【特集 子どもの自殺予防──学校を拠点とした包括的な取組を中心に】#01 国としての取組を含めた学校における自殺予防の現状と課題|窪田由紀

窪田由紀(九州産業大学)
シンリンラボ 第17号(2024年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.17 (2024, Aug.)

はじめに

本稿では,わが国における子どもの自殺予防について,自殺対策基本法制定後の国としての取り組みを概観した上で,学校における自殺予防の現状と課題,今後の方向性について述べる。

1.わが国における子どもの自殺の実態

図1は,昭和55年以降の小中高校生の自殺者数の年次推移である。平成22年頃までは300名前後で推移していたものが,その後は増加傾向となり,コロナ禍の令和2年に前年から100名増の499名となって以後,令和4年には過去最高の514名となって社会に大きな衝撃を与えた。国際的に見ても,わが国の子どもの自殺は深刻な状況にあり,先進7カ国の10歳~19歳の自殺死亡率(人口10万人あたりの自殺者数)の比較において,我が国は最も高い7.0(2019年)となっている。

図1 児童生徒の自殺の実態ー小中高校生の自殺者数の年次推移
出典:厚生労働省自殺対策推進室 警察庁生活安全局生活安全企画課(2024)令和5年中における自殺の状況.https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R06/R5jisatsunojoukyou.pdf

表1に令和4年,令和5年の児童生徒の自殺の原因・動機を「自殺の統計:地域における自殺の基礎資料」を基に示した。両年とも学校問題が最も多い。内訳をみると,学業不振,進路に関する悩み,入試に関する悩みの順となっている。学校問題に続いて多いのは,健康問題,家庭問題の順である。健康問題にはかなりの割合で精神疾患が含まれており,令和2年~4年のデータでは,病気の悩み(その他精神疾患)は,40件,44件,56件,病気の悩み(うつ)は,33件,27件,44件となっている。

表1 自殺の統計:地域における自殺の基礎資料

子どもたちにとって,学校と家庭はその生活の大部分を占める重要な居場所であり,その中で種々の悩みを抱え,募らせ,追い詰められていっていることがわかる。子どもの自殺の背景として注目されがちないじめは,原因・動機として必ずしも多く挙げられているわけではない。フィンランドにおける追跡研究では,8歳の時点でいじめに関わった子ども(いじめる側,いじめられる側を共に含む)が25歳までに自殺関連行動を起こす割合が有意に高いという結果が得られており(Klomek et al., 2009),いじめに関わることによる自尊感情や対人信頼感の低下は,その後の人生で危機に遭遇した際の自己破壊的な対処に繋がることが示されている。いじめの防止・解決が重要であることは言うまでもない。ただ,ここで強調しておきたいのは,いじめのみに焦点化することなく,子どもの日常生活全般への丁寧な見守り・気づき・支援が欠かせないということである。また,精神疾患が特に中高生女子で上位にあることからも,心の健康に関する知識や対処スキルの育成も重要となる(窪田,2024)。

2.子どもの自殺予防をめぐる国の動き(窪田,2024)

2006年の自殺対策基本法制定・施行後,同年に設置された文部省(当時)の「児童生徒の自殺予防に向けた取組に関する検討会」(翌年に児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議に改名,以後協力者会議)を中心に,教師を対象とする啓発冊子の作成や,これらの啓発冊子を基にした全国での研修会の開催などがなされてきた。

しかしながら,その後も児童生徒の自殺の深刻な状態が続いたため,2016年に制定・施行された自殺対策基本法を一部改正する法律では,学校における自殺予防教育について詳細に記載された。さらにそれを受けて策定された自殺対策総合大綱には,児童生徒対象の自殺予防教育について「SOSの出し方に関する教育」としてその実施が努力義務として掲げられた。さらにコロナ禍での自殺者の大幅増を受けて,協力者会議では,審議のまとめのなかで,1)児童生徒を対象とする心の健康の保持増進に係る教育および啓発の推進,2)ハイリスクな児童生徒の早期発見・対応へ向けたICTの活用,3)自殺予防のあらゆる段階における関係機関等の連携体制の構築の3点を挙げている。

