【特集 教師を支える】#03 医療領域からみた教師のメンタルヘルス|岡本章宏・岡本利子

岡本章宏・岡本利子(嶺南こころの病院)
シンリンラボ 第23号(2025年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.23 (2025, Feb.)

1.メンタルヘルスの現状と仕組み

1)教職員におけるメンタルヘルスの現状

文部科学省は「精神疾患により病気休職を発令された教職員の人数は増加傾向にあり,教職員のメンタルヘルス対策は喫緊の課題である。学校教育は,教職員と児童生徒との人格的な触れ合いを通じて行われるものであるから教職員が心身ともに健康を維持して教育に携われるようにすることがきわめて重要である」(教職員のメンタルヘルス対策について)と述べ,教職員のメンタルヘルス対策の重要性を指摘している。

2022(令和4)年度の調査では,教育職員の精神疾患による病気休職者数は6,539人(全教育職員数の0.71%)で,2021(令和3)年度から642人増加し過去最多となっている(文部科学省,2023)。当院でも,この5年間で教職員の患者数は約3倍になっており,先の調査と同じ傾向がうかがえる。

従来,教師のメンタルヘルスに係る問題として学校組織に関わる様々な立場の人間関係(同僚・学生の親)の影響が指摘されてきた。全国公立学校教職員を対象とした調査では,業務関連ストレスは連鎖しやすく,例えば,授業が成立しない等,生徒指導上のつまずきに端を発し,同僚との関係悪化,管理職の指導や保護者からクレーム対応など,複数のストレス要因が重なることがしばしばある。

2)ストレスと脳

人間は幼児期から様々なストレスに曝されながら成長する。その過程での体験学習により快と不快を弁別する脳内ネットワークが形成される。その瞬間の感情や思考も体験学習として記憶されるので,同じ場面を経験しても各個人によって体験学習は異なる。成長に伴って体験学習が蓄積(脳内ネットワークが成熟)されるにつれ,快・不快の認識に違いが生まれる。これらの生育は社会生活を送るために大変重要であるが,一方でストレス関連障害の大きな要因にもなる。

これらの脳内ネットワークを円滑に機能させるのに重要な物質の一つに神経伝達物質がある。その中でもセロトニン,ノルアドレナリン,ドーパミンは重要な作用を担っている。特に他の2つのバランスをとるセロトニンは重要とされており,予期不安を下げる働きを持つ。我々日本人の約70%は,セロトニン輸送体(SERT)の遺伝子型がSS型(最も機能が低い)で,脳内セロトニン濃度が低い(予期不安が強い)民族であり,ストレス関連障害のリスクが高いといわれている。

3)ストレス関連障害の予防および治療

ITの普及以降の急激な社会変化による複雑な問題・不快なストレスは,先人や個人の体験では対応できないことも多く,ストレス関連障害は今後も増加が予測されるが,原因探しや環境整備だけでは対応困難である。各個人がストレスに対する正しい知識を持ち,効果的対策をとることが重要である。最も重要なのは予防で,これには心理療法にも用いられる技法が有効である。次に精神的な不調(喜びを感じない・憂鬱気分の持続・休日の行動活性の低下)があれば,早期に医療機関を受診することである。重症度を判定してもらい,中等度以上なら抗うつ薬(SSRI:SERTに作用してセロトニン濃度を上げる)を処方してもらえば一か月ほどで効果が見込める。

そして大切なのは薬物療法だけで完治するわけではないことである。不快な私的事象(思考・感情・身体感覚)は消去・回避すると一時的に軽減しても,その後に増強・持続し,更に不快な対象が広がる(汎化)。長期ストレスに曝されると,消去・回避による悪循環が癖として残り,症状の遷延化や再発を繰り返しやすい。カウンセリングや集団療法で訓練を受けて,この癖を改善する事が再発予防につながる。薬物療法だけでなく,これらのリハビリテーションが重要である。そこで今回は当院で行っているリハビリテーションの概要を紹介し,教師の皆さんの支援の一助となればと考えている。 

