A(脱会者/匿名)
シンリンラボ 第25号(2025年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.25 (2025, Apr.)
1.はじめに
私と団体との最初の関わりは,大学1年のときであった。私が入学した大学の「学生」と称する人から声をかけられ,団体について何も知らされないまま施設に通わされたが,学業とサークル活動に忙しく次第に遠のいていった。その後,大学を卒業して普通に就職したものの,団体の別の組織から勧誘を受け,この時は信じ込まされ入信注1)してしまい,さらに,献身注2)して伝道注3)や経済注4)などの活動をさせられた。そして入信から数年後,家族の尽力により宗教関係者と話し合うことができ,団体を脱会することとなった。
以下では,脱会者の心理のうち,特に脱会者が抱えやすい心理社会的課題について,私自身の体験(「2.脱会者の実情」)などを述べ,次に様々な団体の脱会者を対象とした先行研究の結果(「3.先行研究より」)をまとめた。
注1)入信:宗教を信仰して信者になること。当時は,教祖を「再臨のイエス」と崇め「真のお父さま」と慕うことが入信の重要な条件とされていた。 注2)献身:自分の身を捧げて尽くすこと。当時,それまでの仕事や趣味,家族や友人の関係など全てを捨てて,団体のため団体の活動に専念するよう指示された。献身した者は団体の専属スタッフとして扱われ,所属先や時期によって違うであろうが,当時は極貧の生活を余儀なくされた。 注3)伝道:教義を広める活動。当時,駅前などで未信者にアンケートと称したり手相を見たりしてアプローチし,団体の施設(とは知らせず)に通わせて教義を教え込んでいた。 注4)経済:当時,団体では資金稼ぎを意味していた。先輩たちは花売りなどをしたと内部で聞かされ,私も募金活動やお茶売り,霊感商法に従事させられた。
2.脱会後の実情
団体を辞めた直後から,「すぐに就職しろ」「結婚しろ」と親から言われ続けたが,私は到底そんな気持ちにならなかった。むしろ何もやる気になれず,なぜ入ってしまったのだろうと後悔したり,多くの人を巻き込んでしまった,どう償ったらいいか,社会的に問題とされる活動に加担して責任は重い,と苦しんだ。精神的に不安定になってしまい,生きていること自体が苦しく,泣き崩れる時間が続いたりした。また,脱会してまもなく,ふと「私は前のままなんだ」と思った。団体に入信したことで悩みが解決したと思っていたが,それらが入信前と同じように降りかかってくる感じがした。入信によって生きる意味を得たつもりになっていたが,その意味を失くしてしまったと感じた。特に,恋愛や結婚についての悩みでは,団体が決めた相手と結婚することは信者として意義があるだけでなく,その結婚を受けることで悩みが解決すると思っていた。しかし脱会に伴い,そうではなくなってしまい,改めて自分がそれらの悩みを引き受けなくてはいけないんだと思わされた。
さらに,脱会してから数か月後,食事のときに「自分は美味しいかわからなくなっている」と気づいた。団体に入る前は,美味しい食事に目がなかった自分だったので,それなのにどうして? と思い振り返ってみたところ,献身した信者生活で,食事は「味ではない,エネルギーを口に入れるだけ」と考え直したことを思い出した。当時,献身者の食事は,朝食ではパン1枚にマーガリンあるいはご飯1膳と漬物くらいであり,献身している数年間,肉類を一度も口にできなかった。嫌いだった納豆も,たまに朝食でゲットできたときは(人数分はなかった),たんぱく質だから嫌いでも口にしないといけないと思い食べるようにした。こうした自分の変化に気づいたおかげで,私は食事のとき「これを美味しいと思っている?」「好きな味?」と,しばらく自問自答を意識して実践し,まもなく美味しさを感じられるように戻れた。
この美味しさは感覚の問題だが,それ以上に認知枠の偏りが見られた。脱会後に仕事を始めてしばらく経った頃,職場の人たちを「敵か味方か」で考えている自分に気づいた。以前の私はそんな発想はなかったので,なぜだろうと思い返したところ,団体では他者,特に団体に反対しているとみられる他者に対して,神側かサタン側かと区別する見方を頻繁にしていた。このことが大きく影響しているのかもしれない,と思えた。団体の教義が,私の認知枠や価値観に影響したままであったと考えられる。
これについては,まず,その人自身ではなく,その人の言動についての思いであって,その人自身だと決めつけてはいけないと理解し直して,その都度に修正するように努めた。同時に,一度の言動で決めつけてはいけないことも肝に銘じた。私が入った団体では,「象徴的」という,1つのことで全てをそのように受け止める考え方があった。その人の言動が一度そうだったから,と象徴的に受け止め決め付けてしまうことは問題だと改めて認識するとともに,当時の自分がそうした考え方を獲得してしまったので修正しなければと思い,意識して直していった。
