【特集 産業・労働分野の心理支援ーー何をみて,考え,為そうとしているか】#04 職場のパワハラへのアプローチ|橋本真紀子

橋本真紀子(株式会社エムステージ,医療法人社団弘冨会)
シンリンラボ 第19号(2024年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.19 (2024, Oct.)

1.はじめに

産業領域で心理職として活動する中で,「パワーハラスメント(以下,パワハラ)」は大変身近なテーマである。ある時は,従業員とのカウンセリングにおいて,パワハラの被害にあっていることや,パワハラと思われないかが気になり部下指導がしにくいことなどが悩みとして語られる。また,ある時は職場のパワハラ関連施策として,被害者ケアや行為者対応,相談体制の構築,社内教育の企画などを扱う。また,ストレスチェックの集団分析やその他のサーベイの結果から,パワハラ,いじめの問題が浮き彫りとなり,職場環境改善のための介入をすることもある。

本稿では,とりわけ,パワハラの行為者層に対するアプローチについて私見を述べたい。

職場のパワハラ問題を予防するにあたっては,「行為者」と明確に判定された人への介入のみならず,パワハラの疑いがある人やグレーゾーン,予備軍と考えられる人への関わりも重要であるため,これらを含めて「行為者層」とする。

また,産業領域においても,他領域同様に心理職の働き方は多様である。筆者はこれまで,主に外部機関に所属する心理職の立場から,顧客企業・団体の従業員や公務員,その家族を対象としたカウンセリング,組織のメンタルヘルス対策などの産業精神保健の実務に従事してきた。本稿についてはその立場と実践からの発言となることを付記する。

2.職場におけるパワハラ

1)法律の概要

2019年5月に労働施策総合推進法が改正され,事業主にパワハラ防止措置が義務付けられた。事業主には,パワハラ防止に関する方針の明確化と周知,相談体制の整備,発生時の迅速かつ適切な対応などが求められる。同法は2020年6月より大企業を対象に施行,2022年4月以降は中小企業も対象となった。同法の施行に伴い,精神障害による労災認定基準においても,パワハラが明示された。法制化や指針による具体的な措置の明示により,パワハラ対策は企業が取り組むべき主要テーマのひとつとなっている。

2)パワハラの定義と実態

職場におけるパワハラは,「職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって,②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,③労働者の就業環境が害されるものであり,①から③までの要素を全て満たすもの」である(厚生労働省,2020)。代表的な言動は,①身体的な攻撃,②精神的な攻撃,③人間関係からの切り離し,④過大な要求,⑤過小な要求,⑥個の侵害の6類型に分類される。業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な指示や指導はパワハラにはならない。また,優越的な関係とは必ずしも組織における職位の違い,つまり上司―部下の関係には限定されず,専門性や経験などの優越性が背景にある場合や集団による行為で抵抗が困難な場合などは,同僚同士の行為や部下から上司に対する行為もパワハラに該当する。

2023(令和5)年度の厚生労働省の実態調査の結果をみると,過去3年間に勤務先でパワハラを受けた経験があると回答した労働者は19.3%,過去3年間にパワハラの相談があったと回答した企業は全体の64.2%に上る。行為者は「上司(役員以外)」が65.7%,次いで「会社の幹部(役員)」24.7%,「同僚」20.2%であった。多くの企業においてパワハラが存在していること,上司から部下へのパワハラが大半であることがわかる。また,内容としては「脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)」が48.5%と最も多く,「業務上明らかに不要なこと,遂行不可能なことの強制,仕事の妨害(過大な要求)」38.8%が続く。

3.パワハラの行為者層に対する関わりの重要性

パワハラ問題において,最も優先されるべきは,被害者の安全と尊厳を守り,必要な対応とケアをすることだ。同時に,再発防止や深刻な事態の未然防止のためには行為者層に対する関わりも欠かすことはできない。指針においては,発生後の行為者に対して適正に実施すべき措置の例として,社内規定に基づく処分,被害者・行為者の関係改善の援助,配置転換,行為者の謝罪等が挙げられている。しかしながら,行為者層においては事態の否認,つまり行為をしていない,そのようなつもりはないといった否定や,他罰,加害・責任の過小化が生じていることもままある。問題や処遇に関する納得感がないまま謝罪をしても,場所や対象を変えて同じ行為を繰り返す可能性は多分にある。そのため,彼らへの気づきと行動変容を促すための関わりが重要であると考えている。

