心理面接の道具箱(39)発達障害とおもちゃ【9】キャリア教育と就労後の「切れ目のない支援」:高等支援学校生と「お面」とその後|白石雅一

白石雅一(宮城学院女子大学,子どもの療育相談室
シンリンラボ 第39号(2026年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.39 (2026, Jun.)

1.はじめに:自閉スペクトラム症の人の「役割」と「ことば」

心理学には,「社会的役割(Social Roll)」という用語があります。人は自分の所属するその時々の社会環境の中でその都度,好むと好まざるにかかわらず,何らかの「役割(Roll)」が付与される,ということです。対外的な自分という意味では,ペルソナ(Persona)と言うこともあります。

本来,社会性の障害のある自閉スペクトラム症(ASD)の人たちは,この社会的役割を「自覚しない」ことや,場面や状況に合わせて「変えられない」,「使い分けられない」ことで,周囲の人たちとの間でトラブルを起こしやすくなります。

例えば,家庭では,お兄ちゃんなのにまるで「弟の“下の子”のように過ごしている」とか,学校では,先生に「“親と子”のようにして甘えてくる」,クラブ活動では「片付け係を“他者に依存”して帰ってしまう」などが問題視されます。

他方,私たち「定型発達」の人間は,多様で激変する社会にその都度どのように「適応」しているのでしょうか?

個人的な例をあげますと,私は,“自分という核”は残したままで,□という枠に遭遇すればそれに沿って■という形に姿勢を変え,○に出会えば●に姿勢を変え,△になら▲に姿勢を変えて「適合」していく“スライム”のような変幻自在の動きをしてきた,と言うことが出来ます。

譬えは良くないかも知れませんが,自分という核を“あんこ”に見立てれば,それを“小麦粉の生地で包み”金型を変えて焼くことで,“鯛焼き”になったり,“今川焼き”になったり,“回転焼き”や“どら焼き”になったりするのと似ています。

要するに,我々は,「スライム的な人格」でもって,世渡りをしている,ということなのです。

ASDの人たちは,その「変幻自在な変容」が出来ないから,困り,悩むのです。

また,ASDの人たちは,状況に合わせて「役割や態度=姿を変える」こと以外にも苦手なことがあります。それは,状況に合わせて「ことばを変える」ことです。

昔,私が施設職員の駆け出しだった頃,最重度の利用者に付きっきりで,ある作業を教えたことがありました。新人職員で何の技術もノウハウもない私は,ただひたすらに,繰り返し繰り返し,丁寧に丁寧に,手取り足取り,その作り方を教えたのです。

ある日,その利用者がその作業を完成させて,パッと明るい表情をして,「ごばんせんに,ミドリのでんしゃ,やまのてせんがはいりまーす!」と叫んだのでした。私は,意味不明なセリフと大きな声とに困惑して,呆然としていました。

すると,それを見ていたベテランの職員から「おぉ,◯◯さんの“最上級の歓声”だ。このセリフは,彼の“最高に嬉しい”という意思表示のことばだよ!」と説明されて,なおかつ「これまで良くやってきたね」と褒められたのを覚えています。

そのベテランの職員によりますと,逆にその利用者は,「嫌い!」とか「イヤだ!」という時には,「ただ今,青い電車の京浜東北線は不通です」と喋ることも教えてくれました。

これら,ASDの人たちは,役割や態度,ことばを変えたり使い分けたりすることが苦手であることを理解したうえで,「切れ目のない」彼らのキャリア教育や就労支援を考えていきます。

2.「怖い!」と言って教室に入れない太郎君(仮名)

太郎君は,ASDで軽度の知的障害(IDD)もありました。彼は,中学校の特別支援学級から受験を経て,ある高等支援学校への入学を果たしています。この高等支援学校については,前号(シンリラボ36号)で詳しく解説をしていますので,ご覧ください。

さて,太郎君は,新年度が始まって早々から「学校に行きたくない」と言って「行き渋る」ようになって,両親を心配させました。それでも両親が「学校の正門まで車で送るから,行きなさい」という条件を示すと,何とか重い腰を上げて,通学することは続いていました。

