本岡寛子(近畿大学)
シンリンラボ 第27号(2025年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.27 (2025, Jun.)
1.はじめに
日常生活を送る中で,誰もがさまざまな問題に遭遇し,ストレスを感じることがあるものである。その都度,立ち止まって時間をかけて問題に向き合っていると生活が前に進まないため,これまでの自分の経験から有効であった方法を習慣的に使用していることが多い。
しかし,習慣的に使用している方法が,現在の自身の状態や置かれている環境に最も適しているとは限らない。かえってストレスや不安,抑うつ気分を強めていることすらある(Nezu et al., 1989)。ズリラ D’Zurilla, T, J.(1986)は,「われわれは習慣の奴隷である」と表現している。過去に学んだ方法を,現在の状況に繰り返し当てはめて使用しているのである。習慣化された方法にとらわれていると,ストレスや否定的な感情が慢性化し,うつ病や不安症等の発症に繋がることもある。
2.問題解決技法の適用対象
本稿では,問題解決技法について紹介する。問題解決技法は,問題解決スキルや問題解決療法と呼ばれることもある。
適切な問題解決の方法を学ぶ機会がなかったり,不安や抑うつ気分に陥り,これまで身に付けた方法では解決が難しい場合に,適切な問題解決プロセスの再学習をアシストしてくれる技法である。現在では,うつ病のみならず,不安症や統合失調症等の精神疾患をはじめ,がん,糖尿病等の身体疾患に伴う心理的苦痛,日常生活のストレスマネジメントや人間関係の改善等にも有効性が示されている(Nezu et al., 1989:平井・本岡,2023)。
3.問題解決プロセスの枠組みを使ってアセスメントする
問題解決技法は,認知行動療法の一技法であることからも,環境と個人の相互作用が機能しているか否かに注目するものである。つまり,現在,自分が置かれている環境で,ストレスや否定的な感情を緩和するために使用している解決方法が役立っているか否かを確認することが肝要である。
効果的な問題解決技法は5つのステップから構成されている。問題の知覚や評価の仕方(問題解決志向性),現在抱えている問題を整理し,今後の目標を立てる(問題の明確化/目標設定),目標に近づくための解決方法のアイデア出しをする(解決策の創出),創出した解決方法のアイデアリストから現在の状況に適した解決方法を選出する(解決策の選択と決定),選出した解決方法の実行を試みて,良かったことと課題を振り返る(解決策の実行/結果の評価)である。これらの5つのステップが好循環となっているとき,感情は落ち着いている。
しかし,5つのステップから構成される問題解決プロセス が適切に機能していないことに気づかせてくれるのが,抑うつ気分や不安といった否定的な感情である。図1に示したように,抑うつ気分に陥っている場合,問題に遭遇した際,「もうダメだ」「自分にはどうすることもできない」といった消極的な問題解決志向性が顕著になり(Step1),過去の失敗や将来起こり得る脅威的出来事を問題として捉え(Step2),考え出される解決策の数が少なく(Step3),最終的に一番はじめに頭に浮かんだことや過去にうまくいった方法を選択し(Step4),解決策を実行後も上手にいかなったことに注意が向く(Step 5)ことによって,より抑うつ気分が増大する悪循環に陥ると考えられているのである(Nezu et al., 1989)。
よって,抑うつ気分や不安等の否定的な気分を手掛かりに,問題解決プロセスのどこに「つまずき」が生じているのかをアセスメントし,適切な問題解決プロセスの再学習が必要と判断された場合に介入技法として採用するのが望ましい。

図1 抑うつ状態の問題解決プロセス
4.問題解決技法
本稿では,問題解決技法を「Step1:問題の明確化」,「Step2:目標設定」,「Step3:解決方法の創出」,「Step4:行動目標の設定」,「Step5:実行/結果の評価」の5つのステップ(図2)にわけて解説する。

図2 5つのステップ
1) Step1:問題の明確化
図3左イラストのように,自分の力では対処困難な問題に遭遇した時の心境は,大きな石が背中に圧し掛かっているようなイメージである。こうなると,「もうダメだ」と感じてしまうのも当然である。まず必要なのは,大きな石を降ろして,右イラストのように,塊に見える石を小さく砕くことである。