令和5年には,こども政策に関する総合調整権限を一本化する司令塔としてこども家庭庁が創設されたが,その中に設置された「こどもの自殺対策に関する関係省庁連絡会議」によって「こどもの自殺対策緊急強化プラン」がとりまとめられた。1)こどもの自殺の要因分析,2)自殺予防に関する教育や普及啓発等,3)自殺リスクの早期発見が示され,2)としてすべての児童生徒が「SOSの出し方に関する教育」を年1回受けられるようにという形で,より具体的な方向性が記載された。加えて,教員や保護者のこどものSOSの受け止めに関して学ぶ機会の設置,文部科学省における学習指導要領に基づく心の健康に関して体系的に学ぶための啓発資料の作成や,スクールカウンセラー(以後,SC)やスクールソーシャルワーカー(以後,SSW)の配置促進による教育相談体制の充実などが掲げられた。

3.学校における自殺予防の現状と課題

(1)自殺予防教育の実施状況

秋田(2024)は,各都道府県での取り組みを概観し,①教育委員会や精神保健福祉センターが中心となってプログラム・教材を作成・実施,②大学が研究の一環としてプログラムを作成・実施,③学校・地域独自に学内外の専門家を活用して実施,の3パターンがあること,内容としては「SOSの出し方に関する教育」が多く,他に,SOSの受け止め方,メンタルヘルス,ストレス対処,命の大切さなどが扱われていたことを示している。形態としては,全校集会やクラスでグループワークやロールプレイを用いた体験的な形,1回での実施から複数回実施されているものなど,多様であったが,2017年の自殺対策総合対策大綱で「SOSの出し方に関する教育」の推進が謳われて以後,地域差はあるものの取り組みが増えてきているとしている。

令和4年に実施された調査(文部科学省,2022)では,自殺予防教育について,都道府県政令市教育委員会のうち教育委員会として,各学校に実施を推奨(60.7%),各学校に実施を義務付け(27.9%),独自のプログラム・教材を作成(26.7%),学校の裁量で実施(21.3%)となっていた。学校における自殺予防教育を進める上で必要なこととしては,教職員研修(86.9%),標準的プログラム・教材の提供(77.0%),SCの資質向上(67.2%),SCの配置時間増(63.9%),教育課程上の位置づけ(55.7%)が挙げられている。令和5年の「こどもの自殺対策緊急強化プラン」に「すべての児童生徒に年間1回以上のSOSの出し方に関する教育の実施」が記載されたため,令和4年の調査時よりは実施が進んだ可能性はあるが,十分な実施状況に至っているとは考え難い。

(2)ハイリスクな児童生徒の早期発見・対応

文部科学省は,「こどもの自殺対策緊急強化プラン」の他,「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)」においても一人一台端末を活用した心や体調の早期発見〈ICTを用いた心の健康観察〉を推進しており,ホームページにおいて有償・無償のアプリを紹介しているほか,モデル事業に令和6年度は10億円の予算措置が講じられている。ICTを活用することによって,児童生徒は声を上げやすくなり,教員にとっては課題を抱えた児童生徒の早期発見が容易になることが期待される。一方で,データから読み取った情報を適切に理解し,実際の支援に繋いでいくためには,児童生徒から発信されたSOSを受け止め・対応する体制作りとそのための教職員のスキルを高めることが欠かせない。また,収集した個人情報の取り扱いについての配慮も求められる(文部科学省,2021)。

これらの準備が十分でないままにアプリが導入された場合,児童生徒が発したSOSが見過ごされたり,適切に対応されなかったりする危険がある。また,適切に人員配置がなさないままに体制を整備・維持しようとすれば,学校現場のさらなる多忙化に繋がり,教職員への負担増となることが危惧される。

(3)子どもの自殺が起きた後の事後対応

高橋(2008)は,学校における自殺予防の三段階として,全ての児童生徒を対象とする自殺予防教育,ハイリスクな児童生徒の早期発見と対応,児童生徒の自殺が起きた後の事後対応を挙げている。年齢が低いほど,身近な対象の自殺に影響を受けやすいことが分かっており,事後対応は,次なる自殺を起こさないための重要な予防と位置付けられている。

「子どもの自殺が起きたときの緊急対応の手引き」(文部科学省,2010)には,自殺の事後対応は学校だけでは限界があるため,教育委員会の職員や当該校SC以外のSCなどの派遣を要請する必要があることや,自殺の事後対応は,学校危機への事後対応の一つであり,これに備えることは,自殺以外の学校危機への備えにつながるものとして,迅速かつ適切に対応することが求められている。

