鈴木エイト(ジャーナリスト・作家)
シンリンラボ 第25号(2025年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.25 (2025, Apr.)
1.はじめに
私は文筆業を生業としており,ジャーナリストや作家として言論活動を行っている。時系列に沿って私のカルト問題への取り組みを紹介しながら,2世をめぐる報道や問題の核心,臨床心理との関連についても言及していきたい。
2. カルト勧誘の手段に使われた「カウンセラー」
これまで様々な社会問題について記してきたが,この道に進む最初のきっかけは2002年に遭遇したある出来事だった。東京,渋谷の街頭で正体と目的を隠した統一教会(世界平和統一家庭連合)による偽装勧誘の現場に遭遇し,阻止したことに始まる。
当時,統一教会は正体を隠した伝道のため偽装勧誘員として青年信者たちを動員し組織的に「手相の勉強をしています」「意識調査アンケートにご協力ください」などと声を掛けさせていた。巧妙に相手の個人情報を訊き出し,信者が扮するニセ鑑定師による姓名鑑定などに繋げ,教化施設であるビデオセンターへ誘導するという手口だった。
街頭における偽装勧誘時の声掛けのなかには,こんな手口もあった。
「カウンセリングの勉強をしています」
「カウンセラーの勉強をしています」
3.ニセカウンセラーを論破
もちろんこれは真っ赤な嘘であり,勧誘員たちにはカウンセリングに関する知識は皆無である。そんな偽装勧誘員の正体と嘘を暴くために,私はカウンセリングの基礎知識を調べた。最低限の知識ではあるが,その上で勧誘員へこう問い質した。
「カウンセリングを学んでいるのだったら,もちろんカール・ランソン・ロジャースのことは知っているよね?」
勧誘員は勧誘対象者の前で嘘を暴かれたくないため「知ってます」と即答する。そこで,矢継ぎ早に次の質問を当てる。
「では彼の療法は何療法と言われている?」
「ロジャースは何的カウンセリング?」
すると勧誘員たちは,答えることができずその段階で嘘を吐いていたとしぶしぶ認めた。
ロジャースの「来談者中心療法」や「非指示的カウンセリング」は,カウンセリングを学ぶ者なら誰でも知っているはずの基本的な事項である。
こうして,勧誘員たちが何の知識もなく,もっともらしい理由で詐欺行為を行う入口でカルトの勧誘を阻止してきた。
他にも,「カラーセラピーの勉強をしています」といった勧誘手法もあった。一見,それらしい言葉で相手を騙していくのが,統一教会の手口だ。
首尾よく勧誘対象者をビデオセンターへ誘導できたら,あとはマニュアルにしたがって,ツーデイズ合宿,ライフトレーニング,フォーデイズセミナー合宿へ誘導し,2か月のスパンで思考の枠組みを変容させ,統一教会の信仰を受け入れる従順な信者を生産していく。以後も新生トレーニング,実践トレーニングといった教育プログラムを施しながらマインド・コントロールを強化,維持していくという流れだ。
4.カルトの2世問題噴出への懸念
1)「祝福2世」の増加と2世問題の噴出
街頭での偽装勧誘員グループのなかに2世信者,とくに両親が教団の合同結婚式を受けた祝福カップルから生まれた「祝福2世」が急増したのが,2010年代中ごろだった。
気になったのが「2世問題」だ。カルトのセカンドジェネレーション(2世)は婚姻の自由や進学の自由が制限されたり,日常生活においてもタブー(禁忌)が多く,自由な意思決定自体を抑圧されるという人権侵害を受けている。高額献金による貧困やネグレクトといった虐待など組織的な構造のなかで,生まれた境遇や置かれた環境に葛藤を抱き思い悩む2世の存在は「カルトの2世問題」として従来からカルト問題に取り組む識者の間で指摘されていた。
