【特集 子どもの自殺予防──学校を拠点とした包括的な取組を中心に】#02 『生徒指導提要(改訂版)』が示す学校における自殺予防の方向性──学校内外の連携・協働を基盤とした自殺予防の具体的展開──│新井 肇

新井 肇(関西外国語大学教授)
シンリンラボ 第17号(2024年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.17 (2024, Aug.)

1.児童生徒の自殺をめぐる状況と『生徒指導提要』の改訂

1)『生徒指導提要』改訂の背景と深刻な児童生徒の自殺の状況

生徒指導の基本を文部科学省が示した『生徒指導提要』が,2022年12月に12年ぶりに改訂された。改訂の背景として,児童生徒を取り巻く社会環境が大きく変化し,不登校児童生徒数の増加と長期化,自殺者数の急増,いじめの重大事態の増加や低年齢での暴力行為の急増など,児童生徒が抱える課題の深刻化がみられることが第一に挙げられる。

自殺に関して言えば,日本全体の自殺者数が減少しているなかで,若い世代の自殺は増加し続け,2023年の児童生徒の自殺者数は,513人(小学生13人 中学生153人 高校生347人,前年比0.2%減)と,2年続けて500人を超える深刻な状況がみられる(厚生労働省・警察庁(2024)令和5年中における自殺の状況)。さらに,G7各国の自殺の状況をみたときに,「死因順位の第1位が「自殺」となっているのは「10~19歳」では「日本」のみで,…(中略)…「自殺」の死亡率でみても,「日本」の「10~19歳」(7.0)は最も高い」(内閣府(2023)令和5年版自殺対策白書)という指摘もある。

2)これからの生徒指導実践において求められる法の理解

もう一つの改訂の背景として挙げられるのは,2013年の「いじめ防止対策推進法」の成立から2022年の「こども基本法」の成立まで,子どもをめぐる法令や規則の成立,改正が相次いだことである。複雑化した生徒指導上の課題に対応するためには,教職員の経験や勘,熱意だけに頼る生徒指導実践では不十分で,それぞれの課題に関連した「子どもを守るための法規」についての理解が不可欠である。教職員には,各法令の理念や目的,学校や教職員の果たすべき役割について共通理解することが求められる。

自殺をめぐっては,「自殺対策基本法」が2016年に改正され,若い世代への自殺対策が喫緊の課題であるという認識のもと,各学校が自殺予防教育に取り組むことが努力義務として示された。2017年に法の改正に基づき閣議決定された『自殺総合対策大綱』のなかでは,社会のなかで直面するさまざまな困難やストレスへの対処方法を身につけるための教育(「SOSの出し方に関する教育」)の推進が,同じく努力義務として課せられた。2022年にあらたに閣議決定された『大綱』においても,その一層の推進が求められている。

3)子ども支援の視点に立った自殺予防の展開

関連法規等の理解と並んで重要なのが,『生徒指導提要(改訂版)』(文部科学省(2022)以下,『提要改訂版』と表記)において生徒指導の取組上の留意点として強調されている「児童の権利に関する条約」(1989年の第44回国連総会において採択,日本は1994年に批准)の共通理解である。同条約において,児童に対する①「差別の禁止」②「最善の利益への考慮」③「生命,生存,発達に対する権利の保障」④「意見表明権の尊重」という4つの原則が規定された。これらの理念は「こども基本法」にも反映されている。

児童生徒を取り巻く状況が複雑化・深刻化しているなかで,生命や人権に関わる事象については,一つひとつに丁寧に向き合う教職員の姿勢と多角的な視点からのアセスメントに基づく組織的対応が求められる。自殺への対応は,その最たるものと考えられる。

児童生徒の自殺の深刻な状況と法の改正を受けて,『提要改訂版』においては,「生涯にわたる精神保健の観点から全ての児童生徒を対象とする『自殺予防教育』と,自殺の危険の高い児童生徒への直接的支援としての『危機介入』を並行して進めること」が,学校における自殺予防の取組の基本的な方向性として示された。加えて,子ども支援の視点に立って,社会総がかりで「子どものいのちを守り,支える」ための体制づくりを,学校内外の連携・協働に基づいて進めることの重要性が強調されている。

2.『提要改訂版』が示すこれからの自殺予防の方向性

1)『提要改訂版』が示す生徒指導の方向性

『提要改訂版』では,生徒指導の概念や取組上の留意点などを整理し直すとともに,従来の生徒指導観から脱却した新たな生徒指導実践の方向性が示された。これからの生徒指導がめざす基本的な方向性は,次の3点にまとめることができる(新井,2024)。

第一に,特定の児童生徒に焦点化した事後の指導・援助から,日常の教育育活動全般を通じて全ての児童生徒の成長・発達を「支える生徒指導」への転換をめざす。教職員が主語の「させる生徒指導」から,児童生徒を主語にした「支える生徒指導」への視点の変換と捉えることができる。