原因究明のための調査については,子供の自殺が起きたときの背景調査の指針改訂版(文部科学省,2014)において,全ての事案について基本調査を行い,学校要因が関わっている可能性や遺族の要望があった場合などでは専門家を含めた調査組織で詳細調査を行うことが求められている。しかしながら,令和4年度に自殺した小中学生や高校生計411人のうち,専門家を交えた詳細調査が行われたのは19件,全体の5%であり,遺族に詳細調査の希望など制度を適切に説明していない事例が41%に上っていたことが明らかにされている。

児童生徒の自殺が起きた後の構成員の心のケアについては,災害を含む他の学校危機と同様,多くの自治体でSCの多くが所属する都道府県の心理職能団体と教育委員会との連携のもとに,当該校SCや他のSCが派遣されることになっている。自然災害,事件・事故後のSCの活用促進のために必要なこととして,SCの配置時間増(80.3%),SCの資質向上(63.9%),緊急時のSC活用促進に関する学校の理解促進(60.7%)が挙げられており(文部科学省,2022),これらの結果からは,SCの配置時間や力量,学校の理解が十分でないために適切に活用されない可能性が窺える。

4.学校における自殺予防~今後の方向性

(1)これまで国が示してきた方向性

協力者会議の審議のまとめ(文部科学省,2021)では,コロナ禍における児童生徒の自殺予防に必要な施策として,1)すべての児童生徒を対象とする心の健康の保持増進に係る教育および啓発の推進,2)ハイリスクな児童生徒の早期発見・対応へ向けたICTの活用,3)自殺予防のあらゆる段階における関係機関等の連携体制の構築の3点が挙げられ,今後の方向性が示されている。

筆者は協力者会議の座長としてこれらの審議に参加し,審議のまとめの作成に関与したが,取り組む施策の方向性は十分示されていると考えている。今後はその実現に向けて具体的な条件整備がなされていく必要がある。

(2)今後求められる具体的な条件整備
1)条件整備その1:心の健康教育の体系化

図2に学校における自殺予防教育の全体像(文部科学省,2014a)を示した。自分自身や友人の危機に気付き(心の危機への気づき),自分自身が危機に陥った際に援助を求めることや友人の危機に遭遇した場合に信頼できる大人に繋ぐこと(援助希求的態度の育成)を核となる授業と位置づけ,その前提となる下地作りの教育として生命尊重,心身の健康,人間関係構築などの教育,さらにその土台に安心・安全な学校環境作りがあるとしている。

図2 自殺予防教育の全体像(文部科学省,2014)

出典:文部科学省(2014a)子供に伝えたい自殺予防 学校における自殺予防教育導入の手引.
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2014/09/10/1351886_02.pdf

窪田(2013)は下地作りの教育に該当する対人スキルについて,図3の構造を提起している。周囲からのサポートを認知することを通しての自尊心の向上,自分を大切にできてこそのストレスマネジメント(衝動コントロール),一定の自己コンロトールを前提としての他者との関係の構築や維持という順序性を想定しており,特定の問題の予防や解決の前提としてこのような基礎的な対人スキルの獲得が必要だと考えている。これらは,自殺に限らず,いじめ,不登校,暴力行為など生徒の学校不適応の予防にも資するものでもある。すでに学校現場では,構成的グループエンカウンター,ソーシャル・スキル・トレーニング,ストレスマネジメント教育等としてこのような趣旨の教育がなされている。このような基礎的なスキルと児童生徒が発達段階に応じて遭遇しうる特定な問題の予防・解決に資する教育を年間を通して体系的に行うことで,児童生徒の学びが深まり健全な成長発達に資することが期待されるほか,これまでさまざまな教科や特別活動において別々に取り組まれてきたことによる重複や漏れを避け,より効果的に行うことができる。教師の負担軽減にも繋がることも期待される。

図3 包括的な心の健康教育のモデル
出典:窪田由紀(2013)学校にせまる危機.In:速水敏彦 編:教育と学びの心理学──基礎力のある教師になるために.名古屋大学出版会,pp. 265-280.

