【特集 災害支援とサイコロジカル・ファーストエイド】#03 日本赤十字社のこころのケアーー活動例を通じた多層的な支援の実際|中井茉里

中井茉里(日本赤十字看護大学附属災害救護研究所/伊勢赤十字病院)
シンリンラボ 第20号(2024年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.20 (2024, Nov.)

1.はじめに

「災害時のこころのケア」という言葉を聞いたとき,どのような支援をイメージするだろうか。精神保健の専門家による介入や心理教育を思い浮かべる人もいれば,被災者同士が集うコミュニティ活動をイメージする人,または水や食料・生活環境などの基本的なニーズを整えることを思い浮かべる人もいるかもしれない。実際にこれらはすべてこころのケアであり,広く必要とされる基本的な支援から,一部の人が必要とする専門的治療までさまざまな階層がある。つまり災害時の支援活動には,濃淡の違いはあれ,すべての支援にこころのケアの要素が含まれると言え,その意味でサイコロジカル・ファーストエイド(以下PFA)はすべての支援者が身に着けるべきスキルと知識として重要である。また,被災地で支援を行う際には,それぞれの階層の支援を相互に補完しあう意識をもつことが大切である。

筆者の所属する日本赤十字社(以降,日赤)は災害救護を使命としており,災害発生時には医療救護活動や,救援物資の配布,ボランティア活動等,さまざまな救護業務を組織的に展開している。それらの活動の重要な柱の一つに「こころのケア」も位置付けられている。筆者は,勤務する赤十字病院の職員として総合病院の心理臨床や医療従事者のメンタルヘルス支援に携わりつつ,日赤職員として災害支援活動にも従事している。このような立場から本稿では,①自然災害発災時における日赤のこころのケア活動,②新型コロナウイルス(COVID-19)流行下における病院内の支援者支援の2つの種類の異なる活動を紹介し,災害等の危機的状況が発生した際の支援の実践について述べる。

2.日赤のこころのケア活動

1)活動の目的

日本ではこころのケアという言葉に馴染みがあるが,国際的には精神保健・心理社会的支援(Mental Health and Psychosocial support: MHPSS)と表現されることが多い。このうち,日赤のこころのケア活動は心理社会的支援の部分を担っている。つまり精神保健の専門家による介入ではなく,「個人や集団の心理的ニーズや社会的ニーズに対応することにより,心身のストレスを低減し,レジリエンスを高め,精神的な病気などを予防すること」(日本赤十字社,2023)を目的とした,必要な知識とスキルを身に着けていればだれでも実施できる人道的支援である。支援の階層構想を図示した,災害・紛争時等における精神保健・心理社会的支援の介入ピラミッド(IASC,2007)にあてはめると図1のようになり,発災時には精神保健を担うDPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team 災害派遣精神医療チーム)など,他の階層の支援団体や地域組織と相互連携を図りながら活動を行っている。

図1 災害・紛争時等における精神保健・心理社会的支援の介入ピラミッド
(日本赤十字社(2023)災害時のこころのケア~日本赤十字社の心理社会的支援~)

2)活動の概要

活動は,所定の研修によって養成されたこころのケア要員(※職種の限定はない)が担い,全ての被災者と支援者を対象とし,発災直後もしくはニーズにより開始される。活動期間は災害の規模により異なり,数日単位から数か月にわたって続くこともある。また,全国からの派遣型の活動終了後も,被災地の日赤支部による支援が中長期にわたって続けられることもある。活動の形態は,医療救護班にこころのケア要員が入り,医療救護の現場で活動を行うこともあれば,こころのケア班という独立型のチームを編成し,より心理社会的支援に特化した活動を行う場合もある。活動内容はPFAを基本的スキルとし,具体的なニーズへの対処や健康相談,リラクセーション,心理教育,心身の休息がとれる場所作りなど多岐にわたる。現地のニーズを把握し,その活動がこころの回復に寄与するかを基準に考え(図2),特定の方法にこだわらない柔軟な活動を行うことを大切にしている。

図2 こころのケア活動の多様性
(日本赤十字社(2023)災害時のこころのケア~日本赤十字社の心理社会的支援~)

3)令和6年能登半島地震における活動

令和6(2024)年能登半島地震は,厳冬期の発災に加え道路の寸断もあり,最も被害が深刻であった奥能登地域へのアクセスが難しい状況にあった。そのため,発災直後は身体的な医療救護活動の中でのPFAの実践や,情報収集から活動を開始した。1月中旬より,被災地の行政組織やDPATなど赤十字外の関係機関,赤十字内の他の活動との連携を図りながら,こころのケア活動を主目的とするこころのケアチームの派遣準備を進めた。1月下旬から実際の活動が開始され,徐々にチーム数を増やし,奥能登地域へと活動エリアを展開・拡大していった。支援内容は,被災地の保健師と協働した避難所の巡回活動による被災者支援と,被災地域の役所や病院に職員専用の休息をとれる空間を作り,リラクセーションや心身の健康相談,心理教育,傾聴などの支援者支援活動を行った。派遣型の活動は延べ44班,5月初旬をもって終了し,支部によるコミュニティ支援へ移行している。

活動の紹介:赤十字News 2024年4月号(日本赤十字社HPより):https://www.jrc.or.jp/about/publication/news/20240426_040516.html

3.新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)下の医療従事者に対する支援者支援

1)組織の危機的状況における支援体制への応用

ここまで,自然災害における被災地での日赤のこころのケア活動について紹介した。一方で,災害に限らず組織単位においてもさまざまな危機的状況が発生することがある。そのような時の組織の支援体制を考える上で,平時の産業メンタルヘルスの知識に加えて,災害時のこころのケアの視点が活用できると感じることが多い。ここからはその一例としてCOVID-19下の医療機関における職員支援について紹介する。

