黒沢幸子(目白大学/KIDSカウンセリングシステム)
シンリンラボ 第25号(2025年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.25 (2025, Apr.)
連載も大詰めに近づいてきました。連載第9回からは,臨床がうまくなるために,避けては通れない課題となる困難な面接場面への取り組みについて扱っています。
今回は,クライエント本人がとても苦しんでいる重大な危機や自殺リスクがある状況の面接への取り組みを扱います。
1.失意のどん底にどのように臨むか
耐えがたい苦痛,抑うつ,深い悲しみ,後悔,恐怖,不安などに押しつぶされ身動きが取れない状況,またその結果,自身の困難から逃れるために自殺を選ぶしかないと思い詰めているようなクライエントとも臨床家は向き合います。
結局無駄な時間なのか
そのようなクライエント,特に自殺のリスクを抱えるクライエントとの面接では,そこでの関係の中で生じる臨床家の言語的・非言語的コミュニケーションのすべてが,クライエントから試されているといえます。すでに多くの傷つきに懲りているクライエントです。この人が本当に心配してくれているのか,ここでの時間が結局は無駄なのではないか,この面接でわずかでも希望の兆しを得られるのかについて,クライエントは懸念しています。クライエントは怯えながら,臨床家がそのような信頼に足るのかを,注意深く吟味しています。
How to beを助けるHow to do
臨床家は,その関係の中で,どのようにあるべきでしょうか。
そこでは,解決志向ブリーフセラピーであるかどうかにかかわらず,How to beがもっとも試されることになるでしょう。
しかし,そのHow to beを具現化するための一定のHow to doがなければ,私たち臨床家も,少なからず,その大きな不安や恐れに圧倒されてしまいがちです。
解決志向ブリーフセラピーは,そのHow to doを培ってきているものでもあります。
2.重大な危機場面での面接
1)面接の慎重な開始
①面接を始める
来談したことはよい判断
臨床家の名前,立場,役割などを伝えてクライエントに安心してもらえるように誠実にふるまい,温かい雰囲気で来談を迎え入れます。
クライエントが来談したことについて,それがどんなに混乱や動揺,茫然自失に近い様子であったとして,それがよい判断だったと思うことを伝えます。
「ここにいらしていただいて(電話をしていただいて)嬉しく思います。ここに来られたのはよい判断だったと思います」
すでによい判断をしている
クライエントは混乱や動揺が大きい状態であり,さまざまうまくいかないことに見舞われているため,自分はよい判断などができない状態/存在だと思っています。
まずは,来談したこと自体がよい判断であると伝えることは,クライエントがよい判断を始められていること,すでによい判断をする力があることを暗示することにもなります。ここが面接開始時点でのミソです。
一人ではない
クライエントは,臨床家と対面すると,泣いたり,怯えて混乱したり,ときには悔しくて自他への怒りを表し始めたりするかもしれません。臨床家が自然な共感と肯定的な態度で話を聴くことによって,クライエントは一人でないことを感じ,自分の認識について徐々に話せるようになっていきます。
どんな話も喜んで
ときには,混乱して何も話せないかもしれません。しばらく何も話さずにいっしょに座っていることもいいでしょう。
あるいは,非言語的な様子を受け止めて,下記のように伝えることもできるでしょう。
「あなたのご様子からとても緊張されているように感じます…。あなたがお話しされようと思うことはどんなことでも喜んでお伺いします」
どんなお手伝いができますか?
