【書評特集 My Best 2024】|小堀彩子

小堀彩子(大正大学)
シンリンラボ 第21号(2024年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.21 (2024, Dec.) 

本屋さんのレジの横に置いてある小冊子の「波」は,幼い頃の私にとって本好きの祖父が毎月持ち帰ってきてくれるささやかな楽しみであった。最も購読歴の長い雑誌の1つだ。その「波」の2024年4月号に俳優の高嶋政伸さんが,自分の娘に幼い頃から性的暴行を加え続けている父親の役を演じた際の経験を綴っている(高嶋,2024,https://www.shinchosha.co.jp/nami/tachiyomi/20240327.html?s=09)。

この記事で初めて私はインティマシーコーディネーター(Intimacy Coordinator;以下IC)という職業を知った。監督や俳優らに対し,性的なシーンをどのように撮影したり演じたりしたいかを聴取して調整を図るICの役割は,夫婦,休職者とその上司,不登校生徒と学校などとの間に入って皆が心穏やかに過ごせるよう調整する心理職の専門性がそのまま活かせる職業であると思った。米国で発行されているIC資格を取得した日本人はほとんどいないとのことだが,この種の配慮が映画やドラマの撮影現場でより一層浸透し,こうした現場で活躍できる心理職が増えることを期待したい。

この記事からはさらに,共感できない役柄を演じる際の役者の心理的葛藤を垣間見ることもできた。高嶋さんは,“台本を読み込み,このひとでなしの父親の心に寄り添って自分の中に役を落とし込んでいきます。きつい作業ですが,ここは絶対に妥協してはいけない。役者として,その人物の最良の理解者であり,友人であり,最終的にはその人物そのものにならなければいけない(高嶋,2024)”という信念のもとで役者としての仕事を果たす一方,子を持つ大人として,“僕に娘がいたら,とても演じられない。その言葉が浮かぶと同時に,彼女にこれから起こることが頭を駆け巡り,不意に涙が出そうになりました。現実世界でこのようなことは決してあってはならないと,胸が苦しく(高嶋,2024)”なったという。究極の感情労働(ホックシールド,2000)である。役と素の自分との間を行ったり来たり,どのようにバランスをとるのだろうかとバーンアウト研究者として強く興味を持った(援助職がクライエントに提供する感情労働はバーンアウトの一因である)。

この記事を読んでしばらくして,BBCに掲載されたコメディアンのなすびこと浜津智明さんのドキュメンタリー映画“The Contestant”(2023, Clair Titley, Hulu)に関する記事を読んだ(McIntosh, 2024, https://www.bbc.com/news/articles/cz99yr6dq41o)。

浜津さんは窓のない部屋に裸で置かれ,外部との接触もない状態で懸賞の賞品を当てるためにハガキを書き続け,実際に当たった賞品のみで生活を続けるという30年前の日本のリアリティ番組の主人公である。私も当時この番組を何度か見た気はするが,やらせなしの番組であることは今回初めて知った。懸賞で服が当たらず,ずっと裸のままであったことや,食べ物が当たらずに栄養状態が良くないこともあったという。TVで流れる映像以上に相当過酷な生活を強いられていたようである。外部と遮断され,放送内容の詳細を聞かされることもなく,孤独かつ命の危険さえ感じる状態で1年3ヶ月もの間素の自分を聴衆に対して曝されていた浜津さんの精神的負担たるや,想像を絶するものがある。映画では彼が過去の経験を整理し,前向きな心理状態で今を生きているところまでが描かれているとのことで少し安堵した。視聴者を含めリアルタイムであの映像に関わった人々が沢山いる日本でこそ放送されるべき映画と思うが,現在は米国でしか見ることができない。私はエンターテイメントの裏舞台から縁遠いところにいる一介の心理職にすぎないが,聴衆の一人として,社会の一員として,この業界で倫理の問題がより一層語りやすくなってほしいと願うばかりである。

文  献

バナー画像:Alex G. RamosによるPixabayからの画像

+ 記事

小堀彩子(こほり・あやこ)
大正大学臨床心理学部臨床心理学科
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著書:『心理支援における社会正義アプローチー不公正の維持装置とならないために』(分担執筆,誠信書房,2024),『公認心理師のための「心理支援」講義』(編著,北大路書房,2022)
趣味など:料理・育児

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