【特集 神経精神分析】#05 神経精神分析と二面的一元論|成田慶一

成田慶一(京都大学/広島大学)
シンリンラボ 第24号(2025年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.24 (2025, Mar.)

1.はじめに――心身問題再考

心と身体の関係は,デカルト(Descartes)以来の二元論や唯物論,機能主義など,多様な立場から議論されてきた。しかし,意識の主観的体験やクオリア(感覚の質)が,どのように脳の物理的活動から生じるのかという問いは依然として明快な解答を得られておらず,「存在そのものにとっての最優先の問題」(Davies, 2019)である。そうした文脈で注目されているのが,神経精神分析(Neuropsychoanalysis;以下,NPSA)における二面的一元論(Dual-Aspect Monism;DAM)である。本稿では,NPSAの理論的基盤や哲学的背景を概観し,さらにデイヴィッド・チャーマーズ(David Chalmers)の「還元不可能性」やカール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung)の「元型」「シンクロニシティ」との関連性を検討する。特にマーク・ソームズ(Mark Solms)が強調する「感情(affect)」の重要性と,ヤーク・パンクセップ(Jaak Panksepp)の基本感情理論の視点を取り上げながら,NPSAにおけるDAMの意義を考察したい。

2.DAMという視点――NPSAの科学哲学的基盤

NPSAは,臨床知(経験的な理解モデル)である精神分析と,実証主義的な神経科学を統合する学際的ムーブメントとして,1990年代にソームズらを中心に始まった。その世界観の一つが二面的一元論(DAM)であり,これは「心と脳は存在論的には一つでありながら,認識論的には還元できない二つの側面をもつ」という主張に基づく。たとえばジークムント・フロイト(Sigmund Freud)以来の精神分析が示す主観的知見と,脳科学が提供する客観的指標は,本質的に「同じ対象」を異なる次元で扱うものであるが,単純に一方向に置き換えることはできない。

ヨラム・ヨベル(Yoram Yovell)は,この立場を「認識論的二元論」と呼び,「心に関する知識は脳科学的知見に全面的に還元できず,その逆もまた不可能」と述べる(Yovell et al., 2015)。NPSAの研究では,精神分析的アプローチと神経科学的手法を併用して両側面が指し示す現象を突き合わせるが,それは一方をもう一方に押し込めるような還元主義ではなく,あくまで二面的一元論を実践的に検証する試みとして意義が大きい(Hart, 2023)。

3.チャーマーズの「還元不可能性」

チャーマーズ(Chalmers, 1996)は,意識研究を「イージープロブレム」と「ハードプロブレム」に分け,後者として「なぜ主観的体験が生じるのか」を問う根源的課題を提示した。これは,物理的プロセスや機能的メカニズムのみで説明しきれない意識の主体的・質的側面をどう扱うかという問題であり,NPSAもまさに「心的次元」の還元困難性を認める点でこのハードプロブレムと深く呼応する。

チャーマーズは,意識的経験が「物理的事実と論理的に重ならない以上,唯物論だけでは十分ではない」,「世界に物理的なメカニズムをどれだけ用意しても,そこに主観的感覚が備わる理由は説明できない」と結論づけた。いわゆる「説明ギャップ」と呼ばれる状況は,心と脳をただ一方向に結び付けるだけの立場では解消しがたい。彼は「真の意識の根源的問題に答えるには,追加の理論的要素が必要」だと主張している。一方,DAMは「同一の実体に二つの面がある」とみることで,還元不可能性を包括的に理解しようとする科学哲学的世界観である。

4.パンクセップの感情神経科学とソームズの視点

1)脳幹網様体賦活系と意識生成

パンクセップ(Panksepp, 1998)は,哺乳類の脳に備わる基本的な神経力学が「内的に経験される情動(感情)」を生成すると論じた。これと近い視点を示すソームズ(Solms & Turnbull, 2002)は,「感情(affect)こそが意識の基礎的形態であり,大脳皮質の認知機能は多くが無意識に行われる一方,感情は常に意識と結びつく」と強調する。特に「なぜ感情だけが意識的なのか」を解明する糸口として,脳幹の網様体賦活系(reticular activating system)が意識の座を担う可能性を示唆しており(Panksepp & Solms, 2012),ソームズはインタビュー等で「感情は“感じられる”がゆえに感情であり,その“感じ”は脳幹で生み出される」と繰り返し述べている。

脳幹網様体賦活系がわずかに損傷するだけで深い昏睡状態に至る一方,大脳皮質が大幅に損なわれても原初的情動(感情)は保たれるという事実(Panksepp, 1998)は,感情=脳幹レベルで生じる意識の根幹という見方を裏付ける。これは,還元不可能性を含むDAMが強調する「主観と客観を架橋する要素」として感情が重要であることを示唆する。