重大な危機状態にあるクライエントであっても,解決志向の面接の始まりは,「どんなお役に立てるといいでしょうか?」から,スタートします。とはいえ,クライエントは,当然,耐えがたくつらかった状況や大変だった問題を話し始めます。
クライエントによる問題の語りへの聴き方は,「基本」(面接段階Ⅰ)(連載第4回参照)と同じです。
クライエントにとっての重要な人物と出来事や,少しでもどんな違いを望むのかのヒントを探しながら,非言語の反応も含めて,十分な共感を示しながら傾聴します。
②面接当初の重要事項
当面の心配事を扱う
クライエントが急性期のトラウマ状態やショック状態で混乱している場合には,当面の心配事について扱い,話し合うことが大切になります。
たとえば,当面どこで過ごすのか,どこで就寝し何を食べるのか,誰と一緒にいるのか,どこに連絡を取っておく必要があるのかといった,具体的なことを確認して話し合い,当面の過ごし方の計画をはっきりさせます。
このような地に足が付いた具体的な生活に関することを話し合うことは,クライエントを現実につなげ,落ち着きをもたらします。
当面の具体的な生活の計画を話し合い,クライエントの状態によってはそれをフォローしていく面接を続けることが必要な場合もあります。
「小さな一歩」はここから始まっていくものです。
ゆっくり進む
重大な危機状態にあるクライエントが,プロブレムトークを続けることも,そこで示される感情や考え,行動も,どれもすべて無理もないことです。それを承認しノーマライズして,ゆっくりと進むことが肝要です。
クライエントの問題の見方や枠組みを知り,そこに肯定や理解,関心を示すことで,クライエントが何とかやってきた対処を教えてもらう準備ができていきます。
適応の途上にある
重要なことは,クライエントが遭遇するあらゆる出来事に対して,クライエントは「適応の途上にある」という前提をもつことです。
もちろん,その適応にどのようなクライエントの能力が用いられるのかは,まだクライエントも臨床家も知らない段階です。だから対話を用いてともに見出していくのです。
2)対処のための力を知る
①コーピングを見出す
来談できた力
来談していただいて(電話をしていただいて)嬉しかったことを伝えられていれば,その流れのなかで,次のように尋ねることができます。
「どうやって来談する(電話をする)ことができたのですか?」
やってみたこと
重大な危機に面していても,クライエントは何らかの対処をしているものです。それは尋ねてみることで初めてわかります。
「どんなことをやってみましたか?」
クライエントは,「落ち着くために深呼吸をした」,「家族に電話をした」,「音楽を聴いた」など,何らかの対処をしているものです。
そこから,成功の責任追及や間接的コンプリメントにあたる質問をして対話を展開し,直接的なコンプリメントをすることも役立ちます。
「この状況のなかで,自分自身を大事にするために,他にどんなことをしていますか?」
「他には? 何が役に立っていますか?」
「今よりもっとひどい状況になっていてもおかしくないのに,今より悪くなっていない(なんとか持ちこたえている)のはどういうところからですか?」
「今は,何(誰)が最も役に立っていると思いますか?」
「それ(その人)のどういうことが役に立っているのですか?」
連載に登場した事例のカナ(連載第7回)に尋ねた際も,自傷行為などによる入退院の渦中でも,祖母の家に行くこと,愛犬と戯れること,自分に大丈夫と言い聞かせることなどをやっており,役に立っていることがわかりました。
コーピング・クエスチョンが王道
重大な危機状態にある人との面接においては,コーピング・クエスチョンが王道です。
「今までに役に立ったことはどのようなことですか?」
「状況をよくするためにどのようなことをしたのですか?」
このことについて尋ね,話し合うことで,クライエントの対処する能力,役に立つこと,強み,リソースが見出され,そこから回復への道が徐々に拓けていきます。
このようなコーピング・クエスチョンをどのように行うかが重要になります。
②コーピングを探索する工夫
難しいのは無理もない
重大な危機状態にあるクライエントの場合,コーピングを扱う対話に移行することはなかなかに難しいものです。
解決を強要するのでもなく,クライエントの気持ちや状況を低く見積もり楽観的に見ているとの誤解を生むこともなく,クライエントの絶望や落ち込みを十分に受け止め配慮したうえで,それでも丁寧にコーピング・クエスチョンを始めるのがセラピストの役割です。ここがミソです。
小さな否定できない事実から
