池田美樹(桜美林大学)
シンリンラボ 第20号(2024年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.20 (2024, Nov.)
はじめに
2024年9月20日からの「低気圧と前線による大雨」による被害は,大きな被害が生じた奥能登地域を中心に現在も災害対応が続いている。奥能登地域を中心とした住民の方々に,深くお見舞いを申し上げる。
元旦に発災した能登半島地震災害,翌日2日に羽田空港での航空機火災,8月には,茨木県北部を震源とする地震,台風10号など,数々の大きな自然災害や事故が記憶に新しい。事故・事件,そして災害等の緊急事態では,まずは命を守る・救うための救命救助活動が最優先される。人々の身体に生じた外傷や病気に対しては,医療従事者による救急救命処置や一般の人々による応急手当(first aid;ファーストエイド)が行われる。一方,心に生じた傷(trauma;トラウマ)や不調に対する初期対応として,近年注目されているのがサイコロジカル・ファーストエイド(Psychological first aid(以下,PFA);心理的応急処置)である。
本稿では,災害時等緊急事態の支援におけるPFAの位置づけ,および発展の歴史,そしてPFAについて概説を行う。
1.人道危機における支援
紛争や自然災害など,一国のみで解決することが困難な,地球規模の諸問題を人道危機と呼ぶ。人道危機における支援は,「緊急事態またはその直後における,人命救助,苦痛の軽減,人間の尊厳の維持及び保護」を目的として行われる。紛争の被害者や自然災害の被災者の生命,尊厳,安全を確保するために,援助物資やサービス等を提供する行為を総称して「人道支援」いう。人道支援では,以下の4つが基本原則とされる(外務省)。
1)人道:どのような状況にあっても,一人ひとりの人間の生命,尊厳,安全を尊重すること
2)公平:国籍,人種,宗教,社会的地位または政治上の意見によるいかなる差別をも行わず,苦痛の度合いに応じて個人を救うことに努め,最も急を要する困難に直面した人々を優先すること
3)中立:いかなる場合にも政治的,人種的,宗教的,思想的な対立において一方の当事者に加担しないこと
4)独立:政治的,経済的,軍事的などいかなる立場にも左右されず,自主性を保ちながら人道支援を実施すること
人道原則による支援の実現のために,支援組織間での活動の調整は最も重要な取り組みである。
2.支援者間の調整とスフィア
1994年アフリカ・ルワンダにおける難民・国内避難民向けのキャンプで,支援者間の調整が不十分であった結果,赤痢やコレラといった予防可能な症状で8万人以上が亡くなるという事態が生じた。このような経験を繰り返さないように,事態が生じる前からの支援者間での情報共有や調整のための制度作りが進められた。1997年,人道援助を行うNGOs(非政府組織)のグループと国際赤十字・赤新月運動により,災害援助における行動の質を向上し,説明責任を果たすことを目的として,スフィア・プロジェクトが開始された。プロジェクトの成果物は,日本でも東日本大震災後にNGOなどによって翻訳され,災害医療関係者間でも普及されている。
最新版(Sphere,2018;2019)は,人道憲章を柱として,権利保護の原則,人道支援の必須基準に則り,以下の主な支援4分野における技術的基準が示されている。
1)給水,衛生および衛生促進:トイレ,水,ゴミ,害虫対策,排水など,2)食料安全保障および栄養,3)避難所および避難先の居住地:生活空間,衣料や寝具,家庭用品など,4)保健医療:保健システム,感染症対策,子どもの保健,外傷,精神保健など。
人道支援において,緊急事態や災害に影響を受けた人々のニーズは,複数の支援分野にわたる。そのため,必要に応じて支援者間で調整,協力をしながら活動をすることが求められる。したがって,スフィアでは,全ての分野の支援者がPFAを用いることを推奨している。
3. 災害・紛争等緊急事態における精神保健・心理社会的支援
Inter-Agency Standing Committee(IASC;機関間常設委員会)(2007)は,緊急事態における精神保健・心理社会的支援(Mental health and psychosocial support:MHPSS)について「心理社会的ウェルビーイングを守り,より良い状態にし,または精神疾患を予防・治療することを目的として実施される各種のコミュニティ内外からの支援」と定義している。図は,MHPSSの支援各層を図示したピラミッドであるが,ピラミッド底辺の長さが支援を必要としている人々の数を表している。ピラミッドの底辺から順に,レベル1~4として支援ニーズに対応する支援が示されている。
図 精神保健・心理社会的支援における支援階層

レベル1:衣食住,基本的医療など生きていく上で必要な基本的ニーズに対する支援活動
レベル2:社会的ネットワークの活性化を含む,地域や家族からの支援へのアクセス向上のための支援活動(例,被災により離れ離れになった家族の再会支援や育児支援など),人々が社会的支援を活用できるように手助けを行う
