酒井 渉(函館工業高等専門学校)
シンリンラボ 第26号(2025年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.26 (2025, May)
1.はじめに
本稿は,学生相談カウンセラー等支援職だけでなく,学長,学部長といった,大学等の高等教育機関(以下,大学と記す)の管理職にも拝読願いたい。性にまつわる相談については,被害学生に対する心理カウンセリングなどの個別ケアが重要であることは当然であるが,同時に,組織的な理解と体制づくりが求められる。被害が起こってからの対応が極めて難しいことに対し,被害を未然に防ぐための組織的な予防啓発活動が効果的だからである。
本稿では,近年,大学においてトラブルが発生し,理解と対応に苦慮する場面が多いとされるデートDVおよびLGBTQについて扱う。
2.デートDV
1)定義と分類
婚姻関係にはなく,交際しているパートナーによる暴力を「デートDV」という。多くの読者は,殴ったり蹴ったりすることをまずは想起すると思うが,現在,共通理解を得ているのは,5つの分類(身体的暴力,精神的暴力,社会的暴力,性的暴力,経済的暴力)である。1.身体的暴力は,平手で打つ,足で蹴る,引きずり回すなど,2.精神的暴力は,どなる,人前でばかにする,無視するなど,3.社会的暴力は,頻繁な電話やメール,外出や友達付き合いの制限,過剰な嫉妬など,4.性的暴力は,性行為を強要する,避妊に協力しないなど,5.経済的暴力は,借りたお金を返さない,借金を負わせる,仕事を辞めさせるなどを指す。
2)段階的なエスカレート
デートDVは段階的にエスカレートしていく性質があり,当事者はそれに気づきにくい。自分では気づかないうちに,加害者あるいは被害者になっていることが多い。例を挙げる。最初はメールの返事をすぐにくれるように求めるといったところから始まることが多い。そして次の段階として,例えば,「スカートを履いて他の男性に脚を見せるのを止めろ」などと言うようになる。このあたりまでは,束縛されている側も,「愛されている印」などと感じることが多い。しかしながら,そのうち,すぐにメールの返信をしないと怒るようになり,また,さらにその怒りが次第に激しいものになる。やがて物を投げるようになったり,さらに進んで直接に殴るようになるなどする。
被害者は,前述のように「愛されている印」と思ったり,「これは暴力ではない」「自分が悪いから」などと,デートDVであることを否認することが多い。保護者や教職員,あるいはカウンセラーなどの専門職に支援を求めてくる段階では,すでにエスカレートしている場合がしばしばある。
3)相談対応
デートDVの加害・被害にかかわる相談を受けた場合の理解と対応について述べる。まず,段階的にエスカレートする性質に注意し,早めに「DVだよ」と自覚を促すことが重要である。医療機関や相談機関につなぐ必要がある場合もしばしばであるが,ひとりで行かせず付き添うことが必要になる場合も多い。被害者には,「あなたが悪いわけではない」と伝えることも重要である。
4)支援する教職員へ向けて
デートDVの加害者・被害者の双方から相談を受けた場合,双方の言い分が食い違うことはよくある。これは先に述べた段階的にエスカレートするデートDVの性質によるところが大きい。加害者と被害者が,それぞれ違う教職員を頼って相談に行くことも当然に起こりうるが,それぞれが違った言い分を主張しているため,しばしば相談に乗っている教職員間でのもめごととなる場合もある。それに限らず,デートDV被害学生を援助する人たちは,みな被害的な気持ちになりがちである。これらは,デートDVそのものの性質であるので,学生を非難せずに対応することが求められる(酒井,2022)。
5)予防啓発の重要性
デートDVは,予防啓発が重要である。それによって被害の発生を防いだり,あるいは被害の軽いうちに支援を求めることを促すことができる。あらかじめ,デートDVのおおよその定義,種類,被害に気づいた時の考え方や対応などを,具体例を挙げて示すことなどが必要である。予防啓発のセミナーは理解と経験のある専門家に任せるべきである。また,新入学早々の時期に行うことが極めて望ましい。新入学時は,新しい出会いの場面でもあり,交際が始まることが多い時期であることを付記しておく。また,教職員向けにも,啓発セミナーを定期的に実施すべきである。
3.LGBTQ
1)LGBTQとは
LGBTQは,近年よく知られるようになってきたが,理解はまだ浸透していない。詳細な定義は他書に譲るが,性的指向・性自認がマジョリティ(多数者)と異なっていることを指す。男性が男性を恋愛対象に思ったり,身体は女性だが心は男性,といった場合が,具体例である。
2)治療ではなく支援
LGBTQは,しばしば「病気ではないか」と考えられがちであるが,現在では,WHO(世界保健機関)や国内外の関連学会が,疾病ではなく治療の対象ではないと表明している。また,本人たちも,自分が「病気」だとは考えないことが多い。
したがって,今すぐに体を変えたい,気分が塞いで登校できない,といった状況でなければ,慌てて病院に行く必要はない(針間,2016)。また,病気ではないので,学生の理解と対応については,診断の有無にこだわらないほうがよい。すなわち,医学的な診断の有無よりも,本人の側の意思や必要性に沿ってかかわることが必要とされる。これは,発達障害学生への支援と同様であり,決して特別視にはあたらない。
