山本 奬(岩手大学)
シンリンラボ 第20号(2024年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.20 (2024, Nov.)
1.はじめに
ここでは,「令和6年能登半島地震」災害における文部科学省スクールカウンセラー(以下,SC)の初期の活動を報告する。これを通して,教育領域におけるサイコロジカル・ファーストエイド(以下,PFA)の考え方と実際を,現地に入った心理職の立場から紹介する。PFAの活動原則について,WHO(2011)は,見る(Look),聴く(Listen),つなぐ(Link)の3点を挙げる。学校教育における活動において,この3点がどのように実現されるのかをお伝えできたらと願う。
2.支援の枠組み
1)能登半島地震
能登半島地震は,2024年1月1日16時10分に発生した。マグニチュード7.6,震源は半島内の深さ16kmで,最大震度7(輪島市など)を観測し,珠洲市,能登町では震度6強となった。直接死と行方不明は約230人,住宅被害は約7万棟と報道された。
2)事業の枠組み
文部科学省(以下,同省)は,児童生徒の集団避難先への教職員派遣など多様な事業により学校支援を行ったが,SC派遣事業はその一つとして心理支援の役割を担うものであった(雇用は石川県教育委員会(以下,県教委))。この事業は,同省,県教委,日本臨床心理士会,日本公認心理師協会,各都道府県の職能団体(以下,県士会)等の調整の中で進められた。実際のSC派遣は,1月26日に開始され,その後新年度の1学期を通して実施されたが,2月19日以降は石川県が事業主体となった。
3)派遣の仕組み
当初の派遣は各県士会が作成した候補者リストを基に,同省が直接調整に当たった。東日本大震災や熊本地震発災時の「市町村毎に派遣元の県を固定し,各県士会でSCを決定し,1週間単位で派遣する」という方法は,今回は2月下旬以降に採られた。以前の災害より数週間早期で迅速な派遣となったためである。本稿は,同省が事業の中心となった1月26日から2月16日までの,PFAの機能に特化された時期に関するものとなる。なお,同時期,教育領域以外でも厚生労働省と日本公認心理師協会,石川県健康福祉部等による被災者対象の心理支援事業も展開されていた。
3.現地の状況と活動環境
1)学校の被災状況
この事業の対象は,被害の大きかった珠洲市,輪島市,能登町の奥能登の2市1町の市町立小中学校と市町内の一部の県立学校であった。校舎が損壊し使用不能となった学校や,複数校が一つの校舎を共用する状況が見られた。使用が可能な場合も,学校が避難所や医療施設となり,体育館に加えて教室やグラウンドの利用が制限される環境であった。全域で断水と下水道損壊のため厳しい生活環境となった。学習機会確保のため,他市への集団避難や個別避難も行われた。
2)SCの活動環境
SCの宿泊先として,現地から約90km(クルマで片道3時間)離れた羽咋市にある国立の青少年向けの施設が提供された(この施設は,SC同様多くの職種の支援のベースとなった)。SCは,担当する市町が定められ,2~4人程度の小グループを構成し,数台のレンタカーに分乗し,自らの運転で市町教委の調整により各学校を巡回訪問した。自動車専用道は崩落のため不通となり,一般道には亀裂や隆起・段差があり,さまざまな職種の支援車両で連日渋滞した。しかし,宿泊先や車両の手配だけではなくパンク時の対応までも,同省と県教委の援助に活動は支えられていた。FPA時は,支援者自ら安全と活動条件を確保し整えることが原則とされるが(山本,2013aなど),この事業ではその手間と労力からは解放された。
1日のスケジュールは,7時30分に宿泊施設出発,10時30分から1校目の勤務,12時30分に移動と昼食,13時から2校目の勤務,15時に現地出発,17時から車中でオンラインミーティング,18時に宿泊施設到着がモデルとされた。公的活動時間は5時間となる。
4.活動の目的とマネジメント
1)活動の目的
このPFAの目的は,「学校のアセスメントを行い,ニーズを把握し,初期段階で必要な介入を試行し,今後の支援方針の策定に資する情報を収集すること」と理解されていた。たとえば能登町のSC間では,次の共有がなされ引き継がれた。〈当初,SCチームは,学校や子供に関するアセスメントを行い,1月22日の学校再開以降教育的機能が回復している状況を把握した。これを基に,心理支援に当たっては,学校の教育力を有効に活かすことを基本とし,3つの取組に着手した。それは,①教師がもつ教育力・指導力に,ストレスやトラウマの視点を加えてもらうために,教員研修を行うこと,②児童生徒に,困りごとだけでなくストレス反応やトラウマ反応についても相談してよいことを理解してもらうために,児童生徒対象の心理教育を行うこと,③児童生徒の心的状態とその回復の様子を捉え,個人と集団の回復をマネジメントするためにアセスメントを行い,要支援児童生徒の抽出を行うことであった〉。そして,この3点の活動を一覧表にまとめて進捗を管理した。
