【特集 人間関係と若者のメンタルヘルス──親密な関係における課題と支援】#02 セクシャルマイノリティのメンタルヘルス問題と支援|葛西真記子

葛西真記子鳴門教育大学
シンリンラボ 第26号(2025年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.26 (2025, May)

1.なぜセクシュアルマイノリティのメンタルヘルス問題なのか

セクシュアルマイノリティ当事者の方々のメンタルヘルスについてこれまで,筆者を含め多くの人々が様々な紙面で執筆してきたし,講演や研修も行ってきた。その目的は私の場合は,ひとえにできるだけ多くの人にセクシュアルマイノリティについて知ってもらいたかったからである。なぜ知ってもらいたかったのか。それは,社会の常識や価値観がセクシュアルマジョリティ(異性愛者で自身の性別に違和感を持っていない人)を中心に作られており,セクシュアルマジョリティしか存在していないようなものになっているからであり,またセクシュアルマイノリティは変わっている,普通ではないというような捉え方をされているからである。その時は(今は違うと信じたい),多くの人は,セクシュアルマイノリティ当事者は,自分の周りに存在しているという意識はなく,どこか遠くの人の話と思っているようであった。そんな多くの人に知ってもらうためには,知る必要があるという動機を持ってもらう必要があり,そのためには,セクシュアルマイノリティの人々が抱えているメンタルヘルス問題や支援が必要な現状を伝える必要があった。

2.セクシュアルマイノリティの人々が抱えているメンタルヘルス問題

セクシュアルマイノリティの人々が抱える困難やメンタルヘルス問題は,現在の日本に生まれてきたことによって生じているのではないかと思う。まず,自分自身の性別のことや,好きになる人のことが周りの人たちと違うと気づいたときに,当惑するだろう。そしてそれを口にすると,周りから怪訝な顔をされたり,口にしなくても周りの人がそのことについて「おかしいもの」だと表現していたりしているのに触れると,徐々に,「自分は変なのかもしれない」「自分は他の人と違うもかもしれない」と思うようになるだろう。それは周りの多数の人々が異性愛主義(異性愛の人しかいないという考え方)やシスジェンター主義(性別に違和感がないのが当たり前)の考え方だから,自分の方がおかしいのではないかと思ってしまうのである。周りの同性愛者に対する嫌悪感やトランスジェンダーに対する嫌悪感を自分の中に内在化してしまい,自分のことを受け入れられなかったり,自信が持てなかったり,自尊心が低くなったりしてしまうこともある(葛西,2023)。また,このように悩んでいても,悩んでいるのは自分だけだと思ってしまい,誰にも相談できず(日高,2018),孤独感や孤立感を抱いたり(ReBit, 2022),悩みはますます深刻になったりしてしまう。

3.他者との関係の中で生じるメンタルヘルスの問題

セクシュアルマイノリティの人々のメンタルヘルスに影響を与える事案としては,これまでいじめ,差別,からかいなどが指摘されてきた。これらは,学校現場だけでなく,社会にでてからもソジハラ(SOGIハラスメント)と呼ばれ,様々な場面で起こってきた。先にも述べたようにこれらはすべて,多数派の者たちが自分たちと異なるという理由で発生したのではないだろうか。性別に違和感がある者に対しては,シスジェンターと違って,男らしくない,女らしくないという理由でいじめの対象になったり,性別に違和感がなくても,一般的な男性・女性と異なる言動や態度,恰好をしているということでいじめの対象となることもある。そしてこのいじめられる,差別される,からかわれる体験が,さらに別のメンタルヘルスの問題へとつながっていく。

4.セクシュアルマイノリティの人々のメンタルヘルス問題

ここまで述べてきたように,セクシュアルマイノリティの人々がこの社会で生きていく間に,様々な困難を経験することがある。そしてそれが,セクシュアルマイノリティの人々のメンタルヘルスに影響を与える。自分自身のことを受け入れることが難しかったり,周りからのハラスメントを経験したり,相談できる相手がいなかったりすることで,気分の落ち込みや不安などを感じ,それがうつや不安障害につながる可能性がある。日高(2022)は,LGBTQ+当事者のうち,重度のうつや不安障害が疑われる可能性のある人は全体で15.3%,10代に限定すれば25.2%と4人に1人が該当することを報告している。また,全体で10.5%,10 代に限定すると22.9%が自傷行為を経験しており,10代のゲイ・バイセクシュアル男性の自傷行為経験率は,首都圏男子中高生と比較しても2 倍以上である(日高,2018)。

