関 剛規(国立障害者リハビリテーションセンター 学院)
シンリンラボ 第22号(2025年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.22 (2025, Jan.)
1.はじめに
ご紹介する国立障害者リハビリテーションセンター学院児童指導員科のカリキュラムは,大学等の実習カリキュラムとは異なります。また,組織としての見解ではなく,私の個人的見解であることにご留意ください。なお,取り上げる学生は,複数の学生をイメージした架空事例です。
2.児童指導員科(以下,本科)の概要説明
国立障害者リハビリテーションセンターは,障害のある人々の自立した生活と社会参加を支援するため,医療・福祉サービスの提供,新しい技術や機器の開発,国の施策に資する研究,専門職の人材養成,障害に関する国際協力などを実施している国の組織であり,病院,自立支援局,研究所,学院,企画・情報部,管理部の6部門から構成される。本科は,学院にある養成部門の1つであり,発達障害(知的障害を含む)を支援する福祉専門職を養成している。応募資格は,4年制大学卒業(学部学科は問わない)または保育士資格を取得した者であり,修了年限は1年間である。
本科の必修実習は,保育園実習(5日),療育実習(10日),施設実習(10日),児童相談所実習(10日),社会福祉事務所実習(10日)の5つである。なかでも,保育園実習と療育実習は本科オリジナルの実習であり,支援計画書を作成し,実行し,ビデオによる振り返りがある。フォーマル・インフォーマルな情報からアセメントし,活動前に毎回シミュレーションをした上で実習を行う。学生の主体性と創造性を求める実習である。
3.手のかかる実習生
実習前の実習先オリエンテーションでの話。実習担当の指導員から,「実習日誌は,ボールペン書きです。間違えた時は,修正ペン等は使わずに,二重線を引いて訂正印を押してください」と説明を受ける。手書きの酷さは,しばしば自分でも解読できないレベル。誤字脱字もある。そのため,1日の実習を振り返り,辞書を確認しながら,1文字1文字丁寧に書いていけば,確実に3時間以上実習日誌と向き合うことになる。実習を終えて,実習日誌を書き,夕食,入浴,洗濯をして,翌日の準備等をすれば,すぐ朝になる。子どもとの関係は比較的良好だが,正義感が強く,職員への質問が多い。取り組む姿勢は評価できるが,『あるべき論』が強く,空回りしている。
これは,私自身の実習体験記。子どもとの関わりは楽しかったが,実習日誌と職員とのやりとりは苦行の連続だった。そして,その延長線上にある就職活動は,周りと同じように取り組めずにモラトリアム時代に突入した。卒業はしたが,そのまま雪山に籠り,旅館の居候とスキーをしながら,「俺は現場でやれるか」と自問自答していた。
4.実習とは何か
今思えば,実習に送り出す側と受け入れる側の双方にとって,私はとても手のかかる実習生だったのではないだろうか。人と人,人と仕事とのマッチングは,実習に限らず極めて重要である。以前,「仕事が定着するか否かは,ほぼほぼ『ジョブマッチング』で決まる」と,障害者就労支援を担当するジョブコーチから言われたことがある。そういう意味では,学生時代の私は,実習とのマッチングがうまくできていなかったように思う。モラトリアム期を終えた私は,障害児入所施設に就職して18年くらい生活支援や日中活動支援を担当し,その後の人事異動で専門職養成を担当して14年が経過した。学生時代の実習評価や就職活動の苦い経験を抱えながら,30年が経過した。
私は,実習に学生を送り出す前に,「実習は学生の特権」であることを伝えている。指導者がいること,挑戦できること,失敗できること,楽しめること。対人援助専門職が所属する現場ではOJT(On The Job Training)が普及し,先輩職員から安心して指導を受ける体制が整備されてきたが,その目的や指導体制は質的に実習とは異なる。実習は,対人援助専門職として学生がパフォーマンスを発揮できることを試し,学生自身が見極める絶好な機会である。「初志貫徹」は素晴らしいが,学生自身が対人援助専門職として歩むことを決めるプロセスとして重要である。