レベル3:精神保健の専門家ではないが,研修や指導を受けたコミュニティワーカー(地域における支援者),プライマリヘルスケアワーカー(かかりつけ医,保健師,看護師などによる基本的精神保健ケアを含む)による支援
レベル4:精神保健の専門家(精神科医師,公認心理師,臨床心理士など)による治療的介入や心理療法,支援など
すなわち,衝撃的な出来事の体験後,人々は何らかのストレス反応を呈するが,ほとんどの人々は,精神保健の専門家による支援を要することなく自らの力で自然回復することが見込まれる。ただし,各層で行われる支援は,相互補完的に支援を必要としている人に対して,理想的には全てが並行して提供される必要がある。MHPSSにおいても,各階層を担う支援者同士がPFAを用いて,協働・調整を行うことが推奨されている。
4.サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)とは
各国語に翻訳され最も普及しているWHO版PFA(2011)では,PFAを「深刻なストレス状況にさらされた人々への人道的,支持的かつ実際に役立つ援助」と定義している。PFAの目的は,人々の苦痛を減らし,現在のニーズに対する援助を行い,人々の適応的な機能を促進することである。したがって,PFAでは,人々が持つ自然回復の力を尊重し,回復を促す要因を強め,回復を阻害する要因を取り除く。専門家による支援が必要な場合,メンタルヘルスの専門家へつなぎ,治療や支援が受けられるようにする。
なぜ,いまPFAが注目されているのか
従来,ストレスの多い任務から帰還した緊急対応要員の心理的ニーズに対処することを目的として,心理的デブリーフィングが開発・活用されてきた。心理的デブリーフィングでは,構造化された枠組みの中でできるだけ早期に,時系列に出来事をふりかえる(出来事における認知や考え,情緒的反応)ことが求められる。この手法は,その後一般の被災者にも用いられるようになったが,長期的な回復における問題,および心理的デブリーフィングによって,かえって適応を悪化させる可能性があるという報告が見受けられた。専門家のコンセンサスとして緊急事態の直後における心理的デブリーフィングの効果が否定され,その代わりになるものとして,「害を与えない関わり方」としてのPFAが再び注目されることになった(NIMH, 2002)。
PFAでは何を行うのか
PFAは,専門家によるコンセンサスが得られた災害時の心理的援助における5つの構成要素,1)安全感・安心感を促す,2)落ち着けるようサポートする,3)個人や集合体の自信を促す,4)つながりを促す,5)希望を促す働きかけ(Hobfoll et al, 2007)が含まれている。PFAは,先に紹介した人道支援の文脈で用いられてきているが,世界各国には,20種類以上の版のPFAが存在しており,作成している団体や組織によって共通している要素と用いる状況や対象,支援の担い手,理論的背景などに応じて異なる要素が含まれている。
PFAは,いつ,誰に,どこで行うのか
・いつ:紛争,災害,事件・事故,感染症拡大状況下など,緊急時・非常事態における出来事の直後から数週間以内の早期支援,および出来事の最中に用いることができる。支援は,単回の場合もあれば,数時間から数日間,継続的な支援を行う場合もある。必要に応じて,数週間から数カ月に渡り,長期的なフォローアップが行われる。
・実施時間:とくに定めはない。初期対応では,数分から数十分程度である。
・誰に:出来事によって影響を受けた全ての人々。支援者自身も含まれる。
・どこで:災害の現場,避難所,医療施設,学校,コミュニティセンターなど,被災者の安全と安心が保たれる環境であれば,どこでも実施可能である。
PFAは,被災者の状況やニーズに応じて柔軟に対応することができる。被災現場の状況や支援の枠組み,文脈に応じて調整される。
PFAの行動原則
世界的に最も普及しているWHO版PFAの行動原則(WHO, 2018)は,非常にシンプルであり,準備(Preparation)+「見る(Look),聴く(Listen),つなぐ(Link)」,英語の頭文字をとって,「P+3L」として示される。
・見る(Look):その場の安全を確認し,基本的,あるいは実際的なニーズを持っている人,緊急性の高い人を見つける
・聴く(Listen):落ち着いて話を聴くことができる環境で,相手が語ることを聴き,無理に話を聴きださない
・つなぐ(Link):家族,友人など,安心できる「人々や場所」,水,食べ物,毛布などの衣食住に関わる「モノ」,「情報」注1),「専門的支援」につなげる
・「準備」(Preparation): 上記の支援を行うための出来事に対する情報,現地の社会的資源,インフラ,活動のための資器材,など
注1)「情報」には,非常事態において人々に生じる一般的なストレス反応に対する知識,ストレス対処方法,コミュニケーションスキル,支援者自身のセルフケアも含まれる。
緊急の精神保健ニーズへの対応
PFAは,その人自身の力をエンパワーメントすることに焦点がおかれている。自傷他害の恐れ,およびPFAの範疇で対応できない緊急の精神保健ニーズが認められる場合には,直ちに専門家へつなぐことが明示されている。
