【特集 大学における発達障害学生に対する合理的配慮のあり方をめぐって】#04 大学を卒業した発達障害者が就労時に直面する課題|髙橋麻矢

髙橋麻矢(神奈川県教育委員会 綾瀬市役所教育研究所)
シンリンラボ 第22号(2025年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.22 (2025, Jan.)

1.就労現場における発達障害者の気づきにくい課題

私は公共職業安定所(ハローワーク:以下HW)において精神・発達障害者の雇用トータルサポーターとして,主に障害や病気を抱える求職者および雇用する側である企業に対する支援業務を行ってきた。求職者の中でも対象者の多くは社会人の方の離転職に関する相談だが,私が所属していたHWでは学生および卒業しておおむね3年以内の既卒者の就労相談を担当することもあった。そこでの経験を通して今回のテーマに関して考えたことを述べさせていただきたいと思う。

働く(採用される)ためには資格やスキル,適性等様々な要件が必要である。学生に限らず多くの方は,資格やスキルがあれば採用されやすく仕事ができると考え,そのための訓練や講習等を受けたり,独学で資格取得に取り組む方もいる。確かに習得することによるメリットは大きいが,何らかの特性を抱える方については必ずしも安定して継続して仕事ができるとは限らない。特性によってはスキルを発揮できる条件として環境や状況に左右されてしまうことが多々起こり得るからである。

例えば「事務職」で考えてみる。事務職の仕事で必要なスキルとして,まずイメージするのはパソコンスキルであろう。実際に事務職を希望される方は教室や訓練に通ったり自身で学んで検定を受けるなどされている。しかしそのスキルがあって事務職として就職したとしても,その職場の環境や求められる内容によっては十分に発揮できないことがある。例えば職場の人数は多いのか少ないのか,業務内容は幅広くいろいろなことを任されるのかあるいは細分化されていて担当した範囲のみを行うのか,個人で完了できるか複数人・チームで協働しながら行うのか,指示・相談役は決まっているのかいないのか,物理的な環境として静かなのか騒がしいか,人の出入りが多いか少ないか等々挙げると切りがない。

一般的には就職すればその環境ややり方,仕組みに適応し業務を遂行しなければならない。しかし適応していくことに困難な特性があれば,どんなにパソコンスキルがあって事務処理能力が高かったとしても力を発揮しにくい。以下は私が担当した求職者の方の退職理由の一例である。

① 業務内容のタスクが増え順番が判断できず滞り,注意をされることが多くなった。
② 書面でのマニュアルがなくなり口頭で教えてもらうしかなかったため,作業が覚えられなかった。誰に聞けばよいのか,いつ聞いたらいいのかわからなかった。
③ 職場の照明が蛍光灯からLEDになり苦痛で業務に集中できなくなってしまった。

ではこれらのような困難が生じたときどうしたらよかったのか。以下は対応の例である。

① →指導者や業務指示者等が優先順位や締め切り日時を具体的に提示する
② →本人にわかりやすいマニュアルの準備(文書,写真,動画等)。相談や質問に対応する担当者や対応時間についても決めておく。
③ →照明の異なる作業スペースがあればそこに移る,またはサングラス等をかける。

このように,自分にどのような特性があり,どのように工夫したり配慮を得られると自身の本来の力が発揮できるのかを理解しておかないと,安定した就労が困難になってしまうことがある。更に上記例の話を伺った求職者の方々は,いずれもこのような経緯から過度に自信を失ってしまったり,周囲からやる気がないと評価され,人間関係が悪化してしまった等でうつ病や適応障害等の二次障害を発症してしまった。

2.学生と社会人とで求められることの違い

発達障害という言葉は広く周知されるようになり関心も高まってきた。まだ十分とは言えないが専門の医療機関や相談・支援機関も明らかに増えている。幼少期の定期健診等を機に専門機関に繋がり早期療育を始められる幼児・児童もいるが,いわゆるグレーゾーンで確定されにくい状態であったり,保護者や本人が受診や相談に消極的・否定的な場合,何とかその状況を乗り切れば「問題はなかった」ということで放置されるケースも多い。

特に小学生から専門・大学生を含む「学生」は学業を修めることが主に求められる。もちろん学校はそれだけでなく,その他いろいろなことを学び身につけ育まれる場であるが,義務教育課程では学業の成績が悪くても学校に来なくても卒業になるし,高校以上ではとりあえず一定時間出席や課題の提出,テストの成績を修めれば進級・卒業できる。こなすことができればOK(=問題ない)という認識になりがちである。大雑把でやや乱暴な言い方になるが,学業はやることと範囲が示されており,どれだけできれば合格でできなければ不合格ということがはっきりしていてわかりやすい。

しかし社会人はそうではない。やるべき仕事の内容や量,期限,成果の評価等が明確なものもあるが,多くの職業がそれ以外のものも求められる。周囲との協調性や協働,より良くするための工夫,状況をみて判断する,積極的に取り組む,「できるだけ」やる,「報連相」の判断と遂行,等々発達障害の特性上,応えることが難しいものが多くある。そのことを理解・認識しておく必要があるのだが,学校の授業だけで学ぶことは難しい。

さらに,発達障害を抱える学生は大学でのカリキュラムをこなすことでいっぱいで,就職活動を意識した取り組みを並行して行える余裕がなく,全般的に準備が不十分な傾向を感じる。またアルバイト経験がない学生が多く見受けられ,働くということのイメージができにくい。働くための準備は,それまでのような進学先を決めて準備をすることとはまるで質が違うのだが,その理解がないまま卒業に合わせて就職しようとするため,特性を踏まえたマッチングが不十分で,先の例で挙げたようなことが起こるリスクが高くなるのである。

3.希望ある就労となるために

周知の通り,発達障害は程度にもよるが,特性を抱えるご本人のおかれた環境や求められる立場や状況がその特性に差し障りなければ,特に大きな問題なく過ごせることもある。あるいは周囲に困り感があってもご本人が周囲に関心を持てない,気付けないといった特性のある方は,自覚できないままになるということもある。もちろん結果的に何らかの診断がついたとしても,ご本人や周囲の方が困ることなく過ごせれば問題はなく,特性の受容を強要したいわけではない。また,受容のきっかけやペースも人それぞれであり,支援者は正しく必要なこととして押し付けるのではなく,本人や家族に伴走しながら共に考えていく姿勢が重要である。

しかし本人の特性に対する周囲の理解の乏しさや,職業や環境のミスマッチが過度な自信喪失や失敗体験として残り二次障害のリスクがあることも,念頭におかなくてはならない。何よりも働くことが嫌な体験としてのみ本人のイメージに植え付けられてしまい,労働への意欲や関心の低下を招くことは大きな損失である。確かに働くことは大変でつらいことも苦しいこともある。これは障害や病気の有無に関わらない。しかし働くことにより得られるものも多い。

発達障害を抱える学生は,これまでにも様々な苦労や大変な経験をしてこられた方も多いと思われ,それゆえに社会人への不安も大きいだろう。初めて働くという経験はその後の就労にも大きく影響する。一人でも多くの方に「働くことは大変だけど良かった」と感じられるスタートが切れるように,本人の「やりたい」を尊重しつつ自己理解を深め準備をしてくことが大事である。そしてそのためには本人や保護者を取り巻く教育,福祉,医療等の様々な関係者の支援が重要な役割を担っていると考えている。

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髙橋 麻矢(たかはし・まや)
資格:社会福祉士 精神保健福祉士 公認心理師

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