2)創発現象と論理的超越

パンクセップは情動(感情)を「生成(generate)」「出現(emerge)」するものと表現し,脳の物理的プロセスと主観的現象が部分の総和を超えた創発的性質をもつと考えた(Mosri, 2021)。NPSAでは,精神分析的手法で捉える主観的感情と神経科学が提供する客観的指標を併せ読みすることで,脳と心を「二つの面」として把握できる(Salone et al., 2016)。ここにDAMが想定する「認識論的二元論」が機能し,ソームズが主張するように「感情を鍵とした意識モデル」を検証する道筋が開かれる。ここから,“the conscious id”という,イドを「本能・欲動だが意識的にも経験される情動(感情)システムの中核」と再定義する流れが生まれてくるのだが,この点は佐渡による別稿を参照していただきたい。

※本稿では,学術分野によって定義が異なることに配慮して,「情動」と「感情」を区別せずに用いている。

5.ユングの「元型」「シンクロニシティ」と唯一世界

1)元型の普遍性と情動

ユングは,人類に普遍的な構造として「元型(archetype)」を集合的無意識の核心に位置づけた。これは単なる観念ではなく情動的な側面を伴うとされ,神話・宗教・芸術などに多様なかたちで表出すると考えられる(Jung, 1952)。さらに,夢や幻想,創作活動において,個人の境遇を超えた象徴が心理的影響を及ぼす様子が観察されることからも,元型は情動面を含む深層構造としての重要性を増している。NPSAがこうした元型の概念を参照する際には,神経科学的アプローチによって「普遍的な脳回路と情動反応のパターン」を照合し,元型的な表現がどのように生成されるのかを検証する方向性が考えられる。これにより,個人を超えた普遍性と,生物学的基盤を結びつける可能性が広がる。

2)シンクロニシティパウリ・ユング予想

ユングとパウリ(Wolfgang E. Pauli, 「排他原理の発見」で1945年にノーベル物理学賞受賞した理論物理学者)の対話で議論されたシンクロニシティは,物質界と心的世界の間に非因果的で意味ある偶然的な一致が生じる可能性を提起する。これは単なる偶然の一致ではなく,「客観的な外的事象」と「主観的な内的状態」が同時に意味深く関連する現象として位置づけられ,伝統的な因果論では説明が難しい出来事が個人の情動や深層心理に大きな影響を及ぼす点が注目される。パウリとの共同研究を通じて導かれた「唯一世界(ウーヌス・ムンドゥス)」の概念は,物理的現実と心的現実が最終的には同じ根源に属すると示唆するが,それを科学的にどう捉え直すかは長く曖昧だった。近年,二面的一元論の枠組みからこの問題を再検討する動きが進み,シンクロニシティは「同一実体の二面」である心と物質を一方向に還元せずに捉える一例として評価されている(本稿の第6章参照)。NPSAにおいては,神秘主義にとどまらない視点からシンクロニシティを捉え,情動や無意識の観点で「非因果的相関」がどのように生じうるかを探究する足がかりとして位置づけられる。

6.量子もつれと非因果的相関

1)量子力学からの示唆

2022年のノーベル物理学賞にも関連する量子力学の研究では,「量子もつれ(entanglement)」により空間的に離れた粒子間で非局所的な相関が観測される。こうした古典的因果律を超える現象は,NPSAにおける「心と脳を別個の実体とみなさない」視点と親和的であり,DAMにも新たな示唆を与える。

この点で,スイス・キュスナハトのC. G. ユング研究所でも教鞭を執る,物理学者のアトマンスパッカーAtmanspacherは,複数の専門領域を架橋するキーパーソンとして注目されている。彼は学際的学術誌『Mind & Matter』の編集長を務め,『The Pauli-Jung Conjecture & Its Impact Today』(Atmanspacher, 2012),『Dual-Aspect Monism & the Deep Structure of Meaning』(Atmanspacher & Rickles, 2022)といった書籍を著している。物質と意識を単純な因果律に還元しない枠組みを提示しており,学際的な議論をさらに深める契機になっている。

2)DAMと非因果性

NPSAの立場からは,心と脳は論理的には同一の存在である一方,認識論的には二方面を要する。量子力学的な視点を取り入れると,因果を超えた相関が「心の主観側面」と「脳の物質側面」のあいだでも類比的に働く可能性が示唆され,脳幹レベルの感情生成と大脳皮質の認知機能を統合するソームズのモデルとも響き合う。さらに,非因果的な相関は「特殊な物理現象」にとどまらず,患者の意識状態や感情と脳活動の同時変化など,因果モデルで説明しづらい現象を新たな概念枠で捉える契機になりうる。しかし,量子論と意識論をそのまま直結させることには慎重な反論も多く,ニセ科学に陥らないためにも,拙速な同一視は慎むべきだ。それでも,DAMの「心と物質が同一の基盤に根ざす二つの面」という視座を前提にすれば,非因果性を含む量子力学の発想と心理学・神経科学との接点をより広く探究できる。今後,NPSAの臨床・研究実践が物理学と積極的に対話し,心身問題の理解にさらなる広がりをもたらすことが期待される。