なお,名簿の性別記載の配慮などに際して,大学側から診断書の提出を求められる場合があるが,望ましいことではない。病気ではないとされる上,日本には専門医が極めて少ないという事情も考慮されるべきである。本人が性別適合手術などを強く希望している場合などには,専門医による診断と治療が必要である。しかし,多くの場合には,医療の文脈で捉えず,本人が信頼する理解者をキーパーソンとして,本人の意向に沿った支援をすることが適切である。
3)カミングアウトへの対応
LGBTQ当事者が,それを打ち明ける場合,「カミングアウト」と呼ぶが,打ち明けられた側には,注意が求められる。カミングアウトには,リスクが伴う。相手が理解してくれるかどうかわからないからである。「よく伝えてくれたね」などとねぎらい,話を切ったり,先回りしたりせずに,まず聴くことに注力する。その上で,どういうことを望んでいるのか,どういうことをしてほしくないかを,急かさずに聞き取ることが必要である。必要に応じ情報提供も行う。また,カミングアウトに伴って予測される,本人にとってのメリットとデメリットについて,ともに整理する必要がある。また,「この人にわかってほしい」という個人的な理解を求めている場合から,大学全体での組織的対応を求める場合まで,様々な範囲がある。どの範囲でのどのような情報共有ならよいか,本人に尋ねた上で支援を行う必要がある。これは他の相談と同じであり,特別視するにはあたらない(酒井,2023)。
4)キャリア指導
特にキャリア指導については注意が必要である。以前は,LGBTQ当事者の多くは,芸能人などの特別な仕事に就くことが多かったが,現在では,LGBTQであるかないかを問わず,能力や適性によって採用を決める企業が増えてきており,あまり特別視しないのがよいだろう。
5)アウティング
一方,他者の性的指向・性自認を,本人の同意なく他者に教えることを,「アウティング」という。本人のためによかれと思って,他者に教える場合があるが,それでも問題がある。話を聞いた相手方が同じようにLGBTQに理解があるとは限らないからである。もし,アウティングを行ってしまった場合には,すみやかに本人に伝える必要がある。どの範囲にまで伝えてしまったのか,どの範囲にまで広がる恐れがあるのかを伝え,その上で,その後の対応について,本人の意向を聞き,対応していくべきである。
6)予防啓発の必要性
具体例としてしばしば挙げられるのが,「一橋大学アウティング事件」である。学生本人の同意なく,その性的指向が他の学生の知るところとなってしまったものである。経緯については渡辺(2016a; 2016b; 2017c)に詳しい。その後の裁判の判決文は,アウティングについて,「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであり,許されない行為であることは明らか」としている(東京新聞,2020)。アウティングの違法性に言及した,我が国初の判決であり,今後の方向性を示すもの(東京新聞,2020)といえる。すなわち,学生および教職員全体に対し,アウティングを行わないよう,予防啓発を行うことが求められる。
7)具体的な支援
具体的支援としては,まず多目的トイレの設置がある。身体障害をもつ学生にとっても必要である。名簿は男女別ではないものを使用すべきである。氏名を呼ぶとき,全員を「さん」づけで呼ぶといった取り組みも多くみられる。これらは,LGBTQの学生が存在すると思われるかどうかにかかわらず,実施されているべきである(石田,2019)。人口中には一定の割合でLGBTQ当事者が含まれており,カミングアウトをしていない学生や,今後入学してくる学生を想定すべきである。
4.学生支援の体制づくり
1)学生のたらい回し
デートDV,LGBTQのほか,例えば,発達障害学生支援,カルト予防啓発,自殺防止対策などは,比較的新しい課題である。そのため,例えばデートDVであれば,「これは保健管理センターの業務ではなく,男女共同参画室の扱う問題ではないのか」といった,部署間での押し付け合いや,学生のたらい回しが起こりやすい(酒井,2018)。対応が遅れ,被害が大きくなる場面が散見される。
2)確実な実行のために
これを克服するためには,隣接する部署間で,あらかじめ互いの業務範囲に重なりを持たせる「冗長性モデル」(図1)による体制づくりおよび,理解と実行が望まれる(酒井ら,2013;酒井,2018)。冗長性は情報理論の用語で,身近な具体例は,パーソナルコンピュータ使用の際の,データのバックアップである。バックアップを取ることで,必要な容量は2倍となり冗長(無駄)であるが,機器の故障などの際にはデータ保全に役立つ。学生支援体制にも援用することで,高い確実性が確保できる。
図1 冗長性モデル(概念図)

また,緊急時に時宜を得た対応をするため,および専門の立場からの見解を組織運営に反映しやすくするために,キャンパスで核となる学生相談カウンセラーは,専任教員として専門部署に配置し(日本学生相談学会,2013),かつ学長直属が望ましい(高石,2013; 酒井,2018)。大学組織へ提言を行う必要もあるため(日本学生相談学会,2013),教授の職位であればなお適切といえる。学生相談カウンセラーが組織の下部に配置されると,指揮命令系統の途中に一人でも理解の浅い人がいるだけで対応が間に合わなくなり(高石,2013; 酒井,2018),学生の安全にとって悪影響が出るからである。
3)人権問題
最後に,デートDVやLGBTQは,狭義の学生支援だけの問題ではなく,組織的に取り組むべき,重要な人権問題であることを記しておく。
文 献
- 針間克己(2016)Q11 LGBTの児童・生徒が困っている場合,病院での受診を勧めたほうがよいのでしょうか?.In:はたちさこ・藤井ひろみ・桂木祥子編著:学校・病院で必ず役立つLGBTサポートブック.保育社,pp.48-49.