2)COVID-19下の医療機関で起こっていたこと

COVID-19のパンデミックは感染症災害であり,対応する医療従事者に多大なストレスと負担をもたらした。そこには自然災害とは異なる特有のストレスがあり,例えば,未知のウイルスへの感染の不安や感染症対策用品の不足,情報の混乱,繰り返す流行の波やクラスター発生への対応,気晴らしの機会や人とのつながりの喪失,誹謗中傷や差別,ケアの現場での葛藤,見通しのなさ等,長期化する中でさまざまな問題が起こっていた。日本赤十字看護大学附属災害救護研究所では,流行から3年目にあたる2022年12月から2023年1月にかけて,全国赤十字病院職員を対象にメンタルヘルス調査を実施した(Oyama et al., 2023)。その結果,全回答者のうち31.5%の職員に抑うつ症状が認められ,特に日常的にCOVID-19感染者あるいは汚染物品への接触のある職員が最も抑うつ症状を有する割合が高いことが明らかとなっている。

3)求められるさまざまな支援

このような危機的状況下において職員のメンタルヘルスを守るために必要な支援は多岐にわたっていた。例えば,感染症対策のための物品の提供や研修や訓練,宿泊場所の確保で安心・安全感を促進すること,必要な時に必要な情報や方針がきちんと提供され現場が落ち着きを保てること,現場で仲間同士が語り合い,自分たちで問題解決を話し合う場があること,メンタルヘルスやセルフケアに関する心理教育や相談窓口があること……などである。それぞれの支援を必要とする人の割合に違いはあれ,どれも欠かせない必要な支援であった。実際に,先のOyama et al.(2023)の調査では,「所属施設で実施された心理社会的支援活動(役立った,支えになった活動)」を尋ねているが,その中で有用であった支援のトップ3は,1.職務遂行基盤(資機材,スキル,知識,情報,安全に対する支援),2.同僚からの支援,3.組織からの支援(感染症業務の振り分けや応援体制)のカテゴリーに含まれる支援であり,組織全体で多層的な支援体制を整える必要があることが示唆される結果であった。

4)組織的な支援体制の構築

このような多層的かつ継続的な支援を提供するためには,その基盤となる部門横断的で組織化された体制づくりが肝要であり,その際に災害支援の枠組みを活用することができる。(参考:日本赤十字社(2020)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応する職員のためのサポートガイド Vol.2 ―経験知の共有― 4.職員を守るための組織づくりのヒント.https://www.jrc.or.jp/saigai/news/200911_006383.html)。

実際に,COVID-19下の医療機関では,対策本部や,既存の委員会の中にCOVID-19下の職員支援を目的とする多職種チームや部門を作り,活動を行った施設があった。筆者の所属する病院においても,労働安全衛生委員会下に「Team COCORO」というCOVID-19下のこころのケアを担う多職種チームを結成し,2020年4月から2023年3月末までの3年間活動を行った。産業医,看護部幹部,精神保健スタッフ,人事労務スタッフが中心的なメンバーとなり,各職種がそれぞれの役割を担いつつ,情報共有を兼ねたミーティングや,現場のチームラウンドなどを定期的に行ってきた。心理職は精神保健スタッフと協力して心理教育資料(セルフケアやPFAなど)の作成やハイリスク者の面接,現場の声の組織へのフィードバック,相談窓口を担当した。危機的状況において特定の職種ができる支援は限られ,事態に圧倒され容易に無力感に陥る。組織化されることで,今何が起こっているか情報が入り,またさまざまな支援の担い手と共に方向性を検討できる場があることは,支援者支援を担当する側のメンタルヘルスの維持にもつながった。

4.さいごに

この日本では災害はいつどこで起きてもおかしくなく,自分自身が当事者になる可能性がある。地元で災害が起こった時,組織で危機的状況が起こった時,心理職には「こころのケアをどのように行ったら良いか?」と相談がくることがあるかもしれない。しかし,事態が危機的であればあるほど,心理職だけで行える支援には限界があり,組織的な体制づくりを行い,その中に自身の役割を位置付けることが有効である。また,全ての支援活動にこころのケアの要素が含まれるという視点を関係者に提供し,共通の枠組みとなるPFAの知識とスキルを普及させること,支援体制づくりための助言や連携を行うこと等もまた,心理職がその専門知識を活かして貢献できる重要な役割を果たす機会であると考えられる。

文 献
  • Inter-Agency Standing Committee(2007)災害・紛争等緊急時における精神保健・心理社会的支援に関するIASCガイドライン.
  • 日本赤十字社(2023)災害時のこころのケア ~日本赤十字社の心理社会的支援~.
  • 日本赤十字社(2020)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応する職員のためのサポートガイド Vol. 2 ―経験知の共有― 4. 職員を守るための組織づくりのヒント.
    https://www.jrc.or.jp/saigai/news/200911_006383.html
  • Oyama, N.,Seki, M.,Nakai, M. et al.(2023)Depressive symptoms, burnout, resilience, and psychosocial support in healthcare workers during the COVID-19 pandemic: A nationwide study in Japan. Psychiatry and Clinical Neurosciences Reports, 2023;22:e136.
  • 大山寧寧(2023)COVID-19パンデミック下における医療従事者のメンタルヘルス調査結果(概要版).日本赤十字看護大学附属災害救護研究所.
    https://jrcdmri.jp/wp-content/uploads/2023/10/238776f9a2829f4b3194c11d837ce85f-3.pdf
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中井茉里(なかい・まり)
日本赤十字看護大学附属災害救護研究所,伊勢赤十字病院
資格:公認心理師,臨床心理士,日赤こころのケア指導者

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