例えば,職場の人間関係が不良でストレスを抱えていた場合,「職場の人間関係」という大きな石を砕く作業として,職場の誰とどのようなコミュニケーションを取っているのか,あるいは取れていないのかをより具体的に全て書き出す。大きな石の塊に見えている問題でも,このように問題を具体的に細分化して書き出すことによって,今日からでも取り組み可能な小さな課題が見つかることが多いのである。

図3 問題に遭遇した時の心境から「問題の明確化」のイメージ
2)Step2:目標の設定
問題解決において,多くの人は「問題とはどのような状態か」という質問に対して「困っている,悩んでいる,ストレスを感じている状態」と回答する。しかし,ズリラとゴールドフリード(D’Zurilla & Goldfried, 1971)はより体系的な定義を提示している。彼らによれば,問題とは「何かしらの障害により,理想とする状態(What I want/そうありたいと思う状態)または規範とする状態(What Should be/そうすべきと思う状態)と現在の状態(What is)の間に不一致があり,有効な解決策がとれない状態」である。このギャップが大きいほど,問題も大きく感じることになる。
日常会話で使用する「問題」という言葉は,しばしば「現在の状態」のみを指すことがある。しかし重要なのは,「なぜ,現在の状態を問題だと感じるのか?」を自問自答し,その問題の背後にある自分の価値観
──つまり,理想とする状態(What I want)と規範とする状態(What Should be)
──を言語化する作業である。
例えば,自分の部屋を想像してみてほしい。「部屋が汚い・片づけができていない」と感じる人は,理想とする部屋のイメージがあるため,そのように感じるのである。私自身は物が多くても整理整頓ができていて,埃が目で見えるほど大きくなければ問題ではないが,人によっては不要物は捨ててスッキリした部屋で,毎日掃除機をかけた部屋でないと「汚い」と感じる人もいるだろう。あるいは逆に,物が自分のまわりに溢れているほうが便利で心地よいと感じる人もいるかもしれない。
つまり,「現在の状態」自体が問題なのではなく,自分の価値観とのギャップがある場合に「問題」と感じるのである。このことから,問題解決のプロセスでは「なぜ,現在の状態を問題であると感じるのか? 現在の自分はどうありたいのか?」と自問自答し,明確な目標を設定することが重要となる。

図4 問題の定義(D’Zurilla & Goldfried, 1971)
3)Step3:解決方法の創出
目標を設定したら,その目標に近づくための方法のアイデア出しを行う時間を確保する。
抑うつ的な気分の時は,「いつもの方法」でさえも「今はできない,難しい」と感じることが多いのである。
大切なのは,現在置かれている環境や自分にとって機能する方法が見つかる可能性を広げるために,「いつもの方法」以外のアイデア出しを行うことである。
方法のアイデアを出す際は,ブレーンストーミングの3原則「数のルール」「判断延期のルール」「バラエティのルール」を使用すると,「いつもの方法」以外の方法が見つかりやすい。
「数のルール」とは,習慣化された方法,月並みな方法,過去にうまくいった方法に縛られずに,どんどん方法を出すことを意識することである。その際に大切になってくるのが「判断延期のルール」である。考えだした方法について「体力的に難しい」とか「経済的に無理だな」とか「時間的に困難だな」という考えがよぎったとしても,ここではその判断は延期して,とりあえず,思いついた方法を全て書き出すことが肝要である。
最初は,習慣化されたものが想起されやすいが,徐々に柔軟に考えることができるようになり,少し非現実的なものや突拍子もないと感じる方法が混じるぐらいのほうが良いのである。「バラエティのルール」は,考え出した戦略(目標達成のために計画された一連の行動)を戦術(戦略を成功させるための具体的な行動計画)にすることによって,より多様な方法を創出することである。
例えば,「体力をつける」という目標に近づくための戦略として「運動する」がある。この戦略を戦術にすると「ウォーキング,ランニング,スイミング,電車の中で立つ,駅や職場で階段を使う,洗濯物を干す,掃除機をかける」などとなるのである。
いつもとは違う方法が創出され,「これだったらできるかもしれない」と感じられる方法が複数含まれていることが望ましい。
4)Step4:行動目標の設定
一通り方法のアイデアを書き出したら,そこから現在の環境や自分にとって最良なものを選択し,行動に移せるよう準備が必要である。その際に有用なのがベネフィット−コスト分析である(図5)。各方法のベネフィット(利益)とコスト(損失)を書き出し,その重要度を評価する。利益の合計点から損失の合計点を引いて,最も得点が高いものが自分でも意識していなかったが現在の自分にとって最良な方法である可能性がある。
