【特集 カルト問題と心理支援】#02 大学における偽装勧誘の現状と課題|太刀掛俊之

太刀掛俊之(大阪大学)
シンリンラボ 第25号(2025年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.25 (2025, Apr.)

1.はじめに

「ある団体から勧誘を受けたのですが,振り返ると少し違和感があったんですよね」。相談に来た大学生からしばしば聞かれるフレーズである。偽装勧誘とは集団の正体を偽ったり,活動の目的について説明が不十分であったりする勧誘のことを指す。このような勧誘を受けた事実に気づいて自発的に誰かに相談する行動はどのように促すことができるのだろうか。また,学生や生徒を支援する立場では,勧誘されて困っているという相談への対応に留まらず,勧誘する団体に所属する者に対して対応しなければならないケースもある。このような場面に出会ったとき,多くの場合は手さぐりの対応になるものと思われる。ここでは筆者が所属する大阪大学の取り組みを紹介しながら,勧誘被害を減らすための予防啓発の現状やその課題,相談支援の基本的なスタンスについて考えてみたい。

2.偽装勧誘の現状

1)勧誘の手法

大学やその周辺における偽装勧誘はどのような手法で行われるのだろうか。大阪大学では,2000年代より以前から,キャンパス内で対面による勧誘が行われてきた。その後,SNSや就職活動アプリの出現によって,コロナ禍前後から対面の場にこだわらないオンラインによる勧誘アプローチが相談に含まれるようになった。コロナ禍の行動制限が緩和された現在は,対面とオンラインのメリットを得た組み合わせのパターンが確認されており,勧誘がより巧妙になっていると推測される。また,キャンパス内の人の流れが復活し,コロナ禍の前には見聞きのなかった団体から勧誘を受けたケースも散見されるようになった。

2)勧誘の対象とタイミング

勧誘の対象は新たに学生生活を始める新入生や,就職活動や留学準備を行う学生,来日直後の留学生など多岐にわたっている。さらにその対象は高校生にも広がっており,大学進学を控えた生徒が,高校の現役教員から偽装勧誘を行うサークルを薦められた報告もある。また,勧誘は本人を取り巻く環境に変化が起こるタイミングで行われることが多い。これは勧誘側の団体が,環境変化に伴って生じる生活上や将来の不安を利用できるからである。なお,このように勧誘が行われる中で,なぜ学生が誘われる対象になるのかという疑問が生じるかもしれない。この理由は,あらゆる組織は規模や機能を維持発展する必要があり,それらを支える優秀な人材を獲得しないといけないからだと考えられる。

3.予防啓発とさらなる展開

1)特別講義『大学生活環境論』

大阪大学では偽装勧誘の実態を受けて,2006年から新入生全員を対象としたカルト問題を予防啓発するための特別講義『大学生活環境論』を毎年実施してきた。この講義の中では,実際に報告のあった偽装勧誘の事例を取り上げて,活動の目的や内容について十分な説明がない勧誘は自己決定の権利を奪う行為として説明している。そして,そのような集団や個人から声をかけられたときにどのように応じればよいか,対処の方法について考えるきっかけを提供している。また,自分が参加しようとする組織や集団を見極めるにあたって,カルトの特徴について説明している。カルトは,①何らかの強固な信念や思想を共有してその信念に基づいた行動を熱狂的に実践するように組織された閉鎖的な特性を持つ。また,②個人の自由と尊厳を侵害し,社会的に重大な弊害をもたらしている。なお,その集団の教義や儀礼が「奇異」に見えるかどうかで判断されるものではないことを強調して伝えている。講義を実施した後には,自分自身が受けた勧誘のケースに当てはまるのではないかと学生が相談にやってくることもある。そのタイミングは講義を聴いた直後だけではなく,半年以上経って活動した後に所属する集団の特徴に思い当たる節があり,講義の内容を思い出して相談に来たケースもある。

2)予防啓発動画『仁義なき刺客』

偽装勧誘の予防啓発については『大学生活環境論』のほかに,キャンパス内の掲示板での注意喚起を実施している。また,実際にあった勧誘事例をベースにした3〜5分程度のショートムービー『仁義なき刺客』を4種類作成して学内のデジタルサイネージで放映し,YouTubeでも公開する取り組みを行ってきた。ショートムービーについてはテキストベースの注意喚起よりも具体的な場面を想起しやすく,インパクトがある,そのため,他の大学からのリンク掲載依頼も多く,学生生活の諸注意を記載するWEBページ等で活用されている。最近では,九州大学や東海国立大学機構が独自のアニメーション動画を作成しているほか,消費者庁も『鍛えよう,消費者力』として臨場感のあるVR(Virtual Reality)に対応した体験型教材を公開している。このような取り組みを通して,より多くの人の目につきやすく,現実場面に即した形で理解してもらえるような予防啓発が行われている。もちろん,動画を公開するだけに留まらず,視聴の前後に関係者が解説するほうが望ましいことは言うまでもない。大学の初年次で実施される,学生生活上のリスクマネジメントや心身の健康に関する講義科目で取り扱い,活用していくことも考えられるだろう。文末には大阪大学で作成したショートムービーと消費者庁のURLをそれぞれ記載しているのでアクセスいただきたい。

