【特集 産業・労働分野の心理支援ーー何をみて,考え,為そうとしているか】#06 心理職に求めることーー産業医の立場から|東川麻子

東川麻子(株式会社OHコンシェルジュ)
シンリンラボ 第19号(2024年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.19 (2024, Oct.)

ここでは産業医の立場から,心理職の皆さんに求めることを説明したい。

私は卒後臨床研修を終えてから,ずっと産業医一筋で活動している。製鉄所の専属産業医として勤務したこともあれば,さまざまな業種,さまざまな事業場規模の産業医を経験してきた。

2011年に株式会社OHコンシェルジュを設立し,現在は,産業医,保健師・看護師,心理職等の多職種が連携し,かつ専門性の高い産業保健サービスを提供することを目指している。また,産業保健を学ぶ場が少ないため,医局のような専門職育成に貢献できる機会を増やすべく活動している。

これらの経験から導いた私の考えが,皆さんの参考になればうれしい。

産業保健分野で心理職は何を求められるのか,これは心理職に限ったものではなく,この業務に携わる医療スタッフにとって実に難しい問題であり,産業保健活動を行う上で重要なポイントとなる。

1.産業医に求められること

まずは,産業医の場合を説明しよう。産業保健活動は,労働安全衛生法(以下,安衛法)という法律に定められた内容を中心に進められる。産業医はこれらの法令に基づき,従業員50人以上の事業場で選任することが決められている。そして,産業医は以下のような職務を行うこととされている。

① 健康診断の実施及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること。
② 長時間労働者に対する面接指導に関すること。
③ ストレスチェックと面接指導に関すること。
④ 作業環境の維持管理に関すること。
⑤ 作業の管理に関すること。
⑥ そのほか,労働者の健康管理に関すること。
⑦ 健康教育,健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること。
⑧ 衛生教育に関すること。
⑨ 労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること。
(労働安全衛生規則第14条より一部改変)

この①~⑨の内容について,さらに細かく定められている項目はあるが,比較的範囲が広く,企業によって優先順位やその対応方法が異なるため,産業医の業務は一つとして同じ形にならない。業種はもちろん,地域,男女比率や年齢構成比などでも,職場の課題は異なる。病院で生活環境の異なる患者さんに合わせてさまざまな治療方針を提案する臨床医のように,職場の課題に合わせてどう対応するかが産業医の良し悪しと言いたいところだが,実際はそれ以外の要素にも大きく左右される。病院の患者さんに例えれば,来院する患者さんの多くは,苦痛を取り除きたい,治療を受けてより健康になりたいという明確な希望を持っているが,産業医として関わる企業が同様に明確な希望があるとは限らない。

産業医の場合,前述のとおり,法令で定められた選任義務があるため,労働基準監督署(以下,労基署)の指導を受け,「指摘されたから産業医を選任する」という企業はまだまだ多いようだ。中には課題解決の提案に対し,「労基署からの指摘事項さえクリアできればよいので,来てくれなくてもよい」「いろいろな取り組みを始めたら大変そうだから,何もしなくてよい」と明確に意思表示する企業さえある。いわゆる名義貸しに近い状態である。病院の患者さんで言うならば,治療を望まないケースだが,そういう患者さんはそもそも病院に来ることがないため,このような矛盾は起こりにくい。医療職に何が求められているのか曖昧であるケースが多いことは,産業保健の特徴であろう。

そのため,まずは企業側がどの程度,産業保健活動に関心があるのか,積極的であるのかを見極める必要がある。経験から企業のスタンスを図のようにレベル分けし,その企業のレベルにあった活動目標を立てるようにしている(図)。心理職の皆さんがイメージしやすいよう,馴染みのあるストレスチェックに当てはめたものも示す。

図 事業場による産業保健活動レベル

図 ストレスチェックを例にみた事業場による産業保健活動レベル

多くのテキストや好事例の報告は,レベル5~6について述べたものが多いが,実際の職場はレベル3~4の段階から関わることが多く,学んだことをすぐに実践しにくい。テキストで示されることは,少し先の目標と考え,そこに近づくためにどんなことを行えばよいか考えることが必要となる。