2)活動のマネジメント
上は,能登町教委とも共有したものである。午後の活動終了時に,SCは町教委担当者と共に,当日の活動の進捗と課題を確認し,翌日の取組を整理した。これを基に,ねらいに沿った活動の促進のため,教育長が各校長に指示を出すこともあった。反対に,校長のニーズを町教委が整理し,SCとその実現方法について検討することもあった。PFAは,傾聴とリラクセーションによると思われがちだが,その要不要はアセスメントによる。たとえば激甚であった珠洲市では,個人面接が中心となったが,それはアセスメントとニーズ把握の結果である。同様に輪島市では,PFA期間中に複数校が一つの校舎を共用し学校再開することとなったため,同じ教室で学ぶことになった児童間の関係作りを目的に,SCがグループワークを行った。
3)共有と引き継ぎ
このSCの活動には終期があり,そのアセスメントも活動も介入も現地に引き継ぐことになる。石川県士会は当初からこれを想定し,ケース記録の共通様式を整え,原本を学校保存とするルールを整えた。同省のリードで毎夕,SCに加えて県教委,県士会,心理関係団体等の参加の下,オンラインミーティングを行ったが,それは,方針の再確認や活動の修正,課題の整理,情報の共有の場となった。Web上で活動実績を記録し,その量的把握の試みも行われた。
5.児童生徒の反応と介入
PFAを,学校を舞台として行うのは,「学校には多くの対象者が集まっていて効率的だから」ではない。学校教育の機能を,心理支援の中に編み込むことが有効だからである。
1)環境調整と急性期のストレス反応
「眠れない」という子供の悩みを心的反応だと判断するのは早合点で,落ち着かず消灯ができない避難所の環境のせいであることが,これに続いて語られることも少なくなかった。「余震が不安」との訴えも多かったが,〈そのときは?〉と問うと,「外に逃げる」と言う子供もいれば,反対に「机の下に潜る」と言う子供もいた。心理支援の前に,現地の被災状況に沿った命を守る防災教育が必要であった。PFA時には環境調整が優先され,その改善では解決しない場合に心理支援が必要となる。東日本大震災発災時の要支援者も,震災由来の反応者は2~3割程度で,平時の日常生活に由来する反応を呈する子供の方が多かったとの報告もある(山本・大谷,2023)。全ての子供が心理支援を必要としていた訳ではない。その一方で,過覚醒や否定的認知,そして家族の亡失ケースでは強い回避・麻痺が見られた。これらの典型的な急性期の反応や,「自分はマシだから被災者ではない」と被災者アイデンティティをもてない要支援者(2019, 山本)も多く見られ,その介入が重要な役割となった。
2)アセスメント
支援を要する子供を抽出するために,教師・SCにより多様なストレス尺度が用いられ,全員面接も行われた。しかし,初期には子供の負担を考慮し多すぎる項目数や侵襲性を避ける工夫が必要となる。PFA時に特化した被災地共通の尺度の準備が課題となり,抽出から個人面接やグループ支援につなげる仕組み作りが必要となった。また,教育活動が回復し子供の様子が段階的に変わる毎に,SCによる全員面接が求められるという事態も見られた。そのような大人の不安を鎮めるためのアセスメントで子供に負担をかけることは避けたい。学校や教師の不安と真のニーズとを弁別することもSCの役割となった。同省,県教委,市町教委,校長,教師,児童生徒,保護者のいずれの求めをニーズと捉え,応えるのか,その区別も必要となった。
3)有益な資源と要支援者の発見
反応のある児童生徒には,何かに熱中させることが有効であることも多かった。体育館が使用できない中,大教室を用いて再開した体育の授業に子供は歓声を上げながら熱中した。発災後初めての理科の実験の時,子供たちは皆で試験管を凝視した。中学生は美術の作品作りに没頭した。熱中させることは,SCより教師が得意で,子供は面白い授業を歓迎した。SCの役割はその流れに乗れない子供や過剰な反応を呈する子供の発見と介入となった。正常な教育活動の下だからこそ,要支援者を発見することができた。
4)心理教育の目的と内容
被災地では,SCが児童生徒対象の心理教育を行うことも多かった。そこで扱う内容もアセスメントによる。緊張が強かったり覚醒水準の亢進が見られたりする子供が多い学校では,リラクセーションの方法を教えることが必要となった。しかし前項のとおりすでに学校教育が資源として機能している学校では,これに取り残された子供を発見し相談につなげるために,何がストレス反応やトラウマ反応なのかを教えることが必要となった。それは,「授業が面白くない」「がんばりたくない」など,普段は教師に言えない否定的な気持ちこそ反応であり,今回は相談してよいことだとの解説であった。
6.教師の教育力
これまでの大規模自然災害発災時同様,SCが児童生徒の前面に立つのではなく,その役割を担う教師を支えることがSCの基本的姿勢だとされた。
1)教員研修会