自殺のリスクを語るような深刻な絶望のなかにいるクライエントには,なおさら小さなことで否定できない事実から始めることがコツです。
「どうやって,今日の朝は布団から起き上がることができたのですか?」
「それはとても難しいことでしたか?」
「何がそれをすることに役立ちましたか?」
「ここに来る前に,最後に食事をしたのは何時間前でしたか?」
「それはあなたにどんなふうに役立っていますか?」
「どんな工夫をして食べたのですか?」
「ここに来る前に,いくらかでも眠れたのはいつでしたか?」
「眠れたことで,どんな違いがありますか?」
「大変な状況の中で,いったいどうやって少しでも眠れたのでしょうか?」
サバイバル・クエスチョン
小さな否定できない事実から,コーピングを尋ね始め,そこから自然な流れでサバイバル・クエスチョンにつなげていくことができるでしょう。
「ここまでどうやって生き延びて来たのでしょうか?」
「どうやってもっと悪くならずに耐え忍んでこられたのでしょうか?」
「どうやって何とか切り抜けてしのいできたのでしょうか?」
これらの質問は,クライエントにその力があることを暗示する間接的なコンプリメントにもなっているわけです。
3)サバイバーズ・ギルト(生き残った人が感じる罪悪感)を扱う
できるだけのことをした
罪悪感(後悔)に苦しんでいるクライエントが,重大な危機状態や自殺リスクのある人々の中に一定数存在します。
「うまくいかなかったのは自分のせい」,「もし~していれば,こんなことにならなかった」と苦しみ深刻に思い悩んでいる状態です。
そのようなクライエントには,「あなたのせいではない」,「その状況では仕方のないこと,責められることではない」ということが伝わるようにする必要があります。
そのために,以下のように尋ねます(Henden, 2008)。
「自分でできるだけのことをしたと思えることは何でしょうか?」
「それは,自分のどんな力によるものですか?」
「そのことがあってからも,どのように対処してきたのでしょうか?」
責任の再配分
仮にクライエントにいくらか責任があるとしても,全ての責任がクライエント一人にあるということはほとんどなく,それが思い込みであることに気づき,責任の再配分をすることが,クライエントを助け,救いにもなります。
たとえば,次のように尋ねることができます(Henden, 2008)。
「100%あなたの責任でしょうか?」
「他に責任を負う人はどのような人たちでしょうか?」
4)対処の状態を測る
ショックな出来事の直後と比べる
衝撃的な出来事の直後に比べれば,時間経過の中で多少なりとも何らかの落ち着きやコントロール感を,揺れながらであっても,取り戻していることは多いものです。
「その出来事の直後と比べて,今はどれくらい多少なりともましになって(対処して)いますか? 少しでもましになったことはどのようなことでしょうか? どうやってそれができているのでしょうか?」
スケーリングで対処を測る
対処についていくらか話し合えたら,スケーリングを用いて,対処の状態(レベル)について聞いてみるのもよいでしょう。
「10はうまく対処できている状態,0は全く対処できていない状態(その出来事の直後の状態)だとすると,今はどのあたりですか?」
数値は小さくていい
答えが2以上であれば,感嘆して,どうやってその数まで来ているのかを尋ねます。
もし,0以下であったとしても,それより悪くならないためにしていることを聞いてください。
5)次のステップを協働して作る
①望む違いを知る
どんな変化を望みますか?
クライエントが希望のなさやつらさなどしか話せない場合にも,十分に共感しながらも,臨床家と話すことによって,少しでもどんな変化を望むのかについて,「何が違ってほしいですか?」と尋ねることに意義があることを念頭に置いておくことが大切です。
躊躇は当然
重大な危機的状況にあり,トラウマや苦しみを訴えるクライエントに対して,どんな変化を望むかについて質問をすることに躊躇があるのはよくわかります(私も当初はありました)。
それでも,クライエントは臨床家が思う以上に,自分に役立つことを答え始めるのです。
クライエントを尊重した順序
もちろん,急いではいけません。
重大な危機状態にあるクライエントとの面接では,十分なコーピングの話し合いやクライエントの力や強みに気づいていく対話のほうが,クライエントがどんな変化を望むかについてや,その目標づくりの話し合いよりも,まず優先されます。
解決志向ブリーフセラピーの「基本」の面接段階の進め方をしっかり頭に入れていただいている方には,そこの順序が違うことに気づかれることでしょう。
