【特集 人間関係と若者のメンタルヘルス──親密な関係における課題と支援】#03 対人関係の傷つきとコンパッション|浅野憲一

浅野憲一(筑波大学)
シンリンラボ 第26号(2025年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.26 (2025, May)

1.はじめに

ここ数年で心理士がコンパッションというキーワードを目にする機会はずいぶんと増えたように思う。しかし多くの場合,コンパッションの手前に「セルフ」という文字が並んでいる。セルフ・コンパッションはアメリカの心理学者であるクリスティン・ネフNeffが提唱した概念であり,「苦痛や心配を経験したときに,自分自身に対する思いやりの気持ちを持ち,否定的経験を人間として共通のものとして認識し,苦痛に満ちた考えや感情をバランスがとれた状態にしておくこと」であるとされている(Neff, 2003;有光,2014)。文字にするとなかなかに複雑な定義である。

一方,この記事でいただいたテーマは「コンパッション」である。コンパッションの定義は様々あるが,最も一般的なものはダライ・ラマDalai Lama14世によるもので,「他者の苦しみに対する同情とそこから自由になってほしいという願い」と定義されている(Dalai Lama, 2001)。こちらはよりシンプルで,誰かに紹介するのもさほど難しくない。これを元に,ギルバートGilbert et al.(2017)はコンパッションを「自他の苦しみや苦悩への感受性とそれらを和らげ防ごうとする関わりである」と定義づけている。

2.「セルフ」だけじゃないコンパッション

セルフ・コンパッションは元々,「他者に対するコンパッションを自分自身に向けることであり,自分を親しい友人のように大切に扱うこと」とされており(有光,2023),他者に対して持つ感情や態度を自分自身に向けてみるという発想から生まれている。「セルフ」はコンパッションを向ける先を指しているわけだ。Gilbert et al.(2017)は,コンパッションには自己へだけでなく,他者へ,そして他者からの3つの方向性を想定することが出来るとしている。そのため心理支援でコンパッションを扱うときには,クライエントがコンパッションを自分に向けることについて,誰かに向けることについて,そして自分が向けられた時に受け取ることについて,それぞれ話し合っていくことが重要となる。「セルフ」だけでは片手落ちになることが多いし,「セルフ」にこだわる必要は少なくとも臨床上は全くない。

3.「セルフ」ケアとマインドフルネスの流行

個人的には「セルフ」があまりに強調される風潮には疑問を持っている。コンパッションが(少し)流行る前にマインドフルネスの大流行があったわけだが,以降,マインドフルネスという心理的概念は商品化され,高い値札がついている。ワークショップへの参加に何万円もかかり,それを何回か繰り返すことで資格を手に入れることが出来る。資格を手に入れればワークショップを堂々と開催出来る。お金になるので専門家も企業も,商品価値を高めるための宣伝をSNSなどで大々的に行う。屋根瓦式にワークショップを行っていくことで経済規模は大きくなっていくが,おそらくそれと並行して訓練の質は落ちていく。

もう一つ厄介なことは,札束が積みあがっていく過程で「自分のことは自分でケアしよう」という潜在的なメッセージが繰り返し提示されてしまうことである。これは例え売る側にそのつもりはなかったとしても,勝手に付随してしまう問題であり,社会の問題を個人の問題へと置き換えてしまう危険性をはらんでいる。池埜(2021)がマインドフルネスについて指摘しているように,セルフケアの流行は,「資本主義,さらには新自由主義(neoliberalism)の社会的風潮に伴う格差や分断を容認するような言説に加担してしまっている」可能性を無視してはならない。

4.コンパッションは効果があるのか?

こうしたリスクを踏まえても,コンパッションに着目して支援を行う必要はあるのだろうか?