5.セクシュアルマイノリティの人々の被援助志向性

このようにLGBTQ+当事者であることでメンタルヘルスのハイリスクにさらされているのである。ここで強調したいのは,セクシュアルマイノリティだからメンタルヘルス問題があるということではない。いじめやハラスメントを経験していない人もいるし,経験しても周りの心理的サポートや自身の解決力があり,メンタルヘルスの問題とならない人もいる。そのような困難を乗り越えることでレジリエンスが高くなる人もいる(Singhら,2011)。 そして,様々なメンタルヘルスの問題を抱えるセクシュアルマイノリティの人々が心理的支援を求めて,カウンセリングや病院を訪れることもある。「気分の落ち込み・不安・不眠などのメンタル症状」で専門家へ受診した経験があるLGBTQ+の人は41.2%にのぼることが報告されている(日高,2018)。しかし,実際は,医療への受診を躊躇する人も多い。その理由としては,医療現場で「差別をうけるのでないか」と思ったり,「秘密が守られるのか」と危惧したりするからである。トランスジェンダーの方なら,「性別を間違われないか」という心配や,入院する際に「男女どちらの病棟に入れられるか」,「お風呂はどうしようか」など,パートナーがいる方は,「パートナーを家族として認めてもらえるか」という心配もある。少し前のことであるが,病院を受診したトランスジェンダーの方が,受付で大きな声で,戸籍上の名前を呼ばれ(男性名),受付に行くのがとても嫌だったということを聞いたことがある。最近は個人情報保護の観点からも番号でよばれるたりすることも増え,このような状況は減っていると願いたい。

6.セクシュアルマイノリティの人々の医療・心理の専門機関での体験

日高(2018)の研究によると,医療機関の受診歴のあるLGBTQ+当事者のうち,医療スタッフに自分の性的指向や性自認について話した経験のある人は39.3%であった。これは医療現場だけでなく,心理支援の場でも同様である。例えば,私自身のクライエントもこれまで通っていた相談機関では,自身の抱えるセクシュアルマイノリティに関する相談ができなかったと語っていた。それ以外の対人関係の問題やうつの症状について語りながら,カウンセラーの様子を観察していたが,話しても大丈夫だという確信が持てなかったので,話さなかったということである。セクシュアル・マイノリテイのクライエントは目の前のカウンセラーがどれぐらいセクシュアリティについて理解を示してくれるのかを時間をかけて見定めている(葛西,2017)。齋藤・葛西(2021)の研究では,医療・心理の専門機関の利用のプロセスについて研究しており,まず,専門機関に相談するかどうかの査定(相川,1989)が行われ,コストと利益を考えるとのことである。つまり,かならずコストがある前提で,それ以上に悩みが深刻であったり,重症であったりする場合に,相談に至る。次に,相談時に,受容される体験をした者と,不満・不安が残る体験をした者,専門家との相性に問題があった者に分けられ,当然受容される体験をした者以外は,その後の相談が減少する。

7.医療・心理支援の専門機関がすべきこと

支援する側としては,まず,セクシュアルマイノリティの人々に,安全であり,安心してきてもらえる環境を整えることが必要である。たとえば,①支援機関に勤める者すべてが,セクシュアルマイノリティについての理解を深めるために研鑽を積む,②自身の言動がハラスメントを引き起こす可能性がないように職場内で互いにチェックする,③支援機関の倫理ガイドラインに性的指向・性自認による差別等がないように明記する,④職場内の環境に多様性を含める(掲示物,書類,トイレ,更衣室など)などが挙げられる。

次に,セクシュアルマイノリティのクライエントが来談した場合に,安心して相談ができるように,受付,インテーク,カウンセリング,コンサルテーションなどすべてのプロセスで目の前のクライエントはセクシュアルマイノリティ当事者かもしれないということを意識しておく必要がある。セクシュアルマイノリティの人々を専門に支援をしている機関であれば,そこに関わっている人は常にその意識があるだろう。しかし,そうではない相談機関の場合は,クライエントが例えば「私は同性愛者です」と自己開示しない限り,異性愛者で,シスジェンダーの多数派の人だと思い込んでいることがほとんどである。しかし,前述したとおり,相談機関にかかっても自己開示しなかった者も多数いるので,知らないまま十分な支援が提供できなかったこともあるだろう。支援の専門家にはクライエントのセクシュアリティを決めつけない態度が求められる。