現地ではSCが教室に入り観察により児童生徒をアセスメントすることも多かったが,それは教師がストレスマネジメントのプロであることを再確認する良い機会となった。教師は教育活動の中で,子供にストレッサーを「課題」や「目標」の名前で与え,これを克服し成長させるまでを,多様な方法でマネジメントする。その教育力を援用して,子供の急性期と生活上のストレス反応に気づいてもらう利益は大きい。SCは教員研修会を行い,すでにあるマネジメントの力を確認し,新たに急性期のストレスに関する知識と技術を提供した。それは,SCの代わりを担ってもらうためではない。教師は子供と日常生活を共にしながら,連続的にアセスメントと介入を積み重ねるのが得意だからだ。発災直後の子供の反応は,肯定・否定の両面共に急激に変化する。その時,その面では,教師はSCよりも優れた資源として機能した。
2)教育力のメンテナンス
その教師が正常に機能することが発災直後の学校では重要となった。しかし,被災地の教師にとってそれは容易なことではない。それは,教師も被災地に暮らす被災者だからであり,大切に作り上げてきた教育的成果物を避難所設置のために奪われた者であり,子供の不適応や反応を自分の責任だと引き受けてしまうからであり,自身は泣いたり弱音を吐いたりしてはいけないと思い込んでいるからであり,上手く支援できない自分をダメな教師だと思い込んでいるためである。自らを重ねたり,同情したり,自責の念をもつことは教育的サービスの質を低下させる(山本,2013b)。教師に対する心理支援は,SCの役割の範囲ではなく,行政の保健師が担う。しかし,教育環境が正常に機能するという子供の利益実現の手段として,PFA時のSCは,上記の話を聴きコンサルテーションとして技術的支援を行った。その過程では,子供同様,非震災由来の学級経営や授業など日常の話題やテーマも多く扱われた。
7.SCのセルフケア
異なる環境で,非日常の課題に関与するのは,教育領域に不慣れなSCだけでなく,どのSCにとっても容易なことではなかった。読者の皆さんの中には,たとえば片道3時間の行程に驚かれた方もいらっしゃるであろう。しかし,SCにとって,それは必要な環境であったのかもしれない。上で述べたとおり奥能登は厳しい生活環境であったが,SCは比較的環境の整った羽咋市に毎日戻った。その帰路,先述のとおりオンラインミーティングに参加した。それは,巻き込まれのない客観的な他者の視点を得る機会となった。SC同士でも,車内や宿舎で多くの振り返りを行った。これらは,状況と査定と介入と成果を冷静に点検し評価する機会となった。
8.おわりに
冒頭で示したとおりPFAの活動原則には,見る,聴く,つなぐがある(WHO, 2011)。そして,この報告では途中,PFAを学校教育の中で行うのは,学校教育の機能を心理支援に編み込むことが有効だからだと述べた。能登半島地震でのPFAに関し,「見る」は教員研修会の実施により教師にも発見の視点を備えてもらい,要支援者を的確に見つけることであり,「聴く」はアンケートと心理教育の実施を通して自分に何が起こるのかを子供に教え,その反応や訴えに耳を傾けることであり,「つなぐ」は要支援者を抽出しリスト化し必要により心理職や医療につなぎ,組織的な支援を実現させることであった。
文 献
- 池田美樹(2024)文部科学省緊急派遣スルールカウンセラー派遣体制の実際と課題: 令和6年能登半島地震への心理支援の実際と今後について. 一般社団法人日本心理臨床学会第43回大会企画シンポジウム資料.
- 松本圭(2024)石川県臨床心理士会による災害支援活動: 令和6年能登半島地震への心理支援の実際と今後について. 一般社団法人日本心理臨床学会第43回大会企画シンポジウム資料.
- 若林徹(2024)令和6年能登半島地震への心理支援の実際と今後について. 一般社団法人日本心理臨床学会第43回大会企画シンポジウム資料.
- World Health Organization(WHO)(2011)Psychological first aid: Guide for field workers.
- 山本奬(2013a)被災地の子どものサポートと支援者に求められる力. 臨床心理学,13 (1); 151-155.
- 山本奬(2013b)被災地の教師の苦悩. 特集 被災からの心身の健康回復,教育と医学,717; 200-207.
- 山本奬(2019)大規模自然災害後の心理教育の原則と取組から得られた示唆-いじめ対応・自殺予防への適用の視点から-,日本学校心理士会年報, 11; 103-113.
- 山本奬・大谷哲弘(2023)非線形回帰式による東日本大震災における児童生徒の震災トラウマ収束の予測. 心理臨床学研究,41 (5); 496-501.
山本 奬(やまもと・すすむ)
岩手大学教育学部 教授
資格:博士(心理学),臨床心理士,公認心理師
専門は学校臨床心理学
公益社団法人日本公認心理師協会 災害支援委員会委員
東日本大震災の心的影響に対応するため岩手県教育委員会が設けた心理職で構成する「いわて子どものこころのサポートチーム」の代表を務める。