また,周囲の人から自分を心配してもらったり気遣ってもらったりすると,とても嫌がる傾向があった。自分では気づかなかったが,団体を辞めたあとに知り合った友達から「甘えるのが下手だね」と言われて,はっとした。もともとそうだったかもしれないけど,自分をサポートしようとしてくれる人の手を振り払うほどだったのか,違う気がする,と思った。逆に,ほめられると強く否定する自分もいた。別の友達から「ありがとう,って言えばいいのに」と言われ,そうだよね,と思った。団体に入る前では,どちらかと言えば「私なんて」と思いがちで,ほめられることを受け止められない傾向だったので,これをきっかけに素直に受け止めよう,それを伝えてみようと考え,団体の勧誘を受ける前から持っていた低い自己評価とその反応を,意識して変化させるよう努めた。
これらについては,特に団体の「為に生きる」という生活信条が大きく影響していると思えた。「為に生きる」という生活信条は,団体や教祖,責任者,経済や伝道の対象者のために徹底して尽くすことが善であり,信仰者のあるべき姿であって,徹底した自己犠牲が素晴らしい,というものであった。団体からの教示を徹底して身につけたり実践したりすることが「信仰」であると教わり,私にとって「為に生きる」は,強く揺るがない信条として獲得させられ身につけていたと考えられる。そして,そうした思いや考え方が団体を脱会した後にも影響して,他者からのサポートを必要とするような自分は価値がないと考えて,自尊心あるいは自己肯定感をおとしめやすかったり,ほめられるなどプラスの評価を受け止めにくくなったりしていたと思われる。
このほかに,ある脱会者は,脱会数か月後に「コンビニでプリンを買った!」と喜んで話してくれて,それを聞いた脱会者仲間も「よかったね」と一緒に喜んだことがあった。これは,自分のささやかな個人的欲求を自覚でき,それに合わせて食べたい商品を決定でき,お金を負債感注5)なく自分のために自由に使えることができた,ということを意味する。
注5)負債感:感謝の一種であるものの,相手に返報する義務があると思っている心理状態。団体では,団体の教義や定められた生活習慣に背くことは許されず,特にアベルカイン問題(上司リーダーに背く),アダムエバ問題(恋愛関係を持つ),公金問題(団体の資金を私的に使う)は認められなかった。
3.先行研究より
脱会者に関連した研究は,既に1970年代から欧米を中心に行われ続けており(Singer, 1979;Giambalvo, 1993;Coates, 2010など),特に脱会者が抱える心理社会的課題については,日本でも1990年代より継続的に研究されている。まず西田(1998)は,脱会後の心理社会的課題を5つに分類してまとめた。①情緒的混乱,②思考的混乱,③家族関係の問題,④対人関係の問題,⑤仲間への懸念である。①情緒的混乱とは,空虚感や無気力感,情緒的不安定,自責や後悔,現実逃避,自身の喪失などであり,②思考的混乱とは,意思決定の困難,柔軟性の欠如,カルト思考の残余などである。また,③家族関係の問題としては無配慮や対立など,④対人関係の問題は,人間不信やひきこもり,関係修復の困難,「浦島太郎」状態など,⑤仲間への懸念では苦楽をともにしてきた仲間への心配などをあげた。
また野口・伊藤(2002)は,脱会者の心理社会的課題を①メンタルヘルス,②対人関係,③生活・経済,④教育・職業,⑤人権・宗教の5項目に分類し,それぞれの状況や対策について検討した。①メンタルヘルスの問題では,離脱後のストレス障害(抑うつやフラッシュバック他)が見られること,そのため,一般的な薬物療法やカルト専門のカウンセリングを受けることが望まれること,ピアカウンセリングによる脱会者間のサポートや,カルトから受けた影響について家族の理解を得ることも必要と指摘している。また,②対人関係の問題については,家族や友人から隔離された経験やカルトのなかで指示されたコミュニケーション,あるいは家族でカルトに入信していた経験などにより,対人恐怖・ひきこもりなどの適応障害を引きおこす場合があると指摘した。カルトのメンバーであったことや入信中の生活(職歴や友人関係など)について,他者に説明したり理解を求めたりすることが難しいことも問題となることを取り上げている。③生活・経済の問題については,カルトによって多額の寄付を強制されたり,社会での経済的活動を停止されたりした者にとっては,経済的な支援が不可欠であること,そのため自助グループ等で個人レベルでの支援を行っているところもあるが,脱会後の経済的な保障がないため脱会することができない事例もみられると述べている。④教育・職業の問題では,脱会者には知力や適応力などの低下が見られ,脱会後すぐに復学・復職することは難しいことを取り上げた。そのため,社会復帰のためのリハビリテーション施設や,奨学制度や職業訓練などの各種の支援制度を利用できるようなシステムが必要であると述べている。そして⑤人権・宗教の問題では,地域生活のなかで一般住民との軋轢が生じたり,居住や就学を拒否されたりした場合などは,人権と安全保障の両側面から公的機関の積極的な介入が必要であると述べている。一方で,マインド・コントロールの後遺障害として,社会に監視されている意識などが起こることもあり,脱会者側の同意を得て支援を行っていく配慮が必要であると指摘した。さらに,生活に対する価値観を喪失して,再びカルトに入信してしまうこともあり,宗教教育や聖職者によるカウンセリングなどのニーズは相当程度ある点を取り上げている。
