赤坂美幸(公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン)
シンリンラボ 第20号(2024年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.20 (2024, Nov.)
1.はじめに
2024年には,世界では約3億人近い人が人道支援を必要としている(Save the Children International, 2024)。子ども支援を専門とする国際NGOのセーブ・ザ・チルドレンは,紛争や自然災害の影響を受けた子どもたちの命,安全,権利を守るための人道支援活動を展開している。今回紹介する「子どものための心理的応急処置(子どものためのPsychological First Aid: 子どものためのPFA)」研修マニュアルは,危機的状況下で子どもやその家族を支援するスタッフの声により生まれた。子どものためのPFAは,精神的苦痛を抱えた子どもやその家族をさまざまな支援活動を通して支援する際によりどころになるような,支援者の支援の姿勢や行動を示したものである(Save the Children, 2013)。
2.子どものためのPFA
子どものためのPFA研修マニュアルは,セーブ・ザ・チルドレンが2013年に制作し,「Psychological first aid: guide for field workers」(以下,WHO版PFA)(World Health organization et al., 2011)を基にしている。子どものためのPFA研修では,精神的苦痛を抱える子どもやその家族を支援するために,子どもの反応や行動を発達段階に応じて理解し,PFAの行動原則である「見る,聴く,つなぐ」に基づいた支援を,ワークや演習を通して2日間で学ぶ。また,この2日間研修に加え,支援者のストレスマネジメントについての1日研修も含まれている。
1)日本における子どものためのPFA研修の導入
日本における子どものためのPFA研修マニュアルは,セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンにより2日間の研修を1日に凝縮したものである。オリジナルの研修は識字力が低い地域も考慮し,大切なポイントを繰り返し学ぶ構成となっていたが,日本では2日間の研修参加が難しいとのフィードバックを受け,短縮版が作成された。これにより,養育者とのコミュニケーションに関するセッションが省かれた。また,スタッフのストレスマネジメント研修は,日本の精神保健専門家団体による同様の取り組みがあったため普及しなかった。
2)子どものためのPFA研修ファシリテーター養成
2014年,日本で初めて子どものためのPFAファシリテーター養成研修が開催され,マニュアルを制作したセーブ・ザ・チルドレン・デンマークからの専門家が指導した。先にWHO版PFA研修マニュアルを翻訳し,研修を普及していた国立精神・神経医療研究センターの協力を得て,すでに日本でWHO版PFA研修を学んでいるメンバー24人の参加者が集まった。参加者からは,この研修が日本の災害への備えや実際の対応に適した内容となっているため,自分の職場や地域での普及に意欲を示された。

「日本で初めての子どものためのPFAファシリテーター養成研修のようす」©セーブ・ザ・チルドレン
3)子どものためのPFA研修普及
研修普及開始から10年が経ったが,子どものためのPFA研修は,日本国内の災害対応や防災の枠組みで子ども支援者向けに活用されている。セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは,研修ファシリテーターや精神保健の専門機関と協力し,2024年までに16, 000人以上に研修を実施している。また,自治体による取り組みもある。例えば,宮城県では2016年度から3年間,教員向けの研修に子どものためのPFAを取り入れ,みやぎ心のケアセンターとセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが連携して研修を実施した。また,大阪府吹田市や豊中市でも定期的に研修が行われている。
4)災害時に求められる子どものためのPFA
子どものためのPFA研修は,災害発生時に必要とされることが多く,被災地の保育士や教員,放課後児童クラブの支援員などを支援する自治体の担当部署や支援団体から研修依頼が寄せられることがある。通常は1日6時間の研修を行っているが,緊急時には時間が限られるため,メンタルヘルスの専門機関と連携し,数時間の講座を実施している。一例として,2024年の能登半島地震の際には,放課後児童クラブの支援員などへ子どものためのPFA講座を開催し,危機的状況で子どもたちが示す睡眠や食事行動の変化,退行現象,災害ごっこなど,よくある反応を認知発達段階別に紹介した。そして,PFAの行動原則である「見る,聴く,つなぐ」に基づき,メンタルヘルスについて少しでも不安があるときは,かかりつけ医や養護教諭,スクールカウンセラーなど身近な専門家や,こころのケアセンターなど地域の専門機関に相談してほしいことを伝えた。講座を通して,支援者が子どもの自然なコーピング力をサポートし,必要に応じて適切な支援につなげられるようになることが期待される。また,子どもを支える支援者自身が倒れてしまわないように,セルフケアの重要性も強調し,伝えている。
3.PFAが実際の支援現場でどのように活用されているのか
2016年の熊本地震支援では,子どものためのPFA研修を受講したセーブ・ザ・チルドレンのスタッフが子どもたちの行動を観察し,適切なタイミングで話を聞き,必要な支援に繋ぐことが実践された。以下は,子どものためのPFAの実践報告からの抜粋である。(Akasaka & Kawashima, 2019)。

「熊本地震緊急支援のようす」©セーブ・ザ・チルドレン
1)PFAの行動原則「見る」
PFAの行動原則「見る」では,危機的状況を経験した子どもたちがにどのように反応するかを事前に理解しておくことで,スタッフが子どもの観察を適切に行えるように支援していた。例えば,子どもが鉄棒を揺らしながら「地震だ〜」と言ったり,「おうちがぺっちゃんこ。車がぺっちゃんこ」と言いながら粘土を潰すなど,遊びの中で地震を再現する「災害ごっこ」の様子が報告された。スタッフがこのような一般的な反応を理解し,これら子どもの自然なコーピングプロセスを邪魔せず,観察し続けることが重要であり,事前に子どものためのPFA研修を通して理解していたスタッフが実践できたことが分かった。