統一教会が社会問題となった1970年代以降のトピックは霊感商法が主だったが,有名芸能人の参加で大騒動となり連日のようにテレビ各局のワイドショーで報じられたのが1992年の合同結婚式騒動である。この時は3万組の信者が韓国ソウルで合同結婚式を受けた。そして1995年には36万組が参加する合同結婚式も開かれた。日本からも相当数の信者が渡韓している。統一教会でマッチングされたカップルは数年の時期をおいて,「家庭出発」という同居生活が始めるのだが,これらの祝福家庭に生まれた「原罪のない祝福2世」が思春期や成人を迎える2010年代に2世問題 が噴出すると見ていた。
2)日本脱カルト協会の取り組み
破壊的カルトの諸問題の研究を行う日本脱カルト協会(JSCPR)は私も理事として関わっているが,2世問題の噴出に備え,内外に向けたシンポジウムなども開いてきた。だが,確実に増加するであろう2世からの相談に対する体制づくりなどは,現場任せだった。また,相談を受ける一般の心理職や相談員にカルト問題の知識がない状態を根本的に解決できないまま,一部の人が手弁当で対応してきた。日本脱カルト協会は相談機関ではないが,多くのカウンセラーや相談にあたる宗教者などもメンバーとなっている。2世からの相談件数が爆発的に増えるのではないかと予想されていたが,なかなか実効性のある支援体制は構築できなかった。一部のプロテスタント系の牧師が個人的に相談に乗り,フィードバックするなどしていたが,2世の窮状にどう対応するかといったことがシステム化できていなかった。
5.2世問題の周知への取り組み
1) トークイベント開催
2017年以降は,統一教会やエホバの証人の2世の集まりを取材し,多くの2世の声を聞いた。そして,やはりカルトの2世問題を周知する必要があると思い,2世問題のトークイベントをトークライブハウス「ネイキッドロフト」の担当者とともに企画し開催した。その際のトークイベントの名称は「宗教2世,全員集合!」だった。
おそらくこのときが「宗教2世」という言葉が使われた最初だったと思う。宗教系のカルト団体の2世を中心に様々な団体の2世に集まってもらってトークを展開し,各カルト団体に共通する問題点を可視化していこうという取り組みである。
2)一般誌への寄稿
この時期,私は2世問題を一般誌に寄稿している。「AERA」の2018年6月11日増大号の「時代を読む」ページに「『私は親の付属品だった』エホバの証人,旧統一教会 新宗教元2世信者たちの告白」を寄稿。この記事はAERA, dotに「新宗教団体2世信者たちの葛藤 オフ会が居場所,難民化の懸念も」として転載されている。また,同じく朝日新聞出版の「一冊の本」の2019年1月号にはスピリチュアル2世の論考記事「神格化する胎内記憶少女,繰り返す『感動ポルノ』と商業利用されるスピリチュアル2世」が掲載された。
カルトの2世問題を宗教系に限らず,広い視点で捉え,社会に周知していければという狙いもあった。
3)公開講座(シンポジウム)開催
日本脱カルト協会が2019年8月に開いた公開講座『子どもの虐待と家族・集団の構図』を企画しモデレーターを務めた。公開講座のテーマは「外部からは見えにくい集団や家族内での虐待。その背景に何があるのか。私たちはどのように連携すべきなのか。具体的な対応や支援の方法を探る」とした。カルトの2世問題の核心を明示化することに努めた。
6.当事者の発信とメディアの問題
1)当事者の発信とNHKの配慮
統一教会を脱会した2世がTwitterで発信を始めたり,ウェブサイト「宗教2世ホットライン」を開設するなど,当事者発の動きもみられた。
2018年,NHKがカルトの2世問題に興味を持ち取材を始めたものの,途中から「カルト2世」ではなく「宗教2世」という言葉に変わった。これは当事者である2世が自分のいた団体を「カルト」という否定的なイメージで呼ばれたくないということや2世への差別的なニュアンスを与えかねないという当事者の主張への配慮からだった。だが「カルトの2世問題」を「宗教2世」と言い換えてしまうことの問題点についてはスルーされており,私はその弊害の方が大きいと考えていた。単なる宗教団体内の信仰継承の問題と,重大な人権侵害を伴うカルト問題はその深刻さが全く違うからだ。
2)組織の問題があやふやに