そして躊躇なく尋ねる
私は,むしろこのような大変ななかでもなんとかやっている対処を知ったうえで,「どんな違いがあればいいのか?」,「次に何をすることがいいのか?」について質問をすることが,クライエントに本当に役立つことを,何度も経験することによってわかるようになりました。
それからは,間接的なコンプリメントを含む対処についての話し合いをしてから,タイミングを見て躊躇なく「(少しずつ)何が違ってほしいですか?」と尋ねられるようになりました。
②小さな違いに向けてゆっくり歩み出す
小さな目標づくりへ
上記に示したように対処のスケーリングについて話し合えれば,そこから1上がった状態を尋ねて,目標づくりにつなげられます。
ここは,第9回連載において,第2回目以降の面接で扱った,スケーリング・クエスチョンを用いた目標づくりの展開と同じになります。あるいは「基本」の面接段階Ⅳ(第7回連載)の通りです。
フィードバック・メッセージ
重大な危機状態にあるクライエントへのフィードバックに重要なメッセージがあります。それを理解して伝えることがコツです。
コンプリメント:クライエントが語ったことを具体的に用いて丁寧なコンプリメントを行います。共感的な態度で,クライエントの通常とは異なる危機的な状態を理解し承認して,無理もないことと認め,できる限りノーマライズし,クライエントのもつ能力や強み,できていることを評価して伝えます。
ブリッジ:おっしゃる通り,それだけのことがあったのだから,時間がかかるのは当然であり,ゆっくり進むことが大事であることを意味付けられるようにします。
提案:基本的にはコーピングの質問で確認されたクライエントに役立つこと,それをもっと続けるという「Do More提案」が中心になります。
「初回面接公式課題(提案)」を伝えることも重要な意味をもちます。
初回面接公式課題の活用
初回面接のフィードバックにおいて,どのような面接となっても提案するとよいとされるものが,初回面接公式課題(提案)です(連載第8回参照)。
「今から今度お会いするまでの間,生活の中で起きていることで,今後も起こり続けてほしいと思うことに注意しておいていただきたいと思います」
予約の時に,クライエントが危機状態で自殺のリスクがあり,絶望のなかにいたとしても,これを伝えることが推奨されています。
初回面接に先立って,クライエントの心に解決の方向性を促す強力な方法だとされています。ここには,クライエントの生活に続いたらいいことがあることが暗示されており,自殺念慮等があるような場合にも,(少なくとも短期的には)命を守る性質をもつとされています(Henden, 2008)。
3.トラウマティックな出来事から自殺未遂をした事例
重大な危機状態にあり自殺リスクをもっているクライエントとの面接について,一つの事例をお話しします。
自殺リスクのあるクライエントであっても,ここまで説明した面接展開が基本になります。しかし,さらに自殺リスクを扱う質問のコツや工夫など,臨床上重要な点について,事例を通して示したいと思います。
【事例ユウ】
1)初回面接
トラウマティックな出来事の重なりと自殺未遂
20代後半のクライエントのユウは,トラウマティックな出来事(ハードな仕事から仕事上の失敗を犯し,気持ちがすさんでパートナーと軋轢が生まれ,不眠と不安を抑えるための薬を過量服薬し,それによる自責事故,パートナーとの離別,故郷の被災と祖母の死…)に打ちのめされ,自殺未遂をしていました。来談したときには,憔悴し生気がなく呆然としていました。
「よくここにいらしていただきました,来るのも大変だったでしょう。来ていただいてありがたく思います。ここに来られたのはよい判断だったと思います」
「今日は,どんなお手伝いができそうでしょうか?」
ユウは,一連の大変恐ろしい経験に加え,それにより悪夢を見たり,記憶が変になっていたり,何かが起こるのではないかという恐怖心から外出するのもままならないということを,なんとか話してくれました。
それでもクライエントは来談する力がありましたし,会話に時間がかかりますが話は理解できました。
最悪のシナリオを恐れず尋ねる
語りの中では「生きていても…仕方ない…」,「なんで…私が…こんな目に遭うのか…」といった言葉を,ユウは何度となく口にして,頭を抱える姿がありました。
「さまざまなことが思い浮かぶ中で,生きていたくないという最後の手段が一番になりそうなことがどのくらい(の頻度で)ありますか?」
ユウには,この状況の中で自殺についてどの程度はっきりと考えているのかについて,教えてもらうようにしました。