支援者支援
PFAは,災害によって影響を受けた人々が対象である。したがって,支援を提供する支援者自身のサポートについても含まれている。支援者自身が,より良い支援を提供するためにも,活動前,活動中,活動後の自分自身の心身の健康に目を向け,対応するためのセルフケアや仲間同士のサポートについても言及されている。
日本語で参照することのできるPFAの概要
以下に,日本語に翻訳されている6つのPFAの概要について紹介する。いずれの版も,PFAで用いられるコミュニケーション技術としては,積極的傾聴,リラクゼーション/安定化,問題解決/実践的支援,社会的つながり/紹介,が含まれる。
1)PFA実施の手引き第2版(NCTS&NCPTSD, 2006):精神保健担当者あるいはその他の災害救援職にある人に向けて作成されている。災害救援活動を行なう組織の一員として活動することが想定されており,組織の指揮命令系統としてインシデント・コマンド・システム(ICS)に基づいている。支援原則は,1)被災者に近づき,活動を始める,2)安全と安心感,3)安定化,4)情報を集める,5)現実的な問題の解決を助ける,6)周囲の人々との関わりを促進する,7)対処に役立つ情報,8)紹介と引継ぎの8つが示され,詳細に解説されている。
2)PFA学校版(Psychological First Aid for Schools: PFA-S, Brymer et al., 2016):生徒,家族,教職員,学校関係者を支援する上で役に立つ介入モデルである。PFA-Sは,非常事態により引き起こされた初期の苦痛を軽減すること,短期・長期の適応機能と対処行動を促進することを目的としている。その原理,および手法として示されている5つの基準のうち,2.教育環境,学校の文化,生徒の行動規範を管理監督する学校側への敬意を表し,その方針に矛盾しない,4.発達段階を考慮している点が特徴的である。1)と同様に組織としてのICSに基づいている。
3)WHO版PFA(WHO, 2011):精神保健の専門家だけではなく,幅広い職種や一般の人々が用いることができるように設計されている。人道的アプローチに基づいており,被災者の尊厳,文化的背景に配慮した関わり方が強調されており,異なる文化や地域に適応できるよう作成されている。支援の原則は,前述の「準備+見る,聴く,つなぐ」の「P+3L」として示され,状況に応じた対応が可能である。
4)子どものためのPFA(セーブ・ザ・チルドレン,2013):WHO版PFAと相補・補完的に作成されている。子どもの認知・発達段階を考慮し,子どもとその養育者に特化して作成されている。
5)赤十字・赤新月社版PFA(IFRC & RCS,2018):WHO版と同様の支援原則が用いられているが,緊急時だけではなく,平時にも適用することができ,個人と地域社会に対する心理社会的支援を包括的に捉えた枠組みから作成されたガイドラインとなっている。
6)ジョン・ホプキンス版PFA(Every Jr et al., 2012):精神医学的早期介入を加えて,認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy; CBT)の理論的背景に基づいて設計されている。初期支援の後により専門的な(CBTを適用した)支援を導入できる可能性がある。支援原則は,R(Rapport and Reflective Listening)ラポールの形成と聞き返し,A(Assessment)心理的な評価,P(Psychological Triage/Prioritization)心理的トリアージと優先付け,I(Intervention)苦痛を軽減するための介入,D(Disposition and Follow-up)締めくくりと継続的ケアへのアクセスの促進,の5つから成る。
PFAのエビデンスは?
PFAの有効性に関しては,直接的なエビデンスは十分ではない。出来事の直後から数週間にPFAの原則に基づいて提供される支援は,理論に裏付けられたものであり,生涯発達や文化的文脈に即して柔軟に用いられる点は支持されている(Bisson & Lewis, 2009)。トラウマ曝露後のPFA介入は,即時的・中期的に不安を軽減し適応機能を促進することが示されている一方で,心的外傷後ストレス障害/抑うつ症状の軽減に関するエビデンスは十分ではない。PFAの形式,実施時期や時間にはかなりのばらつきが見られることが,エビデンスの蓄積や実施がイメージしづらく実施の難しさにも影響しているのであろう(Wang et al., 2021)。PFAの利点である臨床実践における柔軟性とエビデンスに求められる構造化された介入要素との効果指標の対応付けは,今後の課題である。
以下,本特集ではPFAが支援の現場でどのように適用されているのかについて,エキスパートの実践家から紹介していただく。
文 献
- Bisson, J. K. & Lewis, C.(2009)Systematic Review of Psychological First Aid. Commissioned by WHO.
