【特集 教師を支える】#02 心理相談室からみた教師のメンタルヘルス|小林奈穂美

小林奈穂美(カウンセリングルームさくら)
シンリンラボ 第23号(2025年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.23 (2025, Feb.)

1.心理相談室で語られる教師のメンタルヘルス

「私のような公的な仕事をしている人間は,悩んではいけないのでしょうか」

担当した,ある教師の言葉である。筆者が代表を勤めるカウンセリングルームで公立学校の教員のメンタルヘルス支援(年度内5回を限度に公立学校共済組合が負担)を担当するようになってから数年が経過した。県内で私設カウンセリングを行っている施設に対し,県が委託する心の健康相談事業としてのとりくみである。

当初は,教職員の家族も対象とのことで開始されたものの,来談者が県の予想を大幅に上回ったため予算が足りず,急遽,「職員本人のみ」対象に変更された。それでも,毎年延べ来談者数は200人〜240人くらいを推移している。これは弊社の総来談者数の1割を占める。

弊社には複数のスタッフがいるが,今回はあえて筆者の担当ケースに限定して述べる。2022年から2024年の3年間の,来談者における主訴は,職場関連が47%,家庭関連36%,病気・健康9%,PTSD9%であった。PTSDをあえて分けたのは,筆者がトラウマ治療を専門にしており,カウンセリングの手法が多少他のケースと違うためである。さらに主訴が職場での対人関係,仕事内容や量であっても,うつ病などの疾病を発症し心療内科等を受診しているケースも多いため,分類が難しい。

教職員のメンタルヘルスの問題が深刻になっている。文部科学省による「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によると,教職員の精神疾患による休職者数は過去最多の6,539人であった(文部科学省,2023)。さらに,昨今,教職員を職業として志望する若者が減少し,教員不足が現場では深刻になっているといわれているが,文部科学省が2022(令和4)年1月に公表したデータによると,学校に配当されている教員定数に対する「教師不足」の割合は高等学校が最も低く0.1%,小学校は0.26%,中学校は0.33%,特別支援学校 は0.26%である(文部科学省,2022)。

不足率とは,各学校に配当されている教員数に対し,実際に所属している教員数の割合である。つまり不足率から言えば深刻とは言えない。しかし,来談される方々が口にする困りごとは,人員不足ゆえの苦しみ,精神的余裕のなさからくる,対人関係のトラブルであり,現場教職員の負担感が解消されていないもしくは悪化しているという事になる。

メンタルヘルスの問題というのは,何か1つの原因があるわけではなく,様々な要因が重なり合って生じるものであるため,原因を探し続けていても解決にはならない。弊社は認知行動療法を専門としたカウンセリングルームである。すでに心療内科や精神科を受診している場合は,医療機関での情報提供書をいただきながら,どのくらいの休職期間なのかを確認したうえで,来談者の困りごとが,いつからどのように発生し,維持され,継続しているのかを明確にしたうえで,環境側(職場)に問題があれば,管理職との話し合いをどのようにしていくかを提案したりする。ご自身の対人関係における物事のとらえ方が主な困りごとの場合は,具体的な状況をあげ,それに対する,認知,行動,気分・感情および身体面の相互作用を観察し,それに対して,違う角度から物事を見たり行動したりすることで,困りごとを解決できないかどうか検討し実践する。睡眠の問題がある方に対しては,睡眠指導と記録をお願いして,休職中に睡眠リズムを改善するための取り組みを行う。しかし,担当した休職者の内,9割以上は復職するにも関わらず,新規の相談者は後を絶たない。つまりこのように精神的に消耗してしまった方々への対処はできているが,どういう職場環境がメンタルヘルスの問題を作っているのかについて詳細を調査し,改善していかなければ,今後も問題は後を絶たないであろう。そこで本稿では,まずは学校現場の実際を紹介し,その後,具体的な事例を提示していくこととする。