2)条件整備その2:心の健康教育の教育課程への位置づけ

現段階では,心の健康教育は教科として位置づけられていないため,学校はどの時間を使って実施するかに苦慮しており,重要性は認識されながらも優先順位が低くなりがちである。小学校1年から高校3年までの12年間にわたって体系的な心の健康教育を受ける機会を保障することは,子ども時代の心身の健康にとどまらず,生涯を通じてのウエルビーイングの実現に寄与すると考えることができる。そのためには,①の体系化に加えて心の健康教育の教育課程上の位置づけが欠かせない。

3)条件整備その3:マンパワーの確保─SCの配置拡充と活用促進

先にも示した調査(文部科学省,2022)において,自殺予防教育,下地作りの教育にあたる予防開発的心理教育はそれぞれ都道府県政令市教育委員会の95%以上,災害,事件・事故後の支援については100%の教育委員会がSCに期待する業務として上げている。しかしながら,SCの配置時間は平均すると週4時間程度であり圧倒的に少ない。通常の相談業務に加えて,自殺予防のあらゆる段階でSCが学校における心の専門家として役割を果たすには,配置時間の大幅な拡充が求められる。

SCは自殺予防教育においては教員研修の担い手として,プログラムや教材の開発の支援者として,ティーム・ティーチングでの授業実施者としての役割が期待されている。また,ICTを活用した心の健康観察においては,児童生徒から発せられたメッセージのアセスメントと対応を協議する場にSCが加わることで,適切な支援につながると考えられる。児童生徒の自殺が起こった後の事後対応においても,SCの配置時間が増えることで直後の外部からの支援を受けての緊急支援に加えて,特別な配慮を要する構成員に対する中長期的な支援や学校コミュニティ全体の回復支援を丁寧に行うことが可能になる。このように学校における自殺予防の重要なマンパワーとしてのSC配置を拡充し活用を促進することで,児童生徒の最も身近で日々の生活を共にする教師の負担を軽減し,より適切に機能することが期待される。すでにチームとしての学校のありかたと今後の改善方策についての答申(2015)において,教員が教育指導や生徒指導に注力できる体制整備のために,SCやSSWの教職員定数化や国庫補助の対象とすることについての検討が掲げられており,実現に向けて取り組に期待したい。

4)条件整備その3:地域の保健・福祉・医療等関係機関とのの連携・協働の担い手の確保

自傷や自殺未遂などリスクの高い児童生徒や家庭も含めた支援が必要な場合にはもちろんのこと,自殺予防のあらゆる段階で地域の保健・福祉・医療など機関との連携・協働が欠かせないことはこれまでも繰り返し指摘されてきた。謳い文句にとどまらず実効性の高い連携・協働のためには,主たる役割として関係機関をコーディネートする人材の配置が必要である。SSWはその役割が期待されるものの現状の配置はきわめて不十分であり,配置の拡充が求められる

5.むすびに代えて

今後の方向性において必要な条件整備として触れた点は,ほとんどが体制の整備に関することである。本書の読者の多くの皆さんは,自分たちには手の出しようがないことと感じられたかもしれない。しかしながら,私たちひとり一人のSCが,目の前の子どもたちに真摯に向き合うことに加えて,地域や全国の研修に積極的に参加して力量向上に努めるとともに,現在SCが置かれている状況についての情報収集を行い,職能団体として問題意識を共有して地方や国の教育行政に働きかけていくことなしには,事態は進展しないのではないだろうか。一人でも子どもが自ら命を絶つようなことのない社会,子どもたちがキラキラ輝く社会の実現に向けて私たちも声を挙げていくことの大切さを少しでも共有できたら幸いである。

バナー画像:Image by rawpixel.com on Freepik

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・名前:窪田由紀(くぼた・ゆき)
・所属:九州産業大学産学共創・研究推進本部 科研費特任研究員(元 人間科学部臨床心理学科教授)
・資格:臨床心理士・公認心理師
・主な著書:窪田由紀著(2009)臨床実践としてのコミュニティアプローチ.金剛出版.
窪田由紀ほか編著(2016)災害に備える心理教育.ミネルヴァ書房.窪田由紀・平石賢二編(2018)学校心理臨床実践.ナカニシヤ出版.
窪田由紀・森田美弥子・氏家達夫監修,河野荘子・清河幸子・金子一史編(2019)危機への心理学的アプローチ.金剛出版.
福岡県臨床心理士会編・窪田由紀編(2020)学校コミュニティへの緊急支援の手引き第3版.金剛出版.
窪田由紀編(2022)危機への心理的支援.ナカニシヤ出版.
窪田由紀・シャルマ直美編(2024)学校における自殺予防教育のすすめ方[改訂版].遠見書房.
・趣味:桜を愛でる,テラスで野菜を育てる,出張先や旅行先で走る

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