第二に,教室での教科の学びを社会で充実して生きることにつなげるために,学習指導と生徒指導の一体化をめざして,生徒指導の視点を内在化した授業づくりを進める。

第三に,現在進められている「働き方改革」も考慮しつつ,学校内外の連携・協働に基づく「社会に開かれたチーム学校」としての生徒指導体制を構築する。

2)生徒指導実践や取組の構造化

加えて,『提要改訂版』においては,生徒指導を理論に基づいて見通しをもって進めるために,生徒指導実践や取組の構造化がめざされている。

まず,時間軸により,事が起きる前に先手を打って日常的に行う「常態的・先行的(プロアクティブ)な生徒指導」と,事が起きつつあるところで即座に,それでも深刻化したときには継続的に課題解決をめざす「即応的・継続的(リアクティブ)な生徒指導」とに2分類された。そのうえで,対象となる児童生徒の範囲と課題性の高低の観点から,次のような3類4層で構成される生徒指導の重層的支援構造が示された。

①日常の教育活動を通じて全ての児童生徒の成長・発達を支える「発達支持的生徒指導」(第1層),②全ての児童生徒を対象として特定の課題に焦点化した「課題未然防止教育」(第2層)と③課題の前兆行動がみられる一部の児童生徒を対象とした「課題早期発見対応」(第3層)から成る「課題予防的生徒指導」,④深刻な課題を抱えた特定の児童生徒に対して,組織的・継続的な指導・援助を行う「困難課題対応的生徒指導」(第4層)。

構造化し,自らの実践や自校の取組を俯瞰的に捉え,「何のために,何をめざすのか」という意味を教職員間で共通理解することで,協働して課題に取組むことが可能になる。

3)自殺予防の3段階と生徒指導の重層的支援構造

自殺予防は,自殺を未然に防ぐための日常の相談活動や自殺予防教育などの「予防活動」(プリベンション),自殺の危険にいち早く気付き対処して自殺を未然に防ぐ「危機介入」(インターベンション),不幸にして自殺が起きてしまったときの遺された者への心のケアを含む「事後対応」(ポストベンション)の3段階から構成される。

一方,自殺予防を生徒指導の観点から捉えると,「予防活動」のなかでも,①児童生徒が困ったときに相談できる体制をつくるなど安全・安心な学校環境を整えたり,すべての児童生徒を対象に「命の教育」や「心の健康教育」などを通じて「未来を生きぬく力」を身に付けるように働きかけたりすることは「発達支持的生徒指導」と言える。これは,文科省(2021)の「SOSの出し方に関する教育を含む自殺予防教育」における「下地づくりの授業」に相当するものと考えられる。また,②文科省(2021)の「核となる授業」は,自殺予防に焦点化した「課題未然防止教育」として位置付けることができる。さらに,③教職員が自殺の危険が高まった児童生徒に早期に気付き関わる「課題早期発見対応」と,④専門家と連携して危機介入を行うことにより水際で自殺を防いだり,自殺が起きてしまった後の心のケアを行ったりする「困難課題対応的生徒指導」から,学校における自殺予防は構成されると捉えることができる(図1参照)。

4)4層構造に基づく自殺予防のための具体的な取組

『提要改訂版』や『子供に伝えたい自殺予防』(文部科学省,2014)で自殺予防教育の目標として示されているのは,「心の危機に気付く力」と「相談する力」の2点である。心の危機についての正しい知識と理解を持ち,困ったときに相談できるようになれば,自分の危機の克服と友人の危機への支援が可能となり,自殺予防に限らず,生涯にわたる心の健康(メンタルヘルス)の保持につながると考えられる(新井,2023a)。

次に,自殺予防の重層的支援構造に基づく具体的な取組内容を示す(新井,2023b)。

「発達支持的生徒指導」:各学校ですでに取組まれている「生命尊重に関する教育」や「心の健康教育」,「温かい人間関係を築く教育」などを,「自殺予防につながる発達支持的生徒指導」として意識することが求められる。

「課題未然防止教育」:「核となる授業」の学習内容としては,①心の危機のサインを理解する,②心の危機に陥った自分自身や友人への関わり方を学ぶ,③地域の援助機関を知る,といったことがあげられる。特に,「心の危機理解」については,高等学校保健体育科の「精神疾患の予防と回復」や中学校保健体育科「欲求やストレスへの対処と心の健康」,小学校体育科保健領域の「心の健康」,あるいは「総合的な学習(探究)の時間」等において実施することが考えられる。その際,保健体育科教員や学級担任と養護教諭,SC,SSW等が協働で授業づくりを行う等の工夫が必要になる。

