する。
- 非言語コミュニケーションの促進:大きな画面を使用することで,表情だけでなくジェスチャーなど身体全体を使った非言語的サインを伝えやすくなる。
- カメラとの適切な距離の調整:近すぎて侵襲的になったり,遠すぎて表情が読み取りにくくなったりしないよう,クライエントと相談しながら適切な距離を決める。また,カメラの高さに視線を合わせ,クライエントを見ている感覚が伝わるよう工夫する。
- クライエント側のプライベート空間の確保:クライエントにもプライバシーが確保された環境を整えてもらう。自宅内に家族がいる場合はヘッドフォンを着用してもらう,スマートフォンの電源を切る,通知をオフにするなど,気を散らす要素を最小限に抑える。また,カメラを常時オンにしてもらうことで,つながりを維持しつつ,周囲の安全確認(第三者がその場にいないかなど)も行うことができる。
- セッション後の移行支援:対面カウンセリングでは,帰路を通じて自然と日常生活に戻る時間があるが,オンラインではそれがない。セッション終了後,クライエントが現実生活に穏やかに戻れるよう,短いふり返りやクールダウンの時間を設けるなど必要な援助を提供する。
- 視線・表情・呼吸の同調:セッション中はクライエントと視線を合わせることを常に意識するとともに,表情や視線,声のトーン,話すペースをミラーリングし,クライエントの呼吸にもさりげなく同調することで,つながりの感覚を強化する
これらの工夫により,対面に劣らぬプレゼンスをオンラインでも伝達し,クライエントとの信頼関係の構築を支えることが可能となる。
4)緊急時対応とリスクマネジメント
オンラインカウンセリングにおいて最も重要な課題の一つは,危機的状況下でもクライエントの安全を確保できる仕組みを整備することである。対面支援と異なり,オンラインではクライエントが自傷や他害の兆候を示した場合に,即時介入が難しいという制約がある。そのため,理想的にはカウンセリング開始前に,少なくとも早い段階で,緊急時の対応計画(セーフティ・プラン)についてクライエントと確認・相談しておくことが推奨される。
セーフティ・プランの作成に際して,セラピストはクライエントの所在地を都道府県,市区町村レベルで正確に把握しておく必要がある。加えて,通信遮断時の代替連絡手段(携帯電話や自宅電話番号),緊急連絡先の確認も不可欠である。さらに,地域の医療機関,警察,救急サービスなどの連絡先を事前に把握しておくことで,万が一の際にも迅速な対応が可能となる。
その他に重要となるのが,友人や家族といった地域の協力者の存在である。協力者は,緊急度の評価や,必要な支援・サービスへの連絡を行う役割を担う。協力者の存在は,クライエントに関する追加情報の取得や,技術的トラブル発生時の支援,危機介入,精神保健サービスとの連携においても有益である(ルクストンLuxton et al., 2012)。また,児童や青少年に対する支援においては,セッション中に緊急事態が発生した場合に備え,対応可能な保護者をあらかじめ特定しておくことが求められる。
以上の留意事項は,オンラインカウンセリングを安全かつ効果的に実施するための重要な指針である。しかし,これらを満たすことが十分条件ではない。実際には,クライエントの環境やニーズ,症状の特性を踏まえ,状況に応じた柔軟な配慮が不可欠である。なお,アメリカ心理学会(APA)が公開している『遠隔心理学実践のためのガイドライン(Guidelines for the Practice of Telepsychology)』は,日本心理学会のホームページに有志による日本語訳が掲載されている。より詳細な情報に関心のある読者は,以下のリンクから参照されたい。
https://psych.or.jp/special/covid19/telepsychology/guidelines_for_the_practice_of_telepsychology/
4.立命館大学心理・教育相談センターの取り組み
オンラインカウンセリングの導入に向け,立命館大学心理・教育相談センターでは,以下の取り組みを進めている。
まず,2024年度のキャンパス内移転に伴い,センター内にオンラインカウンセリング室を新設した。防音仕様の個室ブースを3基設置し,各ブースには面接用PCと内線電話を完備している。これにより,大学院生が担当する面接中に緊急対応が必要となった場合でも,常駐する有資格スタッフや教員への迅速な相談が可能な態勢を整えている。さらに,電子カルテシステムの導入により,紙媒体に代わる暗号化通信を利用した情報管理を実現し,機密性の確保と業務効率化を図っている。
オンライン面接には,教育版Zoom Meeting Systemを採用しており,セッションごとにパスワードを設定し,待合室機能を活用することで,第三者の不正アクセスを防止する措置を講じている。また,大学院生およびスタッフを対象に,オンラインカウンセリングに関する研修や外部講師によるスーパービジョンを実施しており,遠隔支援特有の技術的・倫理的留意点や,クライエントへの配慮について,実践経験豊富な教員が指導を行っている。
加えて,オンライン特有のリスクに対応するため,緊急時対応マニュアルとリスク評価ツールの整備も進めている。クライエントの所在地や緊急連絡先の確認,セーフティ・プランの作成,緊急時の対応フローを標準化し,安全確保に努めている。リスクアセスメントは,オンラインカウンセリングの適用判断や介入後の効果検証にも活用し,学生指導や教育資料としての利用も視野に入れて整備を進めている。
これらの取り組みにより,当センターはオンラインカウンセリング特有の課題に対応しつつ,クライエントに安全かつ質の高い心理支援を提供する体制を構築している。
5.おわりに
オンラインカウンセリングは,COVID-19禍を契機に急速に普及し,感染拡大が落ち着いた現在も,利便性やアクセス向上の観点からその重要性が定着しつつある。地理的・時間的制約を超えて多様なクライエントに支援を届ける一方で,技術的トラブル,治療関係構築の難しさ,倫理的・法的課題,緊急時対応など,対面にはない特有の課題も伴う。立命館大学心理・教育相談センターでは,こうした課題を踏まえ,国際的ガイドライン(EFPA, APA)を参照しながら,システム構築と研修プログラムの整備を進めてきた。大学院生はオンラインカウンセリングの実践を通じて,将来の臨床家として必要な知識・技術・倫理観を体系的に学び,地域社会に質の高い心理支援を提供できる人材へと成長することが期待される。今後,オンライン相談に関する実施データや教育成果を継続的に検証し,その知見を教育・研究に還元することで,オンラインカウンセリングのさらなる発展を目指していきたい。
文 献
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佐藤洋輔(さとう・ようすけ)
立命館大学 人間科学研究科
資格:博士(心理学),臨床心理士,公認心理師
岩壁 茂(いわかべ・しげる)
立命館大学総合心理学部
資格:臨床心理士
主な著書:『改訂増補 心理療法・失敗例の臨床研究―その予防と治療関係の立て直し方』(金剛出版),『恥(シェイム)ー生きづらさの根っこにあるもの』(アスク・ヒューマン・ケア)ほか多数
趣味:ランニング