ところが,実のところ,太郎君は,正門を通過してから校舎には入らず,校舎の裏にある教職員用の駐車場に行って,座り込んで,車を眺めては日がな一日を過ごしているのでした。従って,しばらくの間両親は,太郎君がそんな“不登校”状態にあったことは知りませんでした。

それでも学校側は,太郎君を放置していたわけではありません。適宜,「校舎に入ろう」「教室に行って,みんなと勉強しよう」と誘いますが,太郎君の返事は,いつも「怖い!」の一辺倒で,先生曰く「交渉にならない」という状況でした。

当然,駐車場には屋根はありませんから,雨天の際は,太郎君は傘を差して,立ったままで車を眺めていることになります。見かねた先生方が,「風邪を引いたら大変だから,校舎に入って,廊下の窓から車を眺めていれば良い」と提案して,数人がかりで太郎君を校舎に移動させようとした時,太郎君の口から「白石先生を呼んで!」ということばが発せられた,と言います。

私(白石)と太郎君の関係は,療育相談において,10年来のおつき合いのある関係でした。その関係を頼りにされた学校側の依頼で,私が太郎君の学校を訪問することになりました。

3.「怖い!」の意味の解釈と本人確認

私が学校を訪問した日,駐車場で太郎君を待っていますと,彼は私を見つけるなり,小走りで駆け寄ってきて,「白石せんせい,やっと来てくれたね!」と言って,私の手を握りました。そして,私の手を引いて,ある車の前で立ち止まってから,「このスポーツタイプのクルマが好きなんだ!かっこいいでしょう!」と言ったのです。

この時,私には,彼が「怖い!」と言っていたその心情が分かりました。つまり,彼の言う「怖い!」には,「新しい学校は“不安”だ」という意味と「新しい先生や生徒に慣れなくて“寂しい”よ」「“孤独”だよ」という意味,そして,それを打ち明けるのが「恥ずかしい」という“複数の意味”が込められていた,ということでした。

私が太郎君に「太郎君は,このスポーツカーが好きで,いつもこの車を眺めていたの?」と尋ねますと,彼は「そうです」と答えました。そこで私が「このスポーツカーの持ち主に“車内を見せて下さい”とか“乗せて下さい”って言った?」と聞くと,彼は速攻で「そんなの怖くて出来ません!」と答えました。

そこで,私は上述の“気づき”をもとにして,太郎君に「その“怖い”っていう気持ちは,“恥ずかしい”っていう気持ちなんだろう?」と聞き直しますと,彼は「そうとも言うかな」と言って,照れ笑いをしました。

また,私が「高等支援学校に入学出来たのは良かったけど,新しいことや新しい人ばかりで,“不安がいっぱい”なんでしょう?」と尋ねると,彼は「不安です!なかなか慣れません!」と正直に答えました。私は,すかさず,「その気持ちも“怖い”じゃなくて“不安”って言えば,相手に気持ちが伝わるかもね」と伝えました。

そして,さらに私が「太郎君は,先生や友だちを“怖い!怖い!”って言っても,実は,拒んでいるのではなくて,逆に“独りで寂しい”から,助けて!っていう気持ちもあるんだね」と確認しますと,彼は「そんな気持ちもあります」と追認してくれました。

私は,太郎君に「君の気持ちはよく分かったから,それを先生方に分かってもらい,太郎君が無理なく,学校に来て,教室で過ごせるように,白石先生が交渉するから,今から,校舎に入って,明日からの準備をしよう」と彼に提案しました。すると,太郎君は「分かりました」と言って,私の後をついて来て,校舎に入り,一緒に職員室に向かいました。

4.太郎君の「怖い!」と太郎君が「怖い!」の誤解

職員室では,ちょうど教職員による朝のミーティングが終えられたところでした。その場を借りて,私が太郎君の「怖い!」にまつわる“真意”を代弁して伝えました。

すると,スポーツカーの持ち主であるアキラ先生(仮名)が挙手をして「ボクの車が好みだなんて,光栄だな!良かったら車の中も見せてあげるし,車の特徴だって教えてあげるよ」と言ってくれました。

