徳田仁子(京都光華女子大学)
シンリンラボ 第23号(2025年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.23 (2025, Feb.)
学校で起こる様々な問題は,個人の心の内面だけではなく,個人を取り巻く関係の網目の中で起こっている。筆者はスクールカウンセラー(以下SCと略)として,教員と協働しながら生徒やその保護者に関わる姿勢で公立中学校5校,私立高校2校に勤務してきた。本稿では協働の中で教員を支えるためのポイントを検討してみたい。
1.教師の仕事の特徴とメンタルヘルス
佐藤(1994)は教職の特徴として「再帰性」「不確実性」「無境界性」を挙げている。「再帰性」とは,自らの実践がやがて児童・生徒の言動として帰結すること,「不確実性」とは教職には確実な理論や技術が存在せず安定した評価基準がないこと,「無境界性」とは職域と責任の無制限な拡大と同時に専門性の空洞化を招くことである。これに加えて伊藤(2000)は「成果の不透明性」を挙げている。教師の仕事には恒常的な多忙感によって神経を摩耗させるような疲労とストレスがあり「献身的努力にもかかわらず報酬が得られなかった結果生じる疲労感や欲求不満の蓄積」といったバーンアウト(Freudenberger, 1974)が生じやすい。
2.教師の悩み
久富(1994)は,多くの教師たちのもつ教員イメージは「献身型教職観」にあると指摘し,この教職観は教歴が4年以下の「忍従型」注1),教歴が5〜9年では「献身型」注2)さらに教歴が10〜19年では「こなし型」注3) に変化すると述べている。また,山崎(2002)は『教師のライフコース研究』において,教師には専門職としての成長を遂げるターニングポイントがあるとし,①教育実践上での経験, ②学校内でのすぐれた人物との出会い, ③研究会・サークル活動を挙げている。
注1)忍従型:教職アイデンティティが未確立だが仕事の苦労が多い時期に教師が持つ教職観。
注2)献身型:仕事の苦労は多いが教職アイデンティティを見出しつつある教職観(日本の教育文化の特徴である献身的教師像の土台となる)。
注3)こなし型:仕事に慣れて苦労が減少し,教職アイデンティティを見出している教職観。
教師は「子どもとの関係」「保護者との関係」「同僚との関係」の3つの関係に囲まれている。田上ら(2004)は,「かつてはやればやるだけ教師と子どもとの絆が強まるものであったが,今日の教師の多忙は『消耗と無力感の伴う多忙』であり多忙化の構造が変化している」と「役割過剰感」を指摘している。特に同僚関係のなかでの「やりがいのない多忙感」や「問題行動を表出する子どもへの指導力不足を教師の自己責任や人格の問題としてとらえる見方」などは教師の消耗感や孤立無援感を増加させている(石垣,2012)。
3.教師のライフコースとバーンアウトとの関係
筆者は中学校教師22名の協力を得てライフコース(教師アイデンティティ形成の軌跡)のインタビュー調査を行った(徳田,2018)。結果を教歴低群(教歴平均7.1年,年齢平均31.5歳)と教歴高群(教歴平均27.6年,年齢平均50.8歳)に分け,バーンアウト尺度の達成因子と消耗因子に基づいて特徴を分析した。その結果,以下のことが明らかになった。
① 教歴低群,高群ともにやりがいや達成感を感じるのは「子どもの変化」で,低群が「共に喜ぶこと」を挙げるのに対し,高群は「子どもから学ぶこと」を挙げるなど教師と子どもの距離感は異なっていた。
② 教歴低群は,行動力がある反面,生徒との距離感への葛藤や信頼感の維持への思いが強く,保護者との意思疎通に苦慮し消耗する場合が多い。
③ 教歴高群は,各々が現場で培った教育哲学や教育観を持っており,見通しを持ち首尾一貫した教育実践を行うことに自信を持つ。タイミング良く保護者対応を行うなど多忙感の見直しによって役割を果すことへの喜びを感じる一方,学校全体の方針に対する違和感を感じたり,子育てや介護など個人生活の苦労も加わって,ワークライフバランスの維持が困難となるなどエネルギー消耗感を感じることも多い。
④ 教歴低群では児童生徒への個別対応とクラス運営の困難や不登校生徒対応の被期待感の強さからストレスや心身不調を感じ消耗していても援助要請には消極的である。他方,教歴高群では若手教員との関係の取りにくさや自信の持ち方などの違いを常に感じており,間に入ってくれる世代があればもっと対等で率直な話し合いができると感じている。両群ともに協働的同僚関係に対する危惧が存在し,特に教歴等で両群の間に位置するつなぎ世代の希薄さが相互理解を困難にしている。
4.つなぎ世代=中堅教師の苦悩
つなぎ世代とは,教歴10年〜20年程度(年齢的には30代後半〜40代)の中堅をいう。デー&グー(2014/2015)は,教職生活全体の中で教歴8〜15年 を最も見過ごされている期間とし「役割やアイデンティティに関する変化に対応する緊張と移行の時期である」という。さらに彼らは,離職の鍵になる要因として「満たされないコミットメント,効力感の欠如,非支援的な管理職,教師の責任を重くとらえる思い」を指摘している。