- Brymer M., Taylor M., Escudero P, et al.(2012)Psychological first aid for schools: Field operations guide, 2nd Edition. Los Angeles: National Child Traumatic Stress Network.(兵庫県こころのケアセンター,大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター訳(2017)サイコロジカル・ファーストエイド学校版 実施の手引き 第2版.)pfa_s.pdf (j-hits.org)(2024.9.27閲覧)
- Jr. Every, G. S., & Jeffley, M. L.(2017)The Johns Hopkins Guide to Psychological First Aid. Baltimore: Johns Hopkins University Press.(澤明・神庭重信監修,中尾智博・久我弘典・浅田仁子監訳,日本若手精神科医の会(JYPO)訳(2023)サイコロジカル・ファーストエイドージョンホプキンスガイド.金剛出版.)
- Hobfoll, S., Watson, P., Bell, C., et al.(2007)Five essential elements of immediate and mid-term mass trauma intervention: Empirical evidence. Psychiatry, 70 (4); 283-315.
- Inter-Agency Standing Committee (IASC)(2007)IASC Guidelines on Mental Health and Psychosocial Support in Emergency Settings. Geneva: IASC.
- International Federation of Red Cross and Red Crescent Societied Reference Center for Psychosocial Support(2018)A guide to Psychological First Aid for Red Cross and Red Crescent Societies.(日本赤十字社訳(2023)サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)ガイド.赤十字・赤新月社版.) https://pscentre.org/wp-content/uploads/2023/02/HP%E7%94%A812007_psc_pfa_guide_T2_samlet_low_pre-ja_JP-printA4-3_%E7%B5%B1%E5%90%88_A4.pdf?wpv_search=true (2024.9.27閲覧)
- National Child Traumatic Stress network and National Center for PTSD(2006)Psychological First Aid: Field Operations Guide, 2nd Edition. Available on: www,nctsn,org and www,ncptsd.va.gov. (兵庫こころのケアセンター訳(2009)サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き 第2版.)http://www.j-hits.org/ (2024. 9. 27閲覧)
- National Institute for Mental Health(2002)Mental Health and Mass Violence : Evidence-based early psychological intervention for victims/survivors of mass violence. A workshop to reach consensus on best practices. Washington DC. NIH Publication No. 02-5138. http://www.nimh.nih.gov/research/massviolence.pdf (2024.9.27閲覧)
- Save the Children Japan(2013)Psychological First Aid for Children (PFA for Children).((公社)セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン訳(2016)子どものための心理的応急処置(子どものためのPFA).)
- Sphere Association(2018)The Sphere Handbook: Humanitarian Charter and Minimum Standards in Humanitarian Response, fourth edition. Geneva, Switzerland. https://www.spherestandards.org/handbook/(支援の質とアカウンタビリティ向上ネットワーク(JQAN)編 (2019)スフィアハンドブック:人道憲章と人道支援における最低基準 日本語版,第4版.Sphere.)
- Wang, L., Norman, I., Xiao, T., et al.(2021)Psychological First Aid Training: A Scoping Review of Its Application, Outcomes and Implementation. Int J Environ Res Public Health. Apr 26;18 (9); 4594. doi: 10. 3390/ijerph18094594.
- World Health Organization, War trauma Foundation and World Vision International(2011) Psychological first aid: Guide for field workers. WHO.((独)国立精神・神経医療研究センター,ケア・宮城,公益財団法人プラン・ジャパン訳(2012)心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)フィールド・ガイド.)
https://saigai-kokoro.ncnp.go.jp/images/upload/files/whopfa_jpn.pdf. (2024.9.12閲覧)
池田美樹(いけだ・みき)
武蔵野赤十字病院精神科臨床心理係長を経て,桜美林大学大学院臨床心理学専攻リベラルアーツ学群・大学院心理学研究科准教授。災害支援者支援の研究,災害支援活動多数。東日本大震災では「日赤心のケア班」として,熊本地震では災害派遣精神医療チーム(DPAT)として現地で活動。能登半島地震災害では,文部科学省緊急派遣スクールカウンセラー派遣調整に従事。日本公認心理師協会理事,日本ストレスマネジメント学会常任理事。
資格:公認心理師,臨床心理士,精神保健福祉士,DPATインストラクター,子どものためのPFA指導者
主な著書:『こころに寄り添う災害支援』(共著,金剛出版)など
趣味:ランニング,テニス,ピアノ