それに対して,太郎君の方からも「アキラ先生の車は,4気筒自然吸気直噴ターボエンジン搭載で,500台の限定車です。マフラーは3本出しで,サスペンションもいじっていて,車高を1インチ下げている,いわゆる改造車です!」という解説が飛び出して,アキラ先生からも「嬉しいね!そこまで分かってくれている人は,この学校でも君一人だけだよ!これからも同じ“マニア”として,仲良くしよう!」という返答をもらい,会話が成り立ちました。

また,別の先生からは「アキラ先生は,出勤する時間がまちまちで,駐車場にスポーツカーを駐める場所も毎日違っていたから,太郎君の立ち位置も毎日違っていたんだね?!」という驚きの発言もあって,職員室は爆笑の渦となりました。

さらにある先生が「太郎君はいつも“怖い顔”して“怖い!”って言うから,私も太郎君のことを“怖いなぁ”と勘違いしていました。太郎君が“不安”で“困っていた”ことを分かってあげられなくて,本当にごめんね」と言ってくれました。

この日の放課後,太郎君は,アキラ先生にスポーツカーのコックピットやエンジンルーム等の説明を受け,特注のシートにも座らせてもらって,感激しきりでした。

そして,翌日から,駐車場にスポーツカーがあることを確認すると,その足で職員室に直行して,アキラ先生と談笑し,職員室で過ごすことが出来るようになりました。

5.お面(character mask)での対応と成果

その情報を知った上で,私は,数週間後,再度,太郎君が通う高等支援学校に赴きました。今回は,太郎君を「教室に入れて,授業にも参加させたい」と願ったからです。

写真1)太郎君に示したお面(その1)
写真2)太郎君に示したお面(その2) 

そこで私が用意してきたのが写真1写真2に示した計10枚の「お面」です。ちなみに,写真1の上段の3枚のお面は,DAISOの商品で,左の白面は現在も販売中です。ただ,お猿さんと大仏さんは,昔の商品で今は買えません。そして,アンパンマン,マリオ,仮面ライダーV3,ウルトラマンタロウは,お祭りの際の夜店等で売られている「キャラクターお面」です。また,写真2の機関車トーマス関係のお面もその種類です。それに対して,キツネは,ある動物園で売られていたお土産品で大変に珍しいと思います。アイアンマンのお面は,トイザらスで以前販売していました。

私は,彼にこれらのお面を披露しながら,次のような説明を行いました。まず,「日頃,人は,教室や授業の場面ごとに顔を変えても構わないでしょう。喜んでいる顔,元気な顔,つまらない顔,分からないと嘆く顔等々,いろいろあっても良いでしょう。ただ,それを表情にして現して,気持ちを人に伝えることが恥ずかしいと思ったら,“お面を被って”,教室や授業に出てみると,意外と“気持ちが楽”になるかも知れないよ」と切り出しました。

そして,私は,「白い仮面は,表情を隠して人に気持ちを悟られたくない時に使う用,お猿面は陽気な時,仏様面は寛容な心の時,アンパンマン面は人を助ける時,マリオ面は冒険する時,仮面ライダーV3面は体育をする時,ウルトラマンタロウ面は地球や宇宙の出来事を語る時,キツネ面はずるい気持ちになった時,機関車トーマスのヒロ面は,重い荷物を運ぶ時,アイアンマン面は,難しい授業を受ける時に,被ってみると,太郎君の気持ちがお面を通して,みんなに伝わっていいじゃない?」と語ったのです。

ここで,読者から「お面を被らせて授業参加させて,太郎君がお面なしでいられなくなったらどうするんだ?!」という疑問やお怒りの声が出るのも分かります。

しかし,私は,彼との10年来のつき合いの中で,彼が「戦隊もののキャラクターが大好き!」であることを知っていました。よって,彼が10枚のお面の内,仮面ライダーV3とウルトラマンタロウとアイアンマンの3枚を選ぶことも分かっていました。さらに彼がその3枚を選んだならば,私は「仮面ライダーV3とウルトラマンタロウとアイアンマンは,任務を終えたら,変身前の人間に戻るのだよ」と言い添えることも予定していました。