もとはと言えば「宗教2世」という言葉を使い出したのは私なのだが,そのワードによって,単なる一部の宗教団体のなかの問題として矮小化されてしまいかねない,問題の実相が伝わらないのではないかとの懸念を持った。
結局,翌2019年にNHKは「宗教2世」をテーマにした番組を放送した。カルト集団による人権侵害が問題の本質にもかかわらず,親子の問題として捉えられ,カルト問題の枠組みのなかで考える問題が単なる宗教の問題に誤解されかねない内容だった。
3)ウェブメディアへの寄稿
そこで,一連の問題を扶桑社のウェブメディアである「ハーバービジネスオンライン」に『カルト2世問題を“宗教”に一般化する危うさ』とのタイトルで寄稿した。
当事者への配慮は必要だが,そのことによって問題の本質が正しく伝わらわなくなってしまうことは,最も避けなければならない。カルトの2世問題を「宗教2世」に一般化してしまうことの弊害を発信していくことは「宗教2世」というワードを世に出した当人としての責務でもある。
7.元首相銃撃事件の背景にセカンドジェネレーションの問題
そして2022年7月8日,安倍晋三元首相銃撃事件が起こる。事件の背景にカルトの2世の問題,つまりセカンドジェネレーションの問題があることが報じられた。深刻なカルト被害とセカンドジェネレーショの問題があることが可視化され,「宗教2世」問題として流布した。
前述の通り,「宗教2世」との呼称は,問題が一部の宗教団体の内部でのみ起こっているかのような印象を与えてしまう。一部の問題ある宗教団体に限らず,様々なところに2世問題があるのだが,問題の本質をどう伝えていけばよいのかというジレンマに直面した。
「宗教2世」という言葉で問題の周知は進んだが,問題の深度は理解されなかったと感じる。私は敢えて「カルトの2世問題」として発信してきたが,深刻な人権侵害が起こっているという事象をどう表現するかは,課題となったままだ。
8.「宗教2世」呼称の弊害が顕在化
2022年以降,統一教会や他のカルトを脱会した2世たちによる真摯な告発などによって法整備が進み,厚労省も「宗教的虐待」のガイドラインを児童相談所に通知した。一定の進展は見られたが,法整備によってあたかも問題が解決済みであるような印象も社会には与えてしまった。
2世問題をコンテンツとして消費するかのような,危惧された動きもあった。これは一時の注目が過ぎたあとは関心を持たれにくくなっていることに繋がる。2世問題の報道の数も時間も減った。大手メディアでは2世問題の専従的な記者は人員を減らされ,問題意識を持つ記者個人の意欲の継続によって2世問題の記事が時折り掲載される程度だ。
2世問題は継続性のある事象にもかかわらず,一時のコンテンツとして消費され,そのまま継続性がなく報じなくなったメディアもあった。
これはやはり「宗教2世」というワードの弊害が出ていると感じる。「セカンドジェネレーションの問題」としてあらゆるところに潜む2世の問題として,周知すべきだった。
9.「当事者性」ゆえのトラブルも
また2世当事者発の活動についても触れておこう。多くの当事者団体が結成され,それぞれ真摯な活動を続けてはいるが,内部でのトラブルなどもあり,当初の目的を果たせているかといえば,道半ばといったところだ。もちろん継続して続けていくことが何より重要であり,社会の側からの関心も引き続き持ってもらいたいと思う。
また,これは当事者による活動の難しさを示しているともいえる。当事者と支援者の関係性,2世同士の関係性など2世問題はデリケートなだけに細心の注意が必要とされる。
各2世団体では,活動資金をクラウドファンディングで調達する動きもみられたが,金銭が絡むと意見の相違なども表面化する傾向があり,各団体がその後,決して順調に運営されているとはいえない状況と聞いている。運営方法や費用の使い道などで揉め,人間関係が悪化するケースも聞く。
こういった傾向は市民団体や当事者団体にはありがちなことではあるが,2世という立場で人権侵害を受けてきたうえに,仲間とのトラブルに直面するのは精神的にもキツイだろうと思う。
10.法的な救済は2世にそぐわない?