2.心理職に求められること

さて,ここで産業医から心理職の立場に変えて考えてみよう。心理職は産業医と異なり法令に定められた職務ではないため,求められる役割はさらにバラエティに富んだものになる。産業医のように,名義貸しのために目的なく契約することは少ないだろう。しかし,「〇〇社が心理職を導入していると聞いたので」「最近,メンタル不調者が多いから」などと,よくわからないが契約すれば,あとは専門職側が良きに計らってくれると考えているケースは少なくない。そんな無責任なオーダーがあるかと疑問に感じる人がいるかもしれないが,企業が契約している税理士を例にすると,会社側は具体的なオーダーをしなくても,税務関係について必要な対応をしてもらえる。「わからないことは専門職に任せておけばよい」と考える経営層は多いだろう。しかし,産業保健関係は税務のように法令で縛られている範囲が少ない。メンタル不調の従業員に会社がどこまで業務上の配慮をするのか,どのくらい休養期間を設けるのか,など専門職側で決められないことは多く,活動の主体はあくまで企業側にある。産業保健職に何を求められているか,わからなくなってしまうケースの多くは,企業側に活動の主体性がなく,方針が定まらないことによるものである。ぜひ心理職の皆さんには,企業側の担当者と十分なコミュニケーションを取り,会社がどのような方針で動くのか,そのために産業保健職,心理職に何を求めているのか,サポートしてほしい。

ここからは,参考として産業保健分野において社内で心理職が関わるパターンをいくつか紹介する。もっともオーソドックスなパターンは,比較的従業員規模の大きな企業で,産業医,看護職,心理職が連携して産業保健活動を行うものである。これらは既存の報告でも取り上げられることが多いため,ここでは割愛し,それ以外のパターンについて,そこで生じやすい問題と共に説明したい。次の2つはよく心理職が遭遇しうるパターンであるが,決して望ましい形ではないことを書き添える。

1)産業医がほぼ不在(名義貸し)の場合

前述したとおり,法令で産業医の選任が義務付けられているにもかかわらず,実際は産業医の活動実態がないケースはまだまだ多い。その背景は,企業側が積極的な活動を望まないケースもあれば,地域によっては産業医が不足していて適切な産業保健体制を構築できない,または産業医の活動時間が限られているケースもある。いずれにしても,本来は産業医が対応すべきところ,それが叶わないため,メンタルヘルス不調者が発生し対応に迫られるなどの事情から,産業医以外の医療職,保健師や心理職にその役割を求めることになる。

ここで注意が必要なのは,心理職が産業医の代行をすべてできるわけではないことだ。例えば,適応障害の診断で長期療養後に復帰する際,心理職が復職の可否について意見を求められることがある。「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に従って,心理職が勤務再開できる体調にあるかをある程度評価することは可能であるが,就業場所の変更,作業の転換,労働時間の短縮など就業上の措置についてはどうだろうか。例えば,車で外回りをする業務に従事する社員が復帰をする際,抗うつ薬の内服を継続しつつ運転をすることは,慎重な判断が必要である。就業上の措置については,医師の診断(意見)が望ましく,基本的には心理職の判断で決めるべきではないだろう。最終的に「医師等の意見」を参考に会社が判断するのだが,企業担当者は,産業保健職を一括りに考え,医師かそれ以外の専門職かを区別していないことが多い。企業側の担当者に,本来は法的にどのようにすべきか説明すること,産業医が不在であれば,主治医から意見を聴取するなど,出来る限り理想的な形に近い手続きを進めることが求められるだろう。

2)産業医がメンタルヘルス対応を拒否する場合

次は産業医が企業に選任され,ある程度の活動実態はあるが,メンタルヘルス対応を拒否しているパターンである。産業医を担う医師の多くは,普段内科等を中心とした臨床医であり,メンタルヘルスケースは敬遠される。しかし,今や産業医業務の約半数はメンタルヘルス対応であり,その不足分を補ってもらうことを期待し,企業側が心理職によるサポートを求めるケースが多い。本来対応するはずの医師がいながら,心理職が代行するのは,時に気難しい医師との連携がトラブルとなるので注意が必要である。

産業医が,私は「内科の医師でメンタルヘルスケースは診れない」とはっきり意思表示してくれれば,産業医と心理職の役割分担を明確にできるが,企業側が産業医のメンタルヘルスケース対応に不安を感じる一方,当の産業医はある程度対応できていると自覚している場合は,心理職が板挟みになることもある。昭和のお医者様タイプの産業医であれば,なおさらだろう。クセの強いクライアントと考え,まずは産業医との連携方法を探ることが業務のファーストステップになる。