かくして,太郎君は,私の予想した通りに,ウルトラマンタロウのお面を被って,クラスの朝の会に出席して,「最近気になっている世界のニュース」として「地球温暖化の話題」を述べたのでした。

そこで,波(調子)に乗った太郎君は,1時間目の授業だった体育には,仮面ライダーV3のお面を被って参加し,即興でショッカー(悪役)を演じてくれた体育の先生と“戦いごっこ”を披露して,クラスメイトから拍手喝采を浴びました。

すると,それで満足したのでしょう,彼は,お面を外し,素顔にて体育の授業を受けるようになりました。

2時間目の授業は,彼の嫌いな数学でしたが,彼は,アイアンマンのお面を被って「苦手な数学と戦ってやる!」と前向きでした。ただ,授業途中に「あぁ,難しくてだめだぁ」と言ってお面を脱いで,机にうっ伏した太郎君に,数学の先生(担任の先生でもある)は,「いいよ,いいよ,ここまでよく頑張ったよ!太郎君の今の表情と態度で,本当によく分かりました!先生にもジーンと伝わりました!アイアンマンも充電が必要でしょう。しばらく,楽にしてなさい」と優しく声をかけてくれました。

太郎君に「ボクには,お面がなくても大丈夫なんだ」と思わせた,先生の“救いの声かけ”になりました。

私が安心して学校を去る際に,太郎君に「何枚かお面を置いていこうか?」と尋ねますと,彼は「もう充分ですよ。もう使わなくても充分ですよ」と返答しました。そして,翌日から,太郎君の教室での在住と授業参加が定着していきます。

その後,太郎君は,無難に2年生に進級し,3年生では「成績優秀者」として表彰も受けるように変わっていきました。

そして,希望していた一般企業に,障害者枠で就職することが決まりました。

6.また「怖い!」が再燃

ある会合で,太郎君を担当している地域支援マネージャーから「太郎君はお仕事に精を出して毎日,頑張っていますよ」という嬉しい報告を受けたのが,GW明けの5月中旬でありました。

しかし,7月に入ると一転して,「太郎君が女性社員に“怖い!”と言って“因縁”をつけるので,若い女性社員が困っています」とか「“休憩時間くらいは一人にさせろ!”と凄んで見せて,横柄な態度に出る」,さらには,「“仕事に行きたくねぇ!”と家で駄々をこねて,遅刻することが増えた」という苦情と嘆きを聞くようになりました。

そこで,改めて私が彼の職場を訪問して,彼との面談を行うことになりました。

うつむき加減の太郎君に私が「何で女性社員が怖いのかな?」と尋ねると,彼は「だって,女性社員はスカート履いている人が多くて,特に若い女性社員はみんなスカートで,あれ,ホント,困るわぁ」と言ったのです。

私はその“告白”を聞いて,「そうそう,高等支援学校の時は男女問わず,生徒はみな朝からジャージーだったし,先生方もみんな作業着でズボン姿だったから,スカート姿の女性には慣れていないんだね?!」と感心して応えました。

すると太郎君は,“共感者”を得たと思って心強くなったのでしょう,「あの,若い女性社員のあれ(スカート)はマズイですよ!目のやり場がありません!見ちゃいけないものを見させられて,本当に困っちゃう!」と困惑している実情を力説しました。

そして,私も「だから,“怖い!”と言っちゃったんだね」と気持ちを受け取りながらも,「それは,目のやり場に“困っている”とか,その困っている自分がエッチのように感じて“恥ずかしい”と言うのが本当であって,“怖い!”と言われた方は,気の毒だね」と伝えました。

さらに私は,就労先の会社から支給されている帽子(キャップ)を斜めに被り,流行の缶バッジをあしらって,彼なりに“格好をつけている”ように見えるその様子から,「実は,太郎君は,若い女性社員に“もてたい!”と思っているんじゃないの?で,本当は,話をしたい,と願っているんじゃないの?」と尋ねてみました。

