田中恒彦(新潟大学)
シンリンラボ 第26号(2025年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.26 (2025, May)
若者のメンタルヘルス問題は重要なテーマとして取り扱われてきたものの,明確な改善が認められたというエビデンスは見られていません。社会構造の変化とともに問題は複雑化してきており,社会全体でその対策が求められています。本特集では,現代の若者を取り巻くメンタルヘルスの問題に影響を与える要因として人間関係に着目し,特に「親密な関係」における困難とその支援について多角的に考察することで,若者のメンタルヘルス支援に新たな視点を提供することを目的とします。
現代社会において,若者にとって「重要な他者」を持つことは,かつてないほど困難になっていると言えるのではないでしょうか。恋愛や対人交流を避ける若者が増え,人との関わりを「面倒くさいもの」と捉える傾向も顕著になっています。それを助長するツールとしてSNSによる交流が大きな影響力をもち,コンビニエンスな人間関係が好まれることとなっています。また,多様性の尊重が叫ばれる一方で,セクシャルマイノリティなど,属性の異なる人々との積極的な交流は依然としてハードルが高い現状があります。
それらの障壁を乗り越えて親密な関係が築けたとしても,それで良いというわけではありません。親密な関係の中でも(あるいは中であるからこそ)人間関係の問題は引き起こります。そこで生じる問題は見えづらく,必要な支援に繋がりづらいという課題も存在します。デートDV,ジェンダーにまつわるトラブル,親密な人からの裏切りなどは,被害者が声を上げにくく,周囲も介入しにくいという特徴があります。
こうした状況を踏まえ,本特集では,親密な関係の中で起こりうる様々な問題を明らかにし,それぞれの課題に対する具体的な支援策を紹介していきます。
具体的な内容:
#01 デートDVの理解と支援(被害予防とバイスタンダー支援):田中恒彦(新潟大学)
- デートDVの定義,発生メカニズム,被害の実態を解説
- 被害予防のための教育プログラム,周囲の人々が適切に介入するためのバイスタンダー支援プログラムの紹介
#02 セクシャルマイノリティのメンタルヘルス問題と支援:葛西真紀子氏(鳴門教育大学)
- セクシャルマイノリティの若者が抱える特有の悩み,メンタルヘルス課題を解説
- カミングアウトに関する葛藤,差別・偏見による精神的苦痛,家族・友人関係の課題などを具体的に紹介
- アライとしての支援,相談機関,自助グループなどの情報提供
#03 対人関係の傷付きとコンパッション:浅野憲一氏(筑波大学)
- 親密な関係における傷つき,裏切り体験が心に与える影響を分析
- トラウマ,自己肯定感の低下など,関連する心理的課題を解説
- 自己と他者への共感,「コンパッション」に基づいた心の回復,成長を促す支援アプローチを紹介
#04 パートナー関係を支える方法としてのカップル療法:三田村 仰氏(立命館大学)
- パートナー間のコミュニケーション不全,葛藤,危機などの問題を取り上げる
- カップル療法の理論,技法,効果を具体的に解説
- 関係修復,相互理解,良好な関係構築のための具体的な方法を提示
#05 関係性の問題への支援としてのコミュニティアプローチ:酒井 渉氏(函館工業高等専門学校)
- 個人レベルの支援だけでなく,地域社会全体で若者を見守るコミュニティアプローチの重要性を提唱
- スクールカウンセリングや学生相談におけるサポート体制の構築,ピアサポートの活用などについて解説
- 孤立を防ぎ,互いに支え合う関係性を育むためのコミュニティ作り
#06 親密性とアタッチメント:工藤晋平氏(名古屋大学)
- 近年のアタッチメント理論においては,アタッチメント行動と友人やパートナーなどとの関連について研究の蓄積が見られる。
- 親密な他者との関係性についてアタッチメント理論から解説
本特集を通して,読者は若者のメンタルヘルス問題における「親密な関係性」の重要性を認識し,様々な問題の理解を深めることができます。また,支援者や教育関係者にとっては,具体的な支援方法や予防策を学ぶ貴重な機会となり,若者を取り巻く社会全体の意識改革にも貢献することが期待されます。
田中 恒彦(たなか・つねひこ)
・所属:新潟大学 認知療法研究所
・資格:公認心理師・臨床心理士・専門行動療法士・認知行動療法スーパーバイザー®・認知行動療法師®
・主な著書:『代替行動の臨床実践ガイド』(編著,2022,北大路書房),『エビデンスに基づく 認知行動療法スーパービジョンマニュアル』(分担翻訳,2022,北大路書房)
・趣味 スキー