日戸由刈(相模女子大学)
シンリンラボ 第22号(2025年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.22 (2025, Jan.)
1.はじめに
今回の特集のテーマは「大学における発達障害学生に対する合理的配慮のあり方をめぐって」である。企画を任された筆者は,障害学生支援や学生相談の専門家ではない。現在は小規模私立大学で教員をしているが,8年前までリハビリテーションセンターの発達精神科外来や福祉施設で,発達障害の幼児から成人までを対象とした福祉心理職を長年つとめてきた。企画者としてふさわしいとは思えなかったが,編集部からは筆者の経験や現在の立場を活かして,これまでと違った角度から企画を進めてほしいと依頼された。
障害者差別解消法改正を受け,2024年4月より民間事業所の合理的配慮が義務化され,全国すべての大学において合理的配慮を提供するための障害学生支援の体制整備が進んだ。しかし規模の小さい大学ほど人手が足りず,一般職員が兼務せざるをえない。筆者ら福祉心理職が一定のキャリアを経て担当するような難しい支援の仕事に,大学職員たちはほかの仕事の合間をぬって一生懸命取り組んでいる。改めて「大学における合理的配慮の基本」や「発達障害学生に特有の難しさ」について共通理解を図り,「これだけは,すべきこと」や,逆に「してはいけないこと」を考える契機になればと考え,本特集を企画した。
2.発達障害学生に特有の難しさ
そもそも障害学生に対する合理的配慮は何のために行うのか。福祉や医療の現場で支援に携わってきた立場からみると,大学における合理的配慮には二つの意味があるように思われる。ひとつは職員の正しい理解にもとづく大学におけるダイバーシティ&インクルージョンの推進,もうひとつは障害学生自身にとっての自己理解やセルフアドボカシー,キャリア発達の実現である。
後者について,発達障害や精神障害の学生は,ほかの障害者と比べて特有の難しさがある。まず,入学時に全員が診断を受けている,または自分の診断を認識しているとは限らない。大学生活を通じて困難を感じ始め,診断や合理的配慮を受けるべきか迷う学生もいる。あるいは,幼少期に診断を受けたものの本人には知らされず,大学で合理的配慮の申請を勧められ,初めて自身の障害や置かれた状況と向き合い言語化を迫られる学生もいる。
このように,発達障害学生は相談開始当初から「自分はどのようなサポートがあれば,やっていけるのか」を主体的に判断・主張することが難しい場合が少なくない。障害学生支援では,合理的配慮の申請を勧める以前に,大学生活全般を通じた学生の負担や困惑,つまずきの経験を丁寧に聞き取り,ともにふり返り,今できる最善の策を一緒に考えていくという,「建設的な対話(相談)」を重ねるプロセスがとくに重要となる(#3を参照)。
3.合理的配慮を形式的・表面的に扱うことの問題点
障害学生支援体制が整備されても,大学全体が「何のために,行うのか」を深く考えようとしないケースは少なくない。円滑な単位取得や卒業だけを目的に,障害学生からの合理的配慮の申請を形式的に処理する。あるいは障害学生に同情し,本人の要求通りにすべて対応しようとする。このような形式的・表面的な支援は,発達障害学生にとって自己理解やセルフアドボカシーの機会を阻み,ときに心を傷つけられ,成長の機会を奪われ,就労準備性の低い状態で社会に放り出される危険性をはらむ。また周囲の学生にとって障害学生への差別の増長につながりかねない(#7)。合理的配慮の提供は学生の学ぶ権利の保障を目的に大学が責任を持って行うものであることから,「何のために」も大学全体で考えるべきである(#2を参照)。
大学を含めた学校生活よりも,卒業後の人生の方がずっと長い。自分に合った仕事や環境を選択しても,そこで対人トラブルやイレギュラーな事態は必ず発生する。その際発達障害学生が心折れることなく周囲に相談しようという気持ちになれるかは,大学での建設的な対話を通じた合理的配慮の提供経験に大きく影響を受ける。大学の障害学生支援は,アプローチの仕方によっては発達障害の人たちのキャリア発達1)を促す重要な支援になり得ることを,教育や福祉の専門家に理解してほしい。
1)キャリア発達
「社会の中で自分の役割を果たしながら,自分らしい生き方を実現していく過程」
「自己の知的,身体的,情緒的,社会的な特徴を一人一人の生き方として統合していく過程」
(中央教育審議会(2011)今後におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申).)