セラピストは,最悪のシナリオへの恐れを見せることなく,クライエントにそのような最悪の考えや気持ちがあることを真剣に受け止めます。そして,それが無理もない当然なものであることを伝え,それを今ここで誠実に話してくれていることに感謝することが重要です。
「いまのところここまで,自殺のような手段を取ることをとどめていることは何なのでしょうか?」
「人生を終えてもいいと行動した最後のときから,少しずつ自分を取り戻すことを可能にするためにしたことはどのようなことですか?」
コーピングに焦点を当てる
ユウの悲痛な状況,命を絶つことへの気持ちや考えを受け止めながらも,対話により,少しずつ大変な状況への対処の兆しにも触れられるようになりました。
そこで,以下のようにも尋ねて,話を伺っていきました。
「今日は,どうやって来談することができたのですか?」
「この状況のなかで,自分自身を大事にするためにどんなことをしていますか?」
「今よりもっとひどい状況になっていてもおかしくないのに,今より悪くなっていない(なんとか持ちこたえている)のはどういうところからですか?」
「今は,何(誰)が最も役に立っていると思いますか?」
「それ(その人)のどういうことが役に立っているのですか?」
「このようにつらい状況になる以前には,どんなことに興味がありましたか?」
「普段はどんなことをして過ごすのが好きなのですか?」
ユウは,学校時代の旧友に諭され,とりあえずなんとか来談したこと,旧友は,PTSDという症状についても教えてくれたといいます。
食欲はないがポテチとかスナック菓子は口にしており,ここ2,3日はぼんやりスマホを触って昔のゲームや音楽に接することもあること,眠れない日もあるが少しは眠っていること,その旧友からのLINEが来ることも悪くないことなどを,少しずつ話してくれました。行きつ戻りつしながらでしたが,それらが何とかしのぐための力になっているのかもしれないことにも,時間をかけて気づいていく様子でした。
罪悪感との闘い
ユウは,自責事故のことや,パートナーの心を傷つけたこと,また災害時に家族の力になれなかったことなど,「自分のせいだ。もし,自分がもっとしっかりしていれば,こんなことにならなかった」と,複数の事態についての罪悪感にも苦しんでいました。
そのために,それを扱う質問も丁寧に行いました。
「どうしようもない状況の中で,自分なりにできるだけのことをしたと思えることは何でしょうか?」
「その後どのような対処をしてきたのでしょうか? それは,自分のどんな力によるものですか?」
責任の配分を改める
会社の仕事の失敗など,仮にユウにそれなりに責任があるとしても,伺った話からは会社の体制にも課題があり,全ての責任がユウ一人にあるとは言えないようでした。そこで,責任の再配分をするための質問もしました。
「その仕事の失敗は,100%ユウさんの責任でしょうか?」
「他に責任を負う人はどのような人たちでしょうか?」
「何が違ってほしいか?」
そして,これらの対話を丁寧に続けた後,折を見てあまり躊躇せずに,ゆっくりとクライエントのペースに合わせて尋ねました。
「私(セラピスト)とここで話すことで,何が違ってほしいですか?」
(長い,長~い沈黙…)
「…ちょっとは…笑い…たい…」
「笑い!?…そうなんですね,びっくりしました。…こんな大変な中でも,自分にとって大切なことを知っているのですね…。
ちょっと笑うことは…,どのように役立つのですか? …何が違ってきますか?」
「ちょっとは笑いたい」という言葉が出たことに驚いたのは,私だけではなく,クライエント自身もそうだったようでした。
旧友の視点を使う(関係性の質問)
旧友がユウにとって,信頼している重要な他者であることが理解できたので,関係性の質問を展開しました。
「旧友は,ユウが『ちょっとは笑いたい』ということを知ったら,どんなふうに言うでしょうか? ユウが今そう言えるのは,ユウがどのような人だから,どんな力があるからだと言うでしょうか?」
「旧友は,ユウが『ちょっとは笑いたい』ということが,ユウにどんなふうに役立つと言うでしょうか?」
「ユウを見てきた旧友は,ユウが自分を大事にすることに,もっとも役立つことはどのようなことだと言ってくれるでしょうか?」
「ユウを見ている旧友は,ユウがどのようにしてこの状態から回復していったと,後になって言ってくれるでしょうか?」
(この最後の質問は,なかなか技ありです。その後ユウが回復していることを前提に,そのプロセスを大切な他者の視点から聞いています。)