教師の支援については,教歴や世代に特有な苦悩や葛藤への理解に基づいたさりげなさが求められるが,なかでも特につなぎ世代の離職を防ぐことは急務であると考える。以下の例は,つなぎ世代の教師の苦悩とその分岐点になったエピソードである。
ある中学校の昼休み,中2の男子3人が「担任の授業が騒々しく進度が遅れる」とSCに相談に来た。授業中毎回「分からない」と大声を出す人がいて,担任の個別指導中に他の生徒まで騒ぎ出す,そのうち,他の先生が教室に来て大声で注意するという。SCは彼らがクラス全体を代表して相談にきたことに感心し,授業中少しでも集中できるのはどんな場面か観察してくるよう託した。一方,職員室で担任はSCに「クラス運営がうまくいかない」と話し始め,「教師一家で育ち教師になって10年,こちらが誠意を示せば生徒たちも応えてくれていたのに今は生徒との距離が埋まらない」と嘆息した。翌週,3人組は「相変わらずだが(担任作成の)習熟段階別小テストは役に立つ」と報告した。SCは生徒たちが事態打開のために前向きであることを尊重し,担任と生徒双方に円卓会議注4)を提案した。会議の目的は授業改善のアイディアを出しあうためとし,生徒代表は5人(3人組以外の考え方も知るため)それ以外のクラスメイトにはオブザーバーとして参加を認め,大人は担任とSCのみとし,一方的に責めないことをルールとして提案した。放課後円卓会議では当初生徒たちは不平不満を表出し,担任はそのつど誤解を訂正することに終始した。SCは平行線が続く会議の交通整理役をしていたが担任の持ち味である「小テストの重視と存続」を提案すると生徒たちはひとまず了承した。終了後,担任はSCに「学年会で他の先生方に自分に任せてほしいと言おうと思う」と述べた。翌週以後,双方とも「ちっとも変わらない」と報告したが,そのうち表情に余裕がでてきた。相談室では他のクラスの生徒も加わって男子グループの相談が増えた。約3か月後,学年主任より「一番静かなクラスになった」と報告があった。
このエピソード当時,次年度の新設校開校のため生徒の3分の1の転出が決まっており,開校記念行事の準備のため学校全体が落ち着かなかった。教職員のうち約10人が一挙に転出となったが担任もその一人であった。離任式の日3人組の一人は「先生いっちゃうの」と泣いた。担任は「そんな可愛いことを言ってくれるなら最初から言ってほしかった」とSCに穏やかな笑顔を見せた。あの時,生徒たちは授業を真面目に受けようとしている自分たちの戸惑いや焦りが他の教師には「騒ぎ」としてしか受け取られず,担任以外の教師がクラスの自律性を脅かすように統制したことに不満があった。円卓会議の後,危機感を感じた担任の取り組みの姿勢は変わった。「教える」体制(権威)を他の教師に擁護してもらうのではなく,教育姿勢に自信を持つ自律的存在として自分のクラスの境界を守ったことに最大の意味があった。SCのクラスに対する危機介入は,生徒の担任への信頼を取り戻し,担任も生徒に対する関わり方と自身の教育に自信を取り戻す契機となったのではなかろうか。
注4)対立関係があっても参加者が対等な立場で話し合うことによって課題解決に協力して取り組むことを目的とした会議。
5.子ども-教師の関係性をつなぐ支援
SCが教師との協働作業を行う事前準備として,①職員室での観察,②授業参観,③給食時の教室訪問,④行事参加などが挙げられる。①は教師同士の同僚関係と各教師の立場の理解,②③は担任と子どもとの関わりの観察および教師の持ち味の理解に役立つ。④では学校全体の交流や活力の様子を見ることができる。山崎(2012)は「すぐれた教師の授業は,子ども観,子どもとの関係のつくり方や,教育内容・教材についてのとらえ方にその教師の独自性があるという成り立ち方をしていることも多い」と述べている。この教師の独自性を踏まえた上で,子どもとの関係の中に役立ちそうな要素をその持ち味として把握しておくことが望ましい。
以下はSCによる不登校生徒への支援のポイントを列挙したものだが,当然ながら教師との協働なしには成り立たない。子どもと教師の関係をつなぐことを意識して,教師との協働の準備を整えておきたい。
① SCと担任の同席面接や担任の家庭訪問への同行
当初は情報収集のためのことが多いが,SCの関わり方を教師に一緒に体験してもらうことにもなり,子どもや保護者との関係づくりの参考にしてもらう。
② 目標の確認
不登校生徒に対しては,単に学校に戻ることが第一目標ではなく,子どもが元気になり活動性が増え,社会性が発達し,将来自立した人間に成長できることを目標とする。
③ 子どもに関わるチーム作り
担任と子どもをよく知っている教員や学年主任・養護教員等ケースバイケースで作業チームを作る。家庭訪問後などにチームで簡単に報告・検討の機会をつくる。他の教員にも関わってもらうと視野が拡がり子ども理解が深まることも多い。
④ 保護者との協働