方法を実行に移すためには,行動を図に示したようにSMARTにしておく必要がある。
Specific(行動している自分の姿がイメージできるほど明確なものになっているか),Measurable(達成されたことを測定することができるものになっているか),Achievable(現在,自分が置かれている環境や自分の状態で達成可能なものになっているか),Relevant(その方法を実行することによって少しでも問題は解決され楽になるものになっているか),Timed(1週間で実行可能なものになっているか)の頭文字をとって,SMARTな行動目標と呼ぶ。
例えば,「職場の人とちゃんとコミュニケーションをとる」をSMARTにすると,「今週金曜日,〇〇課Aさんに〇〇業務の進捗をメールで送る」となる。「夜更かしをしない」は,「日曜日の夜11時までに布団に入る」などにしておくとよい。行動をSMARTにしておかないと,実行に結び付きにくくなるのである。
ベネフィット(利益) | コスト(損失) | SMART行動目標 |
・業務の分担が可能になる(3点) ・業務の進捗状況を把握できる(2点) | ・共有に時間が必要(1点) | ☑Specific ☑Measurable ☑Achievable ☑Relevant ☑Timed ↓ 今週金曜日,〇〇課Aさんに〇〇業務の進捗をメールで送る |
利益5点-損失1点=4点 |
図5 ベネフィット−コスト分析 / SMARTな行動目標の設定
5)Step5:行動計画の実行/結果の評価
計画していた行動目標を実行後には必ずアウトカム(実行できた行動)と,行動の結果として得られた良かったことと課題を記録すると良い。
アウトカムは,行動目標の何がどれぐらい実行できたかを記録し,期間内で実行可能な内容・量であったかを再考するのに役立てるものである。そして,行動したことによって得られた良い影響を振り返り,今後のモチベーション維持に役立てることも重要である。さらに,行動してみて初めて気づく課題や困難について記録して,今後の行動目標を設定する際に役立てることが望ましい。
効果的な問題解決とは,ベネフィットを最大にしてコストが最小になるように,繰り返し対処することで,ストレスや心理的苦痛が緩和されることである。現在の状態を理想の状態に近づけたり,時には理想と現実に折り合いをつけてギャップを小さくすることも穏やかな暮らしには大切なことがある。
5.おわりに
問題に遭遇し,否定的な感情が生じた時は,自分の人生や生活において価値を置くものを再確認し,現在の自分の状態や環境で実行可能な行動を取り入れていくことが重要である。問題解決プロセスが,好循環に回り始めると,肯定的な感情へ移行していくのである。
5つのステップを繰り返していくと,現在の自分にとって真の問題が明確になり,より自分の価値が反映された目標が定まっていくものである。いずれかのステップに留まることなく,ステップを次の段階に進めることが肝要であるといえる。
文 献
- D‘Zurilla, T. J.(1986)Problem-solving therapy: A social competence approach to clinical intervention. Springer.
- D‘Zurilla, T. J. & Goldfried, M. R.(1971)Problem solving and behavior modification. Journal of Abnormal Psychology, 78; 107-126.
- Nezu, A. M., Nezu, C. M. & Perri, M. G.(1989)Problem-solving therapy for depression. John Wiley & Sons.
- 平井啓・本岡寛子(2023)ワークシートで学ぶ問題解決療法.ちとせプレス.
本岡寛子(もとおか・ひろこ)
近畿大学 総合社会学部 総合社会学科 心理系専攻
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著書:『認知行動療法ケースブック―主要疾患・実践領域の援助技法を学ぶ』(共著,金剛出版,2025),『ワークシートで学ぶ問題解決療法』(共著,ちとせプレス,2020),『不安と抑うつに対する問題解決療法』(共訳,金剛出版,2009)
趣味:旅行,クラフトビール巡り