白石雅一(宮城学院女子大学・宮城県発達障害者支援センター「えくぼ」)
シンリンラボ 第24号(2025年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.24 (2025, Mar.)
1.「なんでここにシールを貼っちゃうの?!」激怒する母親
私が子どもの時代(今から50年以上前!)は,シールの販売という流通ルートはなくて,子ども向けの雑誌やお菓子,スーパのビラや遊園地の入場券の“おまけ(付録)”として,付随してくる代物でありました。したがって,絵柄を選ぶような権利は子ども側にはなく,雑誌社や企業からの“配給”をただ,ありがたく受け取るしかありませんでした。そのこともあって,手にしたシールは,「他では買えない!」というプレミア感がついて,子どもたちはいっそう,シールに“心を奪われる”のでした。
今こうして,その時代を振り返ると,まんまと「企業戦略」にはまって,消費行動を操られていた!と苦々しく思うのであります。
さて,一度貼って使ってしまったら,二度と同じシールは手に入らない!という状況下で,シールを手中に収めている子どもたちは,まさしく,「緊張」の中に身を置き続けることになります。
「この唯一無二の尊いシール,どこに貼るか?!」
幼心は,“一世一代の勝負”に打って出ることになります。
だって,所有するシールの全ては,「どこに貼って下さい」とか「どこに貼りましょう」なんていう説明書きを一切,記していないのです。結論から言います。「シールを貼る場所がない!」のです。そのうえ,「シールを貼る場所は,あなたが決めて下さい」とシールは暗示しているのです。これは,子どもに「自己決定」を迫っているのです(あとは,知りませんよぉ,という「自己責任」も暗示)。
ある野球マンガのおまけに付いてきたシールをシートから剥がしたその瞬間,「これ,どこに貼ればいいの?」と途方に暮れてしまった経験が私にはあります。「シールだから,貼りたい!」しかし,「どこに貼るか,決めていなかった!」そして,「どこに貼るか目星も付いていない!」……「あらあら,やばいぞ!こりゃぁ……」と緊張と後悔に襲われました。
熟考の果てに思い付いたのが「大好きなキャラクターのシールだから,家の中でも一番好きで一番使い慣れているテレビに貼れば,一番幸せだ!」ということで,わざわざ,みんなが触れる頻度の高い,テレビチャンネルの上に貼ることにしたのです。
もう,こんなに考え抜いて,「自己決定」したことなど,生まれて初めてのことでもありました。
その結果は,「なんでここにシールを貼っちゃうの?!」と母親に激怒され,怒鳴られて,帰宅した父親に告げ口され,さらに怒られて,しかも,幼い妹にも笑われて,「天国から地獄の底に叩き落とされた!」体験をするのでした。
今だから言える,私の反論は,こうです。
「貼る場所を明示しなかった,シールの提供者が悪い!」
2.子どもにとってのシールとシール貼りの意味
子どもにとって,シール本体と,そのシールを貼る行為は,魅力に溢れています。その意味について,私の経験から,書き出してみます。
①子どもの「注視行動」を促す;見る力を促します。
②子どもの「手の巧緻性」を育てる;手指の力を育てます。
③子どもの「目と手の協応動作」を高める;手先を見て操作する基本動作を高めます。
④子どもの「自己決定」を引き出す;自分で決める,判断力や自己責任を引き出します。
⑤子どもの「自己表現」を補助する;言葉以外の自己表現を補助します。
⑥子どもの「創造性」を掻き立てる;潜在的な創造性が掻き立てられます。
⑦子どもの「集中力と持続力」を養う;貼り続けることで集中力と持続力が養われます。
⑧子どもの「達成感」を得やすくする;簡単に達成感が得られます。
⑨子どもの「所有欲」を満たす;入手が容易で携帯も便利なので所有しやすい。
⑩子どもの「蒐集する楽しみ」を増す;友だちとの交換もしやすく,集めやすい。
⑪子どもにとっての「報酬(ご褒美)」になる;報酬に1個貼り,10個溜まったら◯◯という,ご褒美や目標設定に使いやすい。【写真9】と【写真10】参照。
⑫子どもの「住環境に対するアプローチ(テリトリー,マーキング,レイアウト)」になる;子ども自身の机周り等のプライベート空間に貼ってテリトリーを示すことや,リビングに貼って「ここは子どもの居場所だ」というマーキングに使ったり,子ども独自の空間レイアウトの力になります。
いやいや,こうして書き出してみますと結構,シールとシール貼りについての“意味”は奥深いことが分かりました。