ここに挙げた2つの例でもわかるように,産業保健活動が進まない背景には,産業医の質や数が十分でないことが挙げられ,その不足を補うためにも,心理職の活躍を期待するところは大きい。ただし,前述のように法令に従うという制約があるので,関係法令の知識が必要となってくる。精神科医療の知識は,メンタルヘルスのケース対応を通して否が応でも経験と共に身についていくが,法的な知識はそうとは限らないため積極的に学ぶよう心掛けてほしい。産業保健のテキストには,法令の解説が書かれているページがあるが,堅苦しくイメージしにくいので読み飛ばしてはいないだろうか。いきなりここから入るのは難しいため,ケースを対応した際に読みかえしてみるとイメージしやすく,ポイントをつかみやすいだろう。

より学びを深めたい人には,産業保健職と弁護士等が連携した日本産業保健法学会でも学ぶことが出来るので,参考にしてほしい。

3)人事系のチームの一員として

従来は,産業医,看護職と共に医療職のチームとして心理職が活躍するケースが多かったが,最近は人事系スタッフとして心理職が関わるケースが増えていると感じる。このパターンでも心理職に求められているものはケースバイケースであるが,その多くは,心理職としての専門性を生かした個別対応と医療職の通訳者の役割であろう。従業員のメンタルヘルス不調の病態の複雑さ,診断書の記載事項から読み取るべきことなど,産業医としては医療の知識のない人事担当者に説明し,どこまで理解してもらえているのか,産業医意見で会社に提案した内容をどこまで現場に落とし込めているのか,不安になることがある。それを補うために多くの時間を割けないジレンマもある。また,最近のメンタルヘルスに関わる対応は,メンタルヘルス不調者の対応だけでなく,社内教育やキャリアに関する問題など多岐にわたり範囲が広がりつつある。医療職と連携しつつ,会社側の人事系スタッフとして心理職が課題解決や疾病予防に取り組むパターンが増えてきたのは必然といえよう。

3.まとめ

ここまで読み進めて,結局のところ,産業保健において心理職が何をすればよいのか,はっきりしないというのが結論かもしれない。

私は産業保健に関わる面白さは一つとして同じケースがないことにあると考えている。同じ疾患でも,患者(従業員)の置かれた環境は企業によって異なる。だから,「こうすればよい」というハッキリとした答えがなく,テキストにも答えは書いていない。もし,書いてあるとすれば,それは「答え」ではなく,参考にすべき「一例」にすぎないと考えてほしい。産業医科大学初代学長の土屋健三郎先生は,産業医を「生涯にわたって哲学する医師」と表現している。心理職にも同じことがいえよう。

現場で各関係者から情報収集し,関係法令や世の中の変化等を踏まえ,よく考えると自ずとその目指すところが見えてくるはずだ。先に関係法令について学ぶことに触れたが,もう一つはこの答えを導くために「会社」や「働くこと」について知識を増やしていくとよいだろう。医療職は病院という限られた環境で過ごす時間が長く,社会の常識に取り残されがちである。「よい職場」「働きやすい職場」とはどんなものなのか,新聞やビジネス書などを通し,学んでほしい。

コロナ禍を経て,リモートワークが導入されるなど,働くスタイルは大きく変わってきている。また若い人を中心に働くことへの価値観も変わってきている。産業医を20年以上経験している私でも,日々新しい課題に遭遇している。もし,過去に経験したことと似たようなケースがあったとしても,今行うべき対応は全く違うものになっているはずだ。経験に甘んじることなく,出会うケースについて一つ一つ新たに考える産業保健の面白さをぜひ一緒に楽しんでほしい。

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東川麻子(ひがしかわ・あさこ)
株式会社OHコンシェルジュ
資格:医学博士,産業医,労働衛生コンサルタント(保健衛生),日本産業衛生学会 専門医・指導医
主な著書:『How to 産業保健No.2 嘱託産業医のための治療と仕事の両立支援の進め方』(分担執筆,産業医学振興財団,2024),『心理カウンセラーが教える「がんばり過ぎて疲れてしまう」がラクになる本』(分担執筆,ディスカヴァー・トゥエンティワン,2021),『産業医ガイド第3版』(分担執筆,日本医事新報社,2020)
趣味:旅行,温泉巡り,山歩き,リコーダーアンサンブル

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