- 石田仁(2019)はじめて学ぶLGBT―基礎からトレンドまで(スッキリわかる!).ナツメ社.
- 日本学生相談学会(2013)学生相談機関ガイドライン.https://www.gakuseisodan.com/wp-content/uploads/public/Guideline-20130325.pdf(2025年4月27日閲覧)
- 齋藤清二(2011)Personal Communications.富山大学平成23年度第6回富山大学自殺防止対策室会議.
- 酒井渉(2018)学生相談モデルにもとづくUniversity Personality Inventory の再構成―主として項目反応理論を用いて.名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士学位請求論文https://nagoya.repo.nii.ac.jp/records/23337(2025年4月27日閲覧)
- 酒井渉(2022)第12章 学生生活上のさまざまなリスク―カルト,薬物,アルコール,ブラックバイト,デートDVなど.In:全国学生相談研究会議編:学生相談カウンセラーと考えるキャンパスの危機管理―効果的な学内研修のために.遠見書房,pp.157-165.
- 酒井渉(2023)第8章 LGBTQの学生への理解と対応の第一歩.In:全国学生相談研究会議編:学生相談カウンセラーと考えるキャンパスの心理支援─効果的な学内研修のために2.遠見書房,pp.106-117.
- 酒井 渉・水野 薫ほか・原澤さゆみほか(2013)修学サポートグループの有効性についての検討―学生支援モデルとの関連から.CAMPUS HEALTH, 50(2); 74-78.(第50回全国大学保健管理研究集会優秀演題論文)
- 高石恭子(2013)組織づくりの難しさと面白さ.実行委員会企画プログラム『学生相談の深みと彩り-個別体験の語りから-』 第46回全国学生相談研究会議報告書,pp.37.
- 東京新聞(2020)一橋大生の同性愛暴露訴訟 裁判長「アウティングは許されない行為」遺族の請求は棄却 東京高裁.BuzzFeed.(https://www.tokyo-np.co.jp/article/70469)(2025年4月27日閲覧)
- 渡辺一樹(2016a)「ゲイだ」とばらされ苦悩の末の死 学生遺族が一橋大と同級生を提訴.BuzzFeed.(https://www.buzzfeed.com/jp/kazukiwatanabe/gay-student-sued-hitotsubashi-university?utm_term=.bar0VEXgb#.yf8yorBbX)(2025年4月27日閲覧)
- 渡辺一樹(2016b)一橋大・ゲイとばらされ亡くなった学生 遺族が語った「後悔」と「疑問」.BuzzFeed.(https://www.buzzfeed.com/jp/kazukiwatanabe/family-told-about-their-son-and-hitotsubashi-lawschool)(2025年4月27日閲覧)
- 渡辺一樹(2016c)一橋大ロースクール生「ゲイだ」とバラされ転落死―なぜ同級生は暴露したのか.BuzzFeed.(https://www.buzzfeed.com/jp/kazukiwatanabe/hitotsubashi-outing-this-is-how-it-happened)(2025年4月27日閲覧)
酒井 渉(さかい・わたる)
所属:函館工業高等専門学校一般系教授・ヘルスアソシエイトオフィス(HAO)臨床心理士
資格:臨床心理士,公認心理師,大学カウンセラー,認定専門公認心理師 MBRP講師 等
学位:博士(心理学)
経歴:慶應義塾大学大学院修士課程(コミュニティ心理学山本和郎研究室)を修了後,上智大学カウンセリングセンター非常勤カウンセラー,日本大学習志野高等学校カウンセラー,富山大学保健管理センター杉谷支所臨床心理士等を経て,現職。なお,博士(心理学)の学位は,富山大学に臨床心理士として在職しながら,名古屋大学の社会人大学院生として取得。
趣味:国内旅行,カフェめぐり,B級グルメ,パソコン,猫と遊ぶ 等