長濵輝代(大阪公立大学)
シンリンラボ 第21号(2024年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.21 (2024, Dec.)
1.周産期心理臨床の周辺
NICU臨床に飛び込んだ2001年,当時は妊娠出産をめぐる心理的課題はあまり知られておらず,専門書を探すのも一苦労だった。そんな時に拠り所とした数少ない一冊が,四半世紀を経て新訂増補版として出版された。吉田敬子『新訂増補 母子と家族への援助 妊産婦のストレスケアと子どもの育ち』(金剛出版,2024) である。
子どもの誕生をめぐって妊産婦がわが子をどのように感じ受け入れるのか。わが子との間の母子交流を軸に,特に情緒的な絆(ボンディング)についての新たな知見が加わっており,大変読みごたえのあるものになっている。
産み育てをめぐる当事者たちの声は興味深い。白井千晶編著『アジアの出産とテクノロジー リプロダクションの最前線』 (勉誠出版,2022)で,あるミャンマー女性が,障害をもつ子どもは皆にかわいがられるため子育ては大変ではないと話す。血のつながりが重視されるベトナムでは,不妊ならば子をなすために他の人と一晩寝ることも夫は理解するだろうと語られる。
日本はどうだろう。『母親になって後悔してる』(オルナ・ドーナト,新潮社,2022)を受け,日本の母親の声を集めた高橋歩唯・依田真由美『母親になって後悔してる,といえたなら 語り始めた日本の女性たち』 (新潮社,2024)が出版された。「子どもを持ったことに後悔はないです。この社会で母になったことに後悔があります」。この言葉に,呉秀三の「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の他に,この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」を連想した。
赤ちゃんと母親が生きる世界に心理臨床の現場からなにができるのだろうか。これらの本は周産期,子どもや家族,親子の関係性に関心がある方に大いに刺激となるだろう。
2.心理療法とその周辺
成田先生の文章は澄んだ湧き水のようだといつも思う。時折その清冽さに心がキュッと反応するのは,自分自身を振り返らざるをえないからだろうか。
『成田善弘 心理療法を語る』(金剛出版,2024)では,“なるべく日常語を使う”“自信をもって「自信がない」という”“主観的体験者として「白状する」”など,著者の実践に裏打ちされた工夫が丁寧に説明されている。講演等で語られたことがまとめられているためか脱線や余談もあり,著者の肉声が聞こえてくるようで新鮮である。本書の見どころの一つかもしれない。
タイトルに惹かれて手に取った尾久守侑『病気であって病気じゃない』(金原出版,2024)では,精神科医と患者の間で起こっている“病気”をめぐるすれちがいの事象(病気であると扱う/扱われること,病気じゃないと扱う/扱われること)が扱われている。著者独特の表現に時折戸惑いつつ(「おぉ?」),臨床場面が次々に思い起こされる(「おぉ!」)。思いもよらぬわが子のNICU入院で呆然とする家族。“体の病気ではない”と診断されて不本意にも心理相談の場に姿を見せる保護者。私達の出会うクライエントは“当事者であって当事者じゃない”ことも多い。そんな心理を考えるのにも役立つ一冊である。
最後に,「生きるのがしんどいあなたのためのweb空間 「かくれてしまえばいいのです」」(特定非営利活動法人自殺対策支援センターライフリンク https://kakurega.lifelink.or.jp/)を強く推したい。絵本作家ヨシタケシンスケさんの描く大きな木の“かくれが”に,「あなたとはむかんけいだからこそ,アタシにはできることがあるんだよ」とむかんけいばぁちゃんが優しく招き入れてくれる。
とにかく皆さんにも是非一度アクセスしてほしい。そして,必要とするすべての人にこの“かくれが”が届くことを願う。
バナー画像:Alex G. RamosによるPixabayからの画像
長濵輝代(ながはま・てるよ)
大阪公立大学大学院生活科学研究科
資格:臨床心理士,公認心理師,日本小児心身医学会認定指導心理士
好きなものは愛犬との散歩の時間