カービーKirby(2017)はコンパッションに焦点を当てた介入が人生への満足度を向上させ,心理的苦痛を緩和することを複数の研究から示している。コンパッションに焦点を当てた心理療法の代表格であるコンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)も,セルフ・コンパッションなどのポジティブな指標を改善させ,うつ症状などのネガティブな指標を緩和することが示されている(Millard et al., 2023; Petrocchi, 2024)。日本でも難治性うつ病に対する集団コンパッション・フォーカスト・セラピーの効果がランダム化比較試験を用いて示されており(Asano et al., 2022),日本文化においても適用可能な介入である。これらはいずれも「対人的傷つき」をアウトカム指標とした報告ではないが,対人関係によって報じた心理的傷つきを改善すると考えて,差し支えないだろう。

5.対人関係の傷つきの臨床心理学上の定義

さてこの記事のもう一つのテーマである対人関係の傷つきについてであるが,そもそも臨床心理学的に,対人関係の傷つきとはどんなものを指すのだろうか。鈴木・小塩(2002)は「他者からネガティブな評価を受けた際に容易に落ち込み精神的健康を害しやすい傾向」を対人的傷つきやすさと定義している。類似の概念では,対人ストレスという言葉も近いかもしれない。高橋(2012)は対人ストレッサーを回答してもらう際に,「対人関係で悩んだり困ったりしたこと」を回答してもらっている。いくつかの文献をあたってみても,対人関係の傷つきの共通した定義は無さそうである。定義がないということは,傷つきを「対人関係の傷つき」という切り口で切り取る臨床心理学的な意義はほとんどないのかもしれない。

6.若者の傷つきとメンタルヘルス

次に若者の傷つきをメンタルヘルスというレンズを通してみてみよう。日本生産性本部(2023)は企業を対象に,「「心の病」はどの年齢層で最も多いですか」と問う調査を行っているが,10代から20代という回答をした会社の割合が全年代の中で最多となり,その割合も過去最高となっている。パーソル総合研究所(2024)においてもメンタルヘルス不調の割合が最も高いのは20代であると報告されている。しかしこれらの調査ではその原因が対人関係であるかは定かではなく,若者のメンタルヘルスの悪化が対人関係に起因するかは分からない。

7.若者はセルフ・コンパッションを高めて強くなるべきか?

以降は筆者の専門であるコンパッション・フォーカスト・セラピーを中心に取り上げて述べていきたい。多くのセルフ・コンパッションに関する介入プログラムではセルフ・コンパッションを高めることに力点が置かれ,「セルフ・コンパッションを高めて○○を改善!」といった宣伝がされる。この流れに乗って,セルフ・コンパッションを高めて「対人的傷つきに強くなろう!」という趣旨の文章としたいところだが,そんな主張は何も言っていないのに等しいだけでなく,まさに自己責任論への加担となってしまう。そこで本稿ではそもそもコンパッションとはどんなものなのか,という点から再考したい。

8.コンパッションは誰もが持っているはずの心理的機能である

「CFTでは,コンパッションは人が本来持っている適応的な心理的機能であると考えられている(浅野,2025)。これは先述のGilbert et al.(2017)の定義にも合致しており,コンパッションが特別なものではなく,生存に必要な基本的な機能であることを示唆している。より簡略化して言ってしまえば,コンパッションとは,痛みに気づいて(認めて)手当てする心理的機能である。転んでひざを擦りむいた時に絆創膏を貼ったり,歯が痛いときには医者に行く時と同じ心理的機能が働いているのだ。何か特別なことではないし,生きていくための基本的な動機づけであり,行動であるといえる。

9.コンパッションを阻害する「コンパッションへの恐れ」

このように,コンパッションは本来,人間が持っている適応的な心理的機能である。しかし,この機能が適切に働かないことがある。その要因の一つがコンパッションへの恐れである。コンパッションが低い状態というのは,自分自身や他者の痛みに気づけなかったり認められない状態,もしくは痛みに気づいていたとしても対処をしない状態であると言える。なぜそんなことが起こるのか? CFTでは過去の学習によってコンパッションが阻害されると考えるが,その時に生じている感覚をFears of Compassion(コンパッションへの恐れ)と呼ぶ。

10.「コンパッションへの恐れ」とメンタルヘルス

コンパッションへの恐れもコンパッションと同様に,自己へ,他者へ,他者からの3つの方向性を想定している。自分を思いやると何か良くない気がする,誰かに優しくすると利用されてしまうのではないか,誰かに助けてもらうことはみっともない,といった思考や感覚である(Asano et al., 2017)。若者が対人的に傷つきやすくなっているとしたら(根拠はあるのだろうか?),コンパッションへの恐れが高まっている可能性がある。