すると太郎君は,顔面を真っ赤に染めて,「そんな,そんな,ボクにはまだ早い話ですよ!ボクは,“ボクを誘惑しないでください!”って言ってあげたいだけなんです!」と弁解し,打開策を示唆してくれたのです。

7.太郎君の説明と言い分(傾聴による)

さて,次は,彼の「横柄な態度」と「遅刻」の件に移ります。

太郎君の仕事は,大きな商業施設での清掃業務でありました。清掃の仕事は,館内の廊下やトイレを対象にして行うグループ(A班)と館内のゴミ箱の中身を回収するグループ(B班),エレベーターや階段をきれいに保つグループ(C班),さらに,中庭の公園施設をきれいに保つグループ(D班)に分かれて実施されていました。ちなみに,ここでもロボット化が進んできて,商業施設の売り場に関しては,AIのロボットが自動で清掃を行うようになっています。

さて,太郎君は,中庭の公園施設を担当(D班)して,次のように一日の仕事を行ってきたそうです。彼の証言と聞き書きをもとにして,それを表1に抜き書きします。

表1 太郎君による一日の流れ

 1.08:25 朝の出勤と着替え
 2.08:30 タイムカードを押す
 3.08:35 あさの朝礼と打合せ
 4.09:00 グループごとに仕事開始
 5.11:50 午前の仕事終了. 手洗い
 6.12:00 昼食・休憩
 7.13:00 午後の仕事開始
 8.15:00 休憩(おやつ)
 9.15:15 仕事の片付け
 10.16:00 仕事終了. 着替え
 11.16:15 タイムカードを押す
 12.16:30 職場を離れる

この証言によって,太郎君のスケジュールを知った私は,単刀直入に「今聞いただけでも,することがいっぱいあって,お仕事は複雑だね!太郎君は,不安や負担に感じることがあるんでしょう?」と聞いてみました。

「そりゃぁ,いっぱいありますよ!」と意気込む太郎君。「こりゃぁ,いい“地雷”を踏んだようだ」と耳をそばだて,傾聴する私。

太郎君は,「仕事とやることは分かりきっているんですけど」という前置きをした上で,まず,「朝の出勤の段階から一日の流れを確認したい」と願っていると言い,「朝礼の際には,午後の仕事がどういうものか,説明して欲しい」し,「できれば,明日の仕事の内容もちゃんと事前に確認して欲しい」ことも明かしました。

さらには,「休憩時間に社員食堂に行くと混み合っていて,並んでいると時間の無駄で,ゆっくり休めないから,弁当を持って来たいが,恥ずかしくて,食べられない。なので,人に邪魔されない部屋が欲しい」とか,休憩時間は「ひとり静かに休憩していたいので,人に合わせて無理に喋りたくはない」という,強い願望が語られました。

そして,太郎君最大の「主張」は,「午後の仕事が始まる時になってから,仕事をするグループの変更を告げられることは,とても辛い!」ということでありました。

具体的には,彼は本来,商業施設の中庭の公園清掃を担当していますが,人手が足りなくなったり,公園清掃が工事で中止になったりすると,急遽,「別のグループの仕事場に移動して,そこでの仕事をやってください」という指示が出る,ということです。

太郎君いわく,「ボクは,公園の清掃をやる!という気持ちで通勤して来ますし,いつでも,その心構えです。なのに,急に別の仕事やれ,って言われても,心も体もシフトチェンジ出来ません!」となるわけです。

そのように述べた後で,太郎君は,「それでも仕事をやってるんです。頑張っているんです!でも,社員さんは何にも褒めてくれません……」と嘆いて見せたのでした。

以上,太郎君から聴いた「言い分」を表1に即して,表2に記しました。

表2 太郎君の一日の流れと言い分

要するに,太郎君は,職場での仕事では「見通しをもたせて欲しい」ことと「急な変更はやめて欲しい」こと,昼食・休憩時間は「ひとりになりたい」ことを希望していたわけです。ただ,それらを要求しないので,叶うこともなかったから,結果,苛つき,欲求不満が溜まり,怒りのはけ口として,「凄む」とか「横柄な態度」に出てしまったのでしょう。