4.偽装勧誘に気づく違和感

1)違和感が生じるのはなぜか

一般的な予防啓発においては,具体的な勧誘パターンを示すことである程度の注意を払うことができると考えられるが,果たしてそれで十分といえるのだろうか。1の冒頭で紹介したように,相談に来るケースでは勧誘そのものやその後の活動に参加する中でなんとなく違和感が生じていることを理由にする者が多い。その違和感の原因を尋ねてみると,言語化されないことがほとんどではあるが,丁寧に聞き取ると「疑問が生じても相手には質問ができず,すでに答えが決まっているような雰囲気を感じた」といった説明をする者がいる。おそらくこの背景には,コミュニケーションの結論として唯一の正しい答えがあって,その答え以外には認めることができないというカルトが持つ二元思考への気づきがあるのだろう。カルトの特徴として,何らかの強固な信念や思想を共有してその信念に基づいた行動を熱狂的に実践するという点はすでに述べたとおりである。勧誘する側には他者の異なる考え方を受け入れる余地がないために,学生自身が培ってきた多様な思考様式とのギャップから違和感が生じるのだと推測される。

2)二元思考への親和性に気づくということ

具体的な勧誘パターンとともに違和感が生じる理由について授業で取り上げたところ,自分は二元思考に魅力を感じてしまうと話してくれる学生に出会ったことがある。これまで受けてきた支援や助言の中で,自分が白黒をつけた考え方をしやすいことやそのような説明のほうが馴染みやすいことを少しずつ理解してきたということであった。そして,予防啓発の授業を通して勧誘の場面を当てはめた場合,自分は二元思考に基づく相手のペースに取り込まれてしまう可能性が高く,日常生活上のリスクとして具体的に理解できたというものであった。このようなやりとりから,違和感への気づきやすさには,個人の特性によって大きな違いがあると考えられる。それでも,年齢や環境に応じた教育を施すことで,ある程度の予防効果が得られる可能性がある。つまり,効果的な予防啓発を行うには,具体的な勧誘パターンを示すだけでは不十分である。自分自身の考え方の傾向を知ることやどのような状況で白黒をつける考え方に陥りやすいかを振り返り,そのような思考に対する扱い方をいかに育むかが重要になるといえるだろう。

3)違和感をキャッチする感度を高めるために

人気作家ヨシタケシンスケ氏の絵本『それしかないわけないでしょう』では,主人公の子どもに対して,大人たちが「犬と猫のどちらがいい?」「すきかきらい?」「よいかわるい?」といったような二者択一から答えを選ばせる場面が次々に現れる。そのような大人たちに対して,主人公の子どもはそれ以外の選択肢があってもよいではないか,「それしかないわけないでしょう」と応じる姿が描かれている。子ども向けの絵本ではあるが,思考のあり方について考える導入として,学生にもしばしば紹介している。教育の場では,さまざまな社会課題に対して多様な視点から観察することが求められ,これはカルトのもつ二元思考の対極にある考え方である。児童期から青年期,そしてその後の人生にわたって身につけていく思考スキルとして取り上げることで,違和感のアンテナを張り巡らすことができ,結果的に偽装勧誘にも気づくことができるのではないだろうか。

5.想定事例から考える

勧誘被害を減らすための予防啓発の現状やその課題について考察してきたが,次に挙げる想定事例に対しては具体的にどのような対応ができるだろうか? 偽装勧誘へ対処する中で,その他にも支援の場で出会う可能性のある2つの事例を挙げて,課題への取り組みについて幅広く考えてみたい。

1)事例1

相談者はボランティア活動を日頃行っている学生団体に所属している。今回は学内の施設を借りて,学外の関係者を講師に招待して,若者たちの考える講演会を開催したいと考えており,どのような手続きを経て実現できるのかを知りたい。相談を受けた後にこの学生団体の情報を確認すると,社会的に軋轢が生じている団体と関係することが判明した。真面目で実直な学生の要望に対してどのように対応すればよいのか。

2)事例1への対応

学校としては収集した情報を精査して,学生が要望する講演会の開催については会場の提供を認めないことを伝えることになるかもしれない。しかしながら,学生は疑いのない信念をもって相談に訪れており,ある団体と関係しているからという理由で門前払いすることは適切な対応とはいえない。まずは本人の考えについては否定せず,傾聴することで信頼関係を保つことが重要である。一方で,客観的な事実を伝えて要望には応じられない理由を丁寧に説明することが望ましいと考える。要するに,問題の所在は社会的に軋轢が生じている事実にあって,本人にあるのではないことを明確に区別するのである。それでも中には会場の提供が認められないことについて反論する者もいるかもしれない。そのような場合でも,ひとりの学生も排除されることなく,相談支援の対象となる姿勢を見せることが教育機関として必要であろう。

