黒木俊秀(中村学園大学)
シンリンラボ 第21号(2024年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.21 (2024, Dec.)
1.滝川一廣『子どもとあゆむ精神医学』(日本評論社,2024)
本書は,ベストセラーとなった『子どものための精神医学』(日本評論社)の続編であるが,魅力的な著者の語り口につい惹き込まれてしまい,瞬く間に読み通してしまった。「精神発達・発達障害をどう考えるか」「トラウマ・アタッチメントをどう考えるか」及び「子どものそだちをどう考えるか」の3部に分けられた全27章+序章(著者の最終講義の抜粋)と終章(あとがきに代えて)において,著者が繰り返し強調しているのは,子どもの育ちをめぐる問題は常に「その時代と社会の関数である」というテーゼである。とりわけ過去半世紀におけるわが国の社会変化(第三次産業=消費産業の基幹産業化,近隣共同体の消滅,貧困・格差等)から,発達障害や子育ての失調(いわゆる「虐待」),不登校,いじめなど,児童精神医学のトピックの深層を解き明かす第III部は力がこもる。「現代の思春期の課題は『分離固体化』よりも『共同化(社会化)』のほうへシフトしてきたと思う。その課題に対して個人心理療法の定型的なコンセプトだけでは届かない」など,臨床家の琴線に触れる見事な指摘の連続である。
2.杉山登志郎『トラウマ―「こころの傷」をどう癒すか』(講談社現代新書,2024)
本書とほぼ同時期に同じ著者による『発達性トラウマ症の臨床』(金剛出版)も出版されているが,トラウマ臨床の初心者には非専門家向きに書かれた本書を是非薦めたい。本書の白眉は,重症のPTSDに対しても「安全で,誰でもできる簡易型トラウマ処理,TSプロトコール」を紹介している点である。そもそも,なぜ著者は自らTSプロトコールを開発したのか。まず,トラウマの治療としては傾聴型のカウンセリングもプレイセラピーもフラッシュバックの蓋を開いてしまうばかりで有害無益,いや,禁忌である。また,複雑性PTSDの症状の一つは対人不信(治療関係も含む)であり,通院患者のドタキャンとドタカムが非常に多く,長期間に頻回の通院を必要とするような治療は極めて困難である。その点,からだからこころに働きかけるトラウマ処理であるTSプロトコール(薬物療法と侵襲性の低いトラウマ処理,及び多重人格に対する自我状態療法より構成)は,フラッシュバックを悪化させることなく,安全に少しずつ治療を進めることを可能にするという。わずか千円足らずの本書は,臨床家としての著者の誠実さに裏打ちされており,物価高の今どき,お得感マシマシである。
3.神田橋條治『精神科治療のコツ』(岩崎学術出版社,2024)
既に他のところにも書評を寄せたが,過去40年間に著者が出した『コツ』シリーズの掉尾を飾る本書は,まさに『コツ』の総集編である。それゆえ,知る人ぞ知る「神田橋ワールド」のマルチバースを存分に楽しめる(もしくは,散々,翻弄される)。本書の文章には,読点や括弧が妙に多い。通読後にハッと気づいて,読点と括弧に注意しながら,著者の口真似で声に出して読んでみた。すると,確かに著者の語りが幻聴のように聴こえてきた。それは若き日に『精神科診断面接のコツ』(岩崎学術出版社,1984)を初めて読んだ時のトラウマ級の衝撃のフラッシュバックのようでもあり,あるいは憑依体験のようでもあった。しかし,今の私には,不思議と恐怖が感じられず,懐かしささえあった。
4.黒木俊秀『微視的精神医学私記−黒木俊秀著作選集』(創元社,2024)
最後に定年退職の記念に出版した自著を挙げることをお許し願いたい。在職中,お世話になったさまざまな方に贈呈したが,皆さん,現代精神医学の裏話を「面白い!」と仰ってくださった。青木省三先生には,「標準化,画一化に向かおうとする精神医学や臨床心理学に抗する,『それだけではないんだよ』という著者の声が,ヒソヒソと,だがハッキリと聞こえてくる。裏話・うわさ話は転じて,根源的なクッキリとした主張となる」というご書評をいただいた。内海健先生にも「逆説に満ち溢れた神田橋の臨床論に,黒木はスマートな諧謔を重ね書きする。いわゆるパロディーの精神である。(中略)本歌取りの極地といおうか,至芸の語り口の中から,ことの本質がこぼれ落ちてくる」と評していただいた。敬愛する先生方に私の思いが通じたことが何より嬉しい。
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黒木俊秀(くろき・としひで)
九州大学名誉教授,中村学園大学特命教授
資格:医師,臨床心理士
主な著書:『発達障害の疑問に答える』(編著,慶應義塾大学出版会,2015),『発達障害の精神病理II』(分担執筆,星和書店,2020),『臨床心理学スタンダードテキスト』(共編,金剛出版,2023)
オタクの多趣味だったが,近年は北欧家具やリサ・ラーソン作品の蒐集に落ち着いてきた。