また,法的な救済については2世問題が法廷闘争に向かないということを予てから指摘してきた。2世が誰を訴えるのか? 親なのか? 団体なのか? 明確な被害とその損害賠償という枠組みが2世問題では困難だった。だが,最近では全国統一教会被害弁護団の集団調停に2世の被害者が参加し賠償を求めるなどしており,2世問題の民事上の損害の算定基準も明確化されていくだろう。
11.おわりに:如何にして2世を護っていくのか
1)報道の在り方と誹謗中傷対策
私が継続して指摘してきたのは,2世問題において当事者を前面に立てる報道の是非だ。セクト・カルト規制対策の先進国であるフランスでの事情に詳しい識者によると,フランスではこうした事案では被害者を前面に立てた報道姿勢を採らないという。
当事者が直接リスクを冒して告発しなくても,周辺事情や先だって取材をしている人に訊くなどして報道の構成は可能なであり,問題の沿革を浮かび上がらせることはできるはずである。だが,どうしても直接独自に取材してその映像や素材を出すというセオリーによって報じられるケースがばかりだった。その結果,勇気ある告発者がカルト側からの誹謗中傷などの悪質な攻撃に遭い,声を挙げられなくなっているのが現状である。
2)実効的な支援の在り方
実際の救済の前段階となる緊急避難先も必要だ。これまでは既存の民間の取り組み,例えば若い女性の支援を行う仁藤夢乃氏が主宰するColaboなどが結果として,カルトの2世の女性たちの緊急避難先として機能してきた側面もある。民間ではなくやはり公的な支援が必要だ。もちろん,他の社会問題との共通項もあれば,差異もある。入口が2世問題であれ他の社会問題や家庭の問題であれ,出口は共通して「貧困」だったりする。社会福祉士等と連携しながら差し迫った問題の解決を図り,根本にある問題をじっくり心理職の力を得て解いていくという両輪の取り組みが必要だ。
社会が一貫して2世を含め,社会的な弱者をどう護っていくのかが問われている。そこには実際の支援のほか,精神的なケアも必要だ。多様な問題には多様な専門家の連携が必要である。
3)日弁連の提言
日本弁護士連盟(日弁連)は2023年11月に「カルト問題に対して継続的に取り組む組織等を創設することを求める提言」を出している。このような組織のなかに2世の問題を包括的扱う部署を設け,様々なケアや支援を行っていく必要がある。
継続的な当事者支援,当事者の活動の支援,相談体制の確立,法的な保護,課題は山積している。
鈴木エイト(すずき・えいと)
ジャーナリスト・作家
主な著書:『統一教会との格闘、22年』(角川新書/KADOKAWA,2025年3月10日発売),『「山上徹也」とは何者だったのか』(講談社+α新書),『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』『自民党の統一教会汚染2山上徹也からの伝言』(小学館)
編著:『だから知ってほしい「宗教2世」問題』(筑摩書房),『カルト・オカルト 忍びよるトンデモの正体』(あけび書房)
共著:『自民党の正体 亡国と欺瞞の伏魔殿』(宝島社),『「忖度」なきジャーナリズムを考える』(早稲田大学出版),『現代ニッポンの大問題 メディア、カルト、人権、経済』(あけび書房),『自民党という絶望』(宝島社新書),『統一教会 何が問題なのか 文藝春秋編』(文春新書),『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書),『日本を壊した安倍政権』(扶桑社)
監修:『カルト問題啓発DVDカルト ~すぐそばにある危機!~』(日本脱カルト協会)
趣味:自転車とサッカー