4.行為者層への関わりで重要と考えていること

1)事例性の共有からはじめる

それでは,行為者層との関わりにおいて,初めに必要なことは何だろうか。職場におけるメンタルヘルス対応には,「疾病性」「事例性」による把握が役立つが,パワハラ問題を整理するうえでも助けになる。

「疾病性」とは疾患や治療などの健康面に関すること,「事例性」とは業務や職場において生じている問題の具体的事実である。とりわけ,職場における介入においては,後者が重視される。パワハラ問題については,職場の中で何らかの問題になっている,すなわち少なくとも「事例性」を有している。誰にとって,どのような問題・困りごとが生じているかを考える必要がある。

2)事例性は会社や人事がきちんと伝える

行為者層には問題の自覚や困り感がないことも多い。行為に正当性を感じていたり,自身にとっては違和感のないコミュニケーションであったりするためだ。会社や企業内の担当者,上司などから,「言動は問題である」「パワハラである(発展しかねない)」という通達や改善の指示があることで,本人の認識とのギャップが顕在化する。組織からの意思表示によって,先述した否認,戸惑いや組織に対する不信感,被害感,理不尽さへの傷つきが生まれる。そうした行為者層に対して,ご本人が安心して気持ちや体験を語り,内省する場として心理職による個別面談が役立つと考える。

3)心理職による支援

ご本人の感じている課題感,あるいは組織や他者からの事例性のフィードバックによるギャップを入り口に,本人の困りごとや行動変容を支援する関わりができると考えている。加えて,「事例性」の背景にある「疾病性」の観点,すなわち疾患や障害の可能性を含めたアセスメントと必要な資源へのリファーができることは心理職による支援の強みである。

5.支援の実際

筆者が創作した事例を用いて,心理職による支援のイメージを提示する。

1)事例A氏:価値観・コミュニケーションに関する支援

問題:部下に対する業務指導の際に,相手を大声で叱責し,相手の性格や能力不足を強く非難する行為が頻繁にみられ,会社から本人に対して改善を指示している。部下からの被害報告のほか,周囲からも不安の声が上がっている状況である。本人としては,正しい指導ととらえており,会社からの指示には納得していない。

対応:本人の感じている理不尽さや怒りを傾聴。会社の認識と本人の認識のギャップについて考えていく。言動の背景を振り返る中で,仕事に対する責任感や,組織の発展を願う想い,部下の育成にかける想いなどのA氏が大切にしている価値観が明確化されていく。現在のコミュニケーションは一般的なパワハラ行為に該当してしまうほか,本当に伝えたいメッセージが他者に届いていないことを認識していく。自身の価値観や想いを大切にしつつ,他者を尊重したコミュニケーションの獲得をめざすに至った。目標達成の意欲の高さに加えて,自己の価値観が絶対的なものである,他者に対しても「~すべき」と考える傾向によって怒りが生まれ,相手への攻撃行動に至っているケースへの支援例である。

2)事例B氏:脳・神経由来の多様性,マネジメントに関する支援

問題:特定の部下に対する指導の中で,時折,怒りを爆発させており会社としても本人としても課題認識がある。元来まじめで静かな性格,プレイヤーとしては優秀であったが管理職に昇進後,チーム全体のマネジメントや部下育成に苦慮している。本人は自身の感情的な言動を後悔し,申し訳なさを感じている。指導しても同じミスを繰り返す部下に対する落胆と徒労感を感じるとともに,自身のマネジメント力の低さに自信喪失している。

対応:本人の徒労感を聞いていく中で,本人と特定の部下とのコミュニケーションの難しさには,生まれながらの感覚や情報処理のスタイルの違いが起因していることが見えてきた。上司であるB氏は自らの学習方法に基づき指示や指導を行っていたものの,部下に合った方法ではないために齟齬が生じやすく,結果的に,相互理解がかなわず,同じ失敗が何度となく繰り返されるに至っていた。感覚や情報処理の多様性を踏まえたコンサルテーションを通じて,部下との関わりかたや指導方法を見直していった。管理職昇進に伴って業務上で求められる役割が変化したものの,リーダーシップやマネジメント,メンタルヘルスに関する知識やスキルは十分に備わっておらず悩みが深刻化し,結果的に職場における強い怒りの表出に至っていたケースへの支援例である。

