【書評特集 My Best 2024】|林もも子

林もも子(立教大学)
シンリンラボ 第21号(2024年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.21 (2024, Dec.)

1.しんめいP「自分とか,ないから。—教養としての東洋哲学」(サンクチュアリ出版,2024)

最近読んだ本で一番楽しく読んだ本である。あっけにとられるくらい見事な,広く深い東洋哲学の世界の軽妙な語り口での紹介である。著者は一時期お笑い芸人をめざしていただけのことはあり,本のあちこちで笑いを取る。一方で,私は東洋哲学の専門家ではないから,何とも言えないのだが,鎌田東二監修なので,東洋哲学の大事なところを押さえているという意味では信頼できそうである。ただ,この本を読んで涙したり一時的に心が軽くなったりしても,それは長続きしない可能性があるだろうと思う。クライエントの方の中に,時折,仏教関係(東洋哲学の一部)の本を読んで一時的に自分への執着から離れて心が軽くなった経験を語ってくださる方に出会うのだが,残念ながらしばらくたつと,元の木阿弥になることを見てきた。心の習慣は簡単には変わらないものなのだろう。

しんめいP『自分とか,ないから。—教養としての東洋哲学—』

2.ブルース・フッド著,小浜杳訳人はなぜ物を欲しがるのか—私たちを支配する「所有」という概念』(白揚社,2022)

自分への執着を理解する鍵になると思う本として推薦したい。こちらは心理学者が書いた本だが,所有をめぐって広く心理学の知見を応用して解き明かしていくものであり,動物と人間の違いや文化による所有についての感じ方の違いなども含め,刺激的な本だった。政治的な評論部分については5年前に書かれた本なのですでに古くなっている感もあるが,環境問題についての問題意識,危機感については年を追うごとに切迫感を増してきているものであり,共感するところが多い。人間に特有の所有(動物は「占有:possession」するが「所有:ownership」はしない)への執着が自己同一性と不可分であることが,脳機能とのかかわりも含めて描き出されるところを読むと,自分への執着を捨てることがいかに難しいかが理解される。著者は「足るを知る」生き方を推奨するが,欲が深い人間の性を捨てることは文字通り,難行苦行であると思わざるを得ない。

ブルース・フッド『人はなぜ物を欲しがるのか—私たちを支配する「所有」という概念—』

3.田中紀子『ギャンブル依存症』(角川新書,2015)

上記の所有についての本の一部に書かれている,所有ヘの期待が快楽中枢を刺激するということに直接かかわる本である。自身がギャンブル依存症であった経験に基づき,依存症回復支援の活動をしている人が書いた説得力があるものである。10年前の出版であるが,ギャンブル依存は残念ながらいまだにホットな問題であり続けており,当事者や当事者家族,支援者に広く読んでほしい,実用的な本である。

田中紀子『ギャンブル依存症』

4.『ジョン・レノン —失われた週末』(イブ・ブランドスタイン, リチャード・カウフマン, スチュアート・サミュエルズ監督,ミモザ・フィルムズ配給,2024)

ジョン・レノンとメイ・パンとの18か月のドキュメンタリーだが,アタッチメント研究者の目からはメイ・パンが安心なアタッチメント対象として,ジョンの多産な時期を支えたのだろうと思われ,興味深い映画だった。ただし,メイ・パンの立場から描かれているので,ジョンの「所有」をめぐるオノ・ヨーコとの関係の文脈での彼女なりの思いもにじみ出ていると思われる。語り手によりストーリーは変わるという一つの例だろう。ただし,これはビートルマニアでも映画評論家でもない,一臨床家としての感想でしかないことをお断りしておく。

文  献
  • Blandstein, E. et al.(2022)The Lost Weekend: A love story. Universal(イブ・ブランドスタイン,リチャード・カウフマン,スチュアート・サミュエルズ監督(2024)ジョン・レノンー失われた週末.ミモザ・フィルムズ配給.)
  • Hood, B.(2019)Possessed: Why we want more than we need. Oxford University Press. (小浜杳訳(2022)人はなぜ物を欲しがるのかー私たちを支配する「所有」という概念ー.白揚社.)
  • しんめい・P(2024)自分とかないからー教養としての東洋哲学.サンクチュアリ出版.
  • 田中紀子(2015)ギャンブル依存症.角川新書.

バナー画像:Alex G. RamosによるPixabayからの画像

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林もも子(はやし・ももこ)
立教大学現代心理学部
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書:『思春期とアタッチメント』(2010,みすず書房),『精神分析再考』(2017,みすず書房)

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