8.同性愛者や両性愛者が心理支援を必要とする悩み

性的指向に関するセクシュアルマイノリティの人々にとって心理支援が必要となる悩みは,その発達段階によって異なる。『心理支援者のためのLGBTQ+ハンドブック』(葛西,2023)の中に発達段階別に詳細に説明しているが,ここでは,どのような悩みが思春期にあるかを紹介する。まずは,自分自身の同性に対する気持ちの気づきとそれに関連する感情である。児童期から少しずつ気づき始めるが,思春期になるとそれが確信になり,同時にそれは,人に知られてはいけないこと,知られたらいじめられるのはないか,などいろいろな不安が生じてくる。二つ目はカミングアウトに関することである。同性に対する気持ちに気づいてから,その気持ちを誰かに話したいが,受け入れてもらえるかどうかわからない。また誰に言ったらいいのか,どう言ったらいいのかわからないという悩みである。親友に本当のことを言いたい,好きになった相手に告白したいという気持ちから,自分ではどうしようもなくなった気持ちを誰かに相談したいというものまで様々なカミングアウトがある。

9.性別違和感のある者が心理支援を必要とする悩み

性別違和感のある者への心理支援についても発達段階ごとに悩みの内容が異なる。特に違和感に気づき始めるころ(たいていの場合児童期である)の対応は,とても重要である。自分が男性である,あるいは女性であるということに,なんとなく,そして少しずつ,違和感を抱き始めるころは,支援者はすぐにそれを「トランスジェンダー」や「性別違和」と決めつけずに,本人の違和感がどのようなものなのかについて丁寧に,一緒に考えていくことが重要である。何に対する違和感なのか,男女という性別をどのように捉えているのか,自分の体についてどう思っているのか,ということについて安全な場で話し合っていく。支援者は,周りの大人(親や教師)からの「はっきりさせてたい」というプレッシャーを感じるかもしれないが,本人自身もまだわからない,模索している状態であることも多く,性急に結論をだすことはできないと伝えることが大切である。その後,本人の中でより性別違和感がはっきりしてくると,支援者は,本人がどうなりたいかということや,体の治療のことについて一緒に考えていくことができる。

10.おわりに

セクシャルマイノリティのメンタルヘルス問題と支援について述べてきたが,セクシュアルマイノリティの方々が抱える困難や支援が必要なメンタルヘルスの問題は,セクシュアルマイノリティの人々のメンタルヘルスが問題なのではなく,セクシュアルマジョリティの人々や今の社会が作り出しているのである。そして,現在,多くの人がセクシュアルマイノリティやLGBTQ+について知るようになり,受け入れられるようになってきた(と信じたい)。社会が性の多様性を受け入れるようになれば,セクシュアルマイノリティの人々はメンタルヘルスの問題を抱えることもなくなる。そのような社会になることを願っている。

文  献
  • 日高康晴(2018)LGBTs のいじめ被害・不登校・自傷行為の経験率 全国インターネット調査の結果から. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000031.000047512.html
  • 日高康晴(2022)第3回 LGBTQ当事者の意識調査(ライフネット生命委託調査).
  • 葛西真記子(2023)心理支援者のためのLGBTQ+対応ハンドブック.誠信書房.
  • 認定NPO法人 ReBit(2022)LGBTQ子ども・若者調査2022.https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000031.000047512.html
  • 齋藤諒子・葛西真記子(2021)セクシュアル・マイノリティを自認している人の援助要請行動に影響を与える要因−医療・心理の専門機関等の利用に着目したインタビュー調査.日本心理臨床学会第40回大会(お茶の水女子大学Web大会).
  • Singh, A.A., Hays, D.G. & Watson, L.(2011)Strategies in the face of adversity: Resilience strategies of transgender individuals. Journal of Counseling & Development, 89; 20-27.
+ 記事

葛西 真記子(かさい・まきこ)
所属:鳴門教育大学
資格:臨床心理士・公認心理師・精神分析的自己心理学協会認定心理療法家

主な著書:『心理支援者のためのLGBTQ+ハンドブック』(誠信書房,2023),『LGBTQ+の児童・生徒・学生への支援』(誠信書房,2019),『Sexual orientation and gender indetity and schooling』(Oxford University Press,2016),『SOGI minority and school life in asian contexts』(Routledge,2023)
趣味:推し活

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