旧友は,ユウはまじめで優しいために他者を配慮しすぎる面があるが,ユーモアのセンスもあって人を救ってくれること,それを自分にしてあげたらいいこと,実家はユウの味方のはずだから隣県の実家で過ごすのもいいこと,旧友とも会って学校時代のようにゲームや音楽で遊んだらいいことなどを,答えてくれるだろうと,ユウの口から語られました。
対処のスケーリング
その後,対処のスケーリングをすると今の状態は2と答え,これもクライエント自身が答えて驚いていました。自分では0(ゼロ)か,むしろマイナスに違いないと思っていたといいます。
0ではないのは,旧友が親身になってくれている,ゲームや音楽の思い出がなくなってはいない,まだポテチの塩味にこだわりがある…そうやって気づいていくと,死んだほうがましという気持ちが少しだけ薄れている気がしているかもしれない,と話しました。
(ユウは,来談当初の苦渋の表情が,やや穏やかになっていました。)
1上がった状態については,実家でお笑い好きの弟が観ているTVを,気が向いたらちょっとだけのぞき見する,まだ笑えないし,つらかったらすぐ離れる…ということが語られました。それを語ってから,旧友に対して距離をとっていたのは,何か話そうとすると混乱して泣いてしまうのが嫌だったから…迷惑かけるのが怖かった…と,つぶやきました。でも,1違ったら,ただ一緒に散歩する…のかな…と。
フィードバック・メッセージ
信じられないようなつらく残酷な出来事が続いたのですから,ユウさんの反応は無理もないことです。本当につらかったことと思います。相談に来る判断をよくしてくださいました。それにもかからず,旧友を信じられたり,自分を活き活きさせたゲームや音楽があることを思い出せたり,…(略)…自分を投げ出したい葛藤と戦ってきた勇気や強さと,何が自分を少しでも楽にするかについて知っていることにも驚きました。
ユウさんや旧友がおっしゃる通り,ユウさんが困惑している反応は,PTSDの症状に当たるものと思われますし,悪夢や記憶の不確かさ,恐怖を感じることなどは,まだしばらく続くかもしれません。この症状は厄介なものですが,それは人間の本能としてユウさんを守ることに役立てられているかもしれません。本当に安全で大丈夫だと思えるのには,時間をかけていくのがいいのだと感じます。
安全に過ごし,ゆっくりとよくなっていくようにしてください。音楽や懐かしいゲーム,お笑いを聞くこと,食べられる好きな食べ物を無理せず食べるようにするなど,役立つことを続け,この出来事について,安全に向き合いゆっくりと理解を進められるといいと思います。そのために実家で過ごしたり,旧友に会って散歩をしたり,旧友に理解してもらったりしながら,よくなっていくプロセスを一緒に見守ってもらえるといいですね。ここまでお話しして,私が聞いておくといいことや聞きたいことなどがありますか。
自分に役立つことに注意を向けて,続いたらいいことを覚えておいてもらって,次回の面接で,それをまたお話ししてください。
2)2回目以降の面接
続いたらいいこと
2回目の面接では,「EARS」(第9回連載)を基本に面接を展開しました。
ユウは,空しくて笑えなかったお笑い番組に,ふっと笑っていたことを,実家で弟に指摘されてから,たまにふっと笑えるようになったことを,報告してくれました。続いたらいいこと,どのようなことが少しでも役に立ったかについてなどを話し合いました。
未来の視点を用いる
そこで,ユウに未来の視点を用いる質問を投げかけました。
「あなたが,最後の手段などをもう用いることなどなく年齢を重ねて,賢さが増し落ち着いて過ごしているのは何年後くらいでしょうか? タイムマシンを使って見に行ったら,どんな様子でしょうか? どのように過ごしているのが見えますか?」
「40歳近くなのかな…仕事も自分に合ったものができるようになって,要領よくやれて余裕ができている…家庭っていうか…子どもとじゃれて笑い声が聞こえる…祖母ちゃん家でしてくれたみたいに…。あ,タイムマシンがあるなら,孫を見せに行けるかな…喜ぶ顔が見えるな~…」
「落ち着いて賢さも増し,家庭も持っている40歳のユウさんが,逆タイムマシンでこちらにやってきて,今のあなたにアドバイスを一言してくれるとしたら,どんなアドバイスをしてくれるでしょうか? どうやってそんな40歳になっていったと教えてくれるでしょうか?」
「勇気を持て…悪いことばかりじゃないから…。目の前のことをやっていけば,少しずつ良くなる…祖母ちゃんも見ててくれるから…」
そして,何回かの面接を通して,ユウは一歩ずつ回復の方向に向かいました。その間,まさかと思うチャレンジを,いくつか安全にやってのけました。
回復は裏切りから!?