2.マルチタスクとオーバーワーク

現在の学校の教員には様々な役割が課せられている。筆者は6年間,スクールカウンセラーとして教育現場にいたが,「そんなことまで先生がやっているの?」と感じた体験が多かった。例えば,給食費の集金に筆者のところに来てくださるのが授業も担当して様々な役割を持つ先生であったことにはいたく恐縮した。部活動の引率に土日関係なく自家用車を運転して会場に出向き,丸一日真夏の炎天下での試合に付き合い,技術的指導からトラブル未然防止にかかわるという姿を拝見し驚いた。部活動担当は,その活動や種目の専門ではない教員である場合も多かった。また,学校行事は重要な任務で,当然,入学式,卒業式や運動会などは業務であり,なかなか休めないことも多くなる。わが子の学校行事日程と重複する場合もしばしばで,家族サービスを果たせない場合も多くなる。最近では,年次休暇を取得して自分の子どもの行事に出席できるよう配慮を受けやすくなってきたらしいが,まだまだ「我慢」を強いられる先生もいるようだ。父親の子育て参加の推進にも意外と対応が進んでおらず,これも若者を遠ざける要因にもなっているのかもしれない。

筆者は民間企業勤務の経験もあるので,学校現場と企業の働き方の違いがあれこれ気になる。大企業では各自に役職があるし,中小企業でも新人ならまだしも,中堅のキャリアがある係長や部長クラスに弁当の集金や資料のホチキス止めを担当させるというのはそう多くないであろう。

学校教員が自分の本来の業務である教科指導と生活指導のほかに,失礼ながらありとあらゆる雑務をこなしている。さらに放課後や休日は,ほぼボランティアのような部活動を担当し,地域活動にも関わっていたりする。

日本の学校教員はマルチプレイヤーであることを強く求められる専門家である。児童生徒も保護者らも,国民全体がそれを当たり前だと思っている。そしてしばしば,行政だけでなく,様々な団体から,さまざまな要望期待が持ち込まれる。これでは,若者が就職したがらないのも無理はないのではないか。

そうした現場で,いかに教職員が苦しんでいるか,具体的な事例を示し述べてみよう。これから紹介する事例は実際にあった内容を元にしているが,個人情報が特定されないように大幅に改変して記載する。

3.事  例

1)保護者とのトラブル

事例1:保護者とのトラブルにより休職を余儀なくされた事例

Aさん:30代 中学校教員

家族:配偶者,こども1人 配偶者も教員でお互い多忙だが,近隣に実の父母がいてこどもの送迎や家事の一部を手伝ってくれている

診断名:適応障害

問題の経緯:現場8年目の数学の教員でクラス担任も任されていた。クラスの一部の女子が授業中に落ち着きがなく,他の教科担当からも指摘されていた。元々責任感の強いAさんは,クラス内に何か起きると,すべて自分の責任であると思いがちではあったが,これまではクラスをうまくまとめることができていた。ある生徒が,授業中,教科書を開かずに隣の生徒と私語をしていたため軽く注意した。その出来事を対象生徒が帰宅後,親に話したところ親は激怒。みんなの前で恥をかかせたと学校に乗り込んできた。Aさんは,保護者に丁寧に説明したものの聴く耳を持たず,その後毎日のように学校に連絡が来るようになった。Aさんは次第に,「また自宅に帰ってから生徒が親に話したらどうしよう」「私の指導は元々生徒にとって害でしかなかったのではないか」などという考えがよぎるようになり,かつてのように自然に指導できなくなっていった。

その結果,クラスの生徒は次第に落ち着きが無くなり,他の教員からも,「A先生のクラス,何とかなりませんか,注意しても聞かない」,「今日も〇〇さんが離席しました」などと職員室で連絡を受けるたびに,全ては自分のせいだと考えるようになり,落ち込むようになっていった。