ちなみに,先述した「なんでここにシールを貼っちゃうの?!」と激怒した我が母親は,その後,私に「“あなたの場所”なら,お構いなしでシールを貼ってもよい」という“お墨付き”を与えてくれました。その結果,⑫にあるような「住環境に対するアプローチ」が子どもながらに出来た,と振り返っています 。
3.発達障害のある子どもへのシール貼りと情緒・認知課題
繰り返しますが,子どもにとって,シール本体と,そのシールを貼る行為は,魅力に溢れています。そして,シール貼りは,着実に子どもの諸能力を発達に導きます。しかし,これも再掲ですが,残念ながら「シールを貼る場所がない!」のも事実なのです。
だから子どもによっては,台所テーブルの裏側に“隠して”貼ったり,トイレのカレンダーの裏側に貼ったりして,人知れず,自己決定や達成感を得ている場合があります。そして,時には,貼ったシールが大人の勘気に触れてしまい,私のように激怒され,怒鳴られてしまうことになります。
私は,以上のような見知と経験から,発達障害のある子どもに対して,先掲の①〜⑧の発達を促すべく,個別療育の際に情緒・認知課題の一つにこの「シール貼り」を設けています。
情緒・認知課題とは,人の求めに対してネガティブな感情を抱きやすく拒否や逃避に陥ることが多い発達障害の子どもに対して,その感情をなだめながら,「楽しそう!」「やってみたい!」という肯定的な感情が沸き起こるように,おもちゃ教材をよく見せ,操作方法を分からせてから,対応させて,「やって良かった」「自分は出来る」という達成感と自信を得てもらい,協働した大人との人間関係を育んでいく一連のプロセスを指します。
したがって,シール貼りを題材にした情緒・認知課題は,次のようなプロセスを踏みます。
①発達障害の子が好んでいるキャラクターや絵柄のシールを選定し,カラーコピーをして,シールを貼る台紙を作っておく。【写真1】【写真3】参照。
②そのシールを発達障害の子に提示して,「台紙の同じところに貼ろうね」と誘う。
③発達障害の子が抵抗を示したり拒絶したりしても「大丈夫だよ,ほら,こんなに簡単に出来るよ」となだめて手本を見せて,「だから,やってみよう!」と繰り返し,対応を求めていきます。
④発達障害の子がシールを受け取ってくれたら,「ここに貼ってね」と優しくサポートして,子どもの行動を導きます。
⑤それで,子どもがシールを貼ったら,位置がズレていても,向きが逆さまでも「大変,良く出来ました!」と誉め称えてあげて,「次も頑張ってみよう!」と誘っていきます。
⑥シールには,貼る枚数が多くありますから,途中で気持ちが途切れないように,誉め続け,励まし続けて行き,最後の1枚まで,やり遂げさせることが大事です。シールは,提示した1シートの全部のシールを貼ってこそ,「達成感」と「自信」が得られるのです。
⑦1シート貼り終えたら,絵柄が小さくなったとか,絵柄が多くなった,という難易度を少し上げた別のシールを選んで,提示していきます。これに対応することで,子どもの達成感や自信も大きくなります。そして,手の巧緻性や目と手の協応動作も高まると共に,集中力や持続性も増して,大人への信頼感も大きくなって,ますます,発達促進がなされていくのです。【写真7】参照。
4.シール貼りの情緒・認知課題がなぜ効くか?
以上のシール貼りを題材にした情緒・認知課題は,多くの発達障害の子どもに有効です。だから,このプロセスを経た子どもらは,集中を持続させ,多くの達成感や自信を得て,落ち着き,もっと「先生と一緒に課題に対応していきたい!」といったやる気を見せるようになります。
さて,この効果は,何によってもたらされるのか,再確認してみます。
それは,
①発達障害の子が好きなキャラクターや絵柄のシールを選んでいるから。
②1シートのシールの数から,発達障害の子は,提示されたシール貼りの課題の「始まり」と「終わり」を瞬時に理解できて,「見通しを持ち」「安心する」から。【写真4〜6】参照。
③シールの1枚1枚を「どこに貼れば良いのか」が分かる「台紙」が用意されているので,迷わない,間違えない,怖くない,安心して貼っていける,そして,何よりも対応が「簡単」だから。【写真3〜6】参照。
④シートから剥がすシールが「モコモコ」していたり,「フワフワ」したりして,厚みがあって,摘まみやすく,剥がしやすいから,気持ちがめげない,から。【写真2参照】。
⑤シールを台紙に貼る限りにおいては,叱られないどころか,誉められ続け,満足感や達成感,そして,自信が得られるから。
⑥シールのブームに乗って,現在,たくさんのシールが安価(100円+税)で販売されていて,教材として尽きることがないから。【写真8】参照。
5.シール解説(写真による)

