髙井彩名(日本女子大学カウンセリングセンター)
シンリンラボ 第41号(2026年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.41 (2026, Aug.)
1.はじめに
最近は「推し活」という言葉がすっかり世間に定着したように感じる。今年2026年には朝井リョウ著の『イン・ザ・メガチャーチ』が本屋大賞を受賞する等,世間の関心は変わらず高い印象である。
そんなわけで,当然,推し活について聞く機会も多いが,ポジティブなものとして語られる一方で,「推し活の仕方がわからない」「周りに合わせてなんとなく推してるだけ」というような悩みが語られることもそれなりにある。推し活の形はそれぞれのはずなのだが,それを伝えても,なかなか気持ちが晴れない様子が見られることもある。そこでさらに詳しく聞いていくと,その背後には対人関係の悩みが見えてくることがあるのだ。
2.“ぴっちり”なグループ
最近,グループの間口が狭くなり,余白が少なくなったと感じることがある。共通の推し繋がりですでにグループができあがっていて入れない,あるいはグループになってみたはいいものの,推しの話しかできない,推し以外の話題では会話が続かないと言うのだ。
このことは保坂(2000)が指摘した,以前は思春期前半の中学生によくみられたチャム・グループが青年期にまで肥大化していることも関係しているかもしれない。チャム・グループは,互いの共通点や類似点を確かめ合うことで繋がり,共通言語を重要視する性質を持つ。この性質に照らし合わせると,推し活で繋がったチャム・グループには,同じ推しがいないと入れないということになる。しかも最近は,このチャム・グループは,青年期はもちろん,さらに上の世代まで広がって来たのではと感じることもある。共通言語を重視するグループでの人間関係について聞くことは珍しくないのだ。
また,岩宮(2025)は,思春期をとりまく現状について,「場」に所属していたら自然とその一員として認められるという「共同体」が成り立ちにくくなっていることや,「共同体」の範囲が極端に狭くなったことを指摘している。グループの中で共通言語以外の話題を挟む余地がないのは,この「共同体」を作るために,極端に狭い話題でしか繋がれないことに関連しているのではないだろうか。なんだか息苦しくなるような,窮屈な人間関係が増えたように感じられるのだ。
3.深まりゆく推し活話
推し活の話題しかできないので,ずっとそれについて話すことになる。となると,推し活についてかなり子細な部分まで共有されることになる。そして共有された内容はやがて共通言語と化していく,ということが起こっていると推測される。つまり,共通言語が「○○推し」という大枠に収まらず,推し活への熱量や推し方についてまで広がるのではないだろうか。
多くの共通言語を共有するグループというのはそれだけ凝集性が高まるので,自分のスタンスがグループの共通言語と一致している時にはきっととても楽しいし,居心地の良い居場所になるだろう。しかし一方で,共通言語は”縛り”ともなり得る。各個人の推し方とずれが生じた場合には,そのグループに所属できなくなるということが生じかねない。「自分の推し活はグループのみんなと違うけど,それを言ってしまうとグループにいられなくなるかもしれない」というような悩みが,自分の「推し方がわからない,わからなくなった」という訴えに繋がっていることがあるのだ。
4.「そんな推し方やめなよ」とは言いづらい
このような事情が見えてくると,「推し活は人それぞれ」等と安易に言えなくなってくる。岩宮(2025)は,特に思春期においては「いつメン」のような人間関係はインフラであり,生活の基盤を支えているものだと指摘している。この「いつメン」が推し活で繋がっているチャム・グループだったりすると,個人が本来望んでいる推し活の形に戻すことは,インフラを手放すという意味にもなりかねないからだ。インフラなしで生活するなんて恐ろしい以外の何物でもない。だから話を聞く側も,慎重に何をどう伝えるか考える必要がある。そのためにも,まずは推し活やその人を取り巻く対人関係がどうなっているのかを把握していくのが重要になってくるのである。
もちろん,心身を滅ぼすような推し活をしているとなると悠長に構えている場合ではない。その危険性を伝えることは大事だろう。しかしそんな時でさえも,「何故そういう推し方をしているの?」という寄り添った問いが必要になってくるのではないかと思う。
5.話すことでの変化
不思議なもので,推し活について様々に思考を巡らせながら聞いていると,突然新しいグループへの移動を試みるような動きが出てくることがある。筆者はこういう時,ぴっちりくっついていた膜に穴が開いて空気が入り,身動きが取れるようになるイメージが浮かぶ。自身の推し活について話すなかで自分の輪郭がはっきりしてくると,新たな繋がりに飛び込んでいくということも可能になるように思えるのである。
6.おわりに
推し活は広く浸透したからこそ,今までよりも広い視点で見る必要が出てきたように思う。今後も色々と連想を膨らませながら,推し活について理解を深めていきたいところである。
文 献
- 保坂亨(2000)学校を欠席する子どもたち―長期欠席・不登校から学校教育を考える.東京大学出版会.
- 岩宮恵子(2025)思春期センサー―子どもの感度,大人の感度.岩波書店.
髙井彩名(たかい・あやな)
日本女子大学カウンセリングセンター
資格:臨床心理士, 公認心理師
著書:『いま,カウンセラーはゲームに夢中な子どもとどう向き合えばいいのか?─つながる,わかる,支えるための心理臨床の視点』(共著,遠見書房,2025),『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)