11.「コンパッションへの恐れ」は逆境体験と関連している

パーソナリティ障害を持つ患者群への調査を行ったネイスミスNaismith et al.(2019)によれば,コンパッションへの恐れは幼少期のトラウマや非承認的な養育環境と関連することが分かっている。アルスランArslan et al.(2025)も小児逆境体験とセルフ・コンパッションが関連することを示している。筆者らの研究チームが行った未発表の介入研究のデータからも,うつ病あるいは不安症患者から報告された小児逆境体験の数とコンパッションへの恐れが関連していた。

このことから,セルフ・コンパッションが低かったり,自分を思いやることへの苦手意識(コンパッションへの恐れ)を持っている個人がいた場合,その背景には逆境体験やトラウマが存在していることが予想される。

12.対人関係の傷つきをコンパッションでケアする

対人関係の傷つきはコンパッションへの恐れを高めることで,セルフ・コンパッションを抑制してしまうだろう。この時,CFTの考えに基づけば,まずはコンパッションへの恐れを緩和するという段階が必要となる。その際に支援者が第一に求められることは,コンパッションのある関係性を築くことである(コルツら,2021)。被支援者の体験を尊重し,承認し,共感する。被支援者は,支援者とのコンパッションのある関係性を通して,自分自身の傷つきとそれに伴う感情を認め,受け入れられるようになる。言い換えれば,痛みに気づき認められるようになる。その後にようやく,自分自身を助けるための行動をとれることになる。

13.心理士は若者に何をすべきか

このように考えてみると,若者に対して「ストレスに強くなれ」,「最強の心を手に入れろ」と煽り,セルフ・コンパッションを高めるための働きかけを強いることは傷つきの否認になりかねない。そうではなく,まずすべきは,現代社会の中に存在している困難が若者を傷つけている可能性を認めることである。社会によってもたらされた対人関係の傷つきが,若者にダメージを与えているのだ。若者を強くする前に,不要な傷つきを無くす努力をすべきだ。

経済状況や労働条件は悪化の一途をたどり,物価高と実質賃金の低下は若者に社会経済的なダメージを与え続けている。加えて数年前には,臨床心理士によるセクシャルハラスメントの問題も露呈したし,大企業が性加害を助長するような対応をとっていたことが報じられている。これらは臨床心理学的に見ても放置できない問題であるはずだ。

このような状況下で,SNSの使い過ぎだ,コンビニエンスな人間関係だなどとのたまうことはアンフェアなように思う。まず必要なことは,世にあふれる不条理な傷つきが少しでも減るように努めるべきだし,不運にも傷つけてしまった場合にはその傷つきを尊重することことが最低限の礼儀だろう。

どれだけ問題が複雑に見えても,まずすべきことはシンプルなはずだ。傷つきを認め,手当てをすることに尽きる。そしてそのシンプルな姿勢こそがコンパッションの目指すところとなる。

文  献
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  • 浅野憲一(2025)安心感をはぐくむ心の手当ての練習帳―自己批判に対するCFT(コンパッション・フォーカスト・セラピー)プログラム.岩崎学術出版社.
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  • パーソル総合研究所(2024)若手社員のメンタルヘルス実態調査.https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/young-mental-health.html
  • Petrocchi, N., Ottaviani, C., Cheli, S. et al.(2024)The impact of compassion-focused therapy on positive and negative mental health outcomes: Results of a series of meta-analyses. Clinical Psychology: Science and Practice, 31(2); 230.
  • 鈴木英一郎・小塩真司(2002)対人的傷つきやすさ尺度作成の試み:信頼性・妥当性の検討.In:日本教育心理学会総会発表論文集 第44回総会発表論文集.一般社団法人 日本教育心理学会.p.278.
  • 高橋幸子(2013)対人ストレスを身近な他者に相談する過程の検討.カウンセリング研究,46(1); 1-10.
+ 記事

浅野 憲一(あさの・けんいち)
筑波大学人間系心理学域
臨床心理士,公認心理師,認知行動療法スーパーバイザー
著書:『安心感をはぐくむ心の手当ての練習帳─自己批判に対するCFT(コンパッション・フォーカスト・セラピー)プログラム』(岩崎学術出版社,2025)
訳本:『体験的コンパッション・フォーカスト・セラピー:〈実践から内省への自己プログラム〉ワークブック』(監訳,岩崎学術出版社,2021)

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