2.当院におけるストレス関連障害へのリハビリテーション

1)プロローグ1:ストレス関連障害の回復過程と心理療法の役割

一般的にうつ病や適応障害,不安症等ストレス関連障害の治療では医師が就業困難と認めた場合,薬物療法に加え,ストレス因から離れて休養をとるために休職を勧めることがある。仕事から物理的に離れて休むことと服薬することで,多くの方は睡眠や食事をとる等,生体に必要な機能が回復し始める。そこから生活リズムを整え,集中力を回復させ,職場の環境因を整えて復職となるのだが,中には休養と服薬だけでは症状が回復しない方,症状は回復したが復職に躊躇される方がおられ,復職したが再発する場合もある。それらの状態におけるメカニズムをご本人と丁寧に共有し希望する生活に向かうために必要な行動が選択,実施できるよう支援するのが心理療法の役割である。 

2)プロローグ2:当院での支援の実際

当院で行っている診療と心理療法の流れを図1に示した。心理療法は個別で行うカウンセリング(50分が標準)と集団で行うプログラム(3時間)がある。個別のカウンセリングは個々に合わせた介入,集団プログラムは初期の導入プログラム(午後),それに続くリワークプログラム(ワーク,ボディワーク,対人関係スキルとグループワーク,CBT)(午前中),復職後のフォロープログラム(午後)があり,エクササイズ等の決まった内容に参加者皆で取り組む時間と個別の課題をする時間が混合する形をとっている。集団プログラムでは集団の治療的効果も意識しながら,不快を抱えつつ自身の大切なことに向けた行動が出来ること,すなわち心理的柔軟性を高めることを目標とし,アクセプタンス&コミットメントセラピー(Acceptance & Commitment Therapy:ACT)を基盤とした考え方で運営している。以下に章立てして当院の心理療法における実施概要をお伝えしたい。なお,( )内はその内容に対応している集団プログラムを示している。

図1 当院における復職までの支援の流れ

3)心理教育と信頼関係の構築(導入プログラム)

人が大きなストレスにさらされると,闘争・逃走反応と呼ばれる生体の脅威に対する防御システムがはたらき,自律神経への影響で神経・血管系の機能亢進や胃腸等消化器系の機能低下が起こり,注意の幅の狭小化等を引き起こす。私が関わった教職員の方々も真面目で責任感が強く,高い理想をもった努力家であるほど,何とかしなければ,できない自分はダメだと頑張り,結果的にストレス暴露による闘争・逃走反応を受容できず何とか消去・回避しようとして悪循環に陥りやすい。心理教育ではこのようなメカニズムが生体の防御反応で誰にでも起こることを丁寧に学ぶ(ノーマライジング)。また,心理療法家とのやり取りの中での承認やコンパッシブな姿勢(大変だったことを認める)から,ストレスを受けたときに生じる自分の反応をありのままに受け入れる感覚を体験することができる。

4)症状の軽減:不快な思考と距離を置き生活を取り戻す(導入プログラム導入G・ゆるり)

服薬や休養では症状が軽快しない方の多くは,不快な思考の反芻から離れることが難しい。そこでお勧めするのは五感のマインドフルネスで,私的事象(思考・感情・身体感覚)に気づき,それらを評価せずにありのままに受け容れながら,五感を通して今この瞬間の現実と接触することを体験する。それは呼吸をはじめとするあらゆる日常活動(歩く,食事,歯磨き,掃除やストレッチやヨガ等)を通して実践可能で,まずはプログラムの中で自分が意識を向けたいものに向けることができるようになれば,日常生活の中でも自然に不快な思考と距離を置くことができるようになり,生活リズムが整っていく。

5)復職に向けた体力や集中力の回復(リワークプログラム:ワーク)

生活リズムが整うと午前中のリワークプログラムへ移行する。プログラム内で事務作業等に取り組み,自身の状態(集中力等)や作業傾向(休憩が取れるか,必要時自ら支援を求められるか等)を認識し,日常生活でも段階的に復職に向けた体力と集中力の回復を図っていく。この時点では自身の目指す生活に向けて必要な行動を計画することが重要だが,時に外出して人と会うことや職場関連のものに触れること等,避けているものが明らかになる場合がある。

6)再発予防に向けて1(「観察する視点」をつくる実践:リワークプログラムCBT)