3)事例2

相談者が幼いころから,両親はある宗教団体に所属している。大学へ進学し,現在まで育ててもらったことに感謝している。しかしながら,信仰の話題になって,自分に信仰への迷いがあることを話そうとすると,「そのようなことは認められない!」と激しく感情をぶつけられた。両親に信仰をやめたい旨を伝えると,授業料の支払いが止まって中途退学しないといけないかもしれない。両親との関係においてはこのまま信仰しておいたほうが軋轢は生じないのだが,今後どのようにすればよいのか。

4)事例2への対応

両親が子どもに対して信仰を要求する2世の学生への相談対応である。相談を受ける立場の者が,偽装勧誘の問題や社会的な軋轢が生じていることを把握している場合は,信仰をやめたいという本人の気持ちを後押ししたい気持ちになる。しかし,あくまでも相談者が主体的に意思決定を行うことができるようにすることが肝要である。両親との関係を見据えて,信仰に対してどのように向き合うのか,本人の意思を丁寧に確認することになるだろう。例えば,以下の3つの選択肢が考えられる。①両親との関係を優先させるべく信仰にあらためて価値を見い出す。②信仰から離れたい気持ちがやはり強く両親との距離を取る。③信仰からは離れるが両親には信仰があるポーズを取って致命的な結果を回避する。他にも様々な選択肢が考えうるが,重要な点は本人の意思の尊重である。また,兄弟姉妹・祖父母・親戚等の中で,その宗教団体とは関係のない大人が存在するかどうかを尋ねてみる必要がある。これは,一時的にでも信仰から距離をおきたいと感じたときに,親身になって聴いてくれる人が近くにいるかどうかを確認するためである。さらに,経済的な支援については,利用可能な奨学金制度を確認してサポートの態勢を整えながら,本人の意思決定を見守ることになる。 

5)すべての学生や生徒を支援するということ

ここまでに2つの想定事例を取り上げたが,偽装勧誘から身を守る方法を検討するだけでなく,対応すべき課題が多岐にわたっていることがわかる。偽装勧誘の予防啓発だけではなく,熱心に活動する者や信仰のゆらぎに悩む者なども含めて,すべての学生や生徒が相談支援の対象であって,それぞれの将来に向けてより良い方向に導く努力が求められる。

6.おわりに

偽装勧誘に関する予防啓発の活動や相談対応については,なるべく多くの人々が具体的な事例に沿って基本的なスタンスを理解することが必要である。なぜなら,現状では特定の専門家が対応する特別な問題として取り扱われがちなテーマであり,教育や相談支援に携わる者の間で予防啓発や相談対応のノウハウが十分に共有されているとは言い難いからである。よって,ここまで紹介した取り組みの内容が何らかの形で役立つことになれば大変幸いである。また,大学では学生部や学生支援センターの職員が,学生生活上の課題として熱心に取り組むケースが見受けられるが,担当職員の異動によって残念ながら取り組みが低調になることがある。しかしながら,教育機関は学生や生徒が自己決定の権利を奪われずに自己を実現できるように促していく社会的責任を担っていることをあらためて認識してほしい。そして,研修機会の提供や人員の配置などの工夫を行うことで,サスティナブルな体制を構築していくことを期待したい。

大阪大学公式YouTubeチャンネル 学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その1:待伏ノ術編 2025年3月15日閲覧 https://www.youtube.com/watch?v=gdNnCFlgQGU&t=10s

大阪大学公式YouTubeチャンネル 学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その2:追付ノ術編 2025年3月15日閲覧 https://www.youtube.com/watch?v=fl_AzglveAg

大阪大学公式YouTubeチャンネル 学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その3:集団包囲の術編 2025年3月15日閲覧 https://www.youtube.com/watch?v=YZRzy8GZpYk

大阪大学公式YouTubeチャンネル 学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その4:サークル偽装ノ術編 2025年3月15日閲覧 https://www.youtube.com/watch?v=GSQNfCCMowQ

消費者庁 体験型教材「鍛えよう,消費者力―気づく,断る,相談する」 2025年3月15日閲覧https://www.kportal.caa.go.jp/shohisha-ryoku
文  献
  • 日本脱カルト協会(JSCPR)編(2014)カルトからの脱会と回復のための手引き 改訂版〈必ず光が見えてくる〉本人・家族・相談者の対話を続けるために.遠見書房.
  • 西田公昭(1998)「信じるこころ」の科学―マインド・コントロールとビリーフ・システムの社会心理学.サイエンス社.
  • 太刀掛俊之(2010)特集 学生生活の危機対応 カルト予防と学生支援―大阪大学の事例から.大学と学生, 85 (559); 54-59.
  • ヨシタケシンスケ(2018)それしかないわけないでしょう.白泉社.
+ 記事

太刀掛俊之(たちかけ・としゆき)
大阪大学 キャンパスライフ健康支援・相談センター 教授。博士(人間科学)。博士論文は『大学における学生生活リスクの実態とその背景要因に関する研究』,大学を中心とした安全管理やリスク管理の取り組みに関心をもつ。
主な著書:『大学人のための安全衛生管理ガイド』(共著,東京化学同人,2005),『応用心理学ハンドブック』(分担執筆,福村出版,2022)

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