4.今回の特集の構成
今回の特集では,障害学生支援に携わる全国の大学職員が「大学における合理的配慮の基本」や「発達障害学生に特有の難しさ」を理解し,「これだけは,すべきこと」と「してはいけないこと」を考える契機となるために,次の6名の先生に話題提供をお願いした。
#02 発達障害学生に対する大学における合理的配慮の原則と課題
高石恭子先生(甲南大学)は学生相談のベテランである。大学における発達障害学生への合理的に配慮をめぐる経緯,現状,そして教職員が陥りやすい落とし穴,支援における留意点,今後の課題などを解説されている。「大学における合理的配慮」を正しく理解するために多くの人に読んでほしい。
#03 発達障害学生に対する大学における合理的配慮の実践例
山科満先生(中央大学)は精神科医の立場から,発達障害学生に特有の困難性とその対応策を解説し,大学に配置されたキャンパスソーシャルワーカーの実践を紹介されている。全国どこの大学でも「できること」や「すべきこと」を考えるための沢山のヒントを得ることができる。
#04 大学を卒業した発達障害者が就労時に直面する課題
髙橋麻矢先生(神奈川県教育委員会 綾瀬市役所教育研究所)は以前,公共職業安定所で精神・発達障害者の雇用トータルサポーターをされた立場から,就職をめぐる発達障害者の困難性の実例を紹介されている。実情を知ることで,大学の時期から対話や支援を始めることの重要性がいっそう理解できる。
#05 高等学校における特別支援教育を通じた建設的対話の実践
川口信雄先生(株式会社はまリハ)は,以前,横浜わかば学園で発達障害生徒に対するキャリア発達支援を担当されており,当時の実践から「ふり返り」と対話がいかに生徒の自己理解や相談力に影響を与えるかを解説されている。大学の障害学生支援は,特別支援学校の実践から学ぶ機会を持つとよいと思う。
#06 専門職を目指す実習指導における合理的配慮のあり方をめぐって
関剛規先生(国立障害者リハビリテーションセンター 学院)は,専門職を目指す学生の実習担当のベテランである。発達障害学生の実習指導における合理的配慮は,ホットな話題である。学外施設との調整が必要となることから,事前に学生との建設的対話をより丁寧に行う必要がある。その心得を教えていただいた。
#07 ステレオタイプな合理的配慮とスティグマとの関連について
大島郁葉先生(千葉大学)は,自閉スペクトラム症者の心理支援の専門家であり,スティグマの研究者である。形式的な合理的配慮やステレオタイプな思い込みが障害者差別につながる危険性について解説し,スティグマを持たずに合理的配慮を提供する方法を提言されている。
日戸 由刈(にっと・ゆかり)
相模女子大学 人間社会学部 人間心理学科 教授
公認心理師/臨床心理士/臨床発達心理士スーパーバイザー,博士(教育学)。
横浜市総合リハビリテーションセンター発達精神科外来で20年間,心理職として発達障害の人たちの支援(幼児期~成人期)に携わった後,2013年4月より同センター児童発達支援事業所「ぴーす新横浜」園長に就任。2018年3月に同センターを退職し,同年4月より現職。2023年度より横浜市立高等学校における「通級による指導」に関する相談業務担当。
{主な著書}
■日戸由刈・萬木はるか(著)(2022)発達が気になる子の子育て10か条─生活スキルやコミュニケーションを伸ばすコツ.中央法規.
■日戸由刈(監修)・安居院みどり・萬木はるか(編)(2021)「子どもの気持ち」と「先生のギモン」から考える 学校で困っている子どもへの支援と指導.学苑社.
■本田秀夫・日戸由刈(編著)(2013)アスペルガー症候群のある子どものための新キャリア教育─小・中学生のいま,家庭と学校でできること.金子書房.
■本田秀夫・日戸由刈(監修)(2017)ADHDの子の育て方のコツがわかる本.講談社.
■本田秀夫・日戸由刈(監修)(2016/2016)自閉症スペクトラムの子のソーシャルスキルを育てる本 幼児・小学生編/思春期編.講談社.
■藤野 博・日戸由刈(監修)(2015)発達障害の子の立ち直り力─「レジリエンス」を育てる本.講談社.
■佐々木正美(編著)・諏訪利明・日戸由刈(著)(2011)わが子が発達障害と診断されたら─発達障害のある子を育てる楽しみを見つけるまで.すばる舎.