ある日,対象生徒が学校を3日ほど休んだ。元々さぼり癖があった生徒だったが,親はここぞとばかりに,「A先生がみんなの前でこどもを曝したので登校できにくくなっている,謝罪しろ」と校長室に乗り込んだ。校長は,Aさんの同席にためらいを覚えたが,対象生徒の保護者の興奮が治まらず,Aさんを校長室に呼ぶことになった。保護者は一方的にAさんを恫喝し,「謝罪しろ,責任をとれ」などと繰り返した。

Aさんにとって最もショックだったのは,その場での校長の「A先生には今後はほかの生徒の前で強く指導することのないようにさせますので」との発言だった。後から冷静になってみれば,保護者の怒りを鎮めるための発言だったのかもしれないとも考えられたが,その場では頭の中が真っ白になり,その後の記憶はなく,どの様にして自分の席に戻ったのかも覚えていない。その翌日,Aさんは,朝起き上がることができなくなり,結局,半年間の休職を余儀なくされた。

2)問題行動が激しい児童生徒への対応

事例2:生徒の問題行動への対処が難しく,自信を失ってしまった事例

Bさん:40代 小学校教員 

家族:配偶者(会社員) こども2人の4人家族

診断名:適応障害

問題の経緯:Bさんは優秀で,現場での信頼も厚く,若くして主任に抜擢された。新年度を迎え,担当する児童と他県からの転校生も迎えしっかりやっていこうと考えていた。転校生はクラスメイトとのトラブルが解決できずに転校してくることになったと聞いていた。転校してきた女子児童は,最初から落ち着きが無くクラス内で暴言を吐いたり,急に泣きだしたりして対応が難しかった。それに影響されてか,周囲の児童らも落ち着きが無くなっていった。徐々に対応が難しくなっていき,1人で対応してもうまくいかなかったが,それまでのBさんの実績やイメージを気にして誰にも相談することができなかった。その後,複数の保護者から,クラスの落ち着きが無い状況について相談が持ち込まれたこともBさんをより一層追い詰めた。

他方,女子児童の母親はうつ病をわずらっており,学校での様子をお伝えしても,家庭で対応してもらえる力はなかった。1人で考え続けている中,ふと騒がしいクラスの子どもたちを見ているときに,初めて「この子たちが可愛くない」と感じた。教員になって以来,そんな風に感じたことは無く,「教員失格だ」と思い詰めた。来談当初から,抑うつ症状が強く,すぐにでもクリニックを受診する必要があったが,そのような状態になった自分自身を受け入れることができなかった。それまでは,メンタルヘルスの問題で,年度途中で休職する職員に対して良い印象をもっていなかったと話された。まさか自分がそういう状態になっていることに強い抵抗があり,なかなか受診をせずしばらく経過した。結局,徐々に落ち込みが強くなっていき,Bさんは半年間休職した。復職をする際は,役職を外してもらい職場復帰した。

3)新採用としての困難

事例3:教員としてこの先やっていく自信を失ったという事例

Cさん:20代 中学校教員

家族:アパートで独居

診断:適応障害

問題の経緯:Cさんは,採用後2年目の教員でした。学生時代から学業,スポーツともに優秀で,学級委員や生徒会で責任ある仕事を任されていた,かずかずの大会で活躍をしてきた将来有望な先生だった。着任1年目は,指導役をしてくれた同じ学年の先生がとても親身に,かつ的確に指導をしてくれたおかげで,1年目とは思えないような活躍ぶりをみせた。