2)PFAの行動原則「聴く」
二つ目のPFAの行動原則「聴く」により,子どもや保護者が話したいときに積極的にスタッフが話を聞いていたことが分かった。スタッフは研修を通じて得た傾聴のスキルを使って,子どもたちや保護者の話を聞いていた。たとえば,ある保護者が地震や避難生活について話し始めた際に,スタッフはその話を遮らず,聴くことに集中していた。これにより,保護者が自分の経験や感情を共有する機会をサポートするのに役立っていると言える。
3)PFAの行動原則「つなぐ」
最後の行動原則「つなぐ」は,子どもや保護者の話を聞き,本人が必要とする支援につなげられるようにサポートをする。熊本地震支援の事例では,遊びに参加できない子どもいたとき(見る),一緒に避難している家族の世話で忙しい(聴く)という話を聞いたスタッフが,避難所の運営に携わっていた学校の先生に相談したところ,その子をよく知る先生が,注意して見守ると請け負ってくれた(つなぐ)。これは,外部の支援者が自らの役割を超えることなく,子どもを地域の中で必要な支援とつないだケースである。
4)PFAの重要性とその役割
これらの例は,PFAが子どもだけではなく,保護者とのコミュニケーションにおいても重要な役割を果たしていることが分かる。危機的状況下で子どもたちが示す一般的な反応や行動を理解し,適切なコミュニケーションをとることで,子どもの精神的苦痛の軽減をサポートし,適切な支援につなぐことで子どもが持つ自然回復力を高めることができる。そのため,PFAの行動原則「見る,聴く,つなぐ」に基づき,支援者が適切なタイミングで被災者が必要としている支援やサービスにつなぐ判断も重要である。実際,上記のケースの中には,支援者が「見る,聴く」ことはできても,支援者がつなげるべきかどうか迷い,つなげなかったケースもあった。適切な支援につなげることができなければ,結局は被災者に害を与えてしまう支援になってしまう。また,避難所のような流動的な環境では,同じ子どもが翌日もいるとは限らないため,気になる子どもがいた場合には迅速な対応が求められる。そのため,準備段階で子どもに関わるスタッフ全員につなぎ先を共有し,チーム内で気になる子どもがいたり,判断に迷うケースがあった場合に相談できる人を決めておくことが重要である。このような重要なPFAのスキルと知識を維持するためには,フォローアップとスーパービジョンが不可欠である(Horn et al., 2019)。
4.子どもによる子どものためのPFA
従来のPFA研修は大人向けに行われていたが,子どももまた自然と友だちを助ける力を持っている。2021年7月,国連児童基金(UNICEF),セーブ・ザ・チルドレン,MHPSS Collaborative,世界保健機関(WHO)は,子どもによる子どものためのPFA「I Support My Friends」を発表した。「I Support My Friends」は,子どもや若者が信頼できる大人のサポートのもとで,困難を抱える友だちをPFA行動原則「見る,聴く,つなぐ」を基にサポートするためのスキルと知識を身につけることを目的とした研修である(United Nation Children’s Fund, 2021)。
1)I Support My Friendsワークショップとは
「I Support My Friend」では,子どもや青少年は,PFAの行動原則「見る・聴く・つなぐ」に基づき,友だちが困難を抱えていることを認識し,サポートの仕方や,さらなる助けが必要な際には信頼できる大人に相談することを,グループワークやロールプレイを通じて学ぶ。3日間のワークショップでは,困難な経験に直面した際の反応や行動が,異常な事態における正常な反応であるということを理解し,感情の表現方法は人それぞれであることを学ぶ。また,友だちが困難な経験しているときに役立つさまざまなサポート方法や,話の聴き方など,具体的なスキルも演習を通じて習得する。さらに,守秘義務や境界線,セルフケアの大切さについて学び,自分や友だちに害を与えない安全な支援の提供方法を身につけることを目的にしている。
「I Support My Friends」の開発中に行ったパイロットワークショップに参加した子どもたちからは以下のような感想があった。
「初めてPFAのことを聞いたときは,専門家しかできない,難しいことだと思っていました。でも,友だちの話を聞いたり,自分が正しいと思えば助けを求めたり,友だちの不安を軽減する手助けをすることを楽しく学ぶことができました」 日本でのパイロットテストに参加した15歳の子ども
「トレーニングは全部面白かったですが,特にグループで行ったロールプレイが面白かったです。私たちは落ち込んだり,憂鬱になったりすることがあるので,友だちの話を聴いて,サポートすることがとても大切だと思いました」 モンゴルでのパイロットテストに参加した14歳の子ども
2)仙台防災枠組みと開発の背景
2015年3月に仙台で開催された第3回国連防災世界会議で採択された仙台防災枠組みでは,精神保健・心理社会的支援の強化と,子どもや若者を「変革の主体者」として明文化されたことを契機に,トレーニングキットの開発が始まった。セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンとデンマークが中心となり,日本,モンゴル,トルコ,ヨルダンの子どもたちの協力を得て制作した。2016年,セーブ・ザ・チルドレンは,機関間常設委員会 精神保健・心理社会的支援(Inte-Agency Standing Committee Mental Health and Psychosocial Support)の年次会議で,制作中のトレーニングキットを発表し,国連児童基金(UNICEF)や世界保健機関(WHO),国際NGOなどから技術的アドバイスなどの協力を得た。

「日本でのI Support My Friendsワークショップ試行のようす」©セーブ・ザ・チルドレン
3)トレーニングの実施方法とサポート体制