終結間際の面接で,ユウは,「私は何度も先生(セラピスト)を裏切りましたよね」と話したため,驚いて聞き返すと,「初めての面接のとき,人生を捨てたいと考えていた私が,まさか『笑いたい』って答えるとは思わなかったでしょ。だから,それが最初の裏切り(笑)。あのとき,自分も死にたい自分を裏切ったんです。人生にはこんな裏切りもあるから,生きることを味わって楽しんだらいいですよね」と教えてくれました。
4.解決志向における重大な危機状態へのアセスメント
アセスメントの意義
重大な危機状態のクライエントには,アセスメントの視点をより重視します。
解決志向では,確かに問題のアセスメントよりも,解決や回復に役立つことを見出す対話を重視します。
しかし,コーピングの質問やスケーリング・クエスチョンから,丁寧な対話を続けてクライエントに関する情報を多角的に得ることによって,その危機や問題状況の深刻さや緊急度も判断していくことができます。
ユウの事例の場合も,解決志向の対話を続けながら,一方で慎重に不断に危機の特徴や深刻さ,その緊急度の判断をしていました。そこがミソです。
問題のアセスメントの視点を組み込む
解決志向の質問のなかに,問題のアセスメントの視点を組み込んでいくことができます。
たとえば,死ぬことを考えてしまうというクライエントの語りに対して,その考えがましなときや,それにどう対処したのかを尋ね,その苦しみがなくなったら代わりにどんなことを考えるかといった解決志向の対話をするなかで,どれくらい前からその死にたい考えが続いているのか,実際に命を絶とうとしたことがあるのか,実際にどうやるかを考えたことがあるか,といったことについても織り交ぜて,尋ねていくことができるわけです。
スケーリングは問題のアセスメントにも活用
スケーリング・クエスチョンは,問題のアセスメントにもそのまま使えます。
命を絶つリスクに対して,その危険性を0~10でスケーリングしてもらい,問題や危険性のアセスメント情報を集めながら,解決に役立つ道筋がどのようなものであるかについて,クライエントともに考えていけるわけです。
そうすることで,クライエントが,自分自身のリソースを見出していくことでこの危機に対処し回復していけるのか,医療的な措置などの別のリソースや対処を考える必要があるのかを判断していくことができます。
5.専門的知見と忘れてはならないこと
専門的な知識は助けになる
重大な危機や自殺リスクをもつクライエントに関する幅広い専門的な知見,トラウマや喪失などからの回復過程の知識(たとえばHerman, 1992など),またその状況に有効な種々の臨床的アプローチなど(特にトラウマについて,EMDR, TFT, TF-CBT: トラウマ焦点化認知行動療法,PE: 持続的暴露療法など)の意義を理解しておくことは,より安全に安定した面接をしていくうえで,クライエントにも臨床家にも助けになります。
ユウのPTSDの意味
ユウの事例では,PTSDについてフィードバックの際に話題にしました。
しかし,それはPTSDの症状や回復に関する心理教育を行ったり,そのアセスメントを伝えたりしたのではありません。
ユウが,大切な他者である旧友からの見立てとして受け入れ,自分の状態を客観視する枠組みとなっていたものが「PTSD」でした。そのPTSDというユウの認識を利用(utilize)することが,ユウの安定した回復プロセスの見通しや提案に役立てられると考えたわけです。
臨床家としてPTSDの特徴や回復についての知識と理解があることで,ユウの認識の枠組みを安全に適切に用いることができるのです。
忘れてはならないこと
危機状態や自殺リスクへの専門的な知見や回復へのモデルは,臨床家にとって重要で意義がありますが,一方で,どんなに科学的な知見であっても,一般化された固定的なものとなる側面は否めないものです。
それを,目の前のクライエントに当てはめることの限界や弊害もあります。
クライエントの危機への認識は,(対話によっても)変化するものであり,その個人差が大きいことを,臨床家は決して忘れてはなりません。
未来の賢い自分との対話
自殺のリスクを抱えた絶望的なクライエントに未来の話をするのはタブーのように感じられるかもしれません。