「やらなければわからない」ことがある。大学等で学んだ『理論』は理想であり,『実践』は現実であるとすれば,そのギャップが大きければ,学生に不安や戸惑いが生じるのは必然である。現実に立ち向かう学生もいれば,現実を受け入れることができない学生もいる。感度の高い学生の中には,実習開始前から不安や戸惑いが始まる場合もある。
5.実習における合理的配慮
『障害のある学生の就学支援に関する検討会報告(第三次まとめ)』(障害のある学生の修学支援に関する検討会,2024)によれば,発達障害のある学生に授業支援を行っている大学等数は629校(53.6%)あり,「我が国の大学等には多様な学生が在籍しており,その中には障害のある学生も含まれている。大学等はそれら全ての学生に対し,等しく教育を行う責任を負っていることから,障害のある学生が障害を理由に修学を断念することがないよう,体制や環境を整えていくことが必要である」としている。
発達障害を理由に実習を受け入れない,あるいは中止することが起きないように,当該学生と実習先への十分な説明が必要である。例えば,当該学生と実習先の双方に,具体的に,明確に実習内容を提示し,合意する枠組み(ルール)を設定することが有効な場合がある。合理的配慮申請があれば,当該学生と一緒に実習までの準備と,実習開始後のフォローアップ体制を確認し,実習の見通しを共有する。そして,実習時間の規定時間数を確認し,遅刻や欠席回数についてもあらかじめ確認する必要がある。暗黙のルールを文章化,視覚化することによって,安心して実習に臨むことが期待される。
合理的配慮申請によって,大学等がルールに例外を設けることが,合理的配慮の不提供や不当な差別的取扱いに成り得る場合がある。発達障害を理由に実習免除があるとすれば,それは行き過ぎた対応である。「朝起きることができない」「忘れ物をしてしまう」ことを,発達障害が原因とすることには無理がある。合理的配慮申請は,建設的な対話の第一歩である。学生本人の思いを聞きながら,学生との信頼関係を構築し,環境を整備することが重要である。
6.まとめ
ほぼほぼ『ジョブマッチング』で決まると教えてくれたジョブコーチから,「ボロボロになるまで,ボロ雑巾になるまで働いてはいけない。余力を残して,ソフトランディングで辞める」そういう話もいただいた。人生100年時代。実習は,ほんの一瞬の出来事である。
対人援助専門職を希望する学生がいれば,希望しない学生もいる。そして,希望する学生全員が対人援助専門職になれるとは限らない。実習が始まって,体調を崩す学生もいる。実習が始まる前から,支援を必要とする学生もいる。環境が変わり,短期集中の実習は,様子見ではなく,異変があれば即時対応が基本である。
発達障害のある学生は,さぼるでもなく,真面目な人が多い。コミュニケーションはあまり上手ではなくても,ユニークで,いろいろなことに気づき,とことんできる人だと思う。だから,実習遂行には,「支援が必要なことがわかない」「ヘルプの出し方がわからない」ことへの対応が大きな要となる。
発達障害のある学生への実習指導は,それぞれの学生に応じた,丁寧なものであってほしい。それは特別なことではなく,すべての学生に本来的に必要であり,とても大切なことでもある。
文 献
- 国立障害者リハビリテーションセンター学院児童指導員科https://www.rehab.go.jp/College/japanese/yousei/ci/(2024年12月20日閲覧)
- 障害のある学生の修学支援に関する検討会(2024):障害のある学生の就学支援に関する検討会報告(第三次まとめ)https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/123/mext_01732.html(2024年12月20日閲覧)
関 剛規(せき・たけのり)
国立障害者リハビリテーションセンター 学院 児童指導員科
資格:保育士,介護福祉士,公認心理師