【特集 産業・労働分野の心理支援ーー何をみて,考え,為そうとしているか】#00 はじめに|松浦真澄

松浦真澄(東京理科大学)
シンリンラボ 第19号(2024年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.19 (2024, Oct.)

産業・労働分野での活動に従事しはじめた頃,私の周りでは「この分野での実践は難度が高い」という噂話が流れていた。いわゆる5分野の全てを経験したわけでもない私にとって,検討のしようもない話であったし,そもそも難度の低い分野があるのだろうか? など,いつも不思議に思っていた。あれから20年以上が経過するが,いまだにこの噂話を耳にすることがあるのだ。

心理職全体において,会社員としての経験がある方は少ないであろうし,この分野での経験を有する割合も高いとは言えない。この分野は「よくわからない」「具体的なイメージが湧きにくい」と“思われやすい”,というのが実情だろう。このような噂が立ち,流布し続けることには,これらの事情も影響しているだろうか,と思いを巡らす。

たしかに,産業・労働分野における心理職の活動は一様でない。所属・契約する組織によって求められる役割や担当業務が異なってくるのも事実であるし,組織的な取り組み内容や方針,専門職の構成も組織によって異なる。特定の組織内で発生した事案や対応は,当然ながら公開される範囲も限定される。「よくわからない」状態が続きやすい条件が,この分野には多いのかもしれない。

今回の特集は,「産業・労働分野の心理支援ーー何をみて,考え,為そうとしているか」である。文字通り,この分野における心理支援を扱い,心理職による実践を共有していく。まずは総論的な振り返り(#01松浦)をしたのち,具体的な活動現場において実践される創意工夫などが語られる。

心理支援は多くの読者にとってイメージしやすいであろう場面で構成し,それぞれ豊富な実務経験を有する専門家に執筆を担当していただいた。職場復帰支援における労働者および人事担当者との関わり(#02馬場氏),ストレスチェックに関連したセルフケア支援(#03阿部氏),職場のパワーハラスメントにおける加害者への対応(#04橋本氏),災害・事故・自殺などの事案が発生した際の職場における危機介入(#05廣川氏)である。

そして最終章では,心理職に求める姿勢や役割について産業医の立場から語っていただいた(#06東川氏)。各執筆担当者には,特集の趣旨を踏まえつつ自身の考えについても闊達に表現していただけるよう依頼している。本特集が,この分野に限らず「働く人」への支援に携わる全ての方に参考になれば幸いである。

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松浦真澄(まつうら・ますみ)
東京理科大学教養教育研究院,医療法人社団こころとからだの元氣プラザ産業保健部
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書:『みんなのシステム論』(分担執筆,日本評論社,2019),『公認心理師の基礎と実践20 産業・組織心理学』(分担執筆,遠見書房,2019),『ブリーフセラピー入門―柔軟で効果的なアプローチに向けて』(分担執筆,遠見書房,2020),『心理カウンセラーが教える「がんばり過ぎて疲れてしまう」がラクになる本』(共編著,ディスカヴァー・トゥエンティワン,2021),『産業心理職のコンピテンシー』(分担執筆,川島書店,2023)
趣味:映画,音楽,猫

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