しかし,自殺領域の臨床の専門家で解決志向を活かしているHenden(2008)は,自殺リスクをもつクライエントとの面接が煮詰まり,どうにも前に進めなくなったときに,その状況を打開するのは,意外にも未来の自分の視点を用いた質問であると明かしています。
「あなたは困難な出来事や状況を乗り越え,十分な歳を重ね,賢く心豊かに生きられています。その未来のあなたから,困難な状況を乗り越えようとしている今のあなたにどんなアドバイスをしてくれるでしょうか?」
ユウの事例の2回目の面接で用いた未来の自分とのタイムマシンを用いた質問も,類似のものといえるでしょう。私も生きていく希望を失ったクライエントとの面接から,この質問を開発し,未来の視点が役立つことを教えられてきました(黒沢,2002;森・黒沢,2002ほか)。
今回連載で述べてきたことを踏まえたうえで,解決志向ブリーフセラピーは,重大な危機状態への臨床面接を効果的に実践できるものとして,有望視できるものの一つといえるでしょう。
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次回は,最終回になります! 伝え残したことや世界中で開発された解決志向の質問技法のバリエーション,学校領域やコミュニティ臨床で役立つアプローチなどを紹介します。
※事例は個人情報に配慮した合成事例であることをお断りします。
文 献
- De Jong, P., & Berg, I. K. (Eds).(2013)Interviewing for Solutions 4th. Wadsworth Publishing Company.(桐田弘江・住谷祐子・玉真慎子訳(2016)解決のための面接技法 第4版─ソリューション・フォーカスト・アプローチの手引き.金剛出版.)
- Dolan Y. M.(2023)Solution-focused therapy (The Basics). Routledge.
- Henden, J.(2008)Preventing suicide: The solution focused approach. Wiley.(河合祐子・松本由起子訳(2020).自殺をとめる解決志向アプローチ─最初の10分間で希望を見出す方法.新曜社.)
- Herman, J. L.(1992)Trauma and Recovery: The aftermath of violence—from domestic abuse to political terror. Basic Books/Hachette Book Group.(中井久夫訳(1999)心的外傷と回復〈増補版〉.みすず書房.)
- 黒沢幸子(2002)指導援助に役立つスクールカウンセリング・ワークブック.金子書房.
- 黒沢幸子(2015)やさしい思春期臨床─子と親を活かすレッスン.金剛出版.
- 黒沢幸子(2021・2022)傷ついた人々への解決志向の治療的対話.KIDSカウンセリングシステム特別研修 資料.
- 黒沢幸子(2022)自殺のリスクがある人への援助的な対話─解決志向アプローチをヒントに.日本心理臨床学会第41回大会 自殺対策専門部会企画シンポジウム 発表資料.
- 黒沢幸子(2022)未来・解決志向のブリーフセラピーへの招待─タイムマシン心理療法.日本評論社.
- 黒沢幸子(2023)自殺のリスクがある人への援助的な対話─解決志向アプローチをヒントに.心理臨床学研究,40(6); 564-565.
- 森俊夫・黒沢幸子(2002)〈森・黒沢のワークショップで学ぶ〉解決志向ブリーフセラピー.ほんの森出版.
黒沢幸子 (くろさわ・さちこ)
目白大学心理学部心理カウンセリング学科/KIDSカウンセリングシステム
公認心理師・臨床心理士
得意領域:学校臨床心理学,ブリーフセラピー,児童思春期青年期心理臨床/家族療法
日本心理臨床学会,日本ブリーフサイコセラピー学会,日本コミュニティ心理学会等の理事や委員を務める。日本ブリーフサイコセラピー学会学会賞(13号)
内閣官房の依存症対策関連の会議や自治体のいじめ問題関連の協議会等の委員,教育センター,少年鑑別所,児童相談所等のスーパーバイザーや研修講師等を務める。
心理相談援助職向けのブリーフセラピー等の研修歴は25年余に渡る(KIDSカウンセリングシステム)。