トレーニングは9歳以上の子どもを対象に,普段から子どもたちに関わる大人が実施する。例えば,地域のソーシャルワーカーや学校の先生,カウンセラーなどが提供できる。日本やモンゴルなどでのパイロットテストでは,地域の子ども支援者や教員がトレーニングを実施した。「I Support My Friends」は,トレーニング後も大人が子どもたちを見守り,必要に応じてサポートを提供する体制が重要視されている。そのため,「I Support My Friends」を単発のトレーニングとして実施するのではなく,継続的なフォローアップができるサポート体制があるなかで実施する必要がある。また,「I Support My Friends」を実施する環境においては,子どもを見守る大人がPFAの知識だけではなく,関係者全員に対してチャイルド・セーフガーディング研修注1)の受講が必要になる。
注1)子どものセーフガーディングとは、関係者による虐待や搾取など、子どもの権利に反する行為や危険を防止し、安心・安全な活動と運営を目指す組織的取り組みです。疑念が生じた場合の対応と再発防止も含む包括的なものです。
最後に
WHO版PFAや子どものためのPFA研修は,海外の人道支援現場で心理社会的支援の基盤として広く浸透している。著者が活動したウクライナ危機やトルコ大地震の人道支援現場でも,多くの支援者や政府関係者がPFA研修を受けた。「見る,聴く,つなぐ」というPFAの行動原則は,災害支援だけでなく,日常の心理社会的支援の強化にも役立つだろう。
今後,子どものためのPFA研修を普及させることで,災害時の子どものこころのケアに対する共通理解を広め,被災者に配慮した支援や支援者間の連携を強化が期待される。また,子どもによる子どものためのPFAを通じて,子どものメンタルヘルスリテラシー向上のきっかけになる可能性がある。これらの取り組みを進めるために,子どもに特化した心理社会的支援についてもっと多くの人に理解してもらえるよう尽力していきたい。
文 献
- Akasaka, M., & Kawashima, Y. (2019)Psychological first aid for children during the Kumamoto earthquake disaster response in Japan. Intervention Journal of Mental Health and Psychosocial Support in Conflict Affected Areas, 17 (1); 103-108.
- Horn, R, O’May, F, Esliker, R, Gwaikolo, W, Woensdregt, L, Ruttenberg, L, Ager, A(2019)The myth of the 1-day training: the effectiveness of psychosocial support capacity-building during the Ebola outbreak in West Africa. Global Mental Health, 6, E5.doi: 10.1017/gmh.2019.2.
- Save the Children (2013)Psychological First Aid for Child Practitioners. Save the Children. (訳:(公社)セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(2016)子どものための心理的応急処置-Psychological First Aid for Children (PFA for Children)(子どものためのPFA).
- Save the Children International. (2024)Save the Children Humanitarian Plan 2024: Acting Now to protect Children’s Futures. Save the Children’s Resource Centre. Retrieved October 1, 2024, from https://resourcecentre.savethechildren.net/pdf/HumanitarianPlan_2024_Update.pdf/
- United Nation Children’s Fund, Save the Children/ MHPSS Collaborative and World Health Organization (2021)I Support My Friends-Training Manual. UNICEF.
- World Health Organization, War Trauma Foundation, & World Vision International. (2011)Psychological First Aid: Guide for Field Workers. Geneva: WHO(訳:(独)国立精神・神経医療研究センター,ケア・宮城,公益財団法人プラン・ジャパン(2012)心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド: PFA)フィールド・ガイド.
訂正情報(2024.11.11):記事中の年号を1か所修正しました。(2023年→2024年)
赤坂美幸(あかさか・みゆき)
公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 精神保健・心理社会的支援エキスパート
資格:保育士,チャイルド・ライフ・スペシャリスト(米国)
英国の大学院で心理学・神経科学を修了。2012年から,セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンのスタッフとして国内外の緊急支援に従事し,ウクライナ危機(2022年)やトルコ・シリア大地震(2023年)でも最前線で人道支援を行う。2014年に「子どものためのPFA」を日本に導入し,国内普及における中心的な役割を果たす。また,「I Support My Friends」の開発者の一人でもあり,多職種と連携した心理社会的支援の普及に尽力している。