思考力が回復したら,再発防止を目的に発症に至った経緯の振り返りに取り組むが,発症時の記憶想起により不調(強い感情反応と自律神経症状)を引き起こす場合がある。ここでは勇気をもってその感情反応にも触れていくことが重要だが,準備が必要である。全ての感情には役割があり,波のように高まるがやがてはおさまっていく……。そんなイメージを描きつつ自身の呼吸にも意識を分散しながら,それを「観察する視点」をもつ瞑想を,思い出したことで喚起した感情をもてそうな出来事の想起から始めていく。ここでは「大変だったね」と自分を慈しむセルフコンパッションの視点をもつことも重要である。

7)再発予防に向けて2(心理的柔軟性を育む:リワークプログラムCBT対人関係スキル,グループワーク)

心理的柔軟性を高めるために行動分析が見える化できるACT MATRIX(図2)は便利なツールである。 上下で自身に起こることの内(私的事象)と外(行動),左右で行動の機能(目的)を大切なものに向かう,不快から離れる,に分けて,それらに気づくのは自分自身であるという視点を共有する。阻害する私的事象をもちながら行動することが心理的柔軟性であること(梯子)を示し,さらに左側で不快の消去・回避が短期的にはうまくいっても長期的にはうまくいかないことを検討して,行動のワーカビリティの視点や心理的柔軟性をもつことの大切さを共有できる。

私は重要な場面ではいつもこの図を頭に置き,行動を選択している。短期的には辛くても自分の大切なことに向かう行動ができれば,達成感や自信など,その時々の充実した感覚が胸に宿るのは心地よいものだ。このようなお勧めの感覚を参加者同士でシェアすることも気づきを高めることに役立つ。

対人関係スキルは困った場面でのやり取りを用いて,グループワークは集団で役割を決めて一つの課題を仕上げるときに,自身の私的事象や行動に気づき,心理的柔軟性を高めるためにどう行動すると良いのか検討する場として機能している。

図2 ACT MATRIX

8)職場との環境調整と復職後フォロー(企業面談と症状管理グループ)

復職できる心身の状態が整ったら,次は職場とコンタクトを取り復職の準備をはじめる。まずはご本人の希望,復職先の管理者の考えや本人との関係性の聴取が重要である。その上で必要に応じて心理的柔軟性を高めることの重要性を説明し,本人の特性とリワークプログラムで練習したことを土台に長期的に効果が見込める対応の仕方を話し合う。復職後の定期的な病状確認の必要性を両者に認識していただくことも重要である。

文  献
  • Eifert, G. H., Forsyth, J. P. (2008) The Mindfulness and Acceptance Workbook for Anxiety: A Guide to Breaking Free from Anxiety Phobias and Worry Using Acceptance and Commitment Therapy. New Harbinger Publications.(熊野宏昭,奈良元壽監訳(2012)不安・恐れ・心配から自由になるマインドフルネス・ワークブックー豊かな人生を築くためのアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT).明石書店.)
  • Hakamata, Y., Mizukami, M.,Izawa, S. et al. (2020) Basolateral Amygdala Connectivity With Subgenual Anterior Cingulate Cortex Represents Enhanced Fear-Related Memory Encoding in Anxious Humans. Biological Psychiatry: Cognitive Neuroscience and Neuroimaging, 5 (3); 301-310.
  • 越川房子監修(2007)ココロが軽くなるエクササイズ.東京書籍.
  • 文部科学省(2023)令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査について.
  • Polk, K. L., Schoendorff, B., Webster, M. et al. (2016) The ESSENTIAL GUIDE to the ACT MATRIX: A Step-by-Step Aproach to Using the ACT Matrix Model in Clinical Practice. Context press.(谷晋二監訳(2021)ACTマトリックスのエッセンシャルガイドーアクセプタンス&コミットメント・セラピーを使う.遠見書房.)
  • The Journal of Neuroscience 2010, 2, 24.
  • Tirch, D., Schoendorff, B. et al. (2014) The ACT Practitioner’s guide to the Science of Compassion: tools for Fostering Psychological Flexibility (English Edition). New Harbinger Publications.(酒井美枝,嶋大樹,武藤崇監訳(2021)ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)実践家のための「コンパッションの科学」―心理的柔軟性を育むツール.北大路書房.)

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岡本章宏(おかもと・あきひろ)
嶺南こころの病院
資格:精神保健指定医,精神神経学会認定医・指導医,産業医
趣味はスキューバダイビング

岡本利子(おかもと・としこ)
嶺南こころの病院
資格:作業療法士,公認心理師,産業カウンセラー
趣味はヨガと心地よい時間を過ごすこと

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