8.対応と改善と成果〜それは「合理的配慮」〜

高等支援学校を成績優秀で卒業し,一般企業に就職できた太郎君がそれでも毎日,「仕事の流れを見通すこと」を「欲している」と聞いて,私たち関係者は,ASDの人に対する「スケジュール提示の大切さ」を改めて知るのでした。

このことに関しては,次のようなスケジュール(表3)を新たに用意して,彼の出勤時と,朝礼の時,午前の仕事の終了時,一日の仕事終了時に,ジョブコーチ役の社員が太郎君に説明することにしました。

その際,「急な仕事の変更」がある場合は,午後の仕事が始まる前の昼食・休憩時までに,他班の仕事を頼むことになることやその内容をキチンと説明することもスケジュールに明記しました。

太郎君が述べた「ひとりになりたい」ことへの対策としては,社員食堂に衝立で区切ったコーナーを設けて,そこを「お弁当持ち込みスペース」として,社員に開放するとともに,太郎君にも利用を勧めました。

また,おやつ休憩の際の「喋りたくない」に対しては,おやつを食べ終えたら早々に「マスクをして,“ボクは黙って休んでいたいんです”というアピールをしなさい。周りの人たちにも,“おやつを食べてマスクをしたら,心を落ち着かせる時間にして,仕事に備えましょう”と伝えるね。そうすれば,話しかけられることも減りますよ」と彼に助言しました。

ちなみに,それら太郎君の希望は,ASDの人の障害特性から生じていることであって,非難されたり,指導・訓練の対象に転換されたりするものではありません。障害特性に対する“当たり前”の対応としての「合理的配慮」の対象です。

従って,その「希望」=「意思」は尊重されなければなりません。これは,太郎君の勤める会社とも確認作業を重ねてきたところです。

さらに,太郎君から希望の出ていた「仕事の“評価”が欲しい」については,ジョブコーチ役の社員から毎日,

 ①出勤時刻:遅刻はしないこと

 ②言葉遣い:丁寧に話すこと

 ③仕事中の態度:横柄な態度はしないこと

 ④仕事の達成度:与えられた仕事はやり終えること

 ⑤お礼を言う:「ありがとうございます」と言うこと

という5つのチェックを対面で受け,直接「評価」されて,反省すべきことは反省し,褒められることは大いに褒められて,一日の区切りとすることも取り入れました。

それらの「新しい日課」を新しく提示した太郎君のタイムスケジュールに記しておきました(表3)

なお,この新しいスケジュールは,紙に印字した上で,バインダーに挟んで,太郎君本人とジョブコーチ役の社員が双方で携帯することになりました。

表3 新しく紙に書いて提示した太郎君のタイムスケジュール

さて,太郎君の「若い女性社員」に対する「怖い!」の発言問題ですが,これが太郎君の「遅刻」の問題とも絡んでいることが分かりました。それらを関連づけて説明します。

その後の調査で,太郎君の「遅刻」の日は,彼が利用している交通機関の「遅延」があった日と重なっていることが判明しました。すなわち,太郎君は意図的に「遅刻」しているわけではない,ということが分かったのです。

そこで,問題は,「なぜ,太郎君はそれを申告しなかったのか?」ということです。

私が太郎君に「携帯電話を持っているのだから,会社に“電車が遅れたので出勤も遅れます”と連絡することができたでしょう?」と尋ねますと,彼は,「会社に電話すると“あの若い女性(社員)”が電話に出るので“怖い”」と言うのでした。

「若い女性社員が“怖い”から,“遅延による遅刻”の連絡が出来なかった」ので「遅刻になった(遅刻扱いされた)」というのが,太郎君が述べた理由です。

話をもとに戻します。太郎君の「若い女性社員」に対する気持ちは,先述したように,“あわい(淡い)”ものであって,正確には“こわい(怖い)”という対象ではなかったのです。私は,そのことを踏まえた上で,“あわい”ことを“明確”にすることにしました。