7.まとめと今後の展望

1)DAMの意義と課題

NPSAにおける二面的一元論(DAM)は,心と脳を「存在論的には一体,認識論的には二面」とみなすことで,古典的二元論や唯物論が抱える限界を乗り越えようと試みる。チャーマーズの示すハードプロブレムを巡るその後の議論,ユングの元型・シンクロニシティ,量子論の非因果的相関など,多様な議論がこの枠組みを後押ししている。しかし,NPSAが真に「二つの側面」を学問的に検証するには,研究方法論,つまり還元主義に陥らない研究デザインや理論的整合性の確立がなお重要課題である。

2)多領域的連携への可能性

臨床心理や神経科学に加え,量子物理学,宗教研究,神話研究など,多領域での学際的連携はDAMにも大きな発展の可能性をもたらす。パンクセップの感情神経科学やソームズが強調する,脳幹を重視した「感情を鍵とした意識モデル」という視点は,心と物質を一方向に還元しないDAMの考え方と強く共鳴する。さらに,パウリ・ユング予想や量子もつれの知見によって示唆されるように,因果則では説明困難な「同時的」関連の存在は,心身問題の再考に新たな地平を開くかもしれない。ソームズ自身も近年の講義で「感情を正面から扱わないと,意識の最も根本的な面に本当に取り組めない」と述べており(Solms, 2022),NPSAの理論枠組みやDAMがいま再注目される意義は大きい。今後も多角的アプローチが進展することで,心と脳という「同じ実体に宿る二つの面」についての理解は,いっそう深化すると期待される。

文  献
  • Atmanspacher, H.(2012)Dual-aspect monism à la Pauli–Jung conjecture. Journal of Consciousness Studies, 19 (9–10), 96–120.
  • Atmanspacher, H. & Rickles, D.(2022)Dual-aspect monism and the deep structure of meaning. Routledge.
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  • Davies, P.(2019)The demon in the machine: How hidden webs of information are solving the mystery of life. University of Chicago Press.
  • Hart, K. F.(2023)Neuropsychoanalysis and dual-aspect monism. https://doi.org/10.32388/FPVFQ0
  • Jung, C. G.(1952)Synchronicity: An acausal connecting principle. Princeton University Press; Revised edition(2010)
  • 抱井尚子&成田慶一(2016)混合研究法への誘い: 質的・量的研究を統合する新しい実践研究アプローチ. 遠見書房.
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  • 成田慶一(2015)感情神経科学との接合によって開かれる世界. In:岸本寛史編著:ニューロサイコアナリシスへの招待.誠信書房,pp.143–161.
  • 成田慶一(2016)自己愛のトランスレーショナル・リサーチ―理論研究・混合研究法・臨床実践研究による包括的検討.創元社.
  • Özkarar-Gradwohl, F. G., Narita, K., Montag, C., et al.(2020)Cross-cultural affective neuroscience personality comparisons of Japan, Turkey and Germany. Culture and Brain, 8, 70–95.
  • Panksepp, J.(1998)Affective neuroscience: The foundations of human and animal emotions. Oxford University Press.
  • Panksepp, J. & Solms, M.(2012)What is neuropsychoanalysis? Clinically relevant studies of the minded brain. Trends in Cognitive Sciences, 16 (1), 6–8.
  • パウリ,ユング(2018)パウリ=ユング往復書簡集 1932-1958―物理学者と心理学者の対話. ビイング・ネット・プレス.
  • Salone, A., et al.(2016)The interface between neuroscience and neuro-psychoanalysis: Focus on brain connectivity. Frontiers in Human Neuroscience, 10.
  • Solms, M. & Turnbull, O.(2002)The brain and the inner world: An introduction to the neuroscience of subjective experience. Routledge.
  • Solms, M.(2022)Consciousness and the Mind Body Connection. The Weekend University. [https://youtu. be/m-1etGWVvb8?si=8yHJZc3dCydSWH3M].
  • Yovell, Y., et al.(2015)The case for neuropsychoanalysis: Why a dialogue with neuroscience is necessary but not sufficient for psychoanalysis. The International Journal of Psychoanalysis, 96 (6), 1515–1553.

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成田慶一(なりた・けいいち)
京都大学大学院医学研究科客員研究員/広島大学大学院客員教授。博士(人間科学)
臨床心理士・公認心理師。
専門は臨床心理学,混合研究法。国際誌Methods in Psychologyにて編集委員Chief Researcherを務める。
主著:『自己愛のトランスレーショナル・リサーチ』(単著,創元社),『臨床風景構成法』(分担執筆,誠信書房),『混合研究法への誘い』(共編,遠見書房)。

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