他に,団体信者への面談を実施した井上(1997)は,指導者への同一化のもと,自分で決断しないですむ状態に至り,自由を束縛されているにもかかわらず,むしろ完全な自由を体験しているという誤った実感を持っていると指摘した。これにより「一人でいられる能力」という,青年が成熟するための重要な発達課題が先送りされると述べている。
4.まとめ
このように,団体を辞めたあと,脱会者は多くの心理社会的課題を抱えやすくなる。入信中に団体の教義や価値観を信じ,それに基づいて生活していく中で,認知の偏りを受け入れていき,そのため,他者との関係や社会への見方に影響を受けたり,自己肯定感や意思決定力の低下などを招いたりしやすいと考えられる。
また,脱会後に多くの心理社会的課題を抱えやすくなることが,これまでの研究により指摘された。コーツCoates(2010)は,脱会者には,たとえばDVのような力関係が存在していた被害者や元の社会への再統合に悩む元捕虜と同質の心理的課題が生じている,と明らかにしている。エリクソンErikson(1980)は,戦争帰還兵に対して「多くの変化が一度に起こった自我欠損状態」と述べており,脱会者の心理状態に該当するのではないかとも考えられる。さらに熱心な信者であった場合は,団体の教祖やリーダーへの同一化や理想化を強く持ちやすく,そのため脱会後は,同一化や理想化の対象喪失のもと,自己を見失い,精神的に不安定な状態になったり苦悩を抱えたりしやすいと考えられる。
一方,大切な子どもあるいはパートナーが団体の信者になってしまったご家族の多くの方々は,団体を辞めれば本人はもとに戻るだろうと思いがちである。団体によるマインド・コントロールの強さや本人の信仰の強さ,本人の本来の性格傾向にもよるものの,辞めれば元気になれると簡単には言えず,むしろ,そのような状況ではない可能性を検討する必要があると考えられる。
なお,2世の方々では,信仰に熱心な2世の場合は,1世と同様な状況が見られたりする。団体の教義や生活信条などを主体的に(問題点について十分知らされないまま)取り入れて,偏った認知枠や価値観を内在化させているためではないかと思われる。一方,信仰にそれほど熱心ではない2世の方々では,親の信仰と親自身とを分けにくい苦しさが見られる。団体の信仰に問題を覚えつつも,親を大事にしたいという思いのもと,親にとっては譲れない信仰を親から迫られる中で葛藤が生じやすくなっている。
こうした脱会者に対して,臨床心理士や公認心理師などが十分サポートできると思われる。心理の専門家の方々には,団体の心理操作の影響などで苦しんでいる脱会者一人一人と向き合い,支援していただきたいと,切に願っている。
文 献
- Coates, D.(2010)Post-involvement difficulties experienced by former members of charismatic groups. Journal of Religion & Health, 49 (3); 296-310.
- Erikson, E. H.(1980)Identity and the Life Cycle.(西平尚・中島由恵訳(2011)アイデンティティとライフサイクル.誠信書房.)
- Giambalvo, C.(1993)Post-cult problems: An exit counselor’s perspective. In: Langone, M. D. (Ed.) Recovery from Cults: Help for victims of psychological and spiritual abuse. W. W. Norton & Company.
- 井上果子(1997)青年期:後期―学生と社会人の間.In:馬場禮子・永井撤編:ライフサイクルの臨床心理学.培風館,pp.126-139.
- 西田公昭(1998)「信じるこころ」の科学―マインド・コントロールとビリーフ・システムの社会心理学.サイエンス社.
- 野口博文・伊藤順一郎(2002)「カルト集団」を離脱した人々に対する公的機関の支援に関する探索的研究.精神保健研究,48; 95-101.
- Singer, M. T.(1979)Coming out of the cults. Psychology Today, 12; 72-82.
A(匿名)
脱会者
資格:臨床心理士,公認心理師
趣味:数独,美術鑑賞,神社仏閣巡り