3)事例C氏:健康状態を踏まえた心身のケアに関する支援

問題:常に苛立った様子で,上司や同僚問わず,当たりが強いため,周囲が委縮している。業務に必要なコミュニケーションがとれない,気を遣うといった声が各方面から寄せられている。現時点では重大なトラブルの発生には至っていないが,この状態が持続することは職場全体の風土形成や生産性の観点からも看過できないといった判断があった。本人としては健康上の不調を感じておらず,問題意識はない。

対応:本人自身の困り感は乏しかったが,健康状態のアセスメントを行う中で,余暇の過ごし方や就寝前の行動に課題があり,慢性的に睡眠が十分にとれていない状態であることが明らかになった。睡眠不足と怒りを含む感情との関係について話し,心身のケアに主軸においたカウンセリングを実施。睡眠衛生教育とリラクセーション技法の習得などを通じて,徐々にコンディションが良化。自覚的な健康度が向上するとともに周囲とのやりとりにおいても変化がみられた。健康管理意識の乏しさとセルフケアのしにくさによって慢性的に睡眠不足となり,心身の健康状態の悪化,怒りの感情が生まれやすい状態をもたらしていたケースに対する支援例である。

6.行為者層への関わり まとめ

創作事例をもとに行為者層との個別支援のイメージを共有した。本人との関係構築をしながら,考え方への働きかけから行動への働きかけへと段階的に展開をしている。考え方への働きかけとは,ハラスメントの問題の外在化,自己の振り返り(困りごと,ヒストリー,価値観,望み),心理教育・ハラスメントの情報提供や行動変容の動機づけなどである。

図1 行為者層へのアプローチ

そして,行動への働きかけとしては,アンガーマネジメントやストレスマネジメントといったセルフケア力の強化,コミュニケーション,マネジメント,フィードバック(ポジティブ,ネガティブ)といったスキル獲得などの心理教育や具体的行動の支援である。図1にて,行為者層との関わりを段階的に進めていくイメージを示す。また,こうした支援を行う前提としてハラスメントに関するベースの知識をもつことで,タイミングを逸さずに情報提供というかたちで助言ができるほか,キャリア形成支援の視点が関わりの中で活用できることも多い。

7.予防策

職場のパワハラの防止にあたって,パワハラに関する教育啓発,個々の違いを尊重する職場風土の形成が重要と考える。また,管理職をはじめとする上司層のマネジメント,部下指導,ラインケアを支援する取り組みを充実させることはハラスメントの防止,上司層自身の働きやすさにも繋がると考える。例えば,管理職が部下からハラスメントと指摘されることを懸念し,本来必要な指導がしにくいといった切実な声もよく聞く。部下の成長や目標達成のために課題点を通知し,成長を支援する「ネガティブフィードバックスキル」の習得は彼らが安心して部下指導に従事することの一助となる。また,事例でも触れたが,脳・神経由来の多様性に関する教育研修やコンサルテーションの機会があることで,個々の違いを前提とした指導や配慮がしやすくなると考える。そして,本稿で紹介した個別の関わりに限らず,自身のコミュニケーションのあり方や困りごとについて相談できる場として,予防的な目的でカウンセリングを利用いただくことも効果的である。いずれも,心理職の専門性を生かした予防策であるが,それらを行う上で社内の関係者との協働体制の構築が不可欠である。

文 献
  • 厚生労働省(2020)事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針.
  • 厚生労働省(2024)令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書.
  • 中原淳(2017)フィードバック入門―耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術.PHP研究所.
  • 中村正(2019)ハラスメント加害者の更生はいかにして可能か─加害者への臨床心理社会学的な実践をもとにして考える.日本労働研究雑誌,61 (11), 86-97.
  • 津野香奈美(2023)パワハラ上司を科学する.ちくま新書.
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橋本真紀子(はしもと・まきこ)
株式会社エムステージ,医療法人社団弘冨会
資格:臨床心理士,公認心理師,2級キャリアコンサルティング技能士,産業保健法務主任者

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