【特集 その後のオープンダイアローグ in Japan】#00 はじめに|本山智敬

本山智敬(福岡大学人文学部)
シンリンラボ 第16号(2024年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.16 (2024, Jul.)

オープンダイアローグ(Open Dialogue)は,1980年代にフィンランド,西ラップランド地方のケロプダス病院において急性期の精神病患者に対する早期介入の方法として始まった,地域精神医療の包括的アプローチである。オープンダイアローグが世界的に注目を集めた理由は,なんと言ってもこのアプローチの非常に高い成果にある。オープンダイアローグを受けた患者の平均19年後の予後調査では,投薬率は36.1%(フィンランド他地域では81.1%),30日以上の入院経験は18.5%(同94.4%)とかなり低く,障害年金受給率も33%(同61%)にとどまるなど(Bergstrom et al., 2018),驚くべき効果がみられたのである。

オープンダイアローグの最大の特徴は,「治療に関するすべてのことがオープンに話し合われ,決められる」(石原,2022)ことにある。治療者と本人や家族,関係者が集まり,対等な立場で話し合うのである。それを可能にするための基盤に「7つの原則」(表1)や「対話実践の12の基本要素」(表2)があり(Olson et al., 2014),その中でも特に「3つの詩学」と呼ばれる「不確実性への耐性」,「対話主義」,「(社会ネットワークの)ポリフォニー」はオープンダイアローグの根幹をなす考え方である(斎藤,2015; ODNJP, 2018; 本山,2023)。

日本においては,2015年に『オープンダイアローグとは何か』(斎藤環著・訳,医学書院)が出版され,さらに2016年にはヤーコ・セイックラ氏とトム・アーンキル氏が来日しての3日間のワークショップが東京で行われた。それ以降,オープンダイアローグネットワークジャパン(ODNJP)やNPO法人ダイアローグ実践研究所が主催するセミナーやワークショップをはじめ,日本各地に研究会や自主勉強会が立ち上がり,対人援助職者も当事者やその家族も共にこの対話実践に魅力と可能性を感じ,学んできた。書籍もたくさん出版され,雑誌の特集を含めると,オープンダイアローグの名前が入った書籍は私の手元にあるだけでも30冊に及ぶ。実践においても,医療,福祉を中心にさまざまな領域で行われ,その報告もある。

さて,そうした日本でのオープンダイアローグであるが,現在はどのような状況にあるだろうか。日本に紹介されて8年経った今,改めて日本でのオープンダイアローグの現状について考えてみようというのが本特集の目的である。当初より,日本にオープンダイアローグを取り入れていくには医療保険制度の違いや組織のヒエラルキーの問題など,さまざまな障壁があることが指摘されてきた。しかし一方で,支援者だけでなく当事者や家族までもがこれだけ注目し期待をしたアプローチはない。今,日本の現場ではオープンダイアローグはどのように受け止められ,実践に取り入れられているのだろうか。

また,オープンダイアローグには3つの側面があり,それはつまり地域精神医療の「サービス提供システム」,人と人とが対等に語り合う時の「対話実践」,そうした実践の背景にある対話への考え方を含む「世界観」である(ODNJP, 2018)。筆者がケロプダス病院に見学に行った際,スタッフが口を揃えて言っていたのが「オープンダイアローグは技法ではなくイデオロギー(思想や考え方)である」という言葉であった。その意味するところは,オープンダイアローグは方法や形式に捉われていると,その実態は本質から大きくかけ離れてしまう危険性があるということである。オープンダイアローグは,人と人が共にいて対話するということそのものへのまなざし,目に見えないところにその本質がある。オープンダイアローグが日本にどのようなインパクトを与え,どのように浸透していったかをみていく上では,統計や実践の形式的な現状だけでは判断できず,オープンダイアローグを実践する者の生の体験,個人的感触をも言葉にし,共有していくことが重要である。

そのような観点から,本特集では,早くからオープンダイアローグに注目し,さまざまな分野で実践を行ってこられた方々,そしてオープンダイアローグと共通した対話哲学を持つパーソンセンタード・アプローチの実践家に,出会いから現在に至るまでの学びと実践のプロセスや今後の日本でのオープンダイアローグの可能性について,自由に述べてもらうことにしたい。

(本山智敬)

+ 記事

本山智敬(もとやま・とものり)
福岡大学人文学部教育・臨床心理学科 教授
臨床心理士,公認心理師
主な著書:『ロジャーズの中核三条件 一致/受容:無条件の積極的関心/共感的理解 カウンセリングの本質を考える(三分冊)』(共編著,創元社,2015),『私とパーソンセンタード・アプローチ』(共著,新曜社,2019)『エンカウンター・グループの新展開:自己理解を深め他者とつながるパーソンセンタード・アプローチ』(共編著,木立の文庫,2020)
『パーソンセンタード・アプローチとオープンダイアローグ −対話・つながり・共に生きる』(共編著, 遠見書房, 2023)
趣味:犬と遊ぶこと、ドライブ

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事