ところが2年目になり,校務分掌が同じだったこともあり,あるベテラン教員と頻繁にかかわらざるを得なくなった。様々な仕事を言いつけられ,「新人なのだから何でもやらないと」と言われたり,質問すると,「そんなこともわからないのか,自分で考えろ」と言われたりで,やり方を教えてもらえなかった。仕事量が多すぎて時間内に終わらず,授業の準備は後回しになってしまい,帰宅後,自宅で準備するような毎日が続いた。現場の先生方は常に忙しく,その姿を見ると助けを頼むことができなかった。「ほかの先生たちも一生懸命やっているのだから,自分でやるべきだ。できない自分はダメなのではないか」と考えるようになった。そんな折,ある生徒が部活動で怪我をした。Cさんの管理下での事故ではなかったが,そのことを期に,他の先生たちも自分のことをできないやつだと思っているに違いない,と考えるようになったという。日常の業務に加えて,けがをした生徒のケアに追われ,心配で夜眠ることができなくなり,食欲が落ち,出勤しても自分が何をしているのかわからなくなるくらい集中力が落ちた。日頃から,元気いっぱいで仕事をしてきたため,周囲も気づきにくくかった。ある日起き上がれず寝込んで職場への連絡もすることができなかった。朝出勤してこないCさんを心配した管理職が自宅に電話をして初めてそこまで苦しんでいた実態を管理職と同僚は知ることとなった。その後,すぐに心療内科を受診し,3か月の療養を要するという診断がくだった。

4)新採用としての困難2

事例4:教員としてこの先やっていく自信を失った事例

Dさん:20代 中学校教員

家族:両親と3人暮らし

問題の経緯:Dさんは,新採用として初めての現場に配属された20代教員である。初年度は副担任として学年の先生たちのサポート的な仕事を任されていた。学校教員は研修の数が多く,他の同期の教員らの授業を見学したり,新採用研修に出席するために,他校に集まり指導を受けたりする。Dさんの担当教科は英語だった。初年度という緊張もあり,職場での授業,校務分掌の仕事,部活の顧問の仕事とせわしなく時間が過ぎていった。ある日,学校で問題行動を起こした生徒の対応を保健室で行っていた。興奮していた生徒をなかなかなだめることができずにいた。その日は午後から校外の研修だったが,生徒対応で出発するのが遅れてしまった上に,自家用車で移動中に渋滞に巻きこまれ,会場への到着が遅れてしまった。到着すると,職場から自分の携帯電話に,なぜまだ到着していないのかというメッセージが残っていた。「問題行動を起こした生徒を見ていたことが伝わっていないのか」と,多少のイラつきを覚えながら,一旦職場に連絡をしたのちに,急いで会場に駆けつけた。しかし,今度はその場で指導者から強い叱責を受けた。「自分のせいではないのに」と思いながら研修を受けたが,内容が全く頭に入らなかった。Dさんは研修中,「同期の皆は余裕そうに見える。私だけついていけていない」と考え続けた。その日以来,すっかり自信を失ってしまった。授業だけが唯一楽しい時間だったが,「こんな自分に教えられる生徒が可哀想。ほかの先生に教えてもらった方がこの子たちにとって幸せなのではないか」と考えるようになった。こんなことを先輩たちにも相談できず,次第に授業を行う教室への足取りが重くなった。元々,教員になるかどうか迷っていたが親の薦めで決めたこともあり,Dさんはすっかり仕事へのモチベーションを失い,退職を選択した。

上記は,多くのケースの内のほんの数例である。筆者が知っている多くの学校教員は業務に対して熱心で,生徒想いの方が多い。問題があれば何とかしようと一生懸命に取り組む。しかし,1人の教員が抱えている役割が多すぎるために,1人の休職者が出た際の現場の負担増がどの程度になるか,と想像してみていただけると良い。これは,メンタルヘルスの整備が進んできている産業分野に比べ,教育分野におけるメンタルヘルスに関連する問題の見直し,休職するに至ってしまう環境側の,業務内容および業務量の実態調査と課題の検討および解決策の策定を急ぐ必要があるのではないだろうか。

文  献

バナー画像:Rosy / Bad Homburg / GermanyによるPixabayからの画像
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小林奈穂美(こばやし・なおみ)
合同会社 カウンセリングルームさくら
資格:公認心理師,臨床心理士,PE Therapist 及び PE supervisor
主な著書:『令和型不登校をあきらめない』(日本評論社,2024),『まちにとけこむ公認心理師』(日本評論社,2023)
趣味:サウナ,山菜取り,映画鑑賞,たまに釣り

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