関わりの中期になると,SCと保護者で家庭での状況を把握し,学校のどの様な関わり方が子どもにとってちょうど良いか保護者と検討する機会を設ける。
⑤ 学校の話題よりもフツウの話題
中・長期の不登校の子どもの場合,担任その他の先生と話せるようになることを大事にする。子どもの好きなことや趣味などの話題に寄せて,教師という役割を離れた出会いがあると子どもの見方が広がる。会えない場合は,手紙や付箋,手書きのメモなどを活用する。(会えなくても子どもは教師の家庭訪問や連絡を気にしている)
⑥ 学習機会の提供
子どもが元気になってきたら,学習プリントや課題への挑戦を試みる。進路に関わる3年生では担任の空き時間や放課後に登校し始める子もいる。担任の持ち味が発揮できるようSC から学年主任や管理職への報告とバックアップの要請をしておく。教科担任にもサポートしてもらえることが望ましい。子どもの得意教科やジャンルに応じてちょっと引っ張って手助けするような指導と援助の混合のような支援をめざす。
6.教師の資質
今津(2012)は,「専門職としての教師が知識と実践を総合する幅広い力量」を教師の資質(コンピテンス)として挙げている。これは,教師個人の「知(識・思考)力」や「技術」にとどまらず,知識や技術を新たな状況にふさわしく発揮することができ,確かな成果を産み出すことのできるような,教師と環境とを関係づける「技能」を核とした幅広い意味合いである。それに加えて,学校組織の中で同僚教師や保護者とも協働しながら,困難な局面にも的確に対処することができる力,さらには学校組織を改革していく実践力も含む幅広い力量を示している。
中学校では,卒業生の訪問を教師が嬉しそうに迎える場面に立ち会うことがある。卒業後の生徒は教師との間に制度を超えた関係性を見出し,他方,教師も生徒に対する責任や役割をすでに終えた安堵感から,人生の先輩として和やかに受け入れている。生徒と教師とは,お互いの人生における一つの交点において「教え子−先生(恩師)」という新たな関係性の中に入っていく。この関係の基盤を作るのは子どもとのインフォーマルな相互作用を受けとめる教師の器である。コンピテンスとはこうした関係を培う実践力でもあり,教師の幅広い力量として,子どもが校内の学習や活動を通してどのような体験ができるか,そしてその体験を通じて,単なる知識や技術にとどまらない生きる知恵を教師が伝えられるかに現れていると考えられる。
つなぎ世代の教師たちは,授業の指導技術としては「こなし型」(久冨,前掲)であり,教えることに関する専門技術に対する自信を深めている。しかし,学校全体の中では教歴低群と高群のコミュニケーションのつなぎ役であり,協働性のための「役割多忙感」や「責任重圧感」も強い。彼らにとって最も自信のある所に力を注ぎ自分らしいコンピテンスを発揮するためのサポートが望まれている。
文 献
- 石垣雅也(2012)学校の「しんどさ」とどうつきあうか―「(仮)センセの放課後」のとりくみから.In:グループ・ディダクティカ編:教師になること,教師であり続けること.勁草書房.
- 伊藤美奈子(2000)教師のバーンアウト傾向を規定する諸要因に関する探索的研究—経験年数・教育観タイプに注目して.教育心理学研究,48 (1); 12-20.
- 今津考次郎(2012)教師の資質.岩波書店.
- 久冨善之(1994)第1章 教師と教師文化−教育社会学の立場から.In:稲垣忠彦・久冨善之編:日本の教師文化.東京大学出版会.
- 佐藤学(1994)第2章 教師文化の構造.In:稲垣忠彦・久冨善之編:日本の教師文化.東京大学出版会.
- 田上不二夫・山本淳子・田中輝美(2004)教師のメンタルヘルスに関する研究とその課題.教育心理学年報,43; 135-144.
- 徳田仁子・北口雄一・岡野憲一郎・松下姫歌(2020)<特集>『心の教育』を考える―教師のメンタルヘルス(第22回リカレント教育講座シンポジウム抄録).京都大学大学院教育学研究科附属臨床教育実践研究センター紀要,23; 3-30. http://hdl.handle.net/2433/246243
- C.デー・Q.グー著,小柳和喜雄・木原俊行監訳(2015)教師と学校のレジリエンスー子どもの学びを支えるチーム力.北大路書房.
- 山崎準二(2002)教師のライフコース研究.創風社.
- 山崎雄介(2012)教師の困難はどこから来るのか.In:グループ・ディダクティカ編:教師になること,教師であり続けること.勁草書房.
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徳田 仁子(とくだ・きみこ)
所属:京都光華女子大学
資格:公認心理師・臨床心理士。中学・高校教員(英語)
主な著書:
学校臨床における見立て・アセスメント.In:学校臨床心理学・入門.(有斐閣,2003)
不登校の理解と対応.In:学校臨床.(金子書房,2012)
趣味:合唱/美術館に行くこと/スイーツを食べること