【写真1】子どもが好きなトミカとプラレールのシール(ダイソー)

【写真2】シールには厚みがあって,摘まみやすく剥がしやすい物を選ぶとよい

【写真3】シールを103%の倍率でカラーコピーして台紙を作る(台紙のほうが若干大きめになるのがミソ)

【写真4】トミカのシール(右)をコピーした台紙(左)に貼る(「始め」がわかりやすい)

【写真5】トミカのシール(右)を台紙(左)に貼っている途中経過

【写真6】トミカのシールを全て台紙に貼り終えたところ(「終わり」がハッキリ分かる)

【写真7】次のシール貼りのステップへ(絵柄が変わり枚数も増える)

【写真8】(もっと)たくさんのシールが市販されています(ダイソー他)

【写真9】本文の⑪に関連して)ご褒美シールの貼り方(1):シールを貼る台紙のメッセージカード(ダイソー)と貼る目印に使うスタンプ(パイロット))

【写真10】本文⑪に関連して)ご褒美シールスタンドが出来ました
6.シールと流行
シールとシール貼りは,子どもの遊びの定番としてずっと引き継がれていますが,
一大ブームを巻き起こしたのが1977年に発売を開始した「ビックリマンチョコ」に“おまけ”で付いてきた「ビックリマンシール」でした。当時,男の子を中心に「シールコレクター」が駄菓子屋さんに殺到して,大騒ぎだったことを覚えています。
それに対して,女の子の間で流行ったのが「シール手帳」で,女の子たちはシールを交換し合い,手帳に貼りっこして,友情を確かめるのでした。
そして,現在,私が述べてきたところの「シール貼り効果」が保育所や幼稚園,家庭でも認められるようになって,100均でも「シール貼り教材」が買えるようになりました。
最後にそれ【写真11】を紹介して,本稿を終えたいと思います。最後までお読み頂き,誠にありがとうございました。

【写真11】100均で買える「シールブック」(セリア)
文 献
- 白石雅一(2024)おもちゃ教材で育む人間関係と自閉スペクトラム症の療育.東京書籍.
白石雅一(しらいし・まさかず)
宮城学院女子大学 宮城県発達障害者支援センター「えくぼ」
資格:臨床心理士,公認心理師,介護福祉士
療育のためのおもちゃ教材の開発に心血を注ぐ。メーカーに意見したくて懸賞論文に応募して,表彰式で社長に提言した(リカちゃん人形で有名なタカラの当時の社長さん)。
新著に『おもちゃ教材で育む人間関係と自閉スペクトラム症の療育』(東京書籍,2024)がある。