私は,面談室にその若い女性社員を呼んで,太郎君の前で「あなたは,太郎君を気にしてはいませんね」と念を押した後に「彼に“太郎君のことは気にしていません”とハッキリ言ってあげてください」とお願いしました。そして,彼女は,そう言い切ってくれました。

それから私は,太郎君にも「だから,太郎君もこれからは,彼女のことを“気にしません”と決めてください」とお願いしました。

すると太郎君は,「もう安心しました。もう気にしません」と言ってくれました。

私は「これでお互いが“気にしない”ことになりましたから,廊下で会っても,電話に出られても,“気にしない”で,社員同士,みんなと同じように挨拶して通り過ぎてください」とまとめました。

以上のような私の仲介と合理的な配慮の実施によって,太郎君の諸問題は,綺麗に解決しました。そればかりではなく,この度の一件によって,太郎君に対する社員と会社の理解が深まり,かつ,ASDに対する啓蒙にも効果が生じて,その後も「障害者雇用」が進められていくことになりました。

まとめ.「切れ目のない」支援と「あわい」こと

私は,太郎君が高等支援学校でトラブルを抱えた際,本文中に「10年来のつき合い」と記しましたので,彼が小学校に上がる前からのつき合いになる,ということです。そして,その後の「就労」の状況にも関与していますから,約20年の長い関係になります。

こうした,本人やその家族の成長や生活の節目節目に,ずっと寄り添って「関わる」ことが“本当の切れ目のない支援”ということであって,だからこそ,周囲からは理解されにくい彼らの諸問題への有効な対応になるのだと思っています。残念ながら,国や関連省庁が机上で描いている「切れ目のない支援」は,細切れを寄せ集めただけの対症療法にしか見えません。

事実,児童発達支援の事業所の職員の入れ替わりは激しいし,学校の担任は毎年入れ替わり,役場の担当者も2〜3年で配置換えになるのが通常です。地域の専門機関だって,職員移動の短期サイクルは同じようなものです。

だから,あえて,「切れ目のない」ことを約束するのでしょうが,本人や家族を支援するのは,詰まるところ「人」です。建物は変わらなくても,支援の方針は同じでも,直接対応にあたる「人」が変われば,その人との「関係」は,「一からやり直し」になるのです。

そんなことをくり返している間に,本人や家族の置かれた状況は刻一刻と変化していきます。クラスや学校や担当者が替われば,ASDの本人や家族のことを知らない,理解しない,誤解している人たちに,また,当事者は取り囲まれ,苦悩するのです。

その果てしない「繰り返し」に,本人も家族も疲弊していきます。「切れ目のない」制度があっても,です。

さて,本ケースは,私の本人や家族とのおつき合いが10年以上,ということもあって,高等支援学校や就労先でのトラブルに際してもスムーズに対応することが出来ました。

太郎君は今も,引き続き商業施設における清掃の仕事に就いています。そこには,高等支援学校からの後輩たちが実習生として現場を学びに来ます。

太郎君は後輩たちの“憧れの的”になっています。さらには,前号(36号)で紹介したように,特別支援学級で受験期にある生徒にとっても,「企業で清掃の仕事に就くこと」は,将来の大きな目標です。

こうした後輩と先輩の願いを繋いでいくことも,「切れ目のない支援」の一環でありましょう。

最後に,太郎君のことで紹介した,「あわい」という言葉ですが,「淡い」と書くと「ほのかな」「かすかな」という形容詞になり,それに対して名詞で「あわい」と使うと「境界や境が曖昧な状態の“あいだ”」を指すものとなります。ここに,注意を注ぎ,大事なことを見失わないことが発達障害臨床に求められている,と思います。

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白石雅一(しらいし・まさかず)
宮城学院女子大学,子どもの療育相談室
資格:臨床心理士,公認心理師,介護福祉士
療育のためのおもちゃ教材の開発に心血を注ぐ。メーカーに意見したくて懸賞論文に応募して,表彰式で社長に提言した(リカちゃん人形で有名なタカラの当時の社長さん)。
新著に『おもちゃ教材で育む人間関係と自閉スペクトラム症の療育』(東京書籍,2024)がある。

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