「課題早期発見対応」:自殺の危険をいち早く察知するには,学級担任や関係する教職員が,日々の健康観察や定期的な面談,生活アンケート等を通じて,児童生徒の僅かな変化に気付けるかどうかが重要である。そのためには,表面的な言動だけにとらわれず,笑顔の奥にある絶望を見抜くことが求められる。気付いたら,安全確保を第一に,教職員間で情報共有し,担任等がひとりで抱え込むことがないようにすることが不可欠である。

「困難課題対応的生徒指導」:自殺の行動化を水際で防ぐ組織的な危機介入や自殺未遂者への心のケア,自殺発生(未遂・既遂)時の周囲への心のケアなどを,専門家・関係機関と連携・協働して行う危機対応と言える。いずれの場合も,保護者と連携して家庭での継続的な見守りを行うとともに,教職員間で密接に情報共有し,組織的に児童生徒を支援することが求められる。適切な心のケアを受けられないと,後に自殺の危険性が高まることを考慮し,医療機関と連携して丁寧な支援を行うことも必要である。

3.学校内外の連携に基づく自殺予防のための教育相談体制の構築

1)一人で抱え込まない体制をつくる

自殺は,専門家といえども一人で抱えることができないほど重く,困難な問題だと言われる。児童生徒の心の危機の叫びを「受けとめ,支える」ことができる学校内外の連携・協働の体制を築くことが不可欠である。

『提要改訂版』においては,学校が自殺予防に全教職員で組織的に取り組むためには,

①児童生徒が課題や悩みを抱えたときに対応するための既存の組織(生徒指導部や教育相談部など)を自殺予防の観点から見直し,教育相談機能の実効性を高める

②教育相談コーディネーターと養護教諭を構成メンバーの核として位置づけ,各学年や生徒指導部・保健部などの他の校務分掌と連携した体制づくりをめざす

という2点の重要性が指摘されている。また,留意点として,スクリーニングのためのアンケートの実施,カウンセリングルームの日常的な活用の促進,反社会的問題行動に自殺の危険が潜んでいることへの理解,などの必要性が挙げられている(阪中,2023)。

2)「社会に開かれたチーム学校」で取り組む包括的な自殺予防へ

危機的な状況にある児童生徒を支援するには,福祉機関と連携して保護者も含めて家族全体を支援したり,家族の機能を代替できる体制をつくったりするなどの取組が必要となることが少なくない。また,自殺の危険が高い児童生徒への対応においては,医療機関との連携が不可欠である。学校に精神科医やSC,SSW等の専門家の視点を入れることは,多角的な支援が可能になるだけでなく,教職員が必要以上に混乱に巻き込まれることを防いだり,不安を軽減したりすることにもつながる。

今後,学校における自殺予防を展開するにあたっては,学校・教職員と多職種の専門家,関係機関等との連携・協働を基盤に,「社会に開かれたチーム学校」として児童生徒の自殺予防に取り組むことが求められる。援助希求しにくい年代と言われる思春期・青年期の子どもたちが発する「心の危機の叫び(SOS)」を,学校の教職員をはじめ,家庭,地域の大人たちがどのように「受けとめ,支えていくのか」が問われている。

引用・参考文献
  • 新井肇(2024)『生徒指導提要(改訂版)』の示す生徒指導の方向性をどう実践に落とし込むか.月刊生徒指導,第54巻第4号,pp.36-39.
  • 新井肇(2023a)これからの自殺予防教育の方向性と課題──『生徒指導提要』の改訂を踏まえて──.指導と評価,通巻829号,pp.30-32.
  • 新井肇(2023b)第2部5 自殺.In:八並光俊・石隈利紀編:Q&A 新生徒指導提要で読み解くこれからの児童生徒の発達支持.ぎょうせい,pp.114-119,
  • 阪中順子(2023)第8章 自殺.In:中村豊編:生徒指導提要改訂の解説とポイント──積極的な生徒指導を目指して,ミネルヴァ書房,pp.123-137.

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名前:新井 肇(あらい・はじめ)
所属:関西外国語大学外国語学部教授
資格:公認心理師,学校心理士SV,カウンセリング心理士SV
専門:生徒指導論,カウンセリング心理学。いじめ防止,自殺予防等を中心に,生徒指導の理論と実践を架橋する研究に従事。
現在,日本生徒指導学会副会長,文科省「いじめ防止対策協議会」座長,「児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議」委員。
『生徒指導提要』の改訂にあたっては,「生徒指導提要の改訂に関する協力者会議」副座長を務めた。
主な著書:『支える生徒指導の始め方―「改訂・生徒指導提要」10の実践例』(編著,教育開発研究所,2023),『子どもたちに“いのちと死”の授業を―学校で行う包括的自殺予防プログラム─』(共著,学事出版,2020),『「教師を辞めようかな」と思